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2007年04月29日

旅する友と渡米した友に連絡する

仕事の受注の失敗がなんとかいい形で解決したので、昨夜はたまたま出会った友人達と深夜まで夫の店で飲んでいた。今朝は息子が部活のため早いうちから出かけたが、特に世話することもないので、ベッドの中で読書していた。それが面白いので風呂にも持ち込んだ。それからメールを2つ送った。ひとりは1年をメドに世界旅行に出た日本人の友人で、今はネパールにいるはず。日本語が使えないからと、彼女からの最初のメールは英語だったが、次に日本語で来たので日本語で送る。もう1つはアメリカのワシントン州在住のタイ人の友人S。この間「5月に日本に来るから東京で会えないか」というメールが入っていて、返事を出す前に電話があった。東京の友達の家を泊まり歩いて、大阪にあるBFの実家に行くという話しだった。何をおいても東京でも大阪でも行くからスケジュールを教えてくれ、というメールを出した。

日本語が堪能で日本企業で通訳をしていたSと知り合ったのはバンコク在住時。何がきっかけだったか覚えていないが、私の住んでいたアパートに引っ越してきたので付き合うようになった。国籍はタイらしいが、ちょっと異国風のタイ語を話すし、日本語と英語も同様に堪能だったが何が母語なのかちょっと不明の感じ。タイとミャンマーの国境のシャン州の出身。ビルマで教育を受けたような話しも聞いたことがあるが謎。ある日、ミャンマーエアーのエアホステスをしているという親戚の女性が彼女の部屋に同居するようになった。Sは「飛行機の仕事は危険だからお母さんが心配するので辞めてアメリカに行く。私も一緒に行く」と言い出した。ミャンマーから出国してタイ経由で別の国に行く人はそれまでも見て来たが、タイで安定した生活のSまで?とちょっと驚き。「でもなかなかアメリカのビザ取れないね」と言っていて時間はかかったが、ある日いなくなった。廊下に階下の食堂から取った出前の皿が出ていたのを覚えている。人付き合いをちゃんとしない私はいろいろな人と知り合っても関係が続くことはほとんどない。今考えるともったいないとは思うが、中には先方から探し出してくれる人がいて、アメリカに渡ったSはバンコクに一時帰国した時に私の前の職場に電話して自分の連絡先を伝言しておき、私がバンコクに行った時にその事を聞いたという経緯でたまにやり取りするようになった。すべてEメールのおかげで、これがないと1人も友達いないかもしれない、と思う時もある。

2007年04月28日

大失敗の後始末

我が家にとって連休というのは、子供の休みが長いな、という以外に変化はない。私はここんとこさぼっていた分の挽回を少々、夫の店は連休だから掻き入れ時…ってことは全くなく、連休だから休みってこともなく平常営業をただ続けるのみ。毎年そうなので、子供達にしたって親と過ごそうなんて気はさらさらなく、勝手に予定を立てている。今日は農産物直売所めぐりをしようと思って試しに友達を誘ってみたら、夫もなく子供の巣立ちも近い1人暮らし予備軍の一員である元同級生が付き合ってくれるというので出かけた。するとじきに夫から電話があった。「今話せる?」と珍しく聞くので道端に車を止めたら「できないから断ってくれ」と言う。ドライブ気分いきなりぶっ飛んだ。が、実は半分くらいは予期していないわけでもなかった。しかし気分は真っ暗だ。つまりこういう事だ。

翻訳をしてくれないかという打診があったので打ち合わせに行った。すると日本語→タイ語で、難易度はざっと見て5段階評定の3と4の間位かと思われるもので、分量多く期間短く報酬は今いち、ってものだった。気持ち的には断りたい、しかし、自分の専門分野でないにしろ、そもそも仕事を断るってことはフリーの身には勇気がいる。自分で出来るものなら何が何でもやるが、自分でできるレベルではない。やるのは夫になるから電話で打診することにした。店をやってなければ、コックさんがいれば、連休があれば、田んぼなんかやってなければ、とかいろいろと頭の中を駆け巡る。この状況では無理って言うだろうと思ったら意外に調子良く「やるやる」って言うから引き受けた。ところが、それはエクセルとパワーポイントのテキスト部分をタイ語に変換していくというもので、彼は両ソフトを使ったことがない。しかも、日本に来てからというもの、頭脳労働をしてないし、タイ語の入力そのものからもう離れていて慣れていないという始末。迂闊だった。以前はこんなじゃなかったのに…。翻訳そのものは英文が付いていたのでなんとかなるが、誰でもブラインドタッチで入力できるってもんじゃないんだな、と反省。だったらなんでやるって言うんだ、と責めても埒があかない。解決策を必死で考えた。やっと見通しがついた。若いうちなら双方がトレーニング的な含みで受発注することはあり得るだろうが、この歳でそういうわけにはいかない。夫にとっては完全に畑違いになってしまったんだ。来日11年になる。それがどういう事だったのか…、なんとなく考えてしまった日。

2007年04月27日

お仕事モードへの切り替え

外で片付く外仕事は帰宅後に引きずらないのでなごむ。在宅仕事は家にいる=仕事場にいる、なので引きずるなんてもんじゃない。で、このところその在宅仕事から遠ざかっていたのだった。その上、外仕事もなくて生活の糧的には問題だが、子供に対しても穏やかでいられるし、料理もする気になるし、ミシンもかける気になって部屋の真ん中に持って来たし、タイ語の勉強もできるし、さらにTOEICまで受けてみようかと参考書まで買う始末だ。いいなあ、この状況が許されるなら…と思っていたら、本当に仕事がすっぽり抜けてしまって、やらなちゃいけないのに何も浮かばなくなった。頭の使い方が違うんだろう。どっかでショートした感じなのだ。マズイなと思って、打ち合わせを兼ねた飲み会をした。そしたらなんとか元に戻った。ところが、このテンションを維持すると他の事に集中できない。せっかく参考書も買ったのに、って、買った時がイレギュラーだったんだ。

今日はやり手のビジネスパーソンと話した。忙しく飛び歩いている。そういう話を聞いてると自分のペースがいかにノロイかが分かる。でもノロくやってもやっていけるならそっちを取ってしまう自分である。仕事人間だとか仕事好きとか思うこともあるが、実は違うんだな、とバリバリ型と接していると分かる。こんなブログ書いている時間があるくらいだしな。でもその人が必要とするものって、当然ながら人によって違うのだ。この間、友人が議員になったのだが、それでよく言われるのが「主婦でおさまる人じゃないよね」みたいな事。私は当事者じゃないから「当人に伝えて下さい」と言うのだが、なんだか面白い発想だと思う。主婦と議員の違いは何だ。主婦の方が辛い人には議員の方が楽かもしれないし、逆もありだし、こういう序列みたいな意識の源はどこにあるんだろうか。なんて考えていると忙しいビジネスパーソンにはなれないのだが、とにかく頭を切り替えて仕事モードにする必要はある。

2007年04月26日

外国人支援ボランティアって…

昨日の事だが、携帯に知らない人からの留守電が入っていた。「支所から紹介されたけどタイ語の通訳してほしい」というような内容。前も市役所から紹介とかいうのがあって、登録制度があるわけでもないのにどういう経緯で個人情報が流れているのか不思議。放置しておこうかとも思ったが、律儀な人間なのでこっちから電話してみた。律儀と言うと聞こえはいいが、実のところタイ人関係については現在進行形でいたいので何が起こっているかを知りたいというスケベ心である。若そうな女性が出た。当方から電話したことに対しての礼の言葉もなく、あまり要領を得ない話し方。予想通りなのでちっとも驚かない。オジの妻がタイ人で、その2人の間の通訳をして欲しいという。「夫婦間の感情的なやり取りだと私はできませんね」と言ったら「それは問題ないんです。区費って何かとか、そういうのが分からないので説明して欲しい」とか。

「外国人支援のボランティアをしているんですよね」と彼女。「特にしてしてませんけど、どこにも属してませんし」と私。外国人支援という分野はボランティアが集りやすい領域なので活動している知人は結構いる。しかし、どっからそういう話しになっているのかなあ。「そういう機械的な事柄でしたらいいですよ。伝えたい事項をまとめておいて下さい。それから奥さんの方の疑問があればそれもまとめておいていただくように伝えて下さい。まとめて説明しちゃいますから。あ、でも、姪御さんでしょ、当人達は実は第三者が入るのは迷惑とか思ってないでしょうね」と言うと「それはないです…あの、その都度電話で通訳してもらえませんか。電気屋さんが来た時とか分からないみたいで」と言う。すごい要望だな。「その都度って言われてもその時私が電話取れるか分からないですよね。電気の専門用語使いながら、あっちだこっちだって説明されたら見えない所にいて分からないし、お宅の様子も分からないし難しいですね」と言った。すると次に「保育園の説明とかも電話で」と言う。終始一貫しているのは相手の状況や都合等々には何の興味もないってことだ。

ボランティアだと常に電話を取れて何でも知っていて何でも手伝ってくれるわけなんですね、なんて聞くのも面倒だが、一体どういう人達なんだという好奇心がムクムクしてきた。「あのね、何を相手に伝えたいかが明確になっていないとできないし、電話じゃあやりにくいから、1度どっかで会ってまとめて説明した方がいいと思うけど、そのくらいならお手伝いしてもいいですよ、でもいずれにしても当事者じゃないと分からないですよね」と言うと「じゃあ、またかけます」と切れた。すると間もなく、ちょうど仕事の打ち合わせを兼ねて飲み会している時に日本人男性から電話。いきなり「あ、ちょっと待って」と言ってタイ人女性に電話を渡したらしい。彼女も私もハローのみ。そしてまた日本人男性に代わる。「タイ語できるそうじゃないか」「はあ」「話さないのか、何かやってくれるんだろ」「あの、何話すんですか。それと今、私、打ち合わせ中なので明日にしていただけませんか」と言ったら「明日??」と呆れたような声色で言って切れた。こういう人達に言葉は要らないんだろうな。夫婦やら親戚やらがどういう関係をもとうと勝手だけど、対外部になったら、頼むからコミュニケーションの基本に沿っていただきたい。ひどく気分が悪くなった出来事だった。

2007年04月23日

『チェンマイ通信』 終了のお知らせ

 いつもご愛読下さり、ありがとうございます。  突然ですが、このたび『チェンマイ通信』を終了させて頂くことになりました。今後は、バーンロムサイ(タイ北部チェンマイHIV感染孤児の家)ホームページ上の「写真日記」一層充実させていく予定です。子ども達のことにとどまらず、チェンマイ情報やスタッフの所感など盛り込んだ充実した日記にしていきたいと思......

2007年04月23日

『血液型の世界地図』を読んで

まとまった読書をしていない。その時間を老後の趣味に役立つようなものに充てようと思ってタイ語の勉強に費やすことにした。生活時間の再編を進めている。かといって活字を見ないってわけにもいかないので睡眠導入本として昨日これを買ってみた。能見俊賢という著者はこの道の草分けの人の息子さんで、先行研究を深めるためジャーナリストから血液型研究の道に入った人。性格占いのように思っているかもしれないが、これはあくまで科学的研究であるという主張で、なんか感動的でもある。それによると、もともと人間の元はO型で、A型とB型が加わった。ヨーロッパとアメリカは極端にA型が多く、アジアやイスラム圏はB型。これで西洋文化と東洋文化の違いが血液型という側面から解読できる、みたいな話しも入っているが、青春出版の新書でそこまで深く解き明かしているわけではなくて、娯楽色も相当に強い。

定石通りに有名人の血液型が紹介されるが、やはり驚くべきは戦後の首相の血液型で、田中角栄がB型とかのごく一部を除いてO型が圧倒的である。なんか、自分が今ひとつ政治に興味を持てない理由が分かったような…。私の知る限りの血縁者はB型のみで、夫のO型が目立つことになるが、この本の説明と私の実感とはかなり似ている。あと、私自身はどうしても興味を持てない歴史小説家が、司馬遼太郎しかり池波正太郎しかり山岡荘八しかりで圧倒的にA型の寡占状態。著者によるとA型の著者がB型の人物に惹かれて書くのが多いパターンだそうで、そう言われると私のようにB型が当たり前で何の目新しさもない者にとって興味持てないわけだ。ううむ、これって科学的ってことかなあ。野茂とかイチローはB型だそうだ。ヒトラーは自分もA型なら親衛隊もA型で固めたってところにドイツ人が興味を持って翻訳もでているそうだ。日本と韓国が血液型バランスの黄金比率を持つ珍しい国で、だから世界の調整役になれるとか、どっかの政治家に進呈してもいいかも、なんて思った。すぐ読めてしまってお得感はないけど雑談のネタ提供本にはなる。
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