TOP>2009年11月

2009年11月30日

■金門島 1/2

私は何度もアモイ側から金門島を望んだことがある。

いわゆる金門島(いくつかの島の総称)は、福建省の厦門市(アモイ)と海を隔てて接している。
大陸側(中華人民共和国)からの至近距離で2.1kmしか離れていないこの島は、今に至るも中華民国(台湾)の実効支配下にあり、かつては国共内戦の最前線だった。

1949年、国民党が台湾に移ってのち、この地は国府軍の軍事的拠点となり、一般人の出入りは厳しく制限される。
1958年には有名な金門砲戦(823砲戦)が発生し、多数の死傷者を出すも国府軍は金門島の防衛に成功。
その後、1992年11月7日の戒厳令解除後は多くの観光客が訪れるようになる。

この金門砲戦とは1958年8月23日から10月5日にかけて、中華民国が実効支配する金門島に対し中国人民解放軍が砲撃した戦闘をいう。
戦闘開始2時間で4万発、1日で5万7千発の砲弾が飛び交った。
当時中華民国は国連常任理事国で、国連は中華人民共和国に対し非難決議を行った。
アメリカは第7艦隊を台湾海峡に派遣、核の使用も検討された。
その後21年間にわたり形式的な隔日砲撃が繰り返されるも、1979年(米中国交樹立の年)にようやく終息する。

現在金門島は、いわゆる「三通政策」を受けて、中国からも台湾からも観光客が訪れる観光地となっている。
つわものどもが夢のあと・・・

在五十年代臺海兩岸的對峙與炮火之中,這裡是硝煙彌漫的戰場,曾經血流成河、哀鴻遍野,但誰會想到在自然的更替和歲月輪迴中,往日的戰火已化為今日的幽靜與閒適?有一句話說:「我們曾經以為擁有漫天星斗,如今方知只是匆匆看客。」活在這個世界上,還有什麼好爭的呢?
張愛玲有一句名言:「歷史,是一個美麗而蒼涼的手勢!」但金門的歷史蒼涼而不美麗,過往戰爭的殘酷,經歷烽火的歲月,只有金門人才有最深切的感受。慶幸的是在解除軍事管制後,今日的金門已呈現一片觀光榮景,金門的風土民情、文化背景和自然生態,正期待著大家的認識與瞭解。

2009年11月30日

機器猫

DSC_4322_ks.jpg

中国に来たばかりのころ、同じようなケーキを見かけた。目は白と青の間にあるのだが。やはりこいつの表現は難しい。


2009年11月29日

中国への韓国人修学旅行客が消失した理由

以前中国の観光地は、修学旅行の韓国人学生であふれていた。が、一昨年からぱたりと姿を消してしまった・・・。その原因とは・・・→ 韓国人修学旅行客がパ...

【広告】

サイト内検索

メンバー紹介

このサイトに自分のブログを載せたい!
(ブログの登録は無料です。)


PR

ご用はこちらへ

※PCのセキュリティ設定によっては送信できない場合があります。その場合はセキュリティ設定を変更するなどしてお試しください。