朝食べたもの
コーンフレーク(ヨーグルトと食べた)
お昼に食べたもの
ネギトロ丼と冷やうどん 計820円也
晩に食べたもの
ゴーヤチャンプル、ローストビーフのサラダ、キムチ、白飯、海苔
久々に美術館に赴く。
友達と連れ立って行ったのである。
寝坊して遅刻する上、道に迷って右往左往する。
動揺して、冷や汗をたっぷりかいた。
日差しを避けるため、地下道を通ってゆく。
曲がり角に差し掛かる度、彼女は地図を探す。
賢明なことである。
地上に上がると、雨が降っていた。
ざぶざぶと降っている。
雨宿りできる所まで歩いていくと、すぐに小降りになった。
横断歩道の向こうにいた女の人が、ずぶ濡れになりながらこちらに歩いてゆく。
新聞社のそばを歩いていると、着飾った女の人が次々に建物の中に入って行った。
どの人もドレスを身につけ、大層器量がよい。
じっ、と後ろ姿を見る。
久しぶりに陶芸やら、絵画やらを見る。
金子潤の作品群は、美を体現するもの、という印象を受けた。
絵画や陶芸など、媒体は違っても。
その背後にある美の世界は同じ。
それはまるで、イデア。
彼の極限の美意識が生み出した、ものたち。
でも、本命はこちら。
「三つの個展」
伊藤存、今村源、須田悦弘の三人の個展。

この彫刻は。
そう、これは彫刻。
須田悦弘が木を彫って、彩色している。
言葉もなく、ただただ見蕩れていた。
今回の発見は、むしろ伊藤存。
刺繍の作品なのだけれど、これが筆舌尽くし難い。
それくらい、いい。

イメージをちりばめ、見る者の想像力を誘う、魅力ある作品。
案外芸が細かくて、ついまじまじと見入ってしまったりする。
楽しいなあ、と嘆息してしまう。
孤独について、思うこと。
ぼくがそれを感じるときもあるし、友達がそれを感じるときもある。
日頃はそんなこと考えたりしないのに、突然どっと押し寄せて来て、泣いて叫びそうになってしまう。
波みたいなもので、平気な時は平気なんだ。
でも、時々耐え難くなるもの。
誰でもいいから会いたくなるとき。
特定の誰かに会いたくなるとき。
いろいろあるね。
会ってくれる人は、案外決まってたりしないかな。
ぼくはずるいから、かけがえのない人を幾人か持っていたいと思う。
寂しい時に、真夜中でも関係なく電話する人。
普段は全く連絡もしないのに、ただそばにいてくれる人。
長い長いメールを書いて送る人。
独り言に耳を傾けてくれる人。
そうやって、自分にとって都合のいい人たちがいてくれる。
そんなこと、滅多にしないけれど。
でも、つらいときにはいつもひとりだった。
そばに誰かいてさえ、ひとりだと思った。
なんて身勝手なんだろう、と今では思う。
たくさん、たくさん、悪いことをした。
今でも、ひとりが耐えられなくときがある。
でも、ひとりでいよう、と思う。
平気な顔をしていようと思う。
強がっていたいと思う。
いつからだろう。
誰かが見てくれている、と感じる。
桜並木を通るとき、空を眺めていると。
向こうから、誰か見返してくれているかもしれない、と思う。
それは、少しだけ確信が混じっていて。
確かに、誰かが見ている、と信じている。

今日、改めて気が付いたこと。
母さんはアーモンドチョコレートが好きで、ぼくは苦手なこと。
母さんはぼくがアーモンドチョコレートを好きだと思い込んでいること。
チョコレートは好きだけど、アーモンドは苦手なんだ。
子供みたい。
近くの丘に、野生のシロユリが群生していること。
秋になると、とてもきれいに咲くこと。
コーンフレーク(ヨーグルトと食べた)
お昼に食べたもの
ネギトロ丼と冷やうどん 計820円也
晩に食べたもの
ゴーヤチャンプル、ローストビーフのサラダ、キムチ、白飯、海苔
久々に美術館に赴く。
友達と連れ立って行ったのである。
寝坊して遅刻する上、道に迷って右往左往する。
動揺して、冷や汗をたっぷりかいた。
日差しを避けるため、地下道を通ってゆく。
曲がり角に差し掛かる度、彼女は地図を探す。
賢明なことである。
地上に上がると、雨が降っていた。
ざぶざぶと降っている。
雨宿りできる所まで歩いていくと、すぐに小降りになった。
横断歩道の向こうにいた女の人が、ずぶ濡れになりながらこちらに歩いてゆく。
新聞社のそばを歩いていると、着飾った女の人が次々に建物の中に入って行った。
どの人もドレスを身につけ、大層器量がよい。
じっ、と後ろ姿を見る。
久しぶりに陶芸やら、絵画やらを見る。
金子潤の作品群は、美を体現するもの、という印象を受けた。
絵画や陶芸など、媒体は違っても。
その背後にある美の世界は同じ。
それはまるで、イデア。
彼の極限の美意識が生み出した、ものたち。
でも、本命はこちら。
「三つの個展」
伊藤存、今村源、須田悦弘の三人の個展。

この彫刻は。
そう、これは彫刻。
須田悦弘が木を彫って、彩色している。
言葉もなく、ただただ見蕩れていた。
今回の発見は、むしろ伊藤存。
刺繍の作品なのだけれど、これが筆舌尽くし難い。
それくらい、いい。

イメージをちりばめ、見る者の想像力を誘う、魅力ある作品。
案外芸が細かくて、ついまじまじと見入ってしまったりする。
楽しいなあ、と嘆息してしまう。
孤独について、思うこと。
ぼくがそれを感じるときもあるし、友達がそれを感じるときもある。
日頃はそんなこと考えたりしないのに、突然どっと押し寄せて来て、泣いて叫びそうになってしまう。
波みたいなもので、平気な時は平気なんだ。
でも、時々耐え難くなるもの。
誰でもいいから会いたくなるとき。
特定の誰かに会いたくなるとき。
いろいろあるね。
会ってくれる人は、案外決まってたりしないかな。
ぼくはずるいから、かけがえのない人を幾人か持っていたいと思う。
寂しい時に、真夜中でも関係なく電話する人。
普段は全く連絡もしないのに、ただそばにいてくれる人。
長い長いメールを書いて送る人。
独り言に耳を傾けてくれる人。
そうやって、自分にとって都合のいい人たちがいてくれる。
そんなこと、滅多にしないけれど。
でも、つらいときにはいつもひとりだった。
そばに誰かいてさえ、ひとりだと思った。
なんて身勝手なんだろう、と今では思う。
たくさん、たくさん、悪いことをした。
今でも、ひとりが耐えられなくときがある。
でも、ひとりでいよう、と思う。
平気な顔をしていようと思う。
強がっていたいと思う。
いつからだろう。
誰かが見てくれている、と感じる。
桜並木を通るとき、空を眺めていると。
向こうから、誰か見返してくれているかもしれない、と思う。
それは、少しだけ確信が混じっていて。
確かに、誰かが見ている、と信じている。

今日、改めて気が付いたこと。
母さんはアーモンドチョコレートが好きで、ぼくは苦手なこと。
母さんはぼくがアーモンドチョコレートを好きだと思い込んでいること。
チョコレートは好きだけど、アーモンドは苦手なんだ。
子供みたい。
近くの丘に、野生のシロユリが群生していること。
秋になると、とてもきれいに咲くこと。


