朝食べたもの
蛸焼きそば(タマネギが生だった…)
お昼に食べたもの
ビーフカレー、フルーツヨーグルトサラダ(先生にごちそうしてもらってしまったっ)
晩に食べたもの
鶏を焼いたの、シーザーサラダ、御御御付、長芋、モロヘイヤ、白飯、梅酒
今日、久しぶりに学校へ行く。
そのために、7時前に目を覚ましたのである。
ひんやりとした朝の空気が肌に心地よい。
電車に揺られながら、うつうつしてしまう。
行きたくないなぁ、と頻りに思ってしまう。
なぜそう思うのか、そのことについて考えてみた。
居場所がないと思っているからだろうか。
友達と自分を比べてしまうからだろうか。
「そんなことないのに、変だなぁ」と、うつうつしながらも訝しがる。
ふと、思い出した。
この気持ちは、かつて感じたもの。
小さい頃、学校という空間に対して抱いていた、息苦しさに似ている。
思い出して、ぼくを苦しめる。
過去は変えられないのに、心は不自由にできていることよ。
遠くから参られた先生の講義を聞く。
大変興味深い内容であった。
先生自身が実に楽しげに話されるのである。
親と子ほど年が離れているのに、なんとなく親しみを覚えた。
「部屋で遊ぶ子は、足が衰えて、脳の発達に影響を与えてるかもしれないんですねえ。無気力や無関心も、外で日光を浴びないから、意欲を司る部位が発達しなくなってるのかもしれません」
とおっしゃる。
最近の子供の足が衰えている、というのはどういうことか。
それは、まっすぐ立っていられない、ということである。
小学校の中には、校長先生の話を子供達が座って聞くのが慣例になっているところもあるらしい。
外で遊ぶことがないから、足の筋肉が衰え、運動によって発達するはずの脳の部位(前頭葉の右側)が発達しない。
外で日光を浴びないから、視神経が交差する真上にある視床下部(意欲を司る脳の部位)もまた発達しない。
耳が痛くなった。
部屋に閉じこもり、本や絵を愛するぼくは、無気力・無関心な学生の典型となろう。
「運動って大事ですね」と言うと、「少しでもいいから運動しましょう」と優しげにおっしゃる。
お昼まで先生方とご一緒することになる。
緊張して、水を飲むのを忘れてしまった。
図書館で勉強していたら、のどが乾いて仕方ないのと、緊張が解けて眠いのとで、すっかりくたくたになる。
学校は怖いところではない。
友達は、怖くはない。
先生も、怖くない。
なら、ぼくは何を怖がっているのだろう。
しばらくして、その答えに辿り着いた。
この日記を書く理由を考えたときに、カントリー・ロードの歌詞が浮かんだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
ひとりぼっち おそれずに
生きようと 夢見てた
さみしさ 押し込めて
強い自分を 守っていこ
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
歩き疲れ たたずむと
浮かんで来る 故郷の街
丘をまく 坂の道
そんな僕を 叱っている
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
どんな挫けそうな時だって
決して 涙は見せないで
心なしか 歩調が速くなっていく
思い出 消すため
カントリー・ロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード
カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード
* * * * * * * * * * * * * * * *
その場所に続く扉。
ぼくが開く、いくつもの扉。
その無数の扉の向こうは、いつもその場所と繋がっている。
行こうと思えば、いつでも行ける。
でも、ぼくは行かない。
忘れるためであり、覚えておくためでもある。
見上げる空の向こうに、その場所の空を見る。
目を閉じれば、会える。
この星のどこかで、元気にしているといい。
忘れられてもかまわない。
でも、その代わり、忘れることはないと思う。
声が聞こえて、姿が揺らめく。
愛しさで、苦しいな。
蛸焼きそば(タマネギが生だった…)
お昼に食べたもの
ビーフカレー、フルーツヨーグルトサラダ(先生にごちそうしてもらってしまったっ)
晩に食べたもの
鶏を焼いたの、シーザーサラダ、御御御付、長芋、モロヘイヤ、白飯、梅酒
今日、久しぶりに学校へ行く。
そのために、7時前に目を覚ましたのである。
ひんやりとした朝の空気が肌に心地よい。
電車に揺られながら、うつうつしてしまう。
行きたくないなぁ、と頻りに思ってしまう。
なぜそう思うのか、そのことについて考えてみた。
居場所がないと思っているからだろうか。
友達と自分を比べてしまうからだろうか。
「そんなことないのに、変だなぁ」と、うつうつしながらも訝しがる。
ふと、思い出した。
この気持ちは、かつて感じたもの。
小さい頃、学校という空間に対して抱いていた、息苦しさに似ている。
思い出して、ぼくを苦しめる。
過去は変えられないのに、心は不自由にできていることよ。
遠くから参られた先生の講義を聞く。
大変興味深い内容であった。
先生自身が実に楽しげに話されるのである。
親と子ほど年が離れているのに、なんとなく親しみを覚えた。
「部屋で遊ぶ子は、足が衰えて、脳の発達に影響を与えてるかもしれないんですねえ。無気力や無関心も、外で日光を浴びないから、意欲を司る部位が発達しなくなってるのかもしれません」
とおっしゃる。
最近の子供の足が衰えている、というのはどういうことか。
それは、まっすぐ立っていられない、ということである。
小学校の中には、校長先生の話を子供達が座って聞くのが慣例になっているところもあるらしい。
外で遊ぶことがないから、足の筋肉が衰え、運動によって発達するはずの脳の部位(前頭葉の右側)が発達しない。
外で日光を浴びないから、視神経が交差する真上にある視床下部(意欲を司る脳の部位)もまた発達しない。
耳が痛くなった。
部屋に閉じこもり、本や絵を愛するぼくは、無気力・無関心な学生の典型となろう。
「運動って大事ですね」と言うと、「少しでもいいから運動しましょう」と優しげにおっしゃる。
お昼まで先生方とご一緒することになる。
緊張して、水を飲むのを忘れてしまった。
図書館で勉強していたら、のどが乾いて仕方ないのと、緊張が解けて眠いのとで、すっかりくたくたになる。
学校は怖いところではない。
友達は、怖くはない。
先生も、怖くない。
なら、ぼくは何を怖がっているのだろう。
しばらくして、その答えに辿り着いた。
この日記を書く理由を考えたときに、カントリー・ロードの歌詞が浮かんだ。
* * * * * * * * * * * * * * * *
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
ひとりぼっち おそれずに
生きようと 夢見てた
さみしさ 押し込めて
強い自分を 守っていこ
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
歩き疲れ たたずむと
浮かんで来る 故郷の街
丘をまく 坂の道
そんな僕を 叱っている
カントリー・ロード
この道 ずっとゆけば
あの街に つづいてる
気がする カントリー・ロード
どんな挫けそうな時だって
決して 涙は見せないで
心なしか 歩調が速くなっていく
思い出 消すため
カントリー・ロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード
カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード
* * * * * * * * * * * * * * * *
その場所に続く扉。
ぼくが開く、いくつもの扉。
その無数の扉の向こうは、いつもその場所と繋がっている。
行こうと思えば、いつでも行ける。
でも、ぼくは行かない。
忘れるためであり、覚えておくためでもある。
見上げる空の向こうに、その場所の空を見る。
目を閉じれば、会える。
この星のどこかで、元気にしているといい。
忘れられてもかまわない。
でも、その代わり、忘れることはないと思う。
声が聞こえて、姿が揺らめく。
愛しさで、苦しいな。


