いくつも失って、この手の中に残るのはほんの少し。
すべて指の間からこぼれ落ちてゆく幻。

そして、失っていくものに囚われて、目の前にいる人の喜びや悲しみに注意深く耳を傾けていなかった。
だから、また失ってしまうんだ。
後悔する権利すら、ぼくにはない。

段々、どの人を選んだらいいか、わかってきた気がする。
好きの中身の違いに、敏感になってくる。

淡白なように見せかけて、親密になると性的なものを持ち出したりするような大半の男たちと、ぼくはそう大差ない。
たぶん、そんなの見透かされてるだろう。
自分には見えていない、思いの中身を。

最近読んだ本
よしもとばなな 『アルゼンチンババア』
三浦しをん 『むかしのはなし』
島本理生 『一千一秒物語』

つまり、こういうことなんだ。
知りたくて、知ってほしいと思う人。
好きで、好きになってほしいと思う人。
どちらか片方でなくて、両方が等価である思いを向けられる人。

ぼくは気が多いわけではなくて、ただ単純に人が好きなんだ、と思った。

誰もがいつか大切なものを失うだろう。
だから、大切なものは大切にするって、そんな当たり前のことが、とても大切なんだと思う。
たとえ失うことになっても、痛みや悲しみの代わりに、とても大きな、温かいものが、きっともらえるから。

今日は、ビル・ヴィオラの展覧会に行った。
火に焼かれ、洪水に飲まれる人。
後には何も残らない。
でも、それは悲劇ではなくて、再生を感じさせるんだ。
消えた後の闇の中に残る希望。
生きてる間に見るべき、力を秘めた作品だった。

クロッシング


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