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2008年11月28日

国内線の機内食が美味しかった


インドはひどいことになっているし、タイもだ。世界がどこに向かっているのか、いろいろ読んでも分からない。分からないから不安だ。だから目をそむけて無関心になる、という循環は怖い。これは日記である、一応。インドの旅を振り返ることにすると、デリーからパトナまでインディアンエアーのうんと小さい飛行機に乗った。半分で切っちゃったのかと思うような外観にびっくりして、中に入ったら4列しかなくてまたびっくりした。ラオスでエアロフロート機に昔昔乗ったことがあるけど、もっと大きかった気がするなあ。ああ、でも台風に巻き込まれて落ちたことのあるサムイ島行きのも小さかったか。あの時は商社マンの知り合いが「僕の友達が突然都合が悪くなってキャンセルしたら、その飛行機が落ちたんだ」と言っていた。インドは全体に非サービス精神が発達している印象で、フライトアテンダントだって感情労働者の笑顔を作ってない…と思いきや、帰路のジェットエアーは笑顔が印象的で、どういうエアラインだろうと思って帰宅後にぐぐってみたら「サービスがいいので旅行者に人気」と出てきた。

で、この小さいインディアンエアーの機内食が美味しかった。私にとっては今回の旅程のベストフードと言いたい。よく「魚ですか、肉ですか」とか「日本料理ですかタイ料理ですか」などは選択肢として与えられるが、こちらでは「ベジタリアンですか、ノンベジタリアンですか」となる。私はベジタリアンの方を選んだ。ホテルのカレーはあんまり辛くなかったからこっちの方が辛味が強くて美味しかった。まあしかし、お高いツアー料金の割に、ディナーの1食が大使館のパーティーで、1食が国内線機内食で、1食が国際線機内食で、1食が田舎の空港のあんまり冴えないレストランで、食費なんか限りなく安上がりに違いない。食べ物の恨みは恐ろしいといったって心の中と、周辺の人にこぼす程度。暴力は嫌だ。

2008年11月21日

映画「闇の子ども達」

タイが舞台だから、という動機で本日鑑賞。こういうマイナーなのはそんなに長くやってないだろうから午前の部で見て午後から仕事する心つもりで行った。観客は3人くらい。車検に出した車の中に眼鏡を忘れて代車を借りたためサングラスをかけて見たから色付きになったはず。で、この映画は、うううむ…、私はもう全く何の魅力も感じなかった。真正面から闇世界に取り組んでいるという見方はできるんだろうけど、そういう問題にいく前にもう理屈じゃない部分ですべてがダメだったので苦痛だった。だいたいタイを舞台にしてどうしてこんな描き方なのかもよく分からない。日本人が内省的で現実感ないままに生きているのはご自由に、であって、それで私はどうも邦画は勝手に苦手なのだが、タイを、しかもこのようなテーマを扱うんならもっとリアリティが欲しいように感じた。誰1人微笑まないでしかめ面、沈黙ばっかり、単調な人物設定、つまんないセリフ、好みの役者は皆無、テンポが性に合わないし、つまり相性が悪いんだろう。クライマーズハイを超える苦手作品だった。何がいいのかなあ、全然分からない。これだったら原作本の方が私にとってはマシだった。

私の読み方では、本のテーマは子どもの売買だと思っていたが、映画の方は子どもの臓器売買が中心になっていた。つまり臓器を取り出すために殺人をするのである。本では、私はこれはどっちかっていうと補足的なエピソードに捉えていたけど、映画はこっちが前面。それと幼児○○というのが絡まっている。どこから何を描こうとしているのかが見えにくかった。正義感というのも感じなかったし、人間愛も感じないし、冷静さも感じないし、冷酷さも感じないし、ナイナイ尽くし。主人公になっている新聞記者のああいう設定も、物語との関連でどういう必然性があるのか分からない。それで思ったのだが、私がもう世の中についていけてないのだと思う。ここ何年かで見た邦画は数少ないけど、つまんないと感じた映画に共通して覚えた違和感は、唐突さなのだ。ソレとソレの関係に対する想像力が及ばない。本日のもそうだった。この人がどうしてこれじゃないとダメなのか、筋道が自分には見えなくなっている。それをすんなり胸に落としてくれないとなあ、って感じる自分は古いのかなあ、と思った。ま、結局感性の相性ということだろうか。ああ、がっかりだった。

2008年11月18日

旅先の食べ物その2


写真はブッダガヤのホテルで作ってもらったランチボックス。今回の旅でびっくりしたもののひとつだった。次の目的地までひたすら走るということで、日本から同行の添乗員が「お弁当を作ってもらって景色のいい場所でピクニック気分で食べましょう」と言う。それまでの景色から想像してそんな場所があると思えなかったが突然出現するのかも、と思っておいた。旅行会社の役立たずは行く前のやり取りから分かっていたけど、その対応した当人が添乗員だったんだからどうしようもない。浅田次郎の『王妃の館』をずっと思い出していた。成田空港で同一人物と分かった時に「インドはちょくちょく行かれるんですか」と聞いたら「久しぶりです」と言っていた。初めてじゃないかと疑うに足る言動は何度かあった。ピクニック発言もそのひとつだ。

受け取った時の印象は「重たい」である。途中でバスが止まって「お昼にする」と言われた場所は砂埃の渦巻くような場所だった。別のバスの人達が出て行く。ここで?と思っていたら「ハエが多くてダメなのでバスの中で食べます」と言われた。この重たさは何だと思いながらバスの座席で開けたら、大きなじゃがいも丸ごと、みかん、バナナ、リンゴ、ジュース。ゆで卵2つとチキンがひとつとすえた感じで食べる勇気のないサンドイッチ。そしておにぎりだった。タイ米でもおにぎりにするのは新米以外適さないと思ったが、インドの米はもっとパサパサという印象。それにおにぎりの中身は一体何かと思ったら、何も入ってなかった。こういうのってどうなんだろう。日本人だからおにぎりと教えているのは日本人だろうから、きっとインドの人は「ヘンなモン食べるな」とでも思いながらにぎっているのかもしれない。なぜタンドリーチキンとご飯とか、チャパティーにしてくれないんだろうか。そんなことを考えていたら味噌が回って来た。メンバーの1人が日本から持参したもの。おにぎりにつけて食べたけど、1食ソンした気分はぬぐえなかった。タイだったらどんな田舎でも美味しいもんにありつけるよなあ、と思ってしまう卑しい自分であった。

2008年11月18日

旅先の食べ物その1

今回のインドの旅は1食も自由に選べなかった。それでも私は最後の最後まで、店を選ぶことはできないにしてもメニューで注文するくらいの機会はあると思っていたのだから、団体旅行を知らないってことなんだろうか。渋滞やらで予定が変更になることが何度かあって、飛行機の時間に間に合わない危険を回避するため、予約していたレストランをキャンセルしてパトナの空港のレストランで食事になった時こそは、初めてフツウの店に入れた感じがしてメニューを見られると思ったのに違った。またもやビュッフェだった。最後までいたのは11人なんだからこの程度の受け入れを、空港の店でできないということはないように思うし、店は広かったし、その時は時間的な余裕はあったのだ。私なんか、自分が好きに選びたいタチだから、ガイドとか添乗員やって個人個人の好みを尊重していたら大変なことになるに違いないと、ずっと思っていた。もっともそういう仕事に就こうと考えたこともないし、就けると思ったこともないけど。

食事の総括をすると、外のレストランで中華料理を1度、デリーの日本大使公邸のレセプションで日本食中心のビュッフェ1度、時間がないのでバスの中で弁当が2回、国内線の機内食2回、団体ツアー御用達風の店で1回、そしてこの空港での食事以外はぜーんぶホテルのビュッフェだった。田舎の、日本人専用に近いようなホテルではガイドさんが「辛くないから大丈夫」と何度も何度も言っていたのが印象的だった。彼自身は別のテーブルで唐辛子の輪切りのたくさん入ったオカズを食べていたからちょっと味見させてもらって「こういうのも出してくれ」と言ってみた。翌日の朝食で「辛いのが欲しい人がいたから入れました」と言うので期待したらチキンカレーだった。多少は辛かったが物足りない。タイだったら食卓に調味料セットが必ずあるから自分で調節可能だが、インドはどうなんだ、というのも分からずじまいだった。




2008年11月17日

インドで出会ったタイ

インドでの貴重な自由行動というのはラジギールという町のホテルの朝食後だった。お釈迦様在世当時のマガダ国の首都だったという町で、早朝5時に出発して霊鷲山の頂上で日の出を拝みながら念仏を唱えた後、ホテルで朝食、次の町内観光までのちょっとの時間が自由行動となったわけである。その時間を何分にするかでガイドさんが迷っていた時にメンバーの1人が「××さんがタイのお寺に行きたいって言っていたから1時間欲しいでしょ」と言ってくれた。それで、指示に従うだけにしとこうと思っていた自分の気持ちの中に小さな希望が入り込んだ。同室の若い子を誘って外に出た時の開放感に、キャッと叫んだほどだった。

バスの中から見えて目をつけておいたタイの寺院はすぐお隣だった。行くと地元のインド人のすごい行列ができている。言葉が通じないので何が起きているか分からないが、場所を考えると、多分タイ人による施しであろうと想像する。そこに一行の中でも若手の男性がホテルのボーイさんと一緒に来て「抽選があるみたい、行ってみよ」ということで、インド人の人込みの中に皆で入った。気軽な行動だったがとんでもないことになってしまった。東京の満員通勤電車以上の勢いで皆が一斉に鉄の扉で閉ざされた門に押し寄せたのだった。戻るに戻れない。圧死とまではいかなくても怪我くらい覚悟してなす術もなくもまれているところに「その1人だけ」とガードマンが叫んで私だけタイ寺院の敷地内に入れてもらうことになった。そこはタイだった。見慣れたお坊さんが何人もいてお経をあげている。私もタイ人と一緒にひざまずいて手を合わせていたら「どっから来た?」と聞かれて「日本から」と答えた。「インドには貧しい人が多い」とタイ人。姉はしょっちゅう施しに来ているが自分は初めてだ、と言う。そこに、私からすると、はぐれた日本人が現われた。向こうは向こうで、1人はぐれた、と言ってくれて、多分それで私が入れたらしい。

もうそこで時間切れ。「出してくれ」と言うと、言われたタイ人がびっくりである。入ったばかりで何もしてない。「急ぐのか」と言うから「次の場所に行かなきゃならない」と言ったら鉄の扉を開けてくれて、また人込みに放り出された。施し物を求めて入りたいのに入れてもらえないインド人たちにもまれながら、なんとか抜け出た。1人のサリーの白いマフラーがほどけて踏まれて砂だらけになった。観光の日本人と施しのタイ人と、それを受けられるのはごく少数というインドの地元民の姿を象徴するような出来事は一瞬でおしまいだった。「身なりの良いインド人の方が中に入って毛布とかもらっていた」と同室の女の子が感想を述べた。抽選って公平なのかな、などと根拠のない憶測してもしょうがないけど。

2008年11月16日

とりあえず本日帰国

本日インドより帰国。バンコクに住んでいる時に、インド放浪から戻った人たちが「バンコクは天国」と居ついてしまうケースを複数知っているが、今回、遅ればせながら初めてインドに行ってみて、その理由が分かった気がした。「若いうちに行け」と何度か言われたことがあるが、出不精がたたってこんな歳になって初めてということになってしまった。インドへの旅が初めてということだけじゃなくて、そもそも添乗員がつくよ...

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2008年11月16日

とりあえず本日帰国


本日インドより帰国。バンコクに住んでいる時に、インド放浪から戻った人たちが「バンコクは天国」と居ついてしまうケースを複数知っているが、今回、遅ればせながら初めてインドに行ってみて、その理由が分かった気がした。「若いうちに行け」と何度か言われたことがあるが、出不精がたたってこんな歳になって初めてということになってしまった。インドへの旅が初めてということだけじゃなくて、そもそも添乗員がつくようなツアー自体が初めて。初対面の人と同室で宿泊するのも初めて。自由行動は1週間を通じて1時間。食事は全部団体様用。買い物の時間がろくになかったので帰る時のデリーの空港でなんとか時間が取れて買おうとしたら、レジの方がちゃんと働く気があんのかないのか、あまりの遅さに集合時刻になってしまって商品返却。すご過ぎ、タイ人も真っ青と思った。

スケジュール管理されたグループツアーだと地元の人と接触の機会はないが、その代わりにメンバー間の交流があって、これは1人や2人の旅では得られない貴重な経験で楽しかった。デリーの最初のホテルはネット接続が無料でできたから喜んでいたのだが、なにしろ時間がなかった。遅くにホテルに戻って食事してひと息つくと12時とかになっていて、モーニングコールが4時で出発4時半という日もあった。私は寝つきが悪いのでベッドで読書していると1時間くらいじきに過ぎる。というわけでなかなかハードな旅だった。写真は最後の日に行った有名な世界遺産のタージマハル。40分ほどしか時間がないうちの20分は内部を見るための行列に入って、後りの時間は現地まで歩く時間でおしまい。普段は行列は入らないが、さすがに一生に一度かと思って待った。そんな奇妙な行動をするのはツアーメンバーの中で私だけだったみたいだった。タイにいたからアジアの混沌は慣れているつもりではあったが、インドはちょっと次元が違う感じだった。自由に歩く時間が欲しかった。インド料理ももっと食べたかった。美味しかったし、魅力の尽きない国なんだろうと思った。仕事があるはずだが何が何だか忘れてしまった。明日から意識を戻さないと。

2008年11月02日

3食ホテル…

インド行きまで1週間になった。先日スケジュール表が旅行会社から送られてきたので、ホテル名を入力して調べたらデリーでの滞在は5つ星ホテルだった。そこで見る限りネット環境も問題なさそうではある。でもHPがあったのはここだけで、地方都市のホテルはよく分からない。ホテルのチェックのついでに荷物などの項目を見たら、ドルを持参するべきと書いてある。これもネットでちょっと見てみたら、やっぱりその方がいい...

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2008年11月02日

3食ホテル…

インド行きまで1週間になった。先日スケジュール表が旅行会社から送られてきたので、ホテル名を入力して調べたらデリーでの滞在は5つ星ホテルだった。そこで見る限りネット環境も問題なさそうではある。でもHPがあったのはここだけで、地方都市のホテルはよく分からない。ホテルのチェックのついでに荷物などの項目を見たら、ドルを持参するべきと書いてある。これもネットでちょっと見てみたら、やっぱりその方がいいみたいだ。となると両替しておかないとなあ。さらに見てみたら、自分で食べる食事は1度もなさそうである。しかもホテルのようである。3食ホテルって考えたこともなかったが、そうなんだろうか、楽しみにすることにしよう。まさか日本食なんてことにならないといいが、と願うのみ。

バンコクに居た時に、ツアーで来た人々が団体で食事するようなレストランを「こんな所で食事したらタイ料理嫌いになるんじゃないか」と心配したりしたものだが、今度は自分がそっちの立場になるようだ。それに自由行動がないということは買い物もできないということではないだろうか。タイだったら、現地で日常品も服も調達するから持参する荷物は極力少なくするが、事情も知らない国で自由行動もなければ持参するモノだけでそれなりになる。私なんか化粧品や装飾がないから楽なはずだが、それでもそれなりには必要。2年近くぶりの旅行カバンを今日開いた。
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