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2007年03月30日

『入国警備官物語-偽造旅券の謎-』

この本を昨夜やっと読み終えた。2004年の発行と書いてあるし、買ったのもその頃だと思うが、長い間放置していた。24年間入管に勤務経験のある久保一郎さんが著者。文章の流れがスムーズでないのと、人物が単純化されているような印象でどうかな、と出だしは思ったが、これは元入管職員ならでは、という臨場感で面白かった。多分、私が人間関係の機微だとか、内面が膨らんだものよりも、社会的な部分の大きいものの方を好んでいるということなんだろうと思う。バングラデシュ人の不法入国の手段から日本における同国人を食いものにしながらのサバイバル、まあ、今でいう格差社会の縮図みたいなものか、と、入国警備官という昨今注目度があがっている部署における企業小説的な組織と権力と人間性に関わる部分との2本立てみたいな内容だ。ここで扱っているヒューマントラフィッキングの手段は、審査が甘くなりがちな日本人配偶者のビザを持つパスポートを使って1冊で2度美味しい的手段。つまり正規のパスポートがなかったりオーバーステイだったりの不法滞在者の帰国用に貸し、次の不法入国者にも貸すというもの。本人が移動しなくてもパスポート上は何度も出入国を繰り返していることになる。

これは容易に考え付く方法で、私も、夫のパスポートを顔の似ているタイ人男性に持たせて自分と子供の家族を装えば簡単じゃないかとずっと考えていた。私でも思いつく方法が普及しないはずないだろう。多分相当に普及しているんじゃないかと思うが、そうなるとこれは取り締まりのターゲットになるから難易度は高まるだろうな、と思う。この本を読みながら思い出したことがある。夫が来日当初に、タイの免許を日本の免許に書きかえるという手続きに行った時のことだ。まだ日本語がほとんどできなかったので私が同行する場面は多くて、その日も同じ。書類審査と英語か日本語によるペーパーでの確認(切り替えという建前なのでテストとは呼ばない)と運転の確認。私はクライ性格なので考えうる悪い方の事態を想定してはショックを和らげようというクセがある。が、この時は想定の範囲を超えた事態が発生した。書類審査ではねられたのだ。パスポートをチェックしていた係官が「何度も出入りしていますね」と怪しそうに言う。彼は出張で何度も日本に来ていたわけで当然。その後「免許の申請はできない」と却下された。この地で運転免許がなければそもそも仕事ができない。当時は出入国記録が多いことの何が問題なのか全く分からなかったが、この本を読んで謎がひとつ解けた気がした。

2007年03月29日

タマリンド

 先日オフィスで仕事をしていると、スタッフの寛人さんがタマリンドの実をおやつに分けてくれました。茶色く熟したタマリンドの実は、タイ人の好むお八つ。カラカラに乾いた、太った豆の鞘のような実の外皮を割ると、中にねっとりしたあんず色の果肉が詰まっています。その味は干し柿に似た素朴な甘さ。手がべたべたになるため仕事をしながらつまめないのが難点です......

2007年03月29日

過去を忘れるのは女の特性なのか

疲れているはずだが、帰宅すると息子はいないし、疲れたあ、とへたりこむわけにもいかない。今朝は9時から外仕事だったので家を6時に出た。順調に行けば2時間強、でも早朝ですいているから特別うまくいけば2時間と踏んだが、しかし知らない場所なので迷う可能性がある。それで余裕をもって出て、到着してから車内で一休みというのが、安心のパターンだ。何があるか分からないから常に早めで行動していると労働時間外の見えない部分にすごく時間を使っている。6時に出るのは通常ならどうということはないのだが、今日は特別だった。昨夜、というか今朝2時過ぎまで飲んでいて寝たのは多分3時近い。いい歳して無謀であるし、だいたいこれだけの時間だとアルコールが残っている可能性があるのじゃないかと朝になってから気付いた。そんな無茶をしてしまったのは、20年近くぶりくらいの人達と飲んだからだ。オジサン2人にワタシ、つまりオバサン1人というこのメンバーは、タイに行く直前までの飲み友達だった。Sさんを偶然見つけたのは、裁判の傍聴に行った時。1人で座って、傍聴人が結構いるなあと思って見渡していたら目の前になつかしい顔があった。先方は覚えているか分からないが、迷った末に声かけたら、積もる話しをしようってことで飲む約束をする。いったん帰宅して待ち合わせていた夫の店へ。

バンコクへワープロを送れ、と私はSさんに頼んだらしい。タイへ行くっていうから『タイ人たち』を貸すと言ったらキミは「これからタイへ行くんだから読まない」と言ったとか、ああ、全然覚えていない。なんと恥ずかしい事を頼んだんり言ったんだ、ワープロ…あんな面白い本を…と思っていたら、恥ずかしい事はもっともっとあって、記憶力のいい人ってホントやだな、と思った。すると彼は「昔の事覚えているのは男で、女は忘れるんだよ」と言う。記憶力の悪いのは私だけじゃないそうだ。そうこうするうちに彼が誰かに電話していて「今、××と飲んでいるんだよ」と言う。え、共通の知り合いなんていたっけ、と思っていたら、なつかしいK氏への電話だった。「仕事中だから後で電話するって」と言う。こういう答えは来る気がないと解釈していたら、ひょっこり入って来た。こういう時西洋人だったら抱き合ってキスなのだが、そういう挨拶が自然に思えるのはこういう時だ。同級会で昔のままの姿になる、という話はあるが、同級会なるものは出ないので知らない。でも昨夜はそんな感じだった。話せば話すほど昔と同じじゃないか。ほとんどあらゆる人をバカ呼ばわりして相変わらずのフリーランスのK氏は、すっかり組織人のS氏に暴言を吐いている。なつかしさと楽しさについつい酒が進み、時間も進んだ。組織人のS氏は3人の中では最も良識あるのかどうか、早めに帰ったが残りの2人はさらに飲んでいた。こういう習性がフリーでしかない所以かも。でもこの場所に留まる理由になりそうな出会いだったな。

2007年03月28日

アリの卵のスープを久々に食べた

火曜日はまた間に合わなかった。午前と午後に別々の場所で外仕事があって、それから生活クラブ生協の配達日まで今週から火曜日になってしまったから食品受理して、そして店番に行った。一段落したので今日は本気で飲んでもいいと思っていたところに、久々の友達が来るという連絡もあってそのつもりで店に行った。すると昼からの続きのタイ人達が少しいて、その中に故郷へ一時帰国して戻って来たJもいた。何か買ってくるかと聞かれていたのでシルクの布を頼んでおいたのだが、おみやげに故郷の村人が織って縫った藍染の上着をくれた。着ていたジャケットを脱いでそっちを試着してみたらぴったりだったのでそのまま仕事着にする。なかなかしゃれたデザインで縫製も悪くないし、それに、この手のものにしては珍しく肩パットまでついているのだが、その厚さもちょうど良くて気に入ってしまった。夫用のは、手縫いのステッチがデザイン性に貢献しているもの。とってもいい。

Jは夫と同じく東北地方の村の出身だが、その村では日本人のホームステイが結構いて、織りを教わっている人もいるという。そういえばこの間チェンマイに行った時も、やたらに「ホームステイ」という言葉を聞いた。「この家はホームステイを受け入れているよ」という具合に。染めや織りは私もやってみたいと思っているものだから興味がある。Jは帰りがけに「赤アリの卵のスープがあるから食べてね」と言って出て行った。東北地方出身のタイ人達の会話を聞いていると「赤アリの卵食べたい。パーク・プリオ(酸っぱい野菜)と一緒にスープにしてね。食べたい食べたい!」とよく話している。今の季節だけ手に入るマンゴーの木にいるアリの卵を、Jが自分で捕って持ち帰ったものだと言う。どうやって持参したのかはまだ聞いてないが、こんな貴重品を食べられる機会はめったにないから独り占めしては申し訳なく、興味ありそうな友人に電話したら来た人もいた。たまたま来た友人達もちょっと味見。好評だった。バンコクで食べて以来だから10年以上ぶりのアリの卵スープ。美味しかった。

2007年03月26日

お隣のタイ料理店のオーナーと話す

ずっと引きずっていたワークをやっと納品した。きっちりと締め切りが決まっているものだと何が何でも間に合わせるのだが、曖昧だとズルズルしてしまうという悪い例。おかげでいつもどこかにこびりついていて気が晴れなかった。そもそもそんな状況を何ヶ月も放置していた自分がいけない。もう後がないと決まった数日でドドドとやった。納品してから午後の別件までに時間があったから、納品場所近くの友達に電話してお昼を一緒にしようと思ったが出なかったから、夫の店に行った。カウンターに男性が2人いた。どっちも顔見知りだったが1人はすぐに帰って、もう1人のAさんと話した。彼は県外から来て、夫の店から歩いて5分もかからない場所にアジアン雑貨とタイ料理の店を始めた。1年半ほど前のことだ。手をかけて内装して、いかにも日本のアジアンという体裁になった。Aさんは若くてとってもカンジのいい人だし、注目度も高くてメディアへの露出も目立つ。タイ人のコックさんを雇うと言っていた。タイ料理の人口はそんなに大きくないので、夫の店はつぶれるかなあと、その時に思った。美味しい+リーズナブルという以外に特徴のない店である。

ところが、開店を控えた頃にAさんから「コックさんを紹介してくれないか。決まっていた人がダメになった」という相談の電話があった。当方もアテはない。そんないい人がいたらこっちで欲しいんだし。だからそう言った。その時に、傍から見ていると簡単そうだけど、考えてみると日本人がタイ人を雇うってそう簡単じゃないな、と思った。言葉の問題もあるし習慣の違いもある。コックさんは日本語を必要としないから日本に何年いても上達しない人が多い。夫の店のコックさんも全くダメだ。おかげで夫がダメなら私が行くしかないってことになっている。Aさんの店では、しばらくの間、日本に長くて日本語もできるタイ人女性がいたが、じきに辞めてしまった。なんでも「立ちっぱなしなのが嫌」とか。そういえばバンコクで驚いたのは、スーパーのレジの人達が椅子に座っていることだった。あれから、なんで日本ではレジの人が立っているんだろう、疲れるじゃないか、と感じるようになった。極端に言えばタイ人は楽な道を探し求め、日本人は忍耐を美徳とするようである。どっちもどっちであるが、両者が出会う場面ではこの違いは大きい。「今、誰が料理しているんですか」と聞いたら「僕、自分で作ってます」とAさん。パッタイ(ヤキソバ)とヤムヌア(牛肉のサラダ)ともち米を食べて帰って行った。みんな、なかなか大変なんだ。

2007年03月24日

タイの子どもたちの夏休み

バーンロムサイの子どもたちは、近所の友だちと一緒に家から出て遊びまわるというごくごく当たり前のことが出来ない。タイの国の孤児たちは15歳になるまで大人の付き添いなくホームの外に出ることが法律で禁じられているからだ。散歩に行くにも大人が付き添い、大人が忙しいと外に出たくても出られない。ホームの中は広々としているし、たくさんの木があって遊ぶこ......

2007年03月23日

ふと外国人関係の統計に目がいった

『出入国管理』という本がある。法務省入国管理局という外国人の管理を行っている機関が編集している。平成15年までは5年に1度の発行だったのが、この分野の変化が著しいことから毎年発行になった。数年前までは必要があって資料を追っかけていたがここんところ見てない。でも平成18年度版というヤツを買ってあったようだ。忘れていたが、たまたま本棚で発見してペラペラめくってみた。こういう本は本気で読むと面白いが時間がないからペラペラだけ。時間ができたら久々にゆっくり検討してみたいと思っている。ペラペラからの発見は、タイの健闘ぶりで、もしや近い将来アメリカを抜くか、という勢いである。経済力ではもちろんない。核の保有でもない。武器の量でもない。戦争志向度の高さでもない。外国人登録者数の推移における健闘ぶりだ。

外国人登録者数のトップは韓国・朝鮮で約60万人。ただしこれは減少傾向。最も増加ぶりが著しいのは2位の中国で、多分じきに韓国・朝鮮を抜くと思われる。3位のブラジルは微増傾向、4位のフィリピンは興行ビザ発給の極度の減少が響いて増加傾向転じて微減。5位のペルーは横ばい。そしてアメリカは平成元年から増加が約1万5千人であるのに対して、タイの場合のそれは3万人を超えている。タイ人の場合、在留資格なしというカテゴリーでの外国人登録も結構いるけど、それにしてもえらい増加ぶりだ。調べてないけど想像できる理由は結婚の増加であろうと思われる。ちなみに人数は約3万8千人。一堂に会したらちょっとした自治体ができる。ついでに配偶者も入れたらかなりな規模で、それに高齢化率はまだ低いだろう。私の予想では今後、日本人女性とタイ人男性のカップルは増えると思う。そう思う理由については考察してみたい。老後の楽しみになる前に。
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