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2007年07月30日

抑圧と制限の生み出す光

治す、とか元に戻す、っていうそういう発想がAngelaの中にないんだな治そう元に戻そうそういう考えでいるとなかなか突破口を見いだせないよ心の病も治り難い病も「完治」っていうのはないんだよねそういうゴールを設定する事自体幻想なんだ一見治ったように見えても心の病には縁のない人格だと思い込んでいても人は誰でもいつ爆発してもおかしくないような「何か」を抱えて生きているからだから爆発を抑えようと抑圧や制御が...

2007年07月29日

君たちキゥイ・パパイア・マンゴだね。 by 中原めいこ

欲しいものは欲しいと言いなさい 全力で 手を伸ばして つかみなさい 同じように伸びてきた 他人の手で 引っかき傷をつくろうとも(笑 生きることに遠慮しながら 幸福になれる人間は少ない 君たちキゥイ・パパイア・マンゴだね。 中原めいこ...

2007年07月29日

シンプルな幸せ

必要な物だけを持つ大切な人だけを抱える興味のある事だけに向かう幸せってこんなにシンプルなものだったThe Knack「My Sharona」...

2007年07月29日

愛する人

どこまでも愛する人を羽ばたかせたいどこまでも愛する人の可能性を知りたいどこまでも愛する人の生き様を見ていたい愛する人が自分の能力を追い求め自分の人生を完全燃焼している姿にいつも寄り添いいつも一緒に生きることそれ以外の愛し方を知らなかったけれどそれは僕の理想の愛され方でもあったそして僕の理想はいつも現実になるんだDef Leppard 「 Love Bites」...

2007年07月29日

経験値

学生の時紙に漢字を繰り返し書いて字を覚えたものだよね覚えた漢字はその後その漢字を書く場面に遭遇した時にスラスラと書けるようになる知識が経験になるってこういう事なんだ辞書をただ眺めていたって実際に字を書く場面でその字を思い出す事はできないだろう体で習得してないからね身に付いてない哲学や思想宗教や精神世界の考え方も本ばっかり読んでたって体に染み込まないから何の効果もないんだ何百冊読んだって同じ事だよ自...

2007年07月29日

日本代表vs韓国代表

 長きに渡って戦ってきたAFCアジアカップだが、日本は今日の3位決定戦で幕を閉じることになる。移動のトラブルにも見舞われ、日程や運営の不手際などを考えると今日の戦いにおける日本代表のパフォーマンスが心配だった。  案の定、後半辺りから両チームとも明らかにパフォーマンスが低下。そもそも試合序盤からも双方が細かなミスを繰り返し、選手達の疲労の程が伺えた。この状況下、集中力を繋ぎ止める作業は並大抵では...

2007年07月29日

それぞれの目標……。

金曜日の朝、バス停で久しぶりにTさんと一緒になった。 Tさんは、自分が勤める会社に今年の3月までガードマンとして警備会社から派遣されてきていた、50代の男性である。 ガードマンだった頃のTさんは、雨の日も風の日も、毎朝、ビルの玄関に立ち、出勤してくる人達に片っ端から 「おはようございます!」 と、大きな声で挨拶する元気の良さで、向こうがエライさんであろうとなかろうと、相手が挨拶を返そうが返すまいが...

2007年07月28日

「どう生きるか」に関する研究


帰り道、本屋で村上龍の本を見掛けた。
高校生までは好んで読んでいたけれど、大学に入ってからはほとんど読んでいない。
自殺するよりは快楽を求めた方が健全だということ。
そんな結論を出してしまってから、考えるより動くことを選んでいた。

ぼくはどう生きたいんだろう。
ここ数年考えている。
それで、いろいろなことを試してみた。
でも、どう生きたいかについての具体的なイメージが湧かない。

村上龍が言うことを、勝手に解釈してみる。
「どう生きるか」が大切な時代を迎えた。
でも、若い人たちは希望を見出せないでいる。
「やりたいことが見つからない」と嘯いて、努力をしない。
それは彼らの甘えであって、それを問題視してはならない。
やりたいことが見つからない人よりは、やりたいことが見つかった人の方が有利であるから。
それは単純な原則。
努力しない人は成功せず、努力する人が成功する。
でも、成功とは何かを社会が提示できていない。
それなのに、「敗者にはなるな」というプレッシャーだけがのしかかる。

つまり、どう生きるかのイメージがなしには、成功しない。
イメージがあれば、そこに成功への戦略が立てられる。
イメージがなければ、失敗する可能性が高い。

唐突だけど、ぼくは「どう生きるか」に関する研究をしている。
精確には「どう老いるか」に関する研究。
その中で、サクセスフルエイジングという概念を扱っている。
人生の晩年における成功を追究するという、アメリカ的な発想がここに見られると思う。

結論から言うと、成功を達成するために必要な条件は3つある。
健康、社会的活動、社会経済的地位である。
ここでの成功とは、幸せであるという主観的な認識を意味している。
ただ、これら3つの要因は幸福感の3~4割程度しか説明できない。
すなわち、いくら健康で、社会的活動をし、社会経済的地位を保っていても、残り6~7割は説明されない「残差」となる。
注意しなければならないのは、3つの要因を満たせば幸福だとは必ずしも言えないということ。
反対に、高すぎる社会経済的地位は幸福感の低下をもたらすという報告がある。

村上龍にとっての人生の成功者とは、この仕事が自分に向いてたな、と思える仕事である程度生活していけていて、信頼関係のある小さな共同体(家族でなくてもよい)を持っている人のことを指すらしい。
先行研究の知見で言えば、社会的活動と社会経済的地位を満たすことが、人生の成功にとっては大切だということ。
そして、老いにあたっては、健康を維持することもまた、人生の成功に寄与するだろう。
村上龍は「正しい」指摘をしている。

先に挙げた3つの要因を達成することが、一定の成功の条件となる。
だとすれば、若い人がすべきことは、それらの条件を満たすべく戦略を立てることに他ならない。
いかにして、社会的活動と社会経済的地位を満たすか。
それは、仕事をするということに当たる。
「何をしたいのかわからない」というのなら、成功の可能性は下がるだろう。
仕事をすれば、失敗のリスクは避けられる。
しかし、長期的な戦略と立てなければ、例えば老後を生きていく時、貧乏で老いることは困難を伴う。
問題は「残差」だろう。
「仕事に向いている」や「信頼関係」と言える部分。
達成感やセルフエフィカシー(自信とほぼ同義と考えて差し支えない)とも言えるかもしれない。
「残差」は個人差だから、個人によって規定される。
この部分こそ、「どう生きるか」に関する研究に課せられた、課題の一つだろう。

そして、それは自分自身にとっても課題だろう。
ぼくはどう生きたいのか。
具体的なモデルを想定すること。
曖昧なイメージでなく、明確に成功の条件と自己を規定すること。
学問が定義として扱うものは客観的に測定可能な概念である。
そして、個人が目標として扱うものは主観的で測定が困難な概念でなくてもよい。
年収や職業や職種で決めることが、一つのステップになる。
曖昧で迷っていても、誰も相手をしなくなる。
ただ、成功の可能性が減り、失敗の可能性が増えるだけで。
成功/失敗で人生は決まらない、というややこしい言説は隣に置いておいて考えなければならない。

自分の強みは何か。
適性は。
願望は。
ぼくが自分自身についてよくわかっていないならば、誰も相手をするわけはない。
目標を定め、戦略を立てること。
それによって、自ずから選択すべき道は見えてくる。
暇で、くだらないことで悩んでいる時間は、非生産的で、失敗のリスクを高めるだけ。
集中して、解決すべき課題さえ思い付かないのなら、悩みですらない。
ただの甘えだ。

残念ながら、ぼくが求める、内面の探究とか、表現と創造とか、生きる意味とか、死の克服とか、大切な人との関係とか、そういったものは、社会(そして他者)にとっては、何の意味も持たないことなのだ。

2007年07月28日

There was it ,my moon

久しぶりに月を見た。 存在を忘れていた。 隠れていた。 雨の季節が過ぎ そして、姿を現した。 あなたは、 とても美しく輝いています。 ...

2007年07月28日

岩下哲士

画家の岩下哲士さんAngelaが彼の絵を始めて見たのはかれこれ13、4年も前になる当時かなり話題になっていたNHKスペシャル「脳と心」という番組で彼の事と彼の絵が紹介されたんだ美術の教科書に載っているような世界の巨匠といわれる人の絵画には見向きもしなかったAngelaが生まれてはじめて「絵を見て涙を流した」のが彼の作品だった今でも彼が絵を描いている時の映像を見ると胸が締め付けられるようになって涙ぐ...

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