che gebaramusicabolivia

エルネスト・ゲバラ(チェ・ゲバラ)の誤算

人は腹が減ると裏切る。!ボリビアの乾燥高原地帯で仲間に売られたゲバラ

まず断っておかなければいけないのは、私は「チェ・ゲバラ」の研究者でもないし、会ったこともありません。でも私の第二の故郷ボリビアで何度も「チェ・ゲバラ」に会った農民に出会い話を聞きました。この中で彼がなぜ、ボリビアの特殊部隊に見つかり処刑されたかを「彼のボリビアでの行動」から、彼が考えていたこととボリビアの現実とのすれ違い・誤算があるのです。

このボリビアで彼の:「革命家・リーダー・コマンダー・政治家」としての失敗が見えてきます。

ボリビアはフォルクローレで有名「コンドルは飛んで行く・ランバーダなど」なインカ帝国(12世紀〜16世紀:エクアドル・ペルー・ボリビア・チリまでの高山地帯に作った帝国)末裔の、独自の言語・文化を持った人たち、16世紀征服者 「スペインの豚飼い商人・フランシスコ・ピサロ」 たちのスペイン系移住者達に抑圧された、インディオ「アイマラ族 ケチュア族」がアンデス高地に住んでいます、(彼らにこそ抑圧からの解放が必要だった)、

低地の平原やジャングルには広大な牧場がありスペイン系の人たちが多く(アマゾンのジャングルの中に突然飛行場があり、個人のジェット機がおいてある)、また南のパラグアイやアルゼンチン近くの乾燥した高原には「グアラニー族」と呼ばれる人たちが住んでいます。ゲバラの行動はこの乾燥した高原地帯を中心に活動していたようです。この乾燥した高原にはゲバラが入り込む前から「カトリック系の教会(イエスズ会)」が多くあり、神父たちがそこに住んでいる人たちに、「協同組合」をつくり、彼ら自身・自分達の生活ができるような指導をしていました。このあたりの農作物はジャガイモととうもろこし、後は野生の鹿をハンティングするぐらいで、生きるのが精一杯の生活です。

ゲバラの革命部隊はすばらい革命思想は持ってきましたが、残念ながら彼らにおなかいっぱいにする食料を持ってきていないのです。アルゼンチンの首都ブエノスアイレス(イタリアを思わせる美しい都市です)生まれの医師ゲバラにとって、ここで必要なものは革命ではなく、明日食べる食料である、ことが理解できなかったようです。彼に会った農民は「とてもやさしい、紳士」だったと言っていますが、ゲバラを追っていたボリビアの特殊部隊(アメリカで訓練を受けた)は農民達に「とてつもない量の食料と懸賞金を」渡したのです。腹が減った人はまずおなかをいっぱいにすることを考えます。そして彼は自分の部隊の内通者に密告されつかまりました。

ここで教訓

1.腹が減った人には、まず、おなかをいっぱいにしなければならない。

2.思想 理念の前に食い物ありき。

3.人は 裏切る。

100名近くいた、ゲバラの部隊には「日系の医師:ブラジル生まれ」が同行していました。キューバを出たゲバラはボリビアでの戦略の間違えから挫折してしました。そして日系の彼はゲバラが捕まった後、消息不明になっています。その後南米のペルーでは毛沢東主義者が相変わらずゲリラ活動をして解放区まで作っています。ボリビアではインディオ出身(Presidente ファン・エボ・モラレス・アイマ)の大統領が当選し、ペルー・フジモリにつづく日系大統領候補(Senor Morishita)がボリビアでも出現しました。

ボリビアは世界一革命・政変が多い国のひとつです。しかし、金、銀、銅、天然ガス、石油、多くの地下資源を持った国、ドル札で満タンの金庫の上に座る「こじき」がボリビアです。

http://ping.blogmura.com/xmlrpc/d3tfcalfo6sm



■GOOD JOB! (9)
この記事よいネ!クリック!→

 goodjob goodjob goodjob goodjob goodjob goodjob goodjob goodjob goodjob