TOP>死ぬこと

2012年02月13日

傲慢な「自己責任」

「自己責任」と言うと謙虚な感じがする。「すべて私の責任です」と。でもそれが本当に「すべて」を指した場合は、それは謙虚ではなく、傲慢だ。そもそも人間は自分の意志で生まれてきたのではない。その身体を選んだのでもない。その時代を選んだのでもない。その場所を選んだのでもない。その両親を選んだのでもない。死ぬときも選べない。死にかたも選べない。根本的なところで、人間は絶対的な受動性を抱えている。このこと...

2011年12月11日

“本当は せつない夜なのに”

少し以前のこと。何のきっかけもなく突然JUDY AND MARYの曲が聴きたくなった。特別この人達のファンでもなかったのに、当時の少年時代の自分が妙に思い出されてきて感極まった。『るろうに剣心』というアニメが好きだった。その主題歌でもあった『そばかす』という曲の中の“本当は せつない夜なのに”という部分を聴くとなぜか泣きそうになる。歌詞の意味とはあまり関係なく。他にも懐かしくなぜか泣けてくる曲...

2011年12月08日

南直哉さん

書店でなにげなく手に取った本。南直哉さんの『賭ける仏教』。中身は読んでいないが帯に書かれている文章が目にとまったので。『生そのものが苦であるならば、死んでしまってもよいではないか。 なぜ死んではいけないのか。 人はみな何となく生きて、苦しんで死ぬ。 それでいいのか。 いや、死をあまり意識しない人は、それでいいかもしれない。 しかし私のような人間はなぜ生きるのかと問わずにいられない。 そのとき、...

2011年12月03日

ロックが死んだ

「キヨシローが死んだ‥‥」「え、誰すかそれ?」「知らないの? ロック・ミュージシャンの」「ロック、ということは自殺すか?」  そんな会話をした職場の馬鹿を、僕は一生忘れないような気がするけど、あのときはすぐに忘れるような気もしたのだ。 「ミュージシャン」の前に「ロック」とつけたことを僕は後悔したし、彼は彼で、気の利いたことを言ったつもりだったのだろう。  今だから書ける話といっても、で...

2011年12月02日

気分

 どう見ても10代としか思えない、作業服を着た男のコたちが、彼女へのクリスマス・プレゼントはどうするとか、クルマのローンを払い終えたら実家を出て、1人暮らしを始めるとか、そんな話をしているのを、ぼんやり聞いていた。  25年前にも、こういう若者はいたし、25年後にもいるだろうが、彼らが多田由美のマンガを読むことはないだろう、と思った。彼らがレイモンド・カーヴァーの小説を読むことは、絶対にない。...

2011年11月01日

命は燃やすもの

ブログにはのせなかったが1、2ヶ月ほど前に書いた文章。僕はもう寿命を捨てる。死神。もう少し待ってくれ。僕はまだ死ねない。僕は死ぬまでは死ねない。約束はそれから果たす。だからそれまで待ってくれ。今死んだら僕は僕として生まれた甲斐がない。これからも怠惰に過ぎていく寿命はもうくれてやる。未来はくれてやる。もう生きようなんて思っていない。ここで死んでやる。だからそれまで待ってくれ。死神なんてものが別に...

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