「この自由な世界で」を観るために遠くまで
「麦の穂をゆらす風」で心を大きくゆさぶられてからケン・ローチ監督という名前が忘れられなくなった。単純に覚えやすい名前だってこともあるが、その社会状況の中でどう生きるかということをどこまでも真摯に描いているなって感じが好きだった。善悪とか強弱でくくられると感情移入できないが、そういう違和感がなかった。その後合作の「明日へのチケット」を観て、イギリスっぽいユーモアと人間味がやっぱり深く心に染みた。で、マイナーな映画ひとつのために車で往復数時間かけて行くのも酔狂な話しではあるが、これはムリしても行くぞ、と前々から決めていた。監督の魅力もさることながらテーマが移民と労働らしいと知れば、この程度の負担は受け入れることにしよう。それが昨日で、開始時間が遅いから帰宅は午前1時くらいになった。移民に関しては、フランスやドイツだと本で多少は読んだことがあるが、イギリスのは正面から移民問題を扱ったのを読んだことがなかったな、ということに映画を観ながら気付いた。しかし終始感じていたのは「どこも同じじゃないか」ということだった。たまたまイギリスが舞台というだけで、これをそのまんま日本映画にもできるし、タイ映画にもできそう。
物語が展開するのは、30歳を過ぎたシングルマザーが、労働者派遣会社の相談員みたいなのをクビになるところから。クビの理由がセクハラみたいなもん。あー、ありそうって感じ。で、この彼女が、思慮深さからはほど遠いからこその行動力で派遣事業を始めるのだが、いるいるこういうタイプって感じ。扱う労働者は移民である。イギリスのように移民労働者を古くから受け入れている国だと労働市場の底辺に新規流入の移民が組み込まれるのは必然。もっともあちらは底辺だけじゃなくてそもそも移民だらけなんだろうけど。車が入れる場所だけを確保して、はったりで営業活動に乗り出し、色気も動員して人材を求める企業を探す。めでたく毎朝たくさんのヒトをトラックに乗せてあっちの工場、こっちの工場へ1日だか時間単位だかで派遣。張りぼてで綱渡りの事業を展開しながら、1人息子の面倒を見てくれている親に「お前は何もかも中途半端だ、しっかり子どもをみろ」と怒られる。これはもう働く母で、このあたりのシーンにチクリとも感じない人はいないだろう。喜怒哀楽をまんべんなく散りばめて、普通の人々の日常を見応えあるものにしているって、やっぱスゴイな。家族でも事業でも問題だらけなのに、さらに輪をかけて問題を膨らませるようなアイデアを実行して最後まで日和らない主人公に脱帽。半端なヒューマニズムでお茶を濁さないところも好きだ。もうこの監督さんに関しては、それだけで次のも観たい。
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