勝ち点3は取れなかったが日本代表は善戦した。予選第二戦は攻守が目まぐるしく入れ替わる白熱した見応えのある試合だった。強豪クロアチアにW杯で引き分けた実績は大きい。フランス大会での敗北を八年後に引き分けまで持って行った事実は日本サッカーの大きな前進と言える。一方のクロアチアだが、これが6/12のブラジル戦を戦った同じチームとは思えない。気迫や闘志や体力の点で較べられないほど見劣りした。ブラジル戦のクロアチアは鉄壁のディフェンスで、カカのミドルで奪われた1点は決して守備が崩された結果ではなかった。ブラジルを事実上零封していたのである。ボールの支配率でもイーブンだった。後半はブラジルを攻め上げる場面が多く、実力の均衡を印象づけていた。日本の戦力をよほど低く見下していたか、あるいは気温30度の猛暑のせいだろう。ブラジル戦は夜の試合で、選手の動きが軽快だった。クロアチアは惜しいシュートが何本もあったが、ゴールを外しまくって雑な攻めをしていた。身長と体格で優越しながら、ヘディングでゴールを陥れる決定的な場面も作れなかった。前半22分にスルナがPKを外したのが典型的だが、攻撃に強豪らしい緊張感が欠けていた。絶対に勝ち点3を取らなければならないのはクロアチアも同じだったはずだ。ブラジル戦で消耗していたのだろうか。試合はゴール前の攻防が瞬時に入れ替わる緊迫したものだったが、逆に言えば双方のディフェンスが機能していなかった試合とも言える。日本はシステムを4-4-2に変更したのが響いたのか、特に守備の要の宮本恒靖の動きに精彩が無かった。日本の守備はシステマティックで、派手さはないがボールをゴールに近づけない堅固さがある。昨日の試合はそれが消え、宮本恒靖と中澤佑二の連携にも不安定さが顕著で、時間が経つほどに破綻が露になった。
いつも感心しながら見ている宮本恒靖の守備を、不安と怪訝を持って見なければいけないのは残念だった。緊張の重圧と陣形の変更が宮本恒靖から平常心を奪っていたのだろうか。迷いが見えた感じがする。逆に、豪州戦では見せ場がなかった中田英寿の活躍は目を見張るものがあった。枠を捉えた強烈なミドルシュート2本。特に最初の1本(前半)は中田英寿らしい豪快なもので、キーパーの好守に阻まれたが人の記憶には残る。攻撃と守備を往復して今回はよく走った。走っただけでなくボールを奪い取った。豪州戦の中田英寿は、ただ中村俊輔から受けたボールを前へ蹴って柳沢敦を裏へ走らせていただけだった。クロアチア戦の中田英寿は人が変わったように走り、日本のゴール前でクロアチアのFWからボールを奪い、また中盤でクロアチアのMFを囲んでボールを奪い取った。技術が冴えていた。N.コバチとの競り合いは見応えがあった。
4バックのシステムが功を奏したのか、気迫で勝っていたのか、中盤で日本がボールを奪い取って攻め上げる場面が多かった。ブラジル戦でボールの支配が互角だったクロアチアが日本に負けていた。日本はどうして得点できなかったのだろう。柳沢敦も高原直康も豪州戦と同じく不発だった。セルジオ越後は今朝のスポーツ紙のコメントでこう言っている。「日本の弱点でもある決定力のなさが、大事な試合で出てきたのは自業自得なのかもしれない。ジーコ監督というよりはゴールゲッターを育てられなかった日本サッカー界の責任でもある」。付け加える言葉もないが、四年後に同じことを言われないように指導者はして欲しい。他のチームは18歳とか21歳の新人が出てきてゴールゲッターとして活躍している。もう一つ、私なりに理由を上げると、中村俊輔のキックに冴えがないのだ。日本代表の得点源である中村俊輔のセットプレーが思うような見せ場を作っていない。
足に怪我をしているらしい。中村俊輔がコーナーキックやフリーキックでファンタジックなゴールを決めていたのは、その映像に惚れ惚れとさせられたのは、中村俊輔がイタリアに渡った三年前のことである。当時と較べて蹴ったボールに鋭さがなく、平板なセットプレーで終わっている。中村俊輔の左足が湿っている事実も、現在の日本代表の「決定力不足」の重大な一因であると言えるだろう。TBSの「サンデーモーニング」で、サッカーW杯の日本代表戦に熱狂する日本の状況について「象徴的貧困」のキーワードで読み解く議論を提出していた。関口宏らしい。私がサッカーにそれを感じたのは四年前の日韓大会か、八年前のフランス大会のときのことで、当時は、興奮して日の丸の旗を無邪気に打ち振る若者たちの姿に抵抗感があった。そこから、イラク戦争の戦時下体験があり、北朝鮮拉致問題の政治があり、「象徴的貧困」の状況はそうした批判言語を定着させる間もなく全体化して行った。
最近は、あまり批判的な気分になれない。昔のような抵抗感はない。辺見庸的実存の気分のみ。
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