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2009年05月24日

『民主党-野望と野合のメカニズム』

伊藤惇夫著。自民党本部勤務20年→新進党→太陽党→民政党→民主党事務局長→政治アナリストという経歴の持ち主が書いた本。面白くないわけがないって経歴だ。民主党の議員をしている友人から借りたもので付箋がたくさんついていたから、折らないように注意しながら、実際大変面白く読んだ。私が日本にいなかった期間に日本の政党は再編成されていて、帰って来た1996年には何が何だか分らなくなっていた。タイから日...

2009年05月24日

『半農半xという生き方』

珍しく図書館で借りた本。こういう体験エッセイみたいなのはあまり読まないので知らないが、これは結構知られている本なのだろうか。田舎暮らしするために勤務先をやめるタイミングをうかがっている在東京の友達に見せたら知っていたみたいだった。考え方は大賛成。私もこれがしたい。だから借りた。つまり、自給的な無理のない農作物作りと、自分に向いた職業生活を半々ずつしましょうよ、という提案。京都の綾部市在住の...

2009年05月14日

アジとウドとノビロをもらう

暇な日。くつろいでいた朝に父から電話があった。なんだか暗いモシモシなので、重篤な病気が発見されたとか、母の様子が変だとか、良からぬことを想像する。いずれにしろ時間の問題であるから気持ちの準備だけは必要だ。すると「山形に旅行してきて」と切り出すので、ほっとする。山形でアジを安く売っていたのでつい箱で買ってしまった、ということだった。「今日は暇だからもらいに行く?」と尋ねると、そうしてくれるとありがたいということで出かけた。すごくいい天気だ。空気が冷え気味なので山も空も美しい。芽吹きの色だって木の種類によって違うから、グラデーションというのじゃないが、濃いのと薄い緑がそれぞれ個性を競っている。山はいいなあ、とつくずく感動しながら運転していて、温泉に行きたくなったので、父に予定より遅れることを告げて、近くの川辺の温泉に行った。誰もいないので湯船につかりながら読書。つい2-3日前も別の温泉で読書してやみつきになった。家でお風呂に入る時も半分くらいは本のためなのでその続きだ。お昼過ぎの時間に実家に到着。外出好きの母はアルバイトに行って留守で父がひとりだった。外で火を起してアジを焼いていたら風が強くて危なかったと言いながら、菓子箱にきれいに並べた焼きたてのアジ10匹と、まだ氷の残る箱に入った新鮮な生のアジをもらう。アジはタイでは庶民の代表的な魚で、大変美味しい料理方法があるので、夫に作ってくれるように頼んである。楽しみだ。

母がいるとなんだか落ち着かないので家に入らずに帰るのが普通だが、今日は時間もあったし母もいないしてゆっくりしてしまった。野菜は端境期であんまりないが、ネギやウドをもらう。ウドは大好物なので購入してしまっていたが、実家の裏に植えてあってまだ収穫できる。しかしウドを直売所で売っても安いし、そんなに人気がないが、ノビロは価格もまあまあで人気があるそうだ。私はウドが好きなのでノビロに負けていることが意外だった。両方もらってくる。山の恵みはありがたい。これで生活できるわけではないが、食べ物が家の周囲で採れるという環境で育った弱みというか、現金よりこっちを信じてしまうところがある。かといって今の自分の暮らしは都市生活者と同じようなものの上に現金も乏しい。この半端さ、ああ、情けないのである。せめてミニトマトとゴーヤの苗を買ってきて庭に植えた。ウドを炒めて夕食に添えたら息子が「この苦味は何!」と悲鳴を上げていたが「じいちゃんちの」と言うと「じいちゃんの老後って理想だよね」と言う。厚生年金があって趣味の農業を営む。山間地で広い畑はないから、遊び半分にはぴったりだ。「長生きするよね」と息子は言うが、それは分からないにしても、私にとっても理想に近い。ある意味、いい時代だったってことだろう。この恩恵を間接的に受けるのは自分の世代までということになると罪深いような気もする。

2009年05月13日

いまどき苗字が漢字でいいのか

息子の奨学金予約という書類が高校からきて申し込むことにした。まず下書きみたいな書類に書き込んで先生がチェックした後は、いまどきの申し込み関係らしくパソコン入力なのである。さすがに、家にパソコンのない人は学校でできるということだが、日時が極度に限定されている。面倒さのみせしめに息子と一緒にやろうと思ったが、お互いの時間も合わないし、恩をきせて母親がすることにした。なお、ウチの場合は父ができないので母がやるが、母も日本人じゃない場合は多分すごく大変だと思う。子供が優秀で父母の不憫を見かねて自分で何事もできるような高校生に育っていれば、それは素晴らしいと思うが、そんなにうまくいかないことはウチの例でも明白だ。外国人支援をしている友人なんかと話していてでるのは、高校でのドロップアウト問題で、こういう書類関係とか、ささいなことだって影響していると思えてならない。

ま、そんなことを思いながら、入力画面を開いた。ちょっとしたミスでやり直しで手間がかかる。息子にいちいち嫌味の電話をしたくなる。なんとかやっとOKかと思ったら、苗字の欄を漢字にせよというメッセージがでた。夫の苗字に漢字はない。ここはかなりあせった。電話で問い合わせたくても、問い合わせ電話番号なんて書いてない。適当に漢字を当てちゃうかと思ったが、多分それはまずいだろうし、タイ人の名前を漢字にするのも難しい。もう放棄してしまうか、とまで思って、そうか私の苗字を当てておこうと思いついた。試しに名前はカタカナのままにしたら大丈夫だった。あとで厳密な調査があって名前が違いますね、と言われても困るぞ。そもそも今どき、家族の苗字が漢字という発想は時代遅れではないだろうか。ウチは私に漢字の苗字が一応あるからこういう逃げ道もあるが、ない人はどうするんでしょう。私は法的にも苗字を変えずに別姓だが、外国人と結婚して相手の姓に変更している日本人女性だっているはずだ。ミドルネームをもっている人もいるが、そんな欄はここには当然なかった。最近は外国人との共生ということで、ま、管理上もあるだろうけど、いろいろ便利にはなってきていると思うけど、苗字は漢字が自明だなんて本当にびっくりしたし、これはすぐに改善すべきと思った。

2009年05月12日

『歴史と外交-靖国・アジア・東京裁判』

東郷和彦著。数回涙が出た。こんな本が800円+税金で読めるとは、講談社現代新書に感謝。東郷さんのことは佐藤優の本に何度か出てきている確か。ロシア関係の部署に長かった外務官僚を退官してからは、各国の大学で教えたり研究したり、各国の知識人や学生と議論し、そして自分の思索を深めているという様子を状況、心情、そして豊富な知識を散りばめて書いている本で、それだけでも十分に重層的だが、この方が東京裁判でA級戦犯として20年の判決を受けて獄死した東郷茂徳の孫であるという出自ゆえの思索と研究がさらに深みを増している。国益を追求する外交官という立場と民間の役割の違い、国家と個人、法律と心情、国際法と国内法等々について、整理の仕方がとっても分かりやすく、大変に読みやすい。いろんな国で議論し考えるところは、この間読んだ上野千鶴子の『国境お構いなし』を彷彿とさせるが、どっちかというと上野さんのは笑いが多く、こちらは涙が多かった。

泣けるのは内容の悲しさというんではなくて、あくまでも突き詰めようとする姿勢に対しての感動なので涙一粒分にも足りない程度だが、胸がグググとなる。こういう人がいい意味での知識人であり、エリートなんだろう。本と実際の仕事の関係がどうかは分からないが、本を読む限り、こういう人が外務省にたくさんいると思うと日本の外交政策は安心…、でも退官されたということはどういうことかということもあるが。ここにはそのへんは全く触れられていない。帯の惹句は「外務省を辞めて考えたこと」。その通り。サブは「政治が歴史に転じ、歴史は政治に転ずる」。確かにその通りの本。品良くまじめで知性あふれる書。慰安婦問題、日韓問題、アメリカの原爆投下をどう考えるかという問題、それにもちろんサブタイトルにあがっている問題。いずれも国内問題があり国際問題があり政治であり、国益におおいに影響するが個人の辛い問題でもあるという複雑さを複雑なままに提示しつつ、それでも答えを求めようとするところがなんだか感動だった。かなり右よりと感じつつ読んでいたが、終わりの方で今の位置を「少し左」としているのがちょっとびっくりだった。素晴らしかったです。

2009年05月11日

カフェの打ち合わせ

とっくに終わっているはずなのに、当方からすると単に先方の都合で引き伸ばされていた仕事が終わった。仕事が終わると困るのはいつものことだが、天気もいいし現実に目を向けるのは先延ばしすることにして映画に行くか、ひとりドライブか、と考えているところに、手があいたら電話くれと頼んでいた建築士から連絡があった。オーガニック食堂で待ち合わせ。「自宅でカフェをやろうかと思って」と切り出すと「やればいいでしょ」と言うから、それだとわざわざ呼び出した意味がないわけで、つまり極度に限られたスペースでどうしたらいいか考えてくれと頼む。タイ料理の行商、山間地で畑をやる等、サバイバルのために考えていることはあるが、今の状況を変えずに実現可能性が最も高いのは、どうせ事務所にしているスペースを改造してカフェにすることであると思いついたわけだ。というわけでリフォーム発注の用事はすぐに済んで雑談になる。しかしスペース的に可能なのか…。

食品の健康志向は高まっているが、住居の健康志向はまだまだであること。建築基準法の問題。家族のほとんどがアトピーというお客さんもいること。そういえばすでにそういう時代に突入しているわけだ。で、逆にここまで差し迫ると、健康住宅への関心も高まって当然だろうという話などを、オーガニック食堂のうどんを食べながらタラタラと話す。食堂の主は無農薬の専業農家で、その素材を使う店をひとりで切り盛りしている。週末は畑仕事で平日はひとりで店。すごいバイタリティである。中山間地の問題ももちろん出る。とにかく農業の後継者がいないどころか、住む人もいない。「一番若い夫婦で71歳」と言う。「ウチの子が大きくなって一緒にやってくれるといいんだけど」と言うから人数を聞くと「2人」。やはり人手の必要な産業には数人の子がいてこそ健全だろう。まあ、後継者が育つためにも、作って売れるという循環を作らないとならない。私もやりたいが今のところダメだから、せめてそういう店になるべく行く。

2009年05月10日

タイ料理で満足の日


今日は美味しいものをいろいろ食べた。朝はこのカオトムというタイのお菓子。バナナの葉をほどくとこうなっている。

日本で匹敵するものといえば、今の季節に作るヨモギ餅だ。ヨモギではないが、香りの良い葉っぱを混ぜたもち米を皮にして、ココナツと砂糖を混ぜたアンを包み、バナナの葉で包んで蒸す。お菓子好きというわけではないが、これは結構好きだ。もち米の粘りが日本米ほどないせいか、皮があっさりしている。ココナツのシャキシャキした感触とほんのりの甘さがいいし、今日も朝食の後で一気に3個食べてしまった。午後のおやつにまた食べようとしたら終わっていた。夫が食べたようだった。夕食には、1人暮らしで食べきれないことは分かっても、時々どうしても自分で料理したくなるというタイ人の友人がくれたスープ「ゲーン・ソム」。直訳すると酸っぱいスープ。

袋から鍋にあけてびっくりした。何だ、この卵焼きは。通常のゲーン・ソムの具はやっぱり魚だろうに。節約で卵にしたのかと思ったが、そういえばこれを作った人は卵が大好きでよく食べているからそのせいだと分かった。肉みたいに見えるのはタマリンド。これはタイのスープでよく使うもので、酸味と甘みが出る。トムヤムに使う場合もある。卵焼きをよく見ると、チャオムという強烈な香りの野菜入りで凝っている。バンコクに住んでいた時のお手伝いさんが大好きで、いつもこの卵焼きを食べていたのを思い出す。唐辛子が大量に入っているように見えたが辛みはそんなに強くない。奇妙に感じた卵焼き入りも食べると合うし、野菜もたくさんでとっても美味しかった。タイ料理を食べた後の満足感は一味違う。

2009年05月09日

小学生で言語を変えるということ

日本語教室をボランティアで長年運営している友人から、人手が足りないから手伝ってくれないかという打診があった。特に予定のない土曜日の午後。日本語検定1級と2級を受ける中国人たちに本気で指導するため、タイ人の女の子を見る人がいないという。優秀な人に教える方が教えがいあるのは分かるけどね、と思いつつお手伝いに行った。久々に会ったその子はずいぶんと大人びていた。タイの子を見ているとウチの子はタイ人...

2009年05月07日

『現代アジアの肖像-ピブーン』

「独立タイ王国の立憲革命」というサブタイトルが付いている。村嶋英治著。労作、素晴らしい歴史書ではないだろうか。買ったのは確か1-2年前であるが手つかずのまま本棚にあった。タイ関係の本は目につくと価格と相談でなるべく購入しているが、かといって読む必要があることはほとんどないしで、特にこういう、すぐ読めるという本じゃないのは手にする必然性がないわけだ。ただこのところタイにご縁があることから読ん...

2009年05月06日

レッドクリフ パート2

こういう大作は長期間上映しているから急ぐ必要もないのだし、女性優待日を待った方がお得でもあるのだが、なんとなく昨日観に行った。他に見たいのがなかったし、家にいるとひたすら怠惰なのもうんざりだ。祝日のせいか人気映画のせいかいつになく映画館は混んでいた。面白かったことは面白かったけど、なんだかそれだけって感じ。先に見ていた息子が「あれ観ると戦うってどういうことなのかと思うよね」と言っていたが、...