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2007年03月22日

細かい用事を片付けた日

午前中は講演録の冊子に関する最終打ち合わせ。ずっとひきずっていたボランティアワークがやっと片付くのは大変喜ばしいのだが、自分の部分を今日明日中にやってしまわないといけない。だから午後から取りかかりたかったけど、息子の高校の制服の注文に行かねばならず、指定のデパートへ行く。暖かいので自転車で。制服の注文って混んでいて時間かかるのかなあ、やだなあ、と思いながら行くと誰もお客さんはいなかった。そういえば今時制服のある高校なんて少ないのだ。並んでいる制服姿のマネキンを見て息子が「偏差値高い高校は制服ないよね」と言う。その通り。「ここがちょうど分かれ目だよね」と自分の行く高校を指差す。こういう結果になって実感した序列なのだろう。制服なんて嫌だと思っていたが、毎日髪を整えている息子を見ていると、これで服装に凝ったら面倒なんで制服で良かったと思ったりもする。合格祝いに高級な財布を買ってやる。それから書店に行ったら偶然知人に会う。その知人の知人が書店内の喫茶兼ギャラリーで油絵の作品展をしているということで、お茶ごちそうするから付き合って、と言われて付いて行ってごちそうになる。そこにその作品のアーチストが偶然入ってきてしばしおしゃべり。

息子と書店を出たらばったり夫に会った。「お茶飲みに行くか?」と言うから、珍しくしゃれたこと言うな、いい喫茶店でも知っているのかな、と思ったら付近のドーナツ屋だった。食べたくないが付き合いだ。でも特に話すこともないから高校の授業料の口座引き落とし用紙に夫の口座を聞いて記入。これまで何もかも私の口座からだったからそれをやめることにした。多分もう収入はなくなる一方だし、後は夫にお願いするしかない。お願いできればの話しだが。帰りがけに夫が息子の様子を見て「人間じゃないみたい」と言う。その意味は聞かなかったが、言いたいことは分かる。終始無言だしニコリともしない無表情だってことだろう。タイ人から見たらそうだろうなあ。人に会ったら手を合わせてニッコリは万人の習慣である。しかし、日本の中学生が「お父様!こんにちわ」と言ってニッコリしたら、そっちの方が下心ありかと不気味じゃないか。確かに、タイから日本に来た時、なんて無表情なんだろうと感じたことは覚えているが。私もしばらくはニッコリしていたらしく、何かの用事で新聞に写真が載った時に知り合いから「こういう時はニタニタするもんじゃない」と言われて驚いたもんな。もう昔の事になってしまった。そもそもニタニタなんて負の印象の言葉があるのも微笑は美徳だけでもないってことか。以上、本日の行動と少し感想。

2007年03月21日

煙害

 昨日の夜中、数ヶ月ぶりの雨が少しだけ降った。実はこの雨、人工的に降らされたものだそうだ。現在チェンマイを含むタイ北部は煙害が深刻化している。その煙害を緩和するため、農業・協同組合省の王室人工雨農業航空局が16日、人工的に雨を降らせるため航空機3機を使って8種類の科学剤を北部の空中に散布したのだそうだ。数日前のテレビのニュースでも、航空機......

2007年03月21日

家族崩壊はアンタの責任って指差したい習慣

本日中に片付けるべきことはあるのに、気力がでない。将来不安の塊が日々ころがりながら自分を膨らませている状態である。何がって、何もかもだ。何かひとつでも拠り所があるといいと思う。まず経済不安が最も大きいが、これはもう模索するしかない。そして大きいのは家族間の信頼関係だろうと思う。って言うと自分の保守性を見る思いだが、一般論としてそうあるべきとか、それが幸福よ、とか思っているわけではなくて、今の自分にとってであり、主義主張にまではつながらない。なんてことをくどくど考えているのは、ここにきて、これが現実であると思い知らされていることがあるからだ。タイ人である夫を孤立させたくない、というのが当初ひそかに心砕いたことであると自分では思っていて、それは子供の年齢が低く、夫がまだ日本文化を摂取する前は効を奏していたように思う。家でも学校の行事でも父親は子供と関わっていた。しかし、それが日本社会の慣例の前でもろくも崩れ去っている。何しろ学校に行くのはほとんど全員母親だけである。授業参観も行事も、PTA会長及び一部PTAの要職を除いてほとんどすべて女女女…。当然、教師の姿勢、言葉もそれを前提にしている。そりゃあジェンダーを意識しているなと思われるフシは感じるが、ここまで極端な性別偏りに日々接していれば、意識する方を妙に感じてしまう。ここまでの偏りは私は異常だと思うし、何の利点もないと思う。

こういうのに関係なく自分はいけると思うのはバカであり、私はそれを今になって認めている。できるわけがない。自分だけの問題ではないからだ。子供は子供の考えがあり、夫はPTAなどの会議のくだらなさを知ってしまったし、そもそも言語形態は超ハイコンテキストであり何が何だか分からない。しかも子供からの無言の否定も感じ取ってしまう。それを責めることはもちろんできない。それでつまり学校との関わりは私が一手に引き受けることになっている。次にタイ人の一般的傾向がこれに拍車をかける。面倒なことにタッチしたくないって傾向だ。好奇心があったり問題意識があったり批判精神があったり改革精神があったり-つまり私はつい思い込みで欧米系の方を思い浮かべるのだが-だと、連帯感が生まれて夫婦の絆(!)は強まるだろう。私なんかそれだけでシアワセになってしまうと思うが、そんなにうまく運ばない。タイ人の夫は知らん顔を決め込んでいる。すると子供とますます離れる。で、家族員は少数だから1人が孤立するってことは、皆がその影響を受けて孤立するってことではないか。しかも私の性格はどうみても接着剤的役割に不向き。核家族とは核分裂家族であるの悪い見本だ。経済制裁されたらもっとひどいことになるよ。

2007年03月17日

『醜い日本の私』を読む

好きな中島義道先生の本を久しぶりに読んだ。面白いんだけど、分からないのは、この人の感覚がそんなに少数派なんだろうかということだ。ご自分では執拗とも思えるくらいに少数だと言い張っているけど、当たり前のことを言っているだけじゃん、としか思えない。でも、私は当たり前の感覚ですと断って、こういう本を書いたって面白くないんだろう。まずは自分をどう位置づけるかから表現行為は始まるんだな。それでどんどんその位置を強化していくことで、ますますこういう本は書けるようになるんだな。この間、ばったり会った友人が「ブログを書き始めた友達が、ブログのネタのために奇怪な行動を取るようになった」みたいなことを言っていたが、それはあり得ることだろうと思う。そしてその奇怪な行動がその人になるんだ。これは、それを商売にしている人のヤラセに通じるんだろうな。商売だと「今日は書けません」「今日は作れません」と放棄するわけにいかないもの。自分の中にネタをもっていれば外にネタを探さなくていいから便利だろうな。中島先生の場合は、ネタのネタが身体の中にあって、何を見てもこのネタのネタを通すので何もかもネタに早代わりしてくれるって感じがする。

1人の著者としては中島先生のは数は読んでいる方だろうと思う。知ったきっかけは『人生を半分降りる』というタイトルに惹かれたというだけのこと。それから『私の嫌いな10の言葉』はことごとく同感。『どうせ死んでしまう』なんて、そのまんまのタイトルのもあったな。その他同感だけど、今回の本でも同感だらけだった。私もずっと思っていたのだが、日本語における呼びかけ語の欠如の問題。先生が例に挙げているのは英語だが、つまり英語は当たり前だけど、日本語で親が子に対して「子供よ」と呼びかけるとシュールになっちゃうね、と言っている。この間タイに行った時に白人男性がタイ語で自分の子供に対して「そっち行っちゃダメ、子供」と呼びかけていて微笑ましかったが、日本語に訳すとヘンだ。日本人として私はこのタイ語の言い回しを知識としては知っているが使いこなせない。私が特に使いこなせないのはこういう呼びかけ語の類である。目下への呼びかけ語の不在を先生は「日本社会の筋金入りのルール」とおっしゃっている。同感です。不便です。円滑なコミュニケーションの障害です。と、このような日常に埋もれそうな疑問に光を当ててくれるので嬉しくなる。

2007年03月16日

卒業式という儀式①

息子の中学の卒業式の日。中学に関しては入学式で懲り懲りで儀式には行きたくない。もともと儀式は大嫌いだが、それでも保育園だと相手が幼児だから形式主義じゃあ事が運ばないし、人数も少ないし、不快感はそうなかった。小学校は儀式だけど子供はまだかわいいからいいやってところ。ところが中学になると儀式のための生徒である。美しい日本を創るための国民と同じで、組織のための個、集団のための個、儀式のための人員という印象しか、私には感じられなかった。入学式の時は当日払うお金があったり役員決めがあったりと義務かと思って行ってことごとく腹がたったので、そういう義務のない卒業式はやめとこうと思っていた。ただ、今の世の中の一端を知るために見たいという気持ちもあり半々ってところだった。昨夜は息子が「今週なんかずっと卒業式の練習だけ。おじぎは30度と15度があってね」と実演してみせた。「それから手のひらはこういう風に開いて気をつけとか回れ右とかやるんだ。何のためだろ」と言っている。「何のためとか考えないで言う通りにする人間作りたいんじゃないのお」と思う。まさに儀式の目的はここにありとしか私には思えない。

朝、一応いつもより早く起きた。風邪は治ったようで鼻水もないし体調も悪くない。「で、何時から?」と聞くと「知らないよ、だって学校に行けば言う通りにしているだけだもん」と息子。だから思考停止人間製造装置なんだ、ここに格好の実例がいる。「自分はそれでいいだろうけど、他の人が関係する場合は時間は1番重要でしょう」「じゃあ来なくていいよ」「あ、そう、じゃあ行かないから」と部屋に戻って、普段着でコーヒー飲んでいた。出掛けに「時間分かったら電話する」と息子。「あのねえ、突然電話もらっても着替えがあるし、もし行けって意味ならそのつもりで服着ておくからどっちかに決めてよ」と言うと来てくれってことで、タイシルクのスーツに着替える。こういう事は子供の願望は一応聞くことにしている。仕事が入っていれば行けないが今日は時間的には余裕がある。夫も一応誘うが行く気なし。すぐに息子から電話があって「8時半から」という。着いたら始まる寸前だった。隣の人が予定表を持っているからのぞいたら終わりが1時になっている。何この長時間。結局卒業式は11時までで、後は離着任式ってことだったが、途中で友達からランチの誘いの電話があったし、卒業式が終わったところで引き上げた。何の感動もなかったが、泣いている人が結構いたのに驚いた。

2007年03月13日

発見された自転車を受け取りに行く

2-3日風邪気味だが、寝込んでいるわけにもいかない状況なので寒空の中に出ている。今日は自転車を取りに行った。3日前に「Kさんのお宅ですか」という夫を名指しする電話が警察からあった時にはいい気分がしなかった。以前に「車の中に怪しいアジア人がいる」という通報があったということで車のナンバーから夫が割り出されて警察から電話があったことがあり、どうもそれを思い出す。ただ今回はいきなり「悪い話じゃないんですけどね」と言ってくれた。さすがに「警察ですが」って言ってそういう断りをしなかったらやたらに人を驚かせるだろうな。しかし「悪い話じゃない」と言われると期待してしまう。表彰でもされるんだろうか、とか。もちろんそうじゃなくて「水色の自転車をゴミ捨て場から持ち帰った人がいて、防犯登録で調べたらKさんだったが、そうか」という内容だった。そういえば水色の自転車が以前にあったがずっと見てない。多分そうだと思うと答えた。盗難届けが出てないので直接、保存してくれている人の家に行ってくれというからハイハイとお礼を言って指示された電話番号に電話してすぐにうかがいます、ってことになった。

夫に確認したら、息子が駅付近に置いておいてなくなったものだという。もう1年以上前のことで忘れていた。あの時は不注意をさんざん注意したのだが。なんといっても1番問題を起こしてくれるのは息子である。風邪気味のせいもあってイライラして「なんで私が取りに行くんだ、息子に行かせるべきだった」と夫に文句言いつつ現場まで送ってもらい、自分で乗ってきた。タイヤの空気が減っているが充分使える。しかし、今までどうしていたんだろう。他人の自転車に1年も誰かが乗り続けていたんだろうか。どういう神経で…。それはともかく、自転車って意外に発見されるものなのだ。数年前には、夫が盗まれた自転車も、盗難届けを出したわけではないのに、放置自転車の防犯登録の番号から持ち主が分かって、その時は県の人から連絡をもらった。指定された保存場所まで受け取りに行ったら、係の人が大変丁寧に対応してくれて、ロックされたままの自転車を、帰るついでだからということで軽トラックに積んでウチまで届けてくれた。ついつい、タイだったらあり得ないよな、と思ってしまう。

2007年03月12日

3世代食事会の感想

昨夜、息子の受験が終わったということで内輪の食事会をした。合否が分かる前の方がこういうことはいいのであろう。息子が「あのお好み焼きやに行きたい」というから、希望を聞き入れた。メンバーは私達核家族4人、私の両親、それから弟の子供1人の計7人。夫の店は日曜日以外は営業しているのでこういうメンバーをそろえるには日曜日しかない。父はたまに野菜を届ける等の口実で家に顔を出すが、母とはしばらく会ってなかった。こういうメンバーで話が弾むということはあり得ないから、面子が揃うことそのものに意義があるのだろう。夫はもともと家では何も話さないので一言も発しないでタイ語の本を読んでいるからタイトルを見たらいつものようにハウツーものだった。こういう好みだったんだ、と最近になって分かった次第。娘といとこの小学生組はずっと漫画を読んでいる。私も読書組に加わりたいが、このメンバーではさすがに自分が場を取り仕切るしかないことくらいは分かる。しかしそういう事が苦手な私にできるのはせいぜい注文するくらいだから飲食物の注文をしていた。

父と母は何かというとコソコソ「それは…」とか言っている。つまり言って良い話といけない話というのが、2人の間で食い違うらしい。そういえばこういう場面は昔からよくあったな、という気がなんとなくする。何かが自分の中でもぞもぞし始める。「Oの子供は3人ともN高だって」と母。Oというのは過疎の故郷に留まっている私の中学の時の同級生でN高というのはここらへんの偏差値1番高。しかし私の周囲はN高ばっかなので珍しくもなんともない。だから「ふうん」と聞いていたら父が「それはやめろよ」みたいなことを母に言っている。要するに本日の主人公である息子への気遣いをしろという意味か、あるいは私か。でも本日の宴席設定の経緯を考えたら話題は高校くらいしかないんだから、場にふさわしいものだろうと思う。「何でも言いたいこと言えばいいでしょ」と私。そ、それもそうだな、みたいな感じの父。そうそう、蘇る過去。親の言葉なんてその程度のものだったんだ、ちょっと言い返せば引っ込める程度の、と悟ったのはいつだったかな。ああ、もう遅かったと思った時期だから大人になってからだ。こういう思い込みが自分の子育てに影響することだけは確かで、自分が子供に対する時の言葉が過剰になりがちかもしれない、しかも発した言葉への説明までつけてしまう。私としては親に欲しかった態度であるが、それが別の子にとって幸福かは分からない。結局相手のことを正確には把握できるわけがない、となるとあの親の態度もそれなりに正解なのだろうか。

2007年03月11日

国際結婚家庭の未来

昨夜、夫の店に飲みに行った。その前に息子の中学の卒業記念食事会というのがあったのだが、親子で6000円の会費だったのに、食事は足りないし飲み物は人工オレンジジュースとウーロン茶だけだしで、PTAとか学校関係ってそもそもカモにされているんじゃないかと今までも思っていたが昨夜も確信した。だったら500円会費でコーヒーだけの方が私はマシ。しかしこういうものに行きたがるのは子供なのである。で、お子様だけの参加はなるべくご遠慮下さいだから、親も行くハメになるのである。カモがネギだけじゃなくてダシの素までしょっているみたいなもんだ。終了早々に出ようと思って息子の席に行って「パパの店に寄って行くから先に帰っているように」と告げていたら司会が「子供達が浮かれて遊びに行くかもしれないから親御さんはしっかり連れて帰って下さい」みたいなアナウンスをしていた。小雨の中を徒歩で行くと、友人夫妻と、それからタイ人女性と最近結婚した日本人男性がいた。

その男性の妻はビザが取れるなり一時帰国して、今もまたタイに行ったところ。「奥さん留守で寂しいですねえ」と挨拶したら「いやいや、せいせいしてますよ」と言って1人でビール飲んであれこれ食べていた。夫がたまに話し相手になっている。せいせいが本音か強がりか、そんなことは分からない。ただ、ウチもそうだが、数多い日本人とタイ人のカップルでうんとうまくいっているという人達は、うまくいってないよりは相当少ないように感じてならない。それは周辺を見ての印象。正式な離婚も多い。永住権が取れると離婚してもビザは失われないから、永住権までは耐えてその後に離婚って人がいても全然不思議ではない。これさえあればこっちのもん、というかあっちのもんなんである。男性が日本人で女性がタイ人が数的には圧倒的に多いのだが、これがまたいろいろある。最初の頃は興味あって知りたいと思ったが、なんだか飽きてきた。それにそんなこと、日本人同士だっていろいろあることだし。それでもやはり国際結婚だとやっかいな問題はある。我が家も本当にランバークになるのはこれからだなって予感がある。期待できる予感は1個もなく不安ばっかり。どうも暗い日曜日だ。

2007年03月09日

台北への熱い思い

タイの旅行の記事がまだ終わってないにもかかわらず、次の旅行の計画を練り始めています。 今年は去年と違い、時間が作れそうなので久しぶりの海外旅行を考えてる。 タイトルの通り台北です。 テレビやガイドブックで見たことがあるので、台湾は前から気になっていたところな......

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2007年03月09日

一段落するとこういうことになる

14時間くらいベットの中にいた。昨日の夕食を食べたのが6時前で、気分がイライラしてしょうがなく、子供を怒鳴りまくるのも情けなく、結局アルコールに依存するのは目に見えているから、6時半に寝て、中島義道の本を読もうと思った。ところが、この本『醜い日本の私』がわくわくする面白さでなくて、困った時に中島さん頼りだったのに裏切られた気分で目を閉じた。そもそもこの本もこの間の香山リカと同じ日に買ったものだ。この本の存在には前から気付いていたけど開いてみて、あんまり面白そうじゃないな、と思ってやめていた。ところがあの日は「『美しい国』が好きな人には、読んでいただかなくても結構です」という帯の文句を見て、買ってやろうじゃないか、という気になってしまったのだ。まんまと作戦にはまらせていただいた。思うのだが、小説や学術書は別にして、エッセイ系で同じ著者だと3冊か4冊を限度にしておいた方が良さそうだ。もっともまだ出だしのみ。読み終えてから振り返ることにしよう。

そのまま寝ると夜中の1時か2時に目覚めるかもしれない、そしたらどうしようと思っていたら、いつもならかかってこない電話がやけに多く、まずは夕食の誘い。「もう寝てるの」と言うと「え、ごめん、でもなんでこんな時間に」「なんかねえ、絶望的な気分になると寝ることにしてんの」「え、×さんが珍しい、そんな事あるの」。これはよく言われることなのだが、絶望的にならない人間がいるんだろうか。「絶望が基本だけど、それじゃあしょうがないから、生活しなくちゃでやっているんだけど、他の人は違うのかな」とブツブツ。次にインフルエンザにかかったという友人。これは長電話になり、寝るのはやめようかと思ったがまた寝る。ふと気付くと仕事関係の伝言が入っている。いきなり目覚めて折り返すがすでに応答なし。結局今朝、その電話で起きた。タイ人が関係する裁判の傍聴をしようと思っていた日に、ちょうど仕事が入ってしまった。すごく残念だけどしょうがない。今日は裁判ものの『それでもボクはやってない』を見に行く予定。
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