15日の参院本会議で、安倍内閣が最重要法案と位置づける改正教育基本法が、野党の反対を押し切ったまま与党の賛成多数で可決、成立した。こうした重要法案が、野党の賛成を得ないまま「数の論理」で与党単独で成立させてしまうのは問題である。しかしそれ以前に、そもそもこの法案が成立するまでのプロセス自体が、とても公正と言えるようなものではなかった。今回成立した新しい教育基本法は「民意とは無関係に、姑息な手段によって成立した恥ずべき法律」として後世に記憶されるのではないだろうか。  教育基本法が可決される2日前の13日、内閣府タウンミーティング調査委員会による最終報告書が提出された。これによると、教育改革に関して開催された8回のタウンミーティングのうち、実に5回で「やらせ質問」があったという。やらせ質問など「サクラ」への発言の依頼は、全タウンミーティングで合計115回にものぼることも明らかとなった(司法制度改革についてのタウンミーティングに至っては「やらせ質問」は全7回のうち6回で実施され、計66人の発言者のうち23人が「やらせ」だった)。「国民との対話」をうたい、教育問題などについて国民の意見を幅広く聞くはずだったタウンミーティングを、いわば隠れ蓑にして、民意を "偽装" するという姑息なことが、今回の教育基本法改正の過程で行われていたのである。  さらに言えば、そもそも今回改正教育基本法に賛成した与党議員たちは、昨年の「郵政選挙」で当選した人たちだということも忘れてはいけない。昨年9月11日の選挙について、当時の小泉首相は「郵政民営化に賛成してくれるのか、反対するのか、これをはっきりと国民の皆様に問いたい」として、郵政法案に反対票を投じた議員は公認せず、対立候補まで送りこんだ。野党は郵政問題のほかにも教育や年金問題も争点にしようとしたが、与党はあくまで「郵政民営化に賛成か反対か」のみを争点として、教育はもちろんのこと、その他の争点については殆ど触れなかった。この選挙を「郵政選挙」と位置づける与党の戦略は功を奏し、与党は大幅に議席を伸ばした。自民党は15年ぶりに単独過半数を制し、公明党を加えた与党の議席数は3分の2を超えた。  つまり、教育問題が争点にのぼっていない選挙で当選した議員たちによって、今回の教育基本法改正は行われたのである。教育基本法は郵政法案とは比べものにならないほど重要な法律である以上、教育問題を重要な争点にした選挙によって選ばれた議員が、教育基本法について国会で審議するのが筋ではないか。いわゆる"小泉チルドレン"をはじめ、教育政策によって選ばれたわけではない今の与党議員たちによって、教育基本法ほどの重要法案が改正されるのは、とても公正な手続きとは言えない。 * * *  戦後、教育基本法は「教育刷新委員会」による6年間の審議を経て作成された。委員会の中心人物だった旧東京帝国大学の最後の総長、南原繁氏は、1955年4月の論文で次のように述べている。 「日本における教育改革」(「南原繁著作集第八巻」に収録)  ここにおいて、一つの問題は、わが新憲法はいまではあまねく人の知るごとく、主として司令部の原案に基づいて制定されたと同様に、わが国の教育基本法をはじめ、六三三四制の新しい教育体系も、司令部の指令、特にアメリカの強要によって、つくられたものであるという臆説が、国民の間に流布されていることである。さらに、それが、一部の人々の間には、日本が独立した今日、われわれの手によって自主的に再改革をなすべきであるという意見となって現われている。しかし、もしその根拠が、かような臆説に基づくとするならば、それは著しく真実を誤ったか、あるいは強いて偽った論議といわなければならない。 (中略)  わが民族の失われた独立は、ふたたび「天皇中心」主義をおし立てて、旧い国民道徳に立ちかえることにあるのではない。民族独立の真の道は、人間天皇をはじめとし、国民のひとりびとりが人間の尊厳の自覚による人間性の回復と、かような人間がおのおのの仕事を通して共同の事業に参加し、悦びをもってそのために身をささげ得るような平和的文化共同体の建設のほかにはない。それは日本再建の唯一の道であるとともに、時代の危機に直面して、いま世界が要求している人類共同の課題でもあるのである。かような国民の新しい理想と使命に対する自覚に基づいてこそ、真の愛国心は喚起されるであろう。そして、かかる国民の自覚と愛国心を喚び起すものは、教育の力を措いて、ほかにはない。  この意味において、新しく定められた教育理念に、いささかの誤りもない。今後、いかなる反動の嵐の時代が訪れようとも、何人も教育基本法の精神を根本的に書き換えることはできないであろう。なぜならば、それは真理であり、これを否定するのは歴史の流れをせき止めようとするに等しい。ことに教育者は、われわれの教育理想や主張について、もっと信頼と自信をもっていい。そして、それを守るためにこそ、我々の団結があるのではなかったか。ことはひとり教育者のみの問題ではない。学徒、父兄、ひろく国民大衆をふくめて、民族の興亡にかかわると同時に、世界人類の現下の運命につながる問題である。  「言論の自由」「思想・信条の自由」「学問の自由」―――これらが国家によって奪われたことが、敗戦に至る日本の悲劇につながった。敗戦当時、そのことを誰よりも痛切に感じていたのが、南原繁氏だった。1947年に施行された教育基本法は、こうした深い思想的背景をもとに作成されたものなのだ。  上に引用した南原氏の文章と、安倍総理が綴った「教育基本法への想い」とを読み比べてほしい。教育基本法改正を進めた安倍氏は、はたして南原氏に匹敵するほどの教育哲学でもって改正を進めたのだろうか。あるいは、南原氏とは比較するに値しないほどの、薄っぺらな考えでもって改正を進めたのだろうか。 【過去の関連記事】 メモ:最近の気になる記事より(2006.11.23) 教育基本法:目的のためには不正な手段も使うのか(2006.11.18) ブッシュ大統領と安倍総理:気がかりな共通点(2006.11.10) 安倍新総理の軽薄な歴史認識(2006.10.6) 北朝鮮ミサイル問題:軽率な「敵地攻撃論」と安倍氏の詭弁(2006.7.21) 教育問題:Japan Times紙の鋭い社説(2006.6.7) 教育基本法改正:問題解決の手段として無意味な与党案(2006.5.21) 教科書検定:教科書は、政府のパンフレットではない(2006.4.5) 安倍官房長官:ライブドア事件は「教育が悪いからだ」(2006.2.18) 世論調査:次期首相として3人に1人が安倍氏支持(2005.6.21) 安倍氏が次期総理大臣にふさわしくない3つの理由(2005.3.10) NHK番組改変問題:安倍氏のダブルスタンダード(2005.1.19) 痛ましい事件を政治利用する自民党(2004.6.3) 内心の自由への暴力(2003.10.23) 江崎玲於奈氏の教育観(2003.9.30)...
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