TOP>2010年03年

2010年03月30日

手相占いに頼ってみた

占い師に見てもらった。手相と生年月日。まず手相を見せて、次に自分と夫の生年月日を聞かれた。「だんなさんは何か自分でやってますか」「はい」「奥さんも自分でやってますか」「はい」という出だし。その通り。しかしここで「いいえ」と答えたら別の展開にすればいいわけで、どうなんだろ。ということはともかくとして全体的には心当たりのあることばかりだった。夫は人の言うことを聞かずに自分で決めるタイプで、妻も同じ。でもどっちかが弱くならざるを得ないとなるとウチの場合は妻である私が弱くなるそうだ。よって、一番いいのは別々の事を干渉し合わずに行うこと。今のところその通りでやっている。私にとっては仕事が一番の関心事である。聞くまでもなく教えてくれた。今の仕事は合っている。お金になるというものではないがずっと続けることはできそう。

どっかに勤めようなんて考えない方がいい。はあ、そうですか。男勝りなので、男なら社長になって成功するタイプ。「会社やろうかな」と言うと、やってもいいそうだ。失敗しても責任は取ってくれないそうだ。子どもとの相性を聞いてみた。上の子は出て行って戻らない、家にいない相。言うことは聞かないタイプ。母親がうるさく言うともっとダメ。父親とは合わない。どっちの親とも相性が悪い。しかしある程度の歳になると母親には優しくなる。それは母親の方が面倒を見ているから。頼りになるのは下の子の方。なるほど、そういう感じはありあり。家に帰って息子にそれを言うと「その通りだね」ということだった。

2010年03月29日

『裏返し文章講座-翻訳から考える日本語の品格』

抱腹絶倒本。こんなに痛快で愉快で笑えて、しかもためになる本ってあんまりなくないか。あ、こういう日本語はきっと品格なしに分類されるんだろうが、この際、品格もかなぐり捨てて笑いたい時にぴったりの本で、こういうのを好みそうな友人に触りを話すと「貸して」と言われて、いきなり複数人と約束してしまった。薄めの文庫本なのに1000円+税は安くないが、ちくま文庫、ここまでの内容だったら値段のことなどどうでもいい。本当に面白かった。著者は別宮貞徳先生。今まで知らなかった自分が無知だった。元上智大学の先生というから、上智の出身の友人に聞いてみたらいきなり「はっきり言う人じゃない?」と言う。はっきり言わないといけないところをぼかすのがコミュニケーション及び社会の問題であると思っている自分としては、このはっきりが良かったわけだが、この先生の名を出していきなりこの反応って、きっと相当なのだと推測できる。

カルチャーセンターでの講義を起こした、という構成。出だしは、品格流りなので日本語の品格も誰か書いてくれるかと待っていたら書かないから自分が話す、というもの。途中で(笑)が何度も挿入されているし、声を出して笑える日本語の本なので、きゃあ楽しそうな講義だな、私も聴きたいな、と思っていたら、最後に「本書は書き下ろし。カルチャーセンターは実在しません」とあった。隅から隅まで楽しい。翻訳世界という雑誌の連載をベースにしていて、つまりは、日本語になってない翻訳本を取り上げて批判しまくるという内容。『国富論』『不確実性の時代』『チャタレイ夫人の恋人』『嵐が丘』等、一応誰でも知っている読んでるのが次々に登場。引用箇所で大笑い、批評で大笑い、翻訳者からの反応に大笑い、それについての意見に大笑い。そして深く納得。タイトルに関しては「悪文を反面教師に使うわけね」という説明。そういう読み方も面白いとは思うけど、社会的評価を得ている翻訳本をここまできちんと批評する正義感には心打たれる。こうじゃなくちゃ、と思う。それとユーモア。最高な本だった。めっけもんだったな。どこで買ったんだっけ。別宮先生の別の本をすぐにでも読みたい。

2010年03月29日

ため息の多い日々

時間がないわけでもなく、どっかに出かけていたわけもないのに3日もあいた。そういえば東京に行っていた日が1日あったけど。書く気が起きないのでもなくて、書きたいことは山ほどあるが、それはあまりに恥ずかしい…、でも誰に対して…、多分それは自分に対して…、いやいや、そういうこと自体が恥ずかしいんだな…、なんていう心情風景を彷徨いながら抜け出せない、ああ、恥ずかしい。はっきり言ってしまうと子育ての悩みってことになるんだろうか。いや、それは違って経済問題のみかもしれない。はっきり言って、定期収入があればこういう悩みはないのかもしれない、分からない。あるいは、単に私の性格の問題かもしれない。書くのは恥ずかしいが話すのは恥ずかしくもないので、この間も某所で悩みを打ち明けていたら、その場に居合わせた3-4人に大笑いされて「××さんの見方って面白いよね~」と言われた。悩み相談、というまでのつもりはないが、当方は本気でまじめに話しているのに笑われる悩みって、やはり恥ずかしいんだろうか。

そんな昨日。年配の友人が家を訪ねてきた。いいタイミングだった。箱いっぱいのケーキと和菓子が手みやげ。女性ホルモンを服用中ということで酒は飲めず、甘いものが食べたくなるということを、そういえば言っていたな、以前に。「子どもが喜びます」と言うと「これは××さんに」と言って別の袋をくれた。いちご入りの大福だそうで、皮がピンクのかわいいのがふたつ。美しい誤解をありがたくいただく。この人は子どもが赤ちゃんだったり小さい頃からの付き合いである。挨拶するように子どもらを呼ぶが、とにかく全員不機嫌である。娘なんか見るからにほっぺたを膨らませていてどうも芝居がかっている。その上に私が「泣いてたんで失礼」なんて言うものだから、来客者がおろおろ気味で「ま、ま、まあ」と、誰にともなく言っていた。部屋は散らかっている。息子の引っ越し準備品等々だ。「え、○○君、大学なの、おめでとう」と客人。泣いてた原因はそれなんで「おめでとうって言ってくれる人に単純にありがとうと言えないのも失礼とは思いますが、もう、問題はそれなんですよね」と、あくまで恥ずかしい自分であった。「ま、ま、まあ」ということで客人が鮨屋に連れて行ってくれた。酒を飲まなくなったから運転手を務めてくれるということで。その後、ホテルのラウンジでお茶。とりあえず酔っ払って寝た。枕元にスティーブン・キングの短編集を置いているので悪夢を見ませんように、と思いながら。

2010年03月25日

唐辛子15本というレシピ

夫が書いたタイ料理のレシピの翻訳を始めた。手書きでいただいたが読めない。読んでもらいながら日本語で手書きしようとしたが、あまりに面倒。それに夫は夫で私のメモを見て「その日本語だって読めない」と文句を言う。その通りである。このまま続けても、後になって自分で自分の日本語読めない可能性もありそうだし時間の無駄もありそうだしで、パソコン入力して欲しいと言った。彼は来日前は一応ビジネスマンであったのでタイピングが苦手というわけではなかった。しかし今は全然ダメ。いかにも面倒そうにしている。しかしお願いするしかない。やるしかないことは彼自身も承知している・・・ハズ。ノロノロと取りかかる。そのうちにコックさんに「入力得意?」と聞く。そういえば彼女は高等専門学校まで出ているのであった。嬉しそうに「できますよ」と言うからやってもらった。事務仕事の方が似合いそうな人である。それを私のパソコンに送信して翻訳作業の始まり。安心だ。分からない言葉があったら辞書引けばいいし。

最初は海鮮のヤム(酸っぱい辛いサラダ)だった。貝、イカ、エビなどを唐辛子とレモン等で和える。定番タイ料理で私も大好物。玉ネギを入れて、セロリも入れて、と、順調、順調。次はソース。私も一応作ったことはあるから知らなくはない。唐辛子とニンニクとパクチーの根をつぶして入れるはず。確かにその通りなのだが、分量を見てびっくり仰天。唐辛子、しかも何種類もある中で一番辛いのを「15本」である。これってあんまりじゃないだろうか。店で作っているのなんか2本か3本である。これだと私は全く物足りないが、かといって15本はないでしょう。まあ、後で訂正すればいいやと思って次。ニンニク10粒である。ここまでくるとあんまりである。夫に電話して「唐辛子15本って何、ニンニク10粒って何」と言うと「タイ人用だった」と言う。「じゃ、私が適当に直しておくから」と言うと「唐辛子とニンニクを変えたら他も変えないと」と、いきなり几帳面になった。それにしても唐辛子15本は間違いだろうと思うが、違うんだろうか。

2010年03月17日

『疑似科学入門』

岩波新書のこの本を少し前に読んだけど、買うんじゃなかった、この厳しい経済事情の時に失敗。あとがきによると日本ではこういう本があまりないそうだ。アメリカでは疑似科学を糾弾する本が多いそうだ。疑似科学を糾弾ってこういうことを言うのかなあ、良く分からない、と思った。私がなんでこういうタイトルの本を買ったかというと、一見隙のない科学のように見えて実はこっちのデータを隠しているとか、こっちから見るとこうだとか、そういうのをイメージしたからで、自分のような者にはハードルが高すぎて分からないかな、それでも挑戦してみようと覚悟していたのだが、見事に外れたみたいだった。厳密さよりも扇情というか、何を目的に誰に向けて書いているのか分からない。学生かなあ。といっても理系じゃあるまい。文系の学生への説教かなあ。まあ、少なくとも私のようなモンではあるまい、とまでは予想できる本だった。しっかり読む気も最初から持てなくて就寝前に、失敗したけどせっかくだから読まないと、みたいな貧乏性丸出しでページをめくっていたに過ぎない。岩波新書が読めないと思うようになって長い。まあ、元は大ファンだったかというとそんなことはないのだが。あるいは勝手に期待が大きすぎのか。来年度の目標は慎重な本選び。そう決意させてくれた本。

2010年03月09日

戦場にかける橋

1957年制作の古い映画を昨日見に行った。アラビアのロレンス同様にアカデミー賞受賞作特集のひとつ。することがなく怠惰な時間を過ごしている息子も行かせた。一緒に行きたくないみたいだったから現地集合で離れた席で。さすがに古いから音声も良くないし字幕が極端に見にくい。日本語まで聞き取りにくいのはなんでだろうか。これは息子には理解できないかもな、と思っていたら携帯で内容を調べながら見たということで、なんというか、映画はしっかりその場で見て、調べたいことは後で、そもそも視点も違うんだし、という考えの自分にはもうついていけない若者行動である。これを見ることにした一番の理由は、やはり舞台がタイとビルマの国境で、若い命をなくした英国人、豪州人などの名前と年齢を刻んだ広いお墓を見た時の衝撃を忘れられないからである。20歳とか21歳とか、息子とそう違わない年齢の子達の墓が、この戦場にかかる橋のあるタイのカンチャナブリーにある。戦争博物館には行かずに戻ってしまった。

映画の内容は予想していたのとちょっと違っていた。戦争がテーマかと思っていたら、それはもちろんあるが、どっちかっていうと人間物語の面が強いという感じだった。皮肉なストーリーになっていて、後半は特にスリリング。でも何かしらの物足りなさは何だろうか。うまくできているけど、何か足りないっていう感じが残った。悲惨な最期なのにクワイ川マーチで威勢良く締めくくられた時に、物足りなさはこの執着のなさかな、などと思った。ずっと考えていたことは極寒で死ぬのと猛暑で死ぬのとどっちがマシかなあということだった。もちろん舞台は猛暑のジャングルである。寒いのは嫌いだが、猛暑の中よりは、極寒の方が静かに意識が薄れて静かに死ねるかもと、考えていた。アラビアのロレンスが砂漠が舞台で、猛暑続きだったのもその怖さに拍車をかけた。ここで新田次郎とか見たら考えは変わるかもしれない。地元のタイ人がもっと登場するんじゃないかと期待したがそうではなく、タイ語はほんの二言、三言だった。戦後から12年後、今から50年以上前の制作ではあるが、名作というのは色あせないものであるな。

2010年03月04日

書類関係雑務片付け

ぐちぐち言っている場合ではない、気合いを入れないともう限界である、という気分にやっとなった。気分転換できる程度に机を片付けて少々すっきり。やるぞ!何を?やるべきことを。本題に入る前に、入管とか役所とか銀行とかの雑用のひきずっていたのを一気に片付ける。入管は追加書類を出してもう結果待ちのみ。ダメだったら店はどうするんだろう、というような不安は持たないに限る。どうにもならないから。その時はその...

この記事の続きを見る

2010年03月04日

書類関係雑務片付け

ぐちぐち言っている場合ではない、気合いを入れないともう限界である、という気分にやっとなった。気分転換できる程度に机を片付けて少々すっきり。やるぞ!何を?やるべきことを。本題に入る前に、入管とか役所とか銀行とかの雑用のひきずっていたのを一気に片付ける。入管は追加書類を出してもう結果待ちのみ。ダメだったら店はどうするんだろう、というような不安は持たないに限る。どうにもならないから。その時はその時だ。それと息子のアパートの保証人を父親で契約していたのが面倒なことになっている。息子によると契約の時も面倒だったそうだが、外国人にするのと母親にするのとどっちが面倒かは、多分母親にする方が面倒だったということだろうか。とにかくその契約に印鑑証明というのが必要なのである。これは大人になると使う機会が多いし、私も確か車購入の時に登録してあった。しかし夫はそういう存在さえ知らない。タイも欧米風にサインなので印鑑なんぞ使わない。かといって日本だと何でも印鑑なので「ハンコ」という言葉は日本語のままタイ人の会話の中によく出てくるし、印鑑そのものはみんな持って使っている。夫もそう。ただ印鑑登録というのが分からない。

契約書は夫の名前で作ってあって実印欄がある。こっちを変更してもらうのは多分難しい。となると印鑑登録に行く方が手っ取り早い。平日の昼間は夫があまり出られない。そこで自分で勝手に登録しちゃおうと思って行ったところ、代理人だと当人の依頼書が必要だったり、それを提出した上で郵送で送られてくるのを待ったりと手間のかかること。せっかく気合いが入ったのにがっくりしてしまう。当事者が来ればその場でできるというから当事者に電話して来てもらった。楽しい事だったら先延ばししてもいいけど、こういう面倒なだけで何の楽しみもない事は思い立った時に終わらせたい。外国人の場合はこういうことも外国人窓口で行う。よって他より空いている。職員も丁寧。外登証見せて本人確認後「もう本人いなくてもいいですか」と聞くと「印鑑をお返しする時はいて下さい」と言われて渋々待っている。男権の強い国から来た人と結婚した友人によると「戸籍筆頭者」に女である妻がなるのかけしからんとごねられたそうだ。そういうのもストレスだと言っていた。タイ人にもそういう人がいるのかどうか知らないが、概してこだわりはないように感じる。各種書類の形式にまず母の欄が来て父が次というのもタイでは普通。日本だと父母という順番を普通に感じてしまうが。とりあえずやることはやった。この程度の用事が気合い入れるようなことなのか。なんてエネルギーのない自分なんだろうか。いや本題はこれからだ。

2010年03月03日

技能ビザの更新なるか

昨日は入管へ行った。考えてみるとすぐ近くに入管があって手続きができるということは時代の変化だ。私が家族と共に帰国しようと決めて、夫と、当時日本国籍のなかった息子のビザの件で日本側の書類を頼もうとした時は、親なりに東京まで行ってもらわないとならないということもあって諦めた。午後の遅めの時間に行ったのに数人の人がいた。私の用事はコックさんのビザの更新。当人が行けばいいことなのだが、調理という仕...

この記事の続きを見る

2010年03月03日

技能ビザの更新なるか

昨日は入管へ行った。考えてみるとすぐ近くに入管があって手続きができるということは時代の変化だ。私が家族と共に帰国しようと決めて、夫と、当時日本国籍のなかった息子のビザの件で日本側の書類を頼もうとした時は、親なりに東京まで行ってもらわないとならないということもあって諦めた。午後の遅めの時間に行ったのに数人の人がいた。私の用事はコックさんのビザの更新。当人が行けばいいことなのだが、調理という仕事柄、日本語の必要性がなくほとんどまったくできないため付き添いが必要になる。これまでは日本人の配偶者の人だったのでこういうやっかいなことはしなくて済んでいた。以前にビザを取って呼び寄せた人は早々に行方をくらましてしまったから更新はしたことがない。一応、指示された書類は揃えたつもりだったが、簡単に受理とはならなかった。ひとつには、今回が初めてだから。「初めての時は、どういう店かということが分かりませんからね。他に外国人社員を雇っていればいいんだけど・・・」と言われる。「以前にタイから呼び寄せた時はたくさん書類を提出しているはずですけど・・・、もっともその人すぐにいなくなっちゃって、その件はこちらにお手紙で報告してます」「何年前?」「3年くらいですかね・・・」「それじゃあ、ちょっとだめだな・・・」なんてやり取りがあった。

結局、店の外観内観の写真をできるだけたくさん。保健所の許可証、メニュー、経営者の所得証明なんかを追加提出することになった。まあ、特に難しいものはないが。コックさんは「大丈夫でしょうか」とたいへん心配している。そりゃあ、彼女にしたらビザが取れないと日本にいられないんだから当然。もちろんこっちも困るが、決定権はあちら。パンフレットも提出のこと、と言われていたけど作ってない。そこで名刺を印刷して持参した。法人になってないのはかなり不利なようであった。思いついて「新聞とか雑誌に載ったものがいくつかありますけど」と言うと「そういうの持ってきて」と言われる。このコックさんは仕事が目的で来ているので職務遂行という点ではきちんとしている。ぜひ長くいていただきたい。息子を呼び寄せて日本語学校で学ばせている。家族滞在ビザなので母のビザ次第ということになる。入管に行く間「これが裁判所、これが検察庁」と付近のビルを説明していたら「弟が裁判官なんです」と言う。「若者の」というから日本では「家庭裁判所」ということだろうか。「きょうだいは何人?」と聞いたら「9人」だった。これだけいたら各種職業が並ぶんだろう、いいなあ。しかしこの世代から次がすごい急速な少子化になっている。つい最近もタイと日本を行き来している友人から「お金さえあればタイで老後を過ごすのは何とかなると思っていたけど、少子化で人手がないからそれどころじゃないわよ~」と言っていた。その兆候は私が住んでいた頃からあった。バンコクのやり手の女性は結婚したがらなかったもんな。

【広告】

サイト内検索

メンバー紹介

このサイトに自分のブログを載せたい!
(ブログの登録は無料です。)


カテゴリー

最新の情報をお届け!