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2010年03月28日

中国の美女シリーズ--花火売り

中国のネットで盛り上がりを見せる‘美女orイケメン’シリーズ。今回は‘花火売り’。 笑っとる顔はかわいい。愛嬌のある娘なんやろうね。中国のサイトに「...

2010年03月27日

上海人の葉千栄(叶千荣、ヨウ・センエイ)

昨日「朝まで生テレビ!」を観ました。 先月もホリエモンが出演していて「検察」の話題になった時は大笑いをしました。 テーマは「第三次世界大戦?!~ドーなる?!日・米・中~」という内容でした。 最近は全然観ていなかったのですが、テーマ的におもしろそうなので観てしまいました。 そして、久々に葉千栄(叶千荣、ヨウ・センエイ)の切れ味するどいトークを聞くことができました。 河添恵子という中国に留学経験のあるコメンテーターに鋭い突っ込みを入れていて、やはり少しかじった日本人

2010年03月27日

■毒入り餃子容疑者逮捕

今日(27日)の中国各紙は、2年前に外交問題にもなった「中国製ギョーザ中毒事件」の容疑者逮捕のニュースを報じた。
事件は中国製の冷凍ギョーザを食べた千葉、兵庫両県の3家族10人が中毒症状を訴え、内9人が入院したことで表面化。日中両国は自国での毒物混入の可能性を否定、中国側は捜査を打切ったが、その後、中国内でも同様の中毒症状を訴える事件が発生し事態が一変した。中国側は製造工場内で故意に混入された疑いありとして捜査を再開、今回の容疑者逮捕にいたる。

出口日本饺子中毒案件;
2008年初,河北石家庄天洋食品厂出口到日本的饺子发生中毒事件后,中国政府高度重视,经过连续两年坚持不懈的努力,近日查明此次中毒事件是一起投毒案件,中国警方已将犯罪嫌疑人吕月庭抓捕归案。
中毒事件发生后,本着对两国消费者高度负责的态度,从全国抽调侦查、检验等各方面专家,成立了专案组。中国警方投入大量警力走访排查,克服了作案时间与案发时间相隔久、现场客观物证少等困难,开展了大量艰苦细致的侦破工作。现已查明,犯罪嫌疑人吕月庭(男,36岁,河北省井陉县人,原天洋食品厂临时工),因对天洋食品厂工资待遇及个别职工不满,为报复泄愤在饺子中投毒。吕月庭对投毒作案供认不讳。公安机关已提取到吕月庭作案用的注射器,并收集到大量的证人证言。

毒入り餃子;
毒入り餃子・その後;

2010年03月27日

これがGoogleのパクリ「谷姐」だ!

中国撤退を発表したGoogleやが、当の中国ではGoogleに変わりGoojjeってのが出てきた。Googleは中国語で「谷歌」、「歌」と「哥(兄の意味)」が同じ音。「哥...

2010年03月27日

■中国映画(華語電影)について 2/2

總計,30年來,中國與全世界各國合作拍攝的影片達750部,香港占70%。合拍片大繁榮期的2001~2008年,中外合作電影數量達286部,其中香港占201部(70%)、台灣23部 (8%)、美國29部 (10%)。
以来30年、世界各国との共同制作は750作品に上り、そのうち香港との合作が7割を占める。2001~2008年には共同制作本数は286に達した。そのうち香港との合作が7割の201作品、台湾が23作品で8%、アメリカが29作品で10%となっている。

2009年10月26日,中製公司總經理張恂在台北舉行的第三屆海峽兩岸合拍電影座談會上,向台下躍躍欲試的台灣導演和製片們,說明中外合拍片的申請程序:首先,故事的發生地點沒有限制,但故事內容、人物要與大陸有關,而涉及色情、暴力、宗教、第三國名譽、貶損中國人形象、過於低俗、違反中國法律等情節應避免。其次,編劇是哪一國人也沒有限制,可以兩國合作,但主要演員,中方必須占三分之一以上。
2009年10月26日、合作公司の張恂総経理は台北で開かれた第3回海峡両岸合作映画座談会に出席し、台湾の映画関係者に合作条件を説明した。まず、物語の場所に制限はないが、内容や人物が中国大陸と関係があること。ポルノや暴力、宗教には触れず、第三国の名誉や中国人のイメージを損なうことがなく、過度に低俗でなく、中国の法律に触れないこと。外国人の脚本でも構わないが、主要な役者のうち中国人が3分の1以上を占めることが必要だ。

待劇本完成後,下一步就要尋找一家信譽良好的大陸製片公司合作(國營或民間皆可),雙方協商好投資比例、市場與版權分配後,向中製公司遞交完整劇本,中製公司會先審核劇本,如果情節不符規定,就送回修改,通過後才會核發拍攝許可證。影片拍攝完成後,還要再送電影局審查,許可後才能在大陸上映。
脚本が完成したら、大陸の信頼できる製作会社(国営・民営を問わない)と投資比率や売上・版権の分配を話し合い、合作公司に脚本を提出する。合作公司は脚本を審査し、規定に合わないところがあれば修正を求め、合格すれば撮影許可が下りる。製作完了後には電影局の審査を経て大陸で公開できる。

中國對合拍片進行劇本、影片審查的嚴格規定,讓不少台港創作者裹足不前。十多年前即進軍大陸的香港電影,也留下一個深刻的歷史議題:究竟合拍片是挽救了香港電影,還是扼殺了香港電影最令人稱道的多元類型與特色?
脚本や映像への審査が厳しいため、香港や台湾の少なからぬ創作者は二の足を踏んでいる。十数年前に大陸に進出した香港映画界には、大きな歴史的テーマが残された。
中国との共同制作は香港映画を救ったのか、それとも香港映画の多様性と特色を消してしまったのか、というものだ。

2003年6月,中國與香港政府簽署「建立更緊密經貿關係的安排」(CEPA),其中涉及電影產業鏈的部分,包括:香港拍攝的華語片可以不受進口片配額限制,在中國發行;香港與中國合拍片可視為中國「國產片」,在大陸發行;香港公司可以在中國以合資、合作方式投資興建電影院,也可控股經營。]
2003年6月に中国大陸と香港が締結した経済貿易緊密化協定(CEPA)の中には映画産業に関する項目がある。それによると、香港で制作した華語作品は輸入枠の制限を受けず、中国と香港の共同制作作品は国産映画と見なし、香港企業は中国との合弁などにより映画館への投資経営が可能である。

2005年1月又進一步允許香港可以在中國設立獨資公司,發行國產影片。種種措施都為香港電影融入中國打開一道方便門。
2005年1月、さらに進んで、香港人は大陸で国産映画を配給する独立資本の会社を設置できることとなった。これらの措置により、香港映画が中国に入りこむ道が大きく開かれた。

北京清華大學新聞與傳播學院教授尹鴻在「走向後合拍時代的華語電影」一文中分析,30年來中港雙方從「各取所需、合作活躍、共臨危機到互補共贏」,電影資源早已全面融合,重心也悄悄位移。
北京清華大学新聞伝播学院の尹鴻教授は「ポスト共同制作時代の華語映画」という文章でこう述べている。30年来、中国と香港は、それぞれの需要から共同制作を開始し、共に危機を乗り越え、相互補完によって双方が利益を得るようになった。映画資源はすでに全面的に融合し、重心は移りつつある。

例如早幾年香港明星「一統天下」的局面開始改變,中國新一代女明星如周迅、張靜初、徐靜蕾、范冰冰等,都在合拍片中獨挑大樑。2005年之後,中港每年合拍片數量都在30部以上,幾乎是香港電影年產量的一半,純粹的「本土」港片越來越少了。
2009年10月下旬新聞局主辦的「華語電影製片論壇」上,邀來了香港監製吳思遠和導演陳可辛,與台灣電影人分享「合拍片」的心得。
例えば、数年前までは香港スターの天下だったが、最近は、周迅、張静初、徐静蕾、范冰冰といった中国の新世代の女優が主演するようになった。2005年以降は毎年30作品以上が香港と共同制作されており、それは香港の映画生産量の半分に相当する。
2009年10月下旬、台湾の新聞局が主催した「華語映画製作フォーラム」には、香港のプロデューサー呉思遠と監督の陳可辛(ピーター・チャン)が招かれ、共同制作の経験を語った。

「香港電影一直都有個致命傷,人口不過700萬,就算一半人都進電影院,也成不了氣候,我們非常需要海外市場。」吳思遠說,20年前香港電影業還如日中天時,他心裡就很明白,如果不去開拓大陸市場,只有死路一條。
人口700万人の香港市場には限界があると呉思遠は語る。20年前の香港映画の最盛期でも、彼は大陸市場を開拓しなければ将来はないと考えていた。

已經在大陸投資7家電影院的吳思遠,形容大陸電影市場近幾年的變化,「不像氫彈,也像炸彈。」看電影是30歲以下年輕人的社交活動,企業也會團體「包場」讓員工來放鬆一下,他的電影院就發行每張1,000元人民幣的儲值卡,過年過節都可以賣出上百萬元人民幣,很多人都把儲值卡當成禮物贈送。
大陸で映画館7軒に投資している呉思遠によると、大陸の若者にとって映画鑑賞は社交であり、企業が貸切りにして社員に提供することもあるという。1000元の映画プリペイドカードも正月などには贈答品として100万元も売れる。


1998年因受到美國大導演史蒂芬‧史匹柏賞識,到好萊塢拍攝《情書》的陳可辛,轉了一大圈,2000年又回到亞洲。當時陳可辛觀察大陸情勢,認為自己不太拍古裝、虛幻題材,而現代故事又有太多禁忌,轉而興起以「筷子文化」為號召,串聯日、韓、泰、台、港等3億人口的「泛亞洲」力量。他跑了很多國家,說服片商投資亞洲新導演,監製了《十二夜》、《春逝》、《晚孃》等十多部電影,結果卻賠得很慘,只有《見鬼》、《三更》等鬼魅片賣座,還一連拍了好幾部續集。
1998年にスピルバーグに認められてハリウッドで『ラブレター』を撮った陳可辛は、大陸市場も観察したが、自分は時代物は撮れないし、現代の物語では制限が多すぎると考え「箸の文化圏」、日本、韓国、タイ、台湾、香港の人口3億人を市場に、新人監督に投資するよう映画会社を説得したが、ヒットしたのはホラーの『見鬼』と『三更』のみだった。


「鬼片來來回回就是那幾招,想不出更有新意的故事,」陳可辛說。後來因有片商想拍歌舞片,他才真正進入大陸拍片,2003年以《如果愛》得到台灣金馬獎最佳導演;之後又完成《投名狀》,而監製的新片《十月圍城》也將在年底上映。
その後、大陸でミュージカルの撮影を開始する。2003年に『如果・愛』で台湾の金馬賞最優秀監督賞を取り、さらに『投名状(ウォーロード/男たちの誓い)』を制作、年末には『十月囲城』が公開される。

相較於台、港觀眾因年齡或社經地位喜好差異,形成分眾結構,並不利於電影行銷;目前大陸電影沒有分級,仍屬於大眾娛樂。
台湾や香港の市場は分衆化されているが、大陸市場は大きな大衆マーケットである。

陳可辛導演說,電影在香港首映、8位明星出席的盛會,香港媒體永遠只注意哪位明星的手和誰拉在一起等八卦,別說劇情,連片名都不見得會拍到,因此在香港作宣傳沒有太大用處。而大陸觀眾仍把電影視為催化社會進步的文化利器,媒體常常是5-6版製作專題,深入介紹。現在他每個禮拜從香港飛北京,都是為了宣傳,幾乎每隔幾天就會將新片消息掛上新浪網頭條,在大陸媒體對電影仍有高度理想和期待時,要好好利用這種氛圍。
陳可辛によると、香港では映画製作の記者会見を開いても、俳優のスキャンダルばかりが報道されるが、大陸では映画は社会の進歩を促す文化とされているので、大きく扱われ、メディアも映画に大きな理想と期待を抱いているという。

在「前進大陸」與「固守香港」的得失之間,有學者認為,香港電影為「迎合」中國市場需求,一向擅長的鬼片、殭屍片、色情片、搞笑片、警匪槍戰、幫派廝殺等類型電影,越拍越少,對創意是一大箝制;但不少務實的香港人則認為,生存更重要。
「大陸進出」と「香港固守」との間で、香港映画は大陸市場に迎合しているという分析もある。かつて得意だったホラーやコメディ、警察物、マフィア物が減っているが、香港人は生存の方が重要だと考える。

「即使真的扼殺了香港電影特色,也沒辦法,沒有市場就沒有生存空間,不是大陸扼殺你,就是被好萊塢扼殺,但至少在大陸拍片,還能用華語創作,」陳可辛說。
陳可辛も、香港映画の特色が消えたとしても、市場を失うより生き残り、華語映画を作れる方が良いと考えている。

對於創作者很在乎的影片審查,陳可辛的實戰經驗是,很多審查意見想都想不到,例如主角的正邪黑白個性就要很分明,「大陸和好萊塢影片透露出的意識型態幾乎是同一個鼻孔,結局一定是好人勝利、壞人得死!」這不光是審查標準,也可能是順應「民情」。
大陸の審査制度について陳可辛は、思いがけないことを指摘されると言う。例えば、登場人物は、善悪の役柄が明確に別れていなければならない。この点では中国の考え方はハリウッドと一致していて、必ず正義が勝ち、悪は死ぬのである。これは審査というより民情なのかも知れないと語る。

不過,在《投名狀》中,陳可辛就硬要「和觀眾『擰』到底,讓大陸觀眾看了很彆扭。」改編自清代四大奇案之一「刺馬」的《投名狀》,敘述義結金蘭三兄弟的恩義糾葛,其中飾演大哥的李連杰到底是好人還是壞人?讓觀眾很費疑猜。
「為了人民,李連杰跪求慈禧太后減稅;但竟又做出殺死自己兄弟和弟媳婦的事,」陳可辛說,《投名狀》是一部黑社會幫派片,算是「借屍還魂」成功!
ただ『投名状』の中で陳可辛は最後まで粘った。義兄弟3人の友情と葛藤の物語なのだが、その一人のジェット・リーが演じる長兄が善人なのか悪人なのか、観客は最後まで悩み続ける。庶民のために土下座したかと思うと、自分の兄弟を殺すという人物である。この作品は、実は時代物の姿を借りたマフィア映画なのだと陳は言う。

身為人父的陳可辛坦承,很多電影他也不會帶女兒去看;同樣的,大陸官員認為他們就是老百姓的爸媽,審查都是「為觀眾好」,也因為中國太大,水平很難控制,就給觀眾看得懂的東西吧,「別太多思考」。
父親である陳可辛にとっては、娘に見せたくない映画もたくさんあり、大陸の官僚も、そういう思いで審査しているのだろうと語る。また中国では観客のレベルもさまざまなため、あまり考えさせるものは好まれないのだとも考えられる。

為了「適應」大陸審查制度,靈活的香港人就將警匪片(如講警察緝毒的《門徒》)剪出粵語版和國語版兩種不同結局。
不過,「這幾年大陸審查越來越開放,前幾年像《瘋狂的賽車》、《風聲》、《南京!南京!》這種內容暴力血腥的電影,很難通過,現在也過了,」陳可辛說。
審査制度について呉思遠は、イデオロギー色を帯びた作品には厳しく、今後一挙に開放されることはないが、それでも相手を知り、市場を確保しなければならないと語る。
大陸の審査制度に対応するために、香港人は警察物の映画『門徒(プロテージ)』で、結末の異なる広東語版と北京語版の二つを作った。
だが、それでも検閲の基準は緩和されつつあり、数年前なら認められなかった暴力や血なまぐさいシーンのある作品も認められるようになった。

對於審查制度,吳思遠認為,「大陸對於帶有意識型態的電影,關口卡得非常緊,只會慢慢開放,不可能一步到位。但即使電檢的改革步伐慢一點,仍要認識、占領這個市場。」
香港電影人的共同意見是,大陸目前的電檢其實是一種談判,有退一步、進一步的空間。
香港の映画関係者は、現在の大陸の審査は一種の交渉で、一歩譲れば一歩前進できる空間があると感じている。

《赤壁》監製張家振送審影片時,電影局看過後表示,張震和林志玲的「口條」(指說話口音)不像中國人,要重新配音。後來因林志玲自己覺得她的聲音太稚嫩,還是配音吧,而張震就在溝通後維持原狀。
張家振によると『赤壁(レッドクリフ)』の審査では、張震と林志玲の発音が中国人らしくないため再録音が必要と指摘された。林志玲は自分の声が幼すぎると感じて録り直しに同意し、張震の部分は交渉の末、そのまま生かすことにした。

當然,不見得溝通就一定有效。以10月上片、華裔導演李巨源拍攝的《窈窕紳士》為例,敘述一名到上海開設廣告公司的台灣女老闆,費心將大陸科技暴發戶改造成紳士的故事,其中一段在辦公室開會煙霧瀰漫的畫面,電影局表示,「我們開會不吸煙的,要剪掉!」明知這不是實情的張家振,也只能聽命行事。
もちろん交渉では変えられないこともある。10月に公開された李巨源監督の『窈窕紳士』は、上海の台湾人女性社長が、急に財をなしたハイテク企業社長を紳士に改造するという物語だが、煙草の煙が充満した会議のシーンがあり、その部分のカットが要求された。

在電影這個強調新創意、新題材的娛樂行業,求才借將往往可以出奇致勝。當中國企圖將電影業打造成另一個好萊塢時,也必須不斷吸收優秀人才,為電影注入新鮮養分,以壯大聲勢。而晚發後至的台灣電影人,如今前進大陸,有何需要磨合之處?
「輸入台灣電影人並不難。香港可以適應,台灣怎麼不能?一張桌子中國人、台灣人、香港人坐下來,肯定是台灣人和中國人先聊起來,拋下我們香港人;香港和中國的文化差異更大呢!」陳可辛說。
大陸進出が遅れた台湾の映画人は、適応できるだろうか。
台湾人が適応できないはずはないと陳可辛は言う。「中国人と台湾人と香港人が一緒にいたら、まずおしゃべりを始めるのは中国人と台湾人でしょう。香港の方が文化的ギャップが大きいのです」と言う。

「香港人才有斷層危機,這幾年幾乎很少看見新導演竄出頭,台灣新導演則是人才輩出。」資深香港製片人張家振除了擔任蘇照彬《劍雨江湖》和台灣新導演程孝澤《近在咫尺》的監製外,也在籌備《聽說》導演鄭芬芬的新片。
ここ数年、香港では新人監督が生まれていないが、台湾では次々と出て来ていると指摘するのは張家振だ。張は蘇照彬の『剣雨江湖』と台湾の新人監督程孝沢の『近在咫尺』をプロデュースし、鄭芬芬の『聴説』も準備している。

中國保利博納公司的策略則是港、台多方押寶,除了投資陳可辛監製的《十月圍城》,以及接下來籌備的新片《血滴子》、《鍾魁》等,獲得2009年金馬獎9項提名的《如夢》,由旅澳華裔導演羅卓瑤和台灣吉光電影公司合作,也是保利博納的投資標的之一。
中国の保利博納公司の戦略は、香港・台湾に多くの種をまくというもので、陳可辛の『十月囲城』に続いて『血滴子』や『鍾魁』、それに2009年の金馬賞にノミネートされた『如夢』などにも投資している。

「台灣是美國片在海外的第9大市場,總票房有10億人民幣(約合新台幣49億元),消費力夠,只是本土片沒有站穩腳步。相較於香港的中產階級多接受西式教育,台灣對中華文化的理解超過香港,底蘊深。」于冬認為,在華語市場興起的大趨勢下,台灣、香港都應努力尋找能覆蓋華語區的大題材,將中國電影推上更高的高度,同蒙其利。
「台湾はアメリカ映画にとって世界第9位の市場で、売上は10億人民元(約49億台湾ドル)ですが、地元の台湾映画の市場は安定していません。香港の中間所得層が西洋教育を受けているのに比べ、台湾は中華文化の基礎が深いと言えます」と話す于冬は、華語市場の興隆の下、台湾も香港も中華圏全体に通用するテーマを見せれば、共に中国映画をより高めていくことができると考えている。

票房連創佳績的中國華誼兄弟公司,在「十‧一」黃金周以諜報片《風聲》,和官方宣傳意味濃厚的「主旋律」電影《建國大業》正面對決,《風聲》的導演,就是睽違7年沒有新作的台灣中生代導演陳國富。
業績好調の中国の華誼兄弟公司は、国慶節の長期休暇に『風声』を打ち出し、政府宣伝色の濃い『建国大業』にぶつけた。『風声』の監督は、7年ぶりにメガホンを執った台湾の陳国富である。

「《風聲》改變了華誼的電影語言,」一向被大陸媒體批評只靠大陸導演馮小剛獨撐大局的華誼兄弟總裁王中磊表示,「透過這部電影,我想實現的東西特別多,它是新類型片、由兩名在內地尚未有票房保證的導演掌鏡(陳國富和高群書),起用的也是華誼簽約的藝人。」王中磊稱讚陳國富的導演功力,很能掌握商業電影的元素,又帶有文藝氣,結果上映一個月,大陸票房就破2億人民幣。
これまで大陸の馮小剛監督に頼ってきた華誼の王中磊総裁は「『風声』は当社の映画言語を変えました」と語る。新しいタイプの作品で、大陸での実績がない陳国富と高群書に作品を任せたが、王中磊は、商業映画の要素を掌握しつつ芸術性も出す陳国富監督の実力を称賛する。同作品は1ヶ月で2億人民元の業績をあげた。

「20年前香港是亞洲電影中心,但現在看來也帶來負面影響,香港作品形式太偏警匪黑幫、功夫、無俚頭式喜劇等,缺乏足夠的人文深度和歷史感。」王中磊比較,香港電影人是中國影業可以合作的製作團隊,但不會是電影創作的主導者,因為現在市場在中國,要為內地觀眾服務,在這個文化背景下,台灣與內地的文化吻合度比較接近。
「20年前、香港はアジア映画の中心でしたが、今は良くありません。警察とマフィアの対決、カンフー、ナンセンスコメディなどに偏っていて、文化や歴史的な深みが感じられません」と王中磊は言う。香港は協力できる製作チームだが、創作の主導者ではないと王中磊は言う。中国市場の持つ文化的背景という点では、台湾人の方がふさわしいのである。

展望新局,2009年好萊塢大片《變形金剛2》在行銷宣傳尚不如《建國大業》的撲天蓋地之下,竟奪下5億元人民幣的最高票房,讓中國影業備感壓力與危機,中國政府還能堅守外片配額多久?未來幾年中國電影的黃金年代,也將是華語電影匯集能量的關鍵期,開發新導演、多方嘗試不同的故事和類型,為未來戰局做好準備,將中港台的電影文化「熔」於大銀幕中,就是努力方向。
2009年、ハリウッドの大作『トランスフォーマー2』が、圧倒的な宣伝を行なった『建国大業』を超えて興行成績5億元でトップとなり、業界は大きな圧力を感じた。中国政府は外国映画の輸入枠を守りきれるだろうか。今後数年の黄金時代は中国・香港・台湾が総力をあげるべき時機と言える。新しい監督を育て、さまざまなタイプの作品を試み、力を合わせていかなければならない。

經濟全球化必然帶來文化全球化,華語電影的出路,在於凝聚文化優勢,而不是重蹈中港台合作初期那種「台灣資金、香港製片、中國人文地景和廉價勞力」的短視模式,只有以有容乃大的氣度,博各家之長,展現文化魅力,才能贏得更多觀眾掌聲和共鳴。
グローバル化は文化も同じである。かつてのように「台湾の資金、香港のプロデュース、中国の景観と労働力」という短視眼的な協力ではなく、より大きな視野で文化の魅力を発揮していかなければならない。

而電影作為兩岸三地文化理解、文化調和的角色,更是日漸清晰。大陸觀眾也許很難明白台味十足的《海角七號》中,台灣民眾對日本殖民愛恨交織的特殊情感;明 (2010) 年初中國政令宣傳片《建國大業》也將來台上映,台灣觀眾又將如何看待中國對1949年國共內戰「一廂情願的歷史詮釋」?但至少,透過銀幕的密集交會,兩岸電影不只是看到金光閃閃的票房數字,也能看到文化鴻溝逐漸拉近、在大銀幕上共創「夢」工廠的可能性。
映画は、中国・香港・台湾の文化的な相互理解と調和においても大きな役割を果たしつつある。大陸の観客は、台湾の『海角七号(Cape No.7)』を見て、なぜ台湾人が日本の植民地時代に特殊な感情を抱くのか理解に苦しむであろう。一方、2010年には中国のプロパガンダ作品『建国大業』が台湾でも上映される。台湾の人々は、1949年までの国共内戦に対する中国の「一方的な解釈」をどう読み取るのだろう。いずれにせよ、両岸の共同制作は輝かしい興行成績を意味するだけでなく、文化的な溝が少しずつ縮まり、共に作る「夢」の可能性を示してくれることだろう。

2010年03月27日

中国の病院に行きました

2009年「国慶節(10/1)」を跨いで、ヨメの実家(中国)に帰省しました。TAKA的にはシルバーウィークに自身の両親を案内し、次の週の週末は新潟へ泊まりで出...

2010年03月27日

■中国映画(華語電影)について 1/2

金融海嘯襲擊全球的低迷時刻,哪一個產業的成長率竟能奇蹟式地勁揚30%?
答案是中國電影業。
金融危機以来、世界経済が低迷する中で30%の成長率を見せる産業とは何か。
答えは、中国の映画産業である。

大陸民眾的平均年薪只有二萬多元人民幣,影視產品盜版猖獗,北京、上海的電影院票價高達60~70元人民幣,比香港、台北還貴。
中国大陸の平均年収は2万人民元余に過ぎず、海賊版が溢れているにもかかわらず、北京や上海の映画館のチケットは1枚60~70元、香港や台北よりも高い。

在所有產業慘淡經營的2008年,大陸電影票房竟出現「井噴式」的火熱演出,創下人民幣43億元的驚人紀錄,2009年更可能突破60億人民幣。
あらゆる産業が低迷した2008年、中国大陸の映画興行収入は43億人民元に達した。2009年は60億人民元を超えると見られている。

電影界人士解釋,正因為年輕人買不起車子、房子,但是花數十元人民幣就可以進電影院享受一場聲光娛樂,中產階級消費力崛起,造就了龐大的內需市場。
映画関係者によると、中国の若い世代は、車や家は買えないが映画は楽しめるというので人気があり、中間所得層の購買力が高まって内需市場が成長してきたという。

事實上,今日中國大陸的電影榮景幾經轉折,得來不易。
二十多年前,主導製片的中共國營電影製片廠出現嚴重虧損,1982年中國人大副委員長廖承志提議,向香港借將,找來張鑫炎導演,由國家體委會借調18名武術人才協助拍攝功夫片《少林寺》,上映後風靡了中國、香港、東南亞等華語市場,更造就了初登銀幕的李連杰成為一代巨星,從此拉開中國與香港合作拍片的序幕;李翰祥的宮廷歷史大片《火燒圓明園》、《垂簾聽政》也是在這種氣氛下誕生的作品。
だが、中国の映画市場はこれまで常に順調に成長してきたわけではない。
20余年前、映画製作を主導する国営電影製片廠は大きな赤字を抱えていた。1982年、人民大会副委員長の廖承志の提案により、香港から張鑫炎監督を招き、国家体育委員会から武術選手18人を集めてカンフー映画『少林寺』を制作した。これが中国や香港、東南アジアの華語市場で大ヒットした。初めて映画に出演した李連杰(ジェット・リー)は一躍大スターになり、また中国・香港共同制作のブームに火をつけることとなった。


風水輪流轉,1997年香港回歸前夕,香港電影業因一味搶錢、粗製濫造、黑道介入等複雜因素,導致「亞洲好萊塢」的盛名急轉直下,市場逐漸被西片佔據。中國也適時祭出合拍大利多,香港電影人湧進大陸拍片,找到春天。
時代は変わり、1997年の香港返還が近付いた頃、香港の映画産業は儲け主義の粗製乱造、マフィア介入といった状況に陥り、「アジアのハリウッド」の名は地に堕ち、市場は洋画が主流となる。こうした中で、中国は共同制作を働きかけ、香港の映画関係者の多くが中国で活動することとなる。

現在,華語電影又來到了大轉折的路口,兩岸電影業在目前政治大和諧的時刻,無不期望透過合作拍片,共榮華語電影。然而,中國大、台灣小,兩岸電影文化的優勢如何互補?
現在、華語映画は再び大きな十字路にさしかかっている。台湾海峡両岸の映画産業は、政治的な緊張緩和に伴い、共同制作による繁栄を期待している。映画文化における両岸の優位性はそれぞれどこにあり、どのような相互補完が可能なのだろう。


北京京承高速公路往東北方向一小時車程外的北七家出口,郊外的寶隆服飾公司是中國大型古裝電影服裝製作的大本營,尋常的工廠外表並不特殊,室內走道的牆上掛著《英雄》、《滿城盡帶黃金甲》、《十面埋伏》等大型海報,訴說著光榮戰績,來自台灣的導演蘇照彬正在和日本造型設計師和田惠美討論新戲《劍雨江湖》劇中人物的服裝造型。
北京の京承高速道路を北東へ1時間ほど行った北七家、ここの宝隆服飾公司は時代劇の衣装製作の本拠地だ。中に入ると『英雄(HERO)』『満城尽帯黄金甲(王妃の紋章)』それに『十面埋伏(Lovers)』などのポスターが貼ってあり、その実績を物語っている。台湾の映画監督・蘇照彬と日本人デザイナーのワダエミが新作『剣雨江湖』の衣装について話し合っている。



10月底新片已在上海開鏡的蘇照彬,正緊鑼密鼓地籌備前製定裝作業,和田老師所繪的一本厚厚彩色草圖攤開在桌上,化妝師在旁為演員戴頭套、打粉,「臉上來個刀疤,」他說,等會換上戲服後,再看看整體感覺。
10月末に上海で撮影を開始した蘇照彬は、ワダエミが用意した分厚いデザイン画をテーブルに広げる。傍らではメイク担当者が俳優にかつらをつけている。「顔に傷をつけてくれ」と蘇照彬は指示し、衣装を着せて全体の感じを見る。

1985年因日本導演黑澤明作品《亂》而榮獲美國奧斯卡獎最佳造型設計獎的和田老師,是近幾年中國大型古裝片的主力設計師,當年拍攝《亂》片,籌備3年;此次8月中才拿到《劍雨江湖》劇本的和田老師,深感時間緊迫,但仍為劇中的殺手、俠士、官宦人家、百姓等設計出七十多套華麗服裝,簡單的大色塊藍布與紅布,極簡的東方設計,深具視覺效果。
1985年に黒沢明監督の『乱』でアカデミー賞最優秀衣装デザイン賞を受賞したデザイナーのワダエミは、ここ数年は中国の時代劇映画の衣装に力を注いでいる。『乱』の撮影には3年の準備期間があったが、『剣雨江湖』の脚本を手にしたのはこの8月で、慌ただしいスケジュールである。それでも刺客や侠客、宦官、庶民などのために70余りの華麗な衣装をデザインしてきた。シンプルな青や赤の生地を用いた東洋的なデザインは視覚効果を持つ。

《劍雨江湖》是典型的亞洲跨文化合作,工作現場國語、廣東話、日語、英語混合使用,攝影師黃永恒、武術指導董瑋,以及其他基本製作班底多為香港人,這是蘇照彬繼2005年的驚悚片《詭絲》後另一部更大型製作。
『剣雨江湖』はアジア各国による共同制作で、現場では北京語、広東語、日本語、英語などが飛び交う。カメラマンの黄永恒、武術指導の董瑋、それに基本クルーは香港人が中心だ。蘇照彬にとっては2005年の『詭絲(シルク)』以来の作品で、規模はずっと大きい。

兩年前蘇照彬應華裔導演吳宇森的製片張家振之邀,希望為馬來西亞女星楊紫瓊量身打造一齣武俠片。劇情敘述一位武功高強的女殺手想金盆洗手,易容改裝過起平民百姓生活,她在小鎮上結識一位純樸樂觀的男子,一心想過著與世無爭的日子時,江湖各路人馬卻不放過她,因為她擁有人人都覬覦、可練成絕世武功的達摩遺體,於是一場腥風血雨的殺戮就此展開。

2年前、蘇照彬は呉宇森(ジョン・ウー)監督のプロデューサーである張家振に招かれ、マレーシアの楊紫瓊(ミシェル・ヨー)のために武侠映画を製作することになった。物語はこうだ。女刺客は、その世界から足を洗おうと思い、姿を変えて庶民の生活を始める。町で純朴で楽観的な男性と知り合い、穏やかな日々を送りたいと思うが、江湖は彼女を見逃してくれない。彼女は、絶大な術を身につけられる達磨の遺体を持っているからであり、それを狙っての殺戮が始まる。

張家振找到中國小馬奔騰公司、香港寰亞公司,以及台灣三立電視、遊戲橘子公司共同投資,成本1,150萬美金(約合新台幣3.7億元)。卡司除了楊紫瓊,還有台灣的大S、戴立忍、張震,港星于文樂,中國王學祈,韓星鄭雨盛等人,是一部劇情懸疑、娛樂性高的武俠片。
張家振は、中国の小馬奔騰公司、香港のメディア・アジア、台湾の三立テレビと遊戯橘子などに共同出資を持ちかけて1150万米ドル(約3.7億台湾ドル)の資金を集めた。キャストは楊紫瓊の他に台湾の大Sと小S、戴立忍、張震、香港の于文楽、中国の王学祈、韓国の鄭雨盛などで、サスペンスに満ちた武侠映画である。

身為《劍雨江湖》製作團隊中唯一一位來自台灣的電影人,又肩負導演的成敗重任,蘇照彬的思考很簡單,「台灣太久沒有拍過大型古裝片,兩岸製作條件差異太大。」他比較說,在上海和浙江橫店影視基地拍戲的成本約是台灣的五分之一,「中國的道具和服裝製作夠專業,人力與物力的優勢明顯,我想繼續走導演路,來中國拍片,路線可能更寬廣。」
『剣雨江湖』製作側で唯一の台湾人である蘇照彬は「台湾では長いこと大型の時代物は製作していませんし、両岸の製作条件は大きく違います」と言う。その話によると、上海と浙江省横店の撮影所での撮影コストは台湾の約5分の1ですむ。「中国では道具や衣装の製作が非常に専門的で、人手も物も十分そろっています。今後も監督を続けるなら、中国で製作した方が道はより広がると思います」

「好戲需要大舞台!」中國上海社科院研究員花建在《文化+創意=財富》一書中的這句話,最足以形容目前中國的電影現況。中國的電影舞台有多大呢?
「優れた芝居には大きな舞台が必要である」と、中国上海社会科学院の花建研究員は著書『文化+創意=財富』の中で中国映画の現状を言い切っている。中国の映画の舞台は、どれほど大きいのだろうか。

1993年,中國廣電總局開始進行一連串電影改革:首先是國產片由原本的國營中影公司統一發行,改為由各製片廠與地方發行單位自行決定,讓民間參與;1996年開放民間企業、社會團體和公民以贊助或投資方式參與電影製作;2000年開放中外合資經營電影院,但中方投資比例不得低於51%;2003年允許外資進入中國製片業等。
1993年、中国広播電影電視総局が映画改革を開始した。まず、それまで国産映画がすべて国営の中国電影公司によって配給されていたのを改め、民間の映画会社や配給機関が自由に配給できようにした。1996年には、民間の企業や団体、一般国民が映画製作に出資することが認められる。2000年、外国企業との合弁による映画館経営が自由化され(中国側の出資額は51%以上)、2003年には外国資本が中国での映画製作に加わることが認められた。

政策的開放,讓民間看到了投資機會,中國電影產量也從2001年前平均每年100部的歷史徘徊數字,2004年突破200部,2007年再翻一倍,增加到400部,至今一直維持在這個高檔數字。
これらの自由化により、民間は投資機会を得た。中国映画は2001年までは年間100作品程度だったのが、2004年には200本を突破、2007年には400本まで増加し、その後も高い水準を維持している。

電影票房收入更是大幅成長,2003年SARS疫情蔓延時,中國戲院停映3個月,全年票房只有10億元人民幣(張藝謀的《英雄》一片就囊括2.5億元);但之後每年以平均增加5-6億元人民幣的速度上升,2008年中國電影業傲視其他電子與傳產業,成長幅度30%,來到43億元人民幣,短短6年,電影票房翻了4倍多。
不少人預估,不出10年,中國將成為全球最大的單一電影市場。
興行収入も大幅に成長した。2003年のSARS流行時には中国の映画館は3ヶ月営業を停止し、年間の興行収入は10億人民元(そのうち張芸謀の『英雄』が2.5億)にとどまったが、その後は毎年5~6億元ずつ増え続け、2008年には他の産業の低迷を余所に、30%の成長を遂げて43億人民元に達した。わずか6年で4倍まで増えたのである。多くの人は、10年以内に中国は世界最大の映画市場になると見ている。

「未來3-5年將是中國電影的黃金時代,票房一定突破百億人民幣,現在還只是起步階段,」2002年成為民間第一家拿到電影發行經營許可證的中國保利博納公司總裁于冬信心滿滿的說,美國三億多人,電影院有三萬多廳,每年片量六百多部;大陸若以現在一年平均增加600塊銀幕的速度來計算,2009年底可達到4,600塊,以1979年中國的觀影人次曾達9億人來估算(當時票價一毛錢),至少還有10倍的成長空間!
「今後3~5年は中国映画の黄金時代となり、興行収入は100億人民元を突破するはずです」と話すのは、2002年に民間企業として初めて映画配給権を得た保利博納公司の于冬総裁だ。アメリカは人口3億人で映画館は3万軒、毎年600本余りが配給されている。中国の劇場は現在、年間600スクリーンのスピードで増加しており、2009年末には4600スクリーンに達する。1979年の映画館入場者数がのべ9億人(当時の入場券は1枚0.1人民元)だったことから計算すると、まだ10倍は成長すると見られる。

除了大量投資興建電影院外,中國電影市場不像台灣、香港,無所限制地開放外片進口,任憑市場被好萊塢電影霸占;2001年底WTO敲開大陸國門,迫使中國開放外片進口,但至今一年也只有50部配額,其中美國片不得超過20部,國產片因被保護仍有利基。
中国の映画市場は台湾や香港のそれとは異なり、ハリウッド映画を含めて外国映画の配給には制限が設けられている。2001年末、WTOは中国に外国映画への門戸を開くよう要求したが、今も年間50作品までと制限がある。中でもハリウッド映画は年間20本までとし、国産映画が保護されている。

以觀眾喜好程度來看,讓港台電影業稱羨的是,民族意識高漲的大陸觀眾竟然不愛好萊塢,最愛國產片。2004年票房冠軍──張藝謀導演的《十面埋伏》(1.53億人民幣),打敗《魔戒3》(8,633萬人民幣);2006年《黃金甲》(2.3億人民幣)也超越好萊塢大片《達文西密碼》(1億人民幣)。
香港や台湾の映画関係者がうらやましがるのは、民族意識の高い中国ではハリウッド映画はあまり好まれず、国産映画に人気があるという点だ。2004年の興行成績トップは張芸謀の『十面埋伏』で1.53億人民元、『ロード・オブ・ザ・リング』の8633万人民元を上回り、2006年は『満城尽帯黄金甲』の2.3億元が『ダ・ヴィンチ・コード』の1億元を上回った。

不過,好萊塢勢力不容小覷。若以入關前後為分界點,2001年前每年不過進口10部美國電影,就已占據中國票房的半壁江山,當時中國電影資金少、設備陳舊、人才缺乏、產業機制不成熟,根本不是好萊塢的對手。但隨著改革深化,由計畫經濟走向市場,吸納各方人才,2003年大陸國片票房首次超越進口片(占55%),至今維持五五波態勢。
だが、ハリウッドの力を軽んじることはできない。WTO加盟を分岐点とすると、2001年まではアメリカ映画は10作品までと限られていたが、それでも市場の半分を占めていた。当時は中国映画の制作資金は少なく、人材も不足し、制度も未整備でハリウッド映画には歯が立たなかったのである。だが、改革が進むに連れて人材が集まり始めた。2003年に国産映画の興行成績は初めて外国映画を上回って55%を占め、今もこの数字を維持している。

值得深究的是,從2003年開始,「合拍片」就是大陸電影市場的「主打」產品。
2006年在大陸賣座的電影如《神話》、《七劍》、《頭文字D》等,都是中港台合作的作品;2008年有8部合拍片創造佳績,2009年票房破億者也多是合拍片。
注目したいのは2003年以降、外国との共同制作が中国映画の主流となったことだ。
2006年に大陸でヒットした『神話』『七剣』『頭文字D』はいずれも香港・台湾との共同制作で、2008年は8作品、2009年に1億以上を売上げた作品の多くは共同制作である。

中國開放與其他國家合拍電影已有30年歷史,1979年長期封閉鎖國的中國,為塑造改革開放形象,亟欲透過文化、體育等軟性外交手段與世界交流,當時的中宣部部長胡耀邦建議,在文化部之下成立中國電影合作製片公司(中製公司),作為統一管理窗口,開啟了中國與境外合作拍片的序幕。
中国と外国との共同制作には30年の歴史がある。1979年、長年封鎖してきた中国は改革開放のイメージを高めるために、文化やスポーツなどを通した世界との交流を望んでいた。そこで胡耀邦の提案で、文化省の下に海外との共同制作の窓口として中国電影合作製片公司(合作公司)が置かれ、共同制作の歴史が始まった。

2010年03月26日

中国のインターネット規制について(まとめ)

Google検索サイトの香港お引越しで、中国のネット規制や言論統制への世界的な関心が高まりました。
けれども、私にしてみれば(いや中国の大多数のネットユーザーにしてみれば)、Googleの検索ページが香港にリダイレィクトされようが、中国大陸からアクセスできなくなろうが、中国からインターネットにアクセスできる不自由度はさほど変わりません。
中国当局にとって都合の悪いサイトは、中国大陸からアクセスできないままなのですから。仮にGoogleや百度(BAIDU)などの検索結果が"自主規制"無く、該当するあらゆるウエブサイトのリンクと要点が表示されたとしても、リンク先のウェブサイトにはアクセスできません。中国当局がちょいと細工をしてさえしまえば、天安門事件やチベットやウイグルに関するウェブだけではなく、どんなウェブサイトにもアクセスできなくなるのですから。
Google撤退の話題で中国のネット規制が注目されたことは評価に値しますが、Googleやドメイン代行会社であるGodaddyが自社の宣伝のために正義を振り回している様は感心できませんし、米中間の政治問題に発展させる目論見が中国政府の壺にハマってしまうことになり兼ねない、と危惧しています。そして何よりも、"万里の長城"は外側からだけでは崩れないのです。外圧により城内の結束をより強くする、ネット規制はそうした効果をも狙っているのです。

Googleに関するニュースが象徴的ながら解決策に関して抽象的でいるうちに、いまも中国ではさまざまな方法でネット規制を強化しています。その中でも、いま危惧されるのが「実名登録制度」です。個人サイトの開設や運営はもちろんのこと、ブログ、SNS、チャット、更にはC2Cサイトへの出店や、BBSに書き込む時にも、実名で登録させようという魂胆です。張さんや王さんが何千万人も存在する中国でいうところの「実名」とは、人民一人一人配布されている身分証明書の記載事項や本人の顔写真、派出所などに登録されている現住所の情報などを一致させることです。インターネットにおける匿名性をすべて奪ってしまおうというお話しです。
確かに有害サイトや詐欺行為などを追放するために「実名登録制度」は有効かもしれません。日本でも5年ほど前に総務省がネットの実名利用の促進を呼びかけたことがありました。けれでも中国当局の意図が、有害サイトや詐欺行為の追放だけにあるのではないことは明らかでしょう。「実名登録制度」が発言や表現の自由を奪うことが明確であるにも関わらず、中国当局は有害サイト撲滅のためとか詐欺行為防止のためとか言って、ネット規制を強めているのです。

私は1997年から北京に在住し中国でインターネットを利用してきました。2006年に帰国してからは、中国のインターネットそのものが食い糧となってしまいました。2004年から始めたブログを読み返してみると、その当時のインターネット規制に関する話題をかなり書いていましたので、これまでの経緯を振り返る意味で以下にまとめてみます。

98年のインターネット。2006-05-11
1997年の中国のネットユーザーは62万人でした(09年末には3.8億人に達したと発表されています)。しかも国外アクセスできない接続プロバイダーが主流でした。

『中国で趙氏死去報道規制…NHKニュースぷっつん!?』 by 夕刊フジ だって!!2005-01-17
頻発するNHKプレミアムのブラックアウト。操る人をイメージしつつ...2005-03-16
中国当局に都合が悪い情報を遮断してしまう、と言う行為は、テレビや新聞・雑誌から始まっているに相違ないでしょう。

エキサイト・ブログがアク禁に!?2005-05-08
このブログ、中国から見れなくなっています....2005-05-09
ちょっと"愛人"のところに、お世話になることにします....2005-05-31
中国当局が不適切と判断したウェブサイトがアクセスできなくなることは、中国在住者にとって周知の事実でした。天安門事件、法倫功、チベット事件に関するサイトは見ることができません。これは内部関係者の中では「ゴールデンシールド・プロジェクト(金盾工程)」、国外では「グレート・ファイヤーウォール」と呼ばれる、リンク先の検閲とアクセス・ユーザーのネット内行動分析、そしてアクセスの制限を一挙に行なう画期的なシステムが機能しているためで、このシステムの開発にはアメリカの著名企業が関与していると言われています。
2005年4月~5月、中国では反日デモがあり一部暴徒が日本関連施設を襲うという事件がありました。北京での状況を目の当たりにした私は、エキサイト・ブログに写真入りでエントリーし、多くの方に読んでいただきました。このことと関係してかどうか不明ですが、その直後から、エキサイト・ブログが中国からアクセスできなくなってしまいました。エキサイト・ブログをはじめ、geocities.co.jpやSeesaaはいまでも中国からアクセスできないままです。中国当局を刺激するような報道は、それが英語や日本語の内容であっても、中国からアクセスできない現象も頻繁に発生しています。

中国のテレビ生中継(直播)はほとんど"生"じゃないでしょ...2005-06-28
何が起きるかわからないテレビの生中継は、中国では5~15秒遅れて放送されます。大切な指導者に生卵が投げ込まれるようなシーンは慌ててカットしなければなりません。ワールドカップのようなスポーツ中継ですら心配しています。

ネット規制の政策には、対策もあります。2006-02-21
隠されてしまったものは何としてでも見てみたい、というのがヒトの心情。中国のネットユーザーも簡単に諦めたりしません。情報リテラシーの高い人たちを中心に多くのネットユーザーが、実は中国当局の規制を掻い潜っています。

中国MSNログイン障害の原因は....?2006-05-13
中国ではインスタントメッセンジャーによるチャットがEメールよりも頻繁に利用されています。QQのシェアがダントツですが、MSNをビジネスで利用する人たちも多くいます。そうした中で、MSNが利用できなくなりました。これも中国当局の仕業かと勘繰りましたが、十中八九MSN側のテクニカルな問題だったようです。

Googleも繋がりにくい状態なのに、「中国政府はネット統制してません」と吹いた劉建超さん。2006-06-06
中国当局のネット統制について問いただした外国人記者に「一部の方は中国政府がネットを統制していると指摘していますが、事実とは合致していないのです。」と答える外交部報道官。
ちなみに、Googleは中国の法律と規則を守り、"自主規制"も行なうとの文書を当局に提出し、この年(2006年)1月25日に中国で正式にサービス・インしました。

国境は無視する性格のインターネットなのに。日本メディアと中国当局の意識差!?2006-06-16
インターネットに国境は無いと思っていましたが、日本のメディアも中国の政策を先読みする解釈で国境を設定してしまっていると思えたお話。この頃は中国からもYouTubeがアクセスできて、エア系のネタなど面白いビデオクリップが中国からも随分アップされていました。

[中国ネット管理強化]「新浪網」「捜狐」、仲良く検索システムを"アップグレード"中!?2006-06-20
中国の検索エンジンとしては百度(BAIDU)が有名ですが、ポータルサイト「捜狐」もSoGuoという独自の検索エンジンを公開しています。当時は「新浪網」もiASKを公開していたのですが、二つとも"アップデート"のため機能しなかったのです。もちろん中国当局のリクエストにお応えして"自主検閲"を強化するためのアップデートだったのです。

【告知】ネット検閲に反対する24時間オンライン・デモンストレーション実施中!2006-11-08
国境なき記者団」(RSF)がインターネットへの自由なアクセスを支援する24時間キャンペーンを行ないました。「インターネットの敵」として挙げられた国家は、中国や北朝鮮など13カ国。

権力によるYouTube遮断にもいくつかのスタイルが....。2007-04-06
この頃はまだ、YouTubeが完全遮断ではありませんでした。中国当局に不都合なビデオだけアクセスできない状態にしたのです。例えば、越境亡命を試みるチベット人の銃撃ニュース映像などは中国から視ることができませんでした。まだ、さりげなかったのです。

ネット統制のいたちごっこ。中国当局、こんどはRSSフィードをブロック!?2007-10-06
それまでは中国当局にブロックされた国外のニュースを特殊なRSSリーダーで閲読していた中国人が多くいました。これじゃまずい、ということで、"不適切"な情報のRSSフィード自体を特定しブロックするという試みも行なわれたのです。

ダライ・ラマ14世がブッシュに会うと、中国ではBaidu(百度)以外の検索サイトが使えなくなる!?2007-10-20
Yahoo!やGoogleで検索しようと思っても、自動的に百度(BAIDU)の検索サイトに誘導(リダイレクト)されてしまうという恐ろしい事件もありました。TechCrunchの記者さんの論評(政治的問題よりは経済的な問題だ)は新鮮ですね。私は未だにGoogleを疑っています。

中国ネット規制:『豚がみんな笑った』にコメントが書き込めませんでした...2007-10-21
中国ではBBSへの書き込みなどもモニターされ、"不適切な"コメントは削除されてしまいます。NGワードを含むコメントは自動的に書き込み拒否されたりするのですが、それでは"不都合"が生じるので最近は人的モニター手作業削除が主流となっているようです。

中国が動画サイトの規制強化を発表、中国版Youtubeは消えてしまうか!?2007-12-31
YouTubeへのアクセスが不安定になるいっぽうで、勃興する中国版YouTubeに中国当局はいろいろと難癖をつけ始めます。
この頃はインターネット規制をめぐる関係部門の"権力闘争"が激しくなります。元来インターネットは情報産業部(現在は工業と情報化部に改組)の管轄でした。ところが、既存映像系メディアを取り仕切る広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)や、新聞雑誌など出版物を取り仕切る新聞出版総局、更にエンタテイメント・コンテンツを取り仕切る文化部などがちょっかいをかけてきました。規制すなわち利権になるので、利権争いだと思っています。

中国で上映禁止になった映画『苹果』と動画サイト規制とCGMとの関係。2008-01-14
映画を監視する広播電影電視総局(ラジオ映画テレビ総局)が動画サイトをも支配下に置こうと考えたのでしょう。いまでは動画コンテンツをネット上で公開するには、動画コンテンツ制作ライセンスが必要とされています。一般人が撮ったムービー作品も厳密には規制の対象となりかねません。中国ではCGMも崩壊の危機です。

入り餃子への対応も動画サイト規制も経済論理優先で!?2008-02-01
中国メディアとしては政権に批判的な論調が多かった南方周末という新聞は、動画サイト規制を言論規制としてではなく「物権法」(財産や市場競争を保証する法律)に反したものとして批判しました。本音かどうかは別として、この頃はまだ中国当局によるネット規制を批判する論調がニュースサイトなどに掲載されていましたし、私としても中国当局の利権争いか内輪揉めの様相を感じていて、幾分楽観的な展望を持っていたと思います。

中国版YouTube「土豆網」丸一日"自主閉鎖"。2008-03-24
楽観的な展望があったさなか、当時最大の利用者数を誇っていた「土豆網」が3月14日に丸一日"自主閉鎖"に追い込まれます。
中国当局はワイセツ動画を理由にしますが、このころチベット情勢が緊迫していました。外国メディアによる関連ニュース映像が「土豆網」などの中国版YouTubeにどんどんアップロードされました。サイト運営側は中国当局の逆鱗に触れまいと、"自主検閲"でせっせと危ない動画を削除してたのですが、追いつかなかったのでしょうね、きっと。
YouTubeへのアクセスが全面的にできなくなったのも、この頃です。

中国インターネットの"表向き"の公序良俗2009-01-09
厳しさを増すネット規制。中国当局の意図が言論統制であることが明らかになっているのに、表向きは公序良俗や消費者保護のためと宣伝します。
09年夏のウイグル人と漢民族との諍いの拡大がTwitterにあると考えた中国当局は、Twitterやfacebookなどコントロールの効かない外国発のソーシャル系サイトをシャットダウンしてしまいます。

Googleのビジネス・センスと中国国内向けインターネット規制強化2010-01-27
「実名登録制度」は.cnドメインの取得から始まりました。そして、Google騒動。前述のとおり、Googleの"勇気"は一時的に中国のネット規制に注目を注がせることには成功したかも知れませんし、Googleの名声は上がったかもしれませんが、中国本土のインターネット利用者にとってはさして意味も無いことだったと思います。むしろ、外国からの批判に曝されることで中国当局を硬化させ、中国の少なからぬ人たちの愛国心をも刺激する結果を招いているのではないでしょうか。

共産党政権に限らず、中国、中国の人たちに、自分たちの主張を押し付けようとするのは、必ずしも賢い対応では無いのではないか、と私は思っています。もちろん、中国のネット規制即ち言論統制をこのまま放っておくのは、中国の人たちにとっても、国際社会にとっても、極めて危険です。一時的な話題性に流されてしまわないように、多くの皆さんがウォッチして、中国の人たちの共感を得ながら、内側からも外側からも激しくは無い地道な世論の形成を続けていくことが大切なような気がしています。















2010年03月26日

我が家の間近に、地下鉄駅が♪

いよいよ本格的な春到来 上海。 「暑さ寒さも彼岸まで」といいながら、春節を過ぎてもまだ肌寒いのだが 日差しは、だんだんと冬のものから春のものになってゆく。 そうしていつの間にか3月も終わりが見え 4月からはニッポンの学生も新学期か。嗚呼早いな。 さて、万博開催まであと36日、1ヶ月とチョイになった。 なんとなく街ゆく人々が増殖したような気がするが、生活への影響は特にない。 学生たちで、万博がらみの空港ボラとか、取材・見学対応ボラしている子たちの 話を聞くと、いよいよかなーと思える。 しか...

2010年03月26日

■泽尻英龙华

エリカを「英龍華」と表示するんだ、知らなかった。
彼女の認知度はふてくされのエリカ様ではなく、純情なアイドル時代のエリカちゃん。
それがこんなに変わってしまったという驚きをもって中国の芸能欄に報じられている。
声势急速下滑的泽尻英龙华决定复出,并替一家瘦身美容公司代言,几近全裸的大幅广告,3月15日凌晨出现在东京银座一栋大楼墙上,不少民众对她展现的魔鬼身材大大赞赏。
泽尻英龙华在代言的广告中几乎全裸,未裸露的部分,是涂上黑亮像巧克力的漆,海报左上方则写着“泽尻英龙华,解禁”。这个大幅广告已在15日凌晨挂上东京银座新力公司大楼外墙。
15日早上,经过的上班族看到广告都为之惊艳,眼睛为之一亮,还有很多年轻女孩忍不住拿起手机拍照。


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