「小瀬のためにもやらなアカン」オリックス再出発誓う
スポーツニッポン
金子は小瀬選手の祭壇の前で涙をこらえる
『オリックスは8日、沖縄県宮古島市内の宮古島市民球場で、5日に転落死した小瀬浩之外野手(享年24)のお別れ会を行った。
グラウンドには祭壇が設けられ、岡田監督や選手ら球団関係者をはじめ、約300人のファンが遺影に献花し、最後の別れを告げた。
この日は兵庫県西宮市の葬祭場で密葬が営まれたが、ほぼ同時刻の午後2時。練習を終えた全選手がバックネット前に整列すると、晴れ渡っていた空から突然、雨が降りだした。小瀬選手の打席入場曲であるTHE BLUE HEARTSの「電光石火」が流れ、参列者からはすすり泣く声が漏れた。村山良雄球団本部はチームを代表し「小瀬君が野球にささげた情熱を全員が引き継いで優勝することを誓います」などとあいさつした。
10日の第3クールからは実戦練習となる紅白戦が始まるが、一塁と三塁ベンチには小瀬選手のユニホームを掲げることが決定した。「元気を出さなアカン。今年1年は小瀬のためにもやらなアカン」。岡田監督は落胆の表情を浮かべながらも再スタートを誓った。』
▼オリックス日高剛選手会長 彼の姿はないが心の中では一緒。小瀬の分まで今季を戦っていかないといけない。
◆受付 オリックスは5日に転落死した小瀬選手への記帳を受け付けると発表。9日から11日に京セラドーム大阪2階の「Bsサロン」とスカイマークスタジアム「1階正面入り口」で。問い合わせはオリックス・バファローズ=(電)0570(01)8862=まで。
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オリックス・岡田監督、選手にゴルフのススメ
サンケイスポーツ
お別れ会で献花するオリックスナイン
『オリックスは8日、沖縄・宮古島キャンプの練習終了後、5日に宿舎で転落死した小瀬浩之選手(享年24)のお別れ会をグラウンドで行った。岡田彰布監督(52)は気持ちを切り替えるため、選手に休日となる9日のゴルフを推奨。苦悩の日々を緑の芝生の上で忘れ、10日の第3クールから再出発しよう-という岡田流の出直し策だ。
雲の上の小瀬選手が、泣いていたのかもしれない。お別れ会の直前、青空から雨粒が落ちてきた。すすり泣きが聞こえる中、岡田監督はジッと前を見据えた。
「この3日間は自主練みたいになったけど、仕方がない。あさってから紅白戦。もう元気を出さな、アカンわな」
西宮市内で密葬が執り行われた午後2時に合わせて開会。小瀬選手が打席に入る際のテーマソングだったザ・ブルーハーツの「電光石火」を流したあと黙祷(もくとう)をささげ、岡田監督、全選手、関係者にファンや報道陣を含めた400人が献花し、最後の別れを告げた。
ここでひと区切りをつける。閉会後、岡田監督がある“方針”を口にした。「(休日前の今夜は)外でメシでも食べてな。あした(の休日)は小林チーフが『ゴルフでも行け』言うとった。一日中ホテルにおると、あれこれ考えたりするからな」。
選手は小瀬選手が亡くなった5日から自主的に外出禁止。しかし、緑のフェアウエーで気持ちを入れ替える。“ゴルフのススメ”は選手に伝えられた。
「今年一年、小瀬のためにやらなアカンのは当たり前やから」。第3クール初日となる10日から、小瀬選手のユニホームをベンチに飾る。背番号「41」がナインを支える。』
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小瀬さんお別れ会、笑顔の遺影に涙の献花
日刊スポーツ
小瀬さんのお別れ会で献花を終え目頭を押さえる横山。中央は坂口
『5日にキャンプ地の宿舎で転落死したオリックス小瀬浩之外野手(享年24)の「お別れの会」が8日、宮古島市民球場で行われた。練習後のグラウンドに献花台が設置され、岡田彰布監督(52)や選手、地元の住民ら約400人が遺影に最後の別れを告げた。
会は、自宅のある西宮市内の葬儀場で営まれた密葬と同じ午後2時から始まった。小瀬さんがかつて登場曲に選んだブルーハーツの「電光石火」が流れた。「遺志を引き継ぎ、素晴らしい野球、試合をして優勝することを誓います」とあいさつした村山良雄球団本部長(63)に続き、岡田監督やコーチ、選手たちが1人ずつ献花した。遺影は亡くなる3日前の練習中に撮影されたもので、無邪気な笑顔が涙を誘った。10日の第3クールから通常メニューに戻す。岡田監督は「今年1年はみんなで小瀬のためにやらなアカンのは当たり前のこと。徐々に吹っ切れてきたんちゃうか。おれ自身もどこかで区切ってやらなアカン」と言い聞かせるように言った。』
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岡田監督「小瀬のためにも」再出発誓う
日刊スポーツ
『5日にキャンプ地のチーム宿舎で転落死したオリックス小瀬浩之外野手(享年24)の「お別れの会」が8日、宮古島市民球場で行われた。練習後のグラウンドに献花台が設置され、岡田彰布監督(52)や選手、地元の住民ら約400人が遺影に最後の別れを告げた。
会は、自宅のある西宮市内の葬儀場で営まれた密葬と同じ午後2時から始まった。小瀬さんがかつて登場曲に選んだブルーハーツの「電光石火」が流れた。「遺志を引き継ぎ、素晴らしい野球、試合をして優勝することを誓います」。村山良雄球団本部長(63)のあいさつに続き、岡田監督やコーチ、選手たちが1人ずつ、献花した。遺影は死の3日前、2日の練習中に撮影された。無邪気な笑顔が涙を誘った。岡田監督の目頭もぬれていた。球音ではなく、はなをすする音がキャンプ地に響いた。会が終わって、大引は遺影を見つめながらベンチに引き揚げた。
チームは7日に宮古島警察署で遺体を見送った。現場としてはこの日のお別れの会、そして9日のオフまでを“喪中”ととらえ、10日からの第3クールで再出発。指揮官も一区切りをつけ、前を向いた。
岡田監督 実戦に向けてのスタートやし、逆に元気を出したらなアカン。今年1年はみんなで小瀬のためにやらなアカンのは当たり前のこと。徐々に吹っ切れてきたんちゃうか。おれ自身もどこかで区切ってやらなアカン。次のクールから今まで通りできれば、な。
志なかばでこの世を去った戦友への思いを胸にしまい、再びボールを強く握りしめる。失意のどん底から岡田オリックスは立ち上がる。』
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大阪、神戸で小瀬選手記帳
日刊スポーツ
『オリックスは8日、宮古島で5日に転落死した小瀬浩之選手(享年24)への記帳受付を9日から3日間、京セラドーム大阪とスカイマークスタジアムで行うと発表した。京セラドームは午前11時から午後7時まで2階の「Bsサロン」で。スカイマークは午前9時から午後5時まで1階の正面入り口で。受付は記帳のみで、香典は辞退する。』
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小瀬選手のユニホーム“ベンチ入り”
デイリースポーツ
献花を終え号泣するT-岡田(右)、手前は山崎
『オリックスの日高剛選手会長(32)が8日、他界した小瀬選手のユニホームを、第3クール初日の10日から宮古島市民球場のベンチにかけて練習することを明かした。「田口さんや、北川さんと相談し、一塁側にホーム用、三塁側にビジター用をかけます」。前日には田口が「(試合中も)ユニホームをベンチにかけ、シーズンが終わったときにビールをかけてやりたい」と話し、この日、岡田監督も「オープン戦もやな」と賛同。今季最後まで「背番号41」が“ベンチ入り”する。』
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岡田オリックス 小瀬さんにV誓った
デイリースポーツ
『オリックスは8日、キャンプ地の宮古島市民球場で、5日に転落死した小瀬浩之外野手=享年24=との「お別れの会」を行った。グラウンドに遺影と献花台を設置し、岡田彰布監督(52)をはじめ1、2軍チーム全員、球団職員、地元市民やファン300人も参列。涙をともにして冥福を祈った。チームはこの弔いを区切りに、悲しみをしまいこみ、プロとして再び野球に打ち込むことを心に誓った。
◇ ◇
南国の青い空から、一時、天気雨が落ちてきた。午後2時。オリックスナインがグラウンドに整列し、小瀬選手を弔う儀式が始まった。
亡くなる数日前に撮影された、小瀬選手の笑顔の遺影をみて、すすり泣きが漏れた。1分間の黙とう。「小瀬くん…」と、村山球団本部長が代表で訴えかけるように「別れの言葉」を読んだ。
「あなたの野球に捧げた情熱を全員で引き継ぎ、優勝することをお誓い申し上げる」-。帽子を目深にかぶって涙を流すナイン。練習では徐々に声も出始めたが、やはり。皆、こらえきれないものがあった。
岡田監督を先頭に、献花が始まった。遺影の前で手を合わせ、冥福を祈った。前夜に関西に無言の帰宅をした小瀬選手の密葬と時を同じくして、宮古島から最後の別れをした。
決して忘れることはできない。けれども…岡田監督が言う。「今年1年は小瀬のためにもやらんとアカンのは当然やし、どこかで踏ん切りつけんとな。もういっぺん、皆で元気に野球せんと」。全員で涙を流しながら、これを区切りとし、再スタートを心に誓った。
選手会長の日高も言った。「忘れることはできない。でもプロとして、ユニホームを着ている時は悲しみをしまいこんで野球をやらないと」。
この涙を最後にして。また、皆で一歩を踏み出そう。』
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