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2006年05月15日

アロエ

アロエのことを中国語では“芦荟lúhuì”と言う。日中辞典を引けば簡単に出てくる。
そう、確かに簡単に出てくるが、果たして実際に通じるかどうかとなると私は少し不安になってくるのだ。
動植物などの名称は日本ではポピュラーでも中国ではまったく認知されていなかったり、地域によって呼び名が異なっていたりと一筋縄ではいかないものが多い。

ネットテレビには当然ながらコマーシャルも挿入されているが、“佳雪芦荟保湿霜Jiāxuě lúhuì bǎoshīshuāng”「佳雪アロエモイスチャークリーム」のコマーシャルが繰り返し流されていた。中国でも日本と同様アロエエキス配合の化粧品が流行っているようだ。

こういうのがあってくれると心強い。テレビで放送されている以上“芦荟”は大丈夫、通じることに確信が持てる。ネットのキーワード検索でチェックするより確かな気がする。

2006年05月12日

身の丈に合ったクラスを

中国語を学習するのは語学の習得だけが目的ではなく、どちらかというと頭の体操や異文化交流がしたいという方は、何も高額な受講料を支払ってスクールに通う必要はなく、市民講座のような公の機関が主催しているレッスンを受けられることをお薦めする。

受講料が高額だからといって必ずしもいい先生に当たるとは限らないし、いい先生に当たったとしても生徒側のモチベーションが低ければ宝の持ち腐れになりかねない。

大切なのは自分が中国語を習って何がしたいのか、どのレベルまで習いたいのかをというような動機をしっかり考慮してから身の丈に合ったクラスを選択することである。

2006年05月11日

ネイティブ講師か日本人講師か

大学以外の語学学校では圧倒的にネイティブ講師が多いのだが、ネイティブと言ってもピンキリがあり、当たり外れが非常に多いことを知っておいたほうがよい。中国語の場合、「留学生腰掛けアルバイト講師」の中にはかなりいい加減な教え方をするネイティブがいることも否めない事実である。

もちろん留学生のアルバイトでもちゃんとした講師がいることも確かだが、入門者に講師のレベルはなかなか分からない。

ではどうしたらいいか?

入門時には留学生ではなく日本に定住しているネイティブか、日本人講師を選ぶのが無難だと思う。誤解のないように申し上げておくが、日本に定住していると言っても会社の同僚とか友人などとは違いますよ。

中国語学習の最初はまず発音の習得が第一の課題になっている。
中国語は英語のように仮名読みでもなんとか通じるという類の言語ではなく、発音がある程度正しくないと、全くと言っていいほど通じないし、習い始めに変な癖がついてしまったら、後になって矯正するのは容易ではない。だから発音を入門時にしっかり身に付けておかないといけないのだ。

例えば日本人講師なら、自身もかつては学習者であったこともあり、発音のコツを心得ており、それを日本語でちゃんと説明出来る。発音を教えるノウハウを持っているのだ。

自分でしゃべることと教えることとはまったく別物。講師をするにはそれなりの勉強が必要なのだが、どうせ腰掛けのアルバイトなのだからと、いい加減にやっていたり、ひどいのになると、自分の発音のなまりにさえ気付いていない講師もいる。
また逆に几帳面に発音の細部にこだわり過ぎる講師も、ノウハウがないという意味で不合格。

いくら国立大学の大学院に留学しているエリートでも中国語講師としてダメなものはダメなのだ。
無条件にネイティブを信奉する、いわゆるネイティブスピーカーコンプレックスはそろそろ克服してもいいのだが……

2006年05月09日

工夫が大事

語学に限らず、何をするにも同じことが言えるが、上達には自分なりの工夫が大事である。自分に合った勉強方法を早く見つけて継続することが大切だ。

先生もたまに勉強方法についてアドバイスしてくれるので、それを自分用にアレンジしてうまく取り入れよう。
主体は自分なのだから、先生の言ったことをそのまま鵜呑みにして実行しようとしてはいけない。
あくまで自分用にアレンジすることがポイント。
言われたことしか出来ない受身の勉強はよくありません。

よく中国語の上達のコツを聞かれるが、私は自分に合った勉強方法を工夫することだと思っている。
「工夫のないところに進歩なし」である。

2006年05月08日

勉強せよ

以下は自戒の意味も込めて書いていることをお断りしておく。
教えることは学ぶことでもある。
確かに一理あるが、中国語そのものについて言うと、私は教えることは講師にとってほとんどアウトプットであり、インプットは少ないと感じる。

教えることは仕事であり、勉強ではない。

生徒が普通にやるような勉強、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングの勉強を怠ってはいませんか?

前にも少し書いたが、大学は論文がいのちである。ものすごく難しいことが書かれている。私なんてちんぷんかんぷん。しかし生徒は4年で卒業するので、極端に言えば教えるほうはそれ以上のレベルは必要ない。もしかすると中国語を4年も教えることもないかもしれない。毎年入門と初級ばかりの繰り返しの講師もいるかもしれない(私の認識不足だったらご指摘下さい)。超が付くほどの上と下はカバーできるが、中間がすっぽり抜けている。この辺を自習で補っておかないと、自分の中国語の実力低下にふと気付いて愕然となるなんてこともないとは言えない。

インプット作業に時間を割きましょう!私自身も含めて……

2006年05月05日

教えすぎ注意

特に新人講師に多いのが教えすぎ。
一所懸命は非常によいことだし、熱心さは気の抜けたベテラン講師よりよほど生徒に伝わるかもしれない。

しかし決して自分の知っていることを全部言おうとしてはいけません。またテキストに書いていることを律儀に全部説明しようとしてはいけません。

全ては生徒のレベルに合わせること。

例えば同じ文法事項でも私は生徒によって、あるいはクラスによって説明の仕方を変える。ときには生徒から質問されても相手のレベルがまだ低くて理解できないと判断すれば、近い将来レベルが上がったときに改めて説明することを約束してその場は答えない。

テキストに難しい文法事項を含んだセンテンスがあっても、クラスによっては気付かれないようにさっと駆け足で抜けてしまうこともよくある。

一人の生徒の中国語にたくさん問題点があったとしても、一回に直すのは一つかせいぜい二つ。

「過ぎたるはなお及ばざるごとし」である。

2006年05月04日

セールスポイント

大学では論文で評価され教壇に立つ。教え方の上手下手は関係ない。最近は少子化で生徒数が減り授業内容が問われるようになったとは言え、基本的には今も昔も大差はない。教え方が上手いだけでは大学の教授にはなれない。

我々の世界はそれとは全く逆である。レッスン内容が全てだ。
そしてこの世界で生き残っていくためには、自分のセールスポイントをはっきり打ち出していかなければならないと思う。
競合ひしめく中、会話が教えられますだけで「売り」がなければ生徒は集まりにくいし、来てもすぐやめてしまうかもしれない。

例えば自分のセールスポイントとして文法が得意な講師がいたとする。しかし文法講座をやっても生徒は集まらないだろう。うちのスクールに来る生徒の大半は広い意味での会話がしたいからだ。ならば会話と文法をうまくシンクロできるようなレッスンを考えて、会話に役立つ文法を生徒に嫌がられない程度に織り込んでいく技術を身につけること、それがプロの仕事だと思う。

私は経営者として、講師各人のセールスポイントを確立して売出す手助けをしたい。

通訳クラスやビジネス中国語クラスは比較的生徒が集まりやすい。それは方向性が明確で、セールスポイントがはっきりしているからだ。
現行の会話入門、初級、中級クラスは名称が没個性的だ。何とかならないものかと頭をひねったがいい案が出てこない。今後、講師と相談して徐々に変えていきたい。

2006年05月03日

自分は特別であることを自覚せよ

留学生の「腰掛けアルバイト講師」などは別にして、普通の講師は教壇に上がるために相当の努力をしてきている。大げさに言えば「石にかじりついても」くらいの気持ちで勉強してこないと本当の講師にはなれない。

しかし生徒も同様であると勘違いしてはいけない。
ほんの一握りの中国語のプロを目指す生徒を除けば、皆さんそれぞれの事情があって中国語を勉強しており、我々のような中国語に対するモチベーションはない。我々のモチベーションが10だとすれば生徒は5だったり3だったり、ややもするともっと下だったりするのが普通だ。

それでもわざわざ時間を割いてレッスンにいらっしゃるからには、皆さんそれぞれ何かしら進歩を求めている。だから講師としては、各クラス、各人のモチベーションを早く掌握し、どこまで指導するかを決めることが最初の課題になる。

特に大学院などにいくと、周りが皆勉強好きの読書家ばかりなので、勘違いに拍車がかかる。私がこう言うと「そんなことは百も承知」とおっしゃるかもしれないが、理屈と実践は違う。かく言う私はこれを克服するのに十年近くかかっている。いやいやまだまだ葛藤中だ。

やり過ぎや言い過ぎはだめだが、手を抜いてはいけない。手を抜くとすぐに生徒に見破られる。我々は単位で生徒を縛ることができないので、手抜き講師は当然の結果として引導を渡される。

各生徒にそれなりの満足感を与え、講師自身の精神的バランスを保つために私は「手を抜かずに気を抜いて」をモットーにしてレッスンに望むようにしている。「気を抜く」とはちょっと中国語的だが、要するにガス抜きをするという意味である。

2006年05月01日

中国の笑い話

先月まで運営していた『投稿広場』というサイトに書き込んでもらった笑い話を転載する。
投稿者はさいかさんとおっしゃるお美しいお嬢さん。以前私のスクールに通っていて、天津に留学後そのまま中国の法律事務所で働いておられる。

☆さいかの小部屋☆というブログをされているので一度のぞいてみて下さい。

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お久しぶりです。
同僚から面白い文章をもらったので、みなさんにご紹介します。


老妈平时买菜总爱拎着个弹簧秤。然而昨天我在菜市场里看到的一幕,可比老妈的 弹簧秤高明多了。
一老大爷走到卖西红柿的摊前问:“多少钱一斤?”

摊主回答:“两块。”

大爷挑了三个西红柿放到秤盘里。

摊主说:“一斤半,三块七。”

大爷说:“我就做个汤,不用那么多。”

说着就去掉了个儿最大的那个西红柿。
摊主迅速地又瞧一眼说:“一斤二两,三块钱。”

我在一旁看着,心想,怎么这西红柿越大越不压秤,难道那个大西红柿是空心的。实在看不过去了,

就提醒大爷:
“他称得不对。”没想到大爷对我摆了摆手,毫不在意,伸手就往外掏钱。
  摊主见大爷如此爽快,索性拿眼睛瞥着我,一副得意洋洋的样子。

不料大爷并没有拿摊主已经装在塑料袋里的两个西红柿,而是拿起刚才去掉的那个大的,放下七毛钱,扭头就走。

2006年05月01日

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