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2007年02月23日

またまた失業に近い状態に戻る予感

今週は偶然にも外仕事が重なって、毎日スーツを着て外出していた。そういう格好で書類カバンかけてコツコツと歩いていると、そうだよ、私の人生キャリアウーマンって道だってあったはずなのに、なんでこんな…とひがみっぽくなっている事に気づく。いいな、毎日出勤する場所があって、ランチタイムは同僚と出かけて、共通の話題である仕事の話なんかして、帰り道にはちょっと一杯飲んで。当方、一応スース着てカバンしょってみたところで、部外者として一時的にそこに行き、誰かと交わるわけでもなく、継続的な人間関係を築くわけでもなく、機械の代わりにそこにいます、みたいなものである。お呼びがなければそれっきり。おかげで人間関係に悩むという事は全くなく、逆にそういう人間味が羨ましく感じたりもする。 しかしその楽しみな外仕事も今日で終わり、来週からは失業に近い状態になることが分かっている。ただし、タイの農業留学生が帰国するから成田空港まで見送りで1日つぶれるし、たまには娘の授業参観に行こうかとも思うし、友人主催の鹿料理を食べて野性動物と環境を考える会もあるし、あがた森魚のコンサートもあるし、裁判員制度のシンポジウムもあるし、佐藤文明氏の講演にも行こうかと思っている。確定申告もまだ終わってない。読みたい本はたくさんある。ここまで成り行き任せで平常心でいられるって、やっぱキャリアウーマンには向いてないか。当分スーツを着る機会はなさそうだ。

2007年02月22日

読めない観れないヤケクソ的状況下

本を読んでいる時間がない。来月からは暇で読書できるものと思われるが、今はしょうがないから風呂の中の雑誌で我慢。佐藤優が連載している「ナショナリズムという病理」が面白い。短いから分かりやすい。今読んだもののタイトルは「私の護憲論」。憲法を巡ってはいろんな論議がなされているけど、今までで初めて知った角度からの論考で面白かった。こういうことだ。いつものように自分の立場を明らかにすることから始まる。護憲である、それも文言をひと言もいじらないという硬直した護憲論に立つ←提示されているどの護憲論も国体を毀損する可能性があるから→だったら今の憲法維持の方がマシ→究極的には成文憲法廃止が望ましい→憲法9条と日米安保はパッケージであるが、国際社会のゲームのルールと見た場合にこれを「欺瞞」とするか「結構なことだ」とするかは論者の趣味の問題→筆者は後者→護憲とは現行憲法を形成する国体を擁護することである→国体とは天皇により権威を担保し、国権を権威と権力に区分する日本の伝統である。 憲法論議で念頭におくべきは国体の基本である共和制か君主制かという基本問題だが、憲法9条の保全を主張する論者の大多数は共和制志向と思われる→仮に憲法改正して正規軍を保持し交戦権を確保した場合、誰が宣戦布告するか→天皇が国事行為として行うことになる→敗戦の場合に追及されるのは論理必然である→この論理連関を断つために交戦権は否認しておいた方がいい。この後、日本の共同体理念にいくのだが、それはそれで、ナルホドと思ってしまう。ナルホドと思っていいのかい、と思うが、これに対する反論はどういうものがあるんだろうか。教えて欲しい感じ。あと数日が山なだけだ。読みかけているのは『現代社会と法』→『法とは何か』が面白かったから読んでいるけど、これはちょっと今いち。『宗教vs国家』→読みやすく面白い。観たい映画もいくつかある。それでも僕はやっていない、バブルへGO、愛の流刑地…他。

2007年02月22日

バンコク時代の知り合いにばったり会う

本日の仕事場でばったり知人に会った。別の県に住んでいるので会う機会はめったにない。前回偶然会ったのは2年くらい前だろうか。それでも年に何度かハガキをくれたりカレンダーを送ってくれるのだが、今年は来ないなあと寂しく思っていた。もっとも私がそんな風に思うのは失礼であって、ハガキに対して返事を出していないんだから自業自得というものである。今年の年賀状は今になっても書いてない。すると彼女が「ハガキ出したけど戻ってきたよ」と言う。そうだ、引っ越しの挨拶も、誰にも改めて出してなかった。ここまで筆不精だと信用されないんだろう。ただしEメールは億劫じゃないからちゃんと書いている。この彼女とは、バンコクで知り合った。息子が同年齢で同じ幼稚園に通っていた時に知り合ったのだ。息子同士は結構仲良くしていたはず。 家に帰って「今日ばったりJちゃんのお母さんに会ったよ」と言ったが、息子は何も覚えていない。「バンコクの時のことなんか何も覚えてないよ」。4年もいたのになあ。大人の4年だったらあり得ないけど、生まれてからの4年じゃあ、そんなものか。がっかりしていたら、娘が口を挟んだ。「ひとつだけ覚えていることあるよ。幼稚園でご飯をおかわりして食べ過ぎて気持ち悪くなったことだけ覚えてる」と。彼女はゼロ歳で日本に来たが、5歳の時にしばらくタイにいたから、その時の記憶だろう。しかし来年になったら忘れているかもしれない。その友の息子さんはヘリコプターの運転をしたいと航空関係の学校へ進学が決まったそうだ。就職率は100%。へえ、いいなあ。他人事は何でも羨ましく感じる。息子に「今から好きな事があると進路を決めやすくていいよね。キミのように何ってものがない場合は、高校の間に、どうするかちゃんと考えなさいよ。知的な職業が無理そうだったら技能的な資格を取るとか、何かないと仕事に就くのが難しいと思うよ」と言うと「何の資格?数検とか英検とか?」。そう言われても自分は実用的な資格が何もないから疎い。「だから、そういう事に親が疎いからアドバイスできないから自分で探せって言ってるでしょ!」。最後はいつもこうなるのだ。自分は気が短いと思ったことは、子育てしてみるまで1度もなかったんだけどな。

2007年02月21日

自分の事じゃないから余計に迷う

火曜日の日記を火曜日中に書くのは、また間に合わなくて日付が変わってしまった。午前と午後に別々の場所での異種の仕事があって、夕方からは週に1度の店番へ。余裕のない時期の店番はキツイなと感じていることは夫も感じるようで、自分が行こうかと言った。感じるのも当然だ。机にうっぷしてワオワオと吠えていたんだから。やり場がないからだ。まずこんな細々したものばかりでまとまった収入にもならないし、一体仕事って呼べるんだろうかという不安がある。ほとんどがその場限りのもので1週間先の予定も不明。ただただその場その場でこなしている。かといって、他の手段があるかというと、これまたない。それに今の状況に我慢ならないかというと、そんな事はない。何のかんのと言っても楽しくやっている。休みなしのような気もするが、隙を見て時間が取れるのは自営ならではだろうし、時間給のパートよりは自由度が高いような気もする。ただ、やっぱり定期的に収入のある人を見ると羨ましく、で、店番をしていると、そういう人達が来るので、なんか別世界の方々のようで自分がみじめっぽくなるのだ。やはりどう膨らましても貧しい部類に入ると思われる。 今日は息子が受験した私立高校の結果発表の日だった。ここは落ちるような所ではないので合格通知がきた、のはいいが、当然入学金の振込み用紙が入っている。12万円。こんな額を払うのはどうしたってバカらしい気がする。どうしても行きたいというなら、そりゃあ考えざるを得ないけど、そこまで価値のある学校とは思えない。しかしこれから受験する公立に落ちる可能性は当然ながらある。すごいジレンマだ。息子は「落ちたら2次募集の所に行くからいいよ」と言う。それでいいよね、と思う。でも、そうなると市街地の我が家からの交通費が大変な額になる。「じいちゃんちから通う」と息子。しかし、それでもバス代は高い。それにじいちゃんちが受け入れ可能かどうかは分からない。でも、なんか、田舎もいいような気もするな。逡巡しながら店番していたら、中学の教師をしている友人が来た。相談する。「高校の名前がここでは大きいからねえ」。つまり2次募集するような底辺高だと、それだけで卑下することになるというわけだ。そういう面を私は否定できない。でも、価値基準がここまで画一的という社会も、なんだかな、って感じもする。12万円かあ。タイへ行ける、ヨーロッパだって行けるかも。でも定期収入があればここまで迷わないと思う。カネが出自が人生を左右することになるという実感はある。

2007年02月20日

クルンテープ

外国人はタイの首都を「バンコク」と呼びますが、タイ人は「クルンテープ」と呼びます...

2007年02月16日

疲れた日の日記はこんなん

フランスで修行してきたというケーキ職人の女性と話す機会があった。お菓子作りといえばフランス修行みたいなイメージがあるが、実際に体験者から直接話を聞くのは初めての事だ。なかなか骨太で魅力的な女性だったが、最も印象的だったのは、修行中のアメ細工作りの話だった。すでに菓子職人として日本で経験のあった彼女は、フランスの学校に入るのではなくて報酬を得て4つの異なるタイプの店で働きながら修行していたのだが、その際に日本では習ったことのないアメ細工をするチャンスを得た。師匠が伝授する細工を何人かの弟子が作るのだが、それぞれ個性的な仕上がりになる。師匠と全く同じものを作ることなど誰もしないし、師匠もそれを求めるわけではない。大胆な作品から繊細なものまで、作り手の性格を反映するかのようなオリジナリティいっぱいのものが出来上がる、のだそうだ。それを珍しそうに話すから「日本では違うんですか?」と尋ねると、製菓の専門学校に通っていたという彼女は「先生と同じものを作ることが求められると思いますよ」と言う。へえええ。そういう勉強をしたことがない私にとっては新鮮な響き。素人考えでは、人と全く同じものを作るという事自体が不自然じゃないかと思ってしまう。 そういえば、ドライフラワーアレンジのスクールを経営している友人が、彼女のスクールの特徴を、講師と同じ作品を作るような指導ではなくて、材料は同じでも生徒が好きなデザインで作ること、と言っているし、生徒さん達の側も、それを他に比べたら珍しい指導方法だと思っているらしいことと、本日のケーキ職人さんの話が重なった。「国民性でしょうかね」とケーキ職人の彼女。まさか日本の学校がすべて一律の指導方法であるわけないし、実態を知らない私に確信はないが、おおざっぱには、そういう傾向がありそうだ。人と同じ事をするのが美徳であるという文化と、人と違うのが当然とする文化による差異はあるように思う。日本人ジョーク集にもあったな。沈没する船から海に飛び込ませるのに、日本人には「みんな飛び込んでますよ」と言えばよくて、イタリア人には「飛び込めばモテる」と言えばよくて、そしてフランス人には…「飛び込むな」と言えばいい、だったと思う。真似ることも大事なのだろう。でも真似ることが苦手な人もいる。真似たい人は真似ればいいし、そうじゃない人はそれなりに、お好みでいかようにもどうぞ、というのが私は一番いい。今日は働き詰めで疲労感ありで以上。

2007年02月15日

ヒトは何を最優先するのか

誰か初対面の人と会うと「この人にいいヒトいない?」というフレーズを実によく聞く。当人がギラギラした感じで身を乗り出して言うんじゃなくて、隣にいる人が言うのが特徴であり共通点で、当事者は品良くたたずんでいる。どっちかというと男性の方が多いような印象を受ける。一方では3回結婚して、さらに次の女性のところにころがりこんでいる男もいる。で、何度も結婚している男の条件が良くて、そうでない男が逆かというと、もちろんそんな事はない。それからかなり多いのが、結婚している者同士のお付き合いで、私は内心で「ふうむ、こんなに多いのか」と長年感じていたが黙っていたら、つい最近若い友人が「フリンって多いんですね。職場でもたくさんいますよ」と声をひそめていた。声をひそめるあたりが、おばさんと友人でいられる要因でもある、多分。「やっぱりねえ」と私も声をひそめた。今さらじゃないとはいえ、性的状況の格差社会も進行しているように思われる。こういう分野について分析するのはあまり得意じゃないが、ヒトが何にのめりこむかは、どれも並列であると思う。仕事だったり、恋愛だったり、勉強だったり、子供だったり、料理だったり、旅行だったり、ダイエットだったり、健康食品であったり…という感じで。 これらは社会的産物だから、幻想ともいえるだろうけど、本能の部分はそうとばかりも言えそうにない。先日、バンコク時代からの友人Yと元タイのお坊さんTさんと私とで話している時に、タイのお坊さんの禁止事項のオナニーの話になった。「辛くないですか」とY。「これは慣れます」とTさん。「どうやら、アッチから出さないでいるとおしっこと一緒に出るからオナニーしなくても体は大丈夫なようです」と説明。「ホホウ」とYと私。「じゃあ、慣れないのは何ですか」と私が聞くと「食事ですね。これは最後までダメでした。空腹は辛いです」。ちょっと解説すると、タイのお坊さんは正午までしか食事はできないのだ。やはり、性欲より生存のための欲求が優先されるようにできているのか、となると、ヒトって個体の欲求が先で性欲減退して社会滅びる…、というフローチャートを描きながら会話は進む。「それと、食事しないからオナニーする元気もなくなります」ということなのだ。そして声をひそめて「長年お坊さんをしている人はもうできないと思いますよ」。「それって、た、た、立たなくなるってことですか」「ううん、というか、もう平気になるんじゃないですか」。勉強になった。Tさんは、毎晩飲んでいたお酒を飲めないのも心配だったそうだが、これは「すぐ慣れます」。「じゃあ煙草は?」と私。煙草は禁止事項に入っていないから、仮に、という意味。「煙草は無理かもしれないですねえ」。勉強になる。こんな感じで長時間話していた。

2007年02月14日

昨日から今日にかけての一部分のみ

昨日は、遠方より訪れた客人の希望で神社めぐりに連れて行き、いつもの高校生の指導1時間、それから店番という、家に帰る時間もひとりになる時間も取れない日だった。今日になって睡眠不足のまま運転するのはためらわれたが、帰路に温泉に入りたいがばかりに、高速バスではなくて片道2時間で本日の仕事場に早朝から出かける。仕事時間はほんの僅かでドライブの方が格段に長い。温泉は気持ちよかったけど、疲れが出て、帰り着いたとたんに車の中で睡魔に襲われた。しかし在宅ワークが待っていることを思い出してやろうとしている時に友達から「イノシシの肉あるから食べよー」と電話があった。娘の大好物でもあり、夫の店で料理してもらうために行くことにする。さすがに仕事が待っていては酔っ払うわけにもいかず、イノシシのラープ、イノシシ焼き、イノシシのショウガ炒めと、素晴らしいおつまみ系が並んだのに、ちょっとのビールで我慢してカーオニヤオ(もち米)と一緒に食べる。大変大変美味しかった。山国に住んでいると、こういうありがたい頂き物があるのだ。いつになく早い帰宅で、ともかくやるべき仕事をやる。そしてなんとか一息。今週はたまたまいろいろ入っているのに、自分から客人を呼んだんだからこういうことになる。 その客人だが、昨日、私の店番ついでに1杯ビールを飲んで、新幹線が混みそうな夕方の時間帯だけを避けるつもりだった。居合わせたタイ人女性と共にカウンターにいたら、知らない男性がひとり入って来た。タイ人女性がタイ語で話しかけ、男性は当たり前のようにタイ語で会話している。タイ語は流暢だしタイ人が普通にタイ語でしゃべっているからタイ人なのだと思うが、それにしても顔が日本人のようでもあり「なんで日本人みたいな顔なんだ」とタイ語で冗談のつもりで言ったら、その男性は「あ、僕日本人です」と流暢な日本語に切り替えて言うではないか。「なんでタイ語上手なんですか」と聞いたら「プーケットで3年間お坊さんやってました」と言う。ここが東京や大阪や名古屋なら驚かないし、彼がそういう大都市から来た人であっても驚かない。が、ここはたかが30万都市であり、彼は地元民。タイでお坊さんになる日本人は結構いて、私も知り合いがいるから、それ自体は驚かないが、プーケットというのは珍しい。そういえば私の客人と妻が知り合った場所はプーケットで、私もそこの現場に付き合わされたのだった。もう10数年も前のこと…。それからすっかり話が弾んでしまった。気付くと最終の新幹線の時刻が過ぎていた。客人は前夜のホテルに電話して予約して散財になった。この元お坊さんがこの店に来たのは2回目であり、郊外在住でめったにダウンタウンに出てくることはないという。となれば、不思議なご縁ではないか。それで昨夜は彼と客人と私とで、深夜まで話し込んでいた。タイの仏教の疑問をたくさんぶつけてとても勉強になったし、人の出会いの不思議をまた感じる夜だった。

2007年02月13日

先行き不安の中の子育てだが

今日は息子の私立高校の受験日だ。さすがにこういう日に弁当忘れるわけにいかないから、目覚ましをかけて6時に起きた。彼は肉が好きなので弁当作りは10分程度。バラ肉と野菜やキノコなどのあり合わせとショウガを炒めて塩コショウとオイスターソースとニンニクを漬け込んだショウユちょっとで味付けするだけ。3日位ならこれの連続でも大丈夫らしい。ついでに朝食も同じもの。次に娘が起きて来て「あれ、兄ちゃんは」と言うから「受験だよ」と言って「昨日はボタン付けありがとう」と一応礼を言っておいた。というのは、昨日はバンコク時代からの友人のYとお寺に行ったりで時間を過ごし、夜は夫の店にいたのだが、そこに娘から「裁縫道具はどこか」と電話があったのだ。理由を聞いたら「兄ちゃんがボタンとファスナーをつけろって言う」と言う。「できるの?」と尋ねると「できる」ということで、付けてやったらしい。息子の方には、「妹に何か頼むなら、自分ができることはやってやるように」と言っておくだけで、受験日の朝に説教は控えておく。 子供は成長していることを日々感じる。つい最近まで「何時に帰るのお」と泣いたりしていたことが信じられない。昨日、家族員共有スペースにライターがあったから、片付けようとしたら息子が「なんでライター持って行くの。煙草吸うわけ?」と言うから「こんな場所にライターがあると、キミがストレスためて発作的に火つけたくなったら危険だから」と言うと「ストレスなんかないよ。それだったらキミの方がやりそうじゃん」と言われて、この指摘はよく状況を見ていると関心した。夫はやりそうにないし、そういえば息子もそういうタイプじゃないし、危ないのは私と娘かもしれない。しかし幸いなことに私は暴力的な気分にはまずならないから、ライターは自分の部屋に片付けることにした。Yの話に明るい話題は何もない。○は自殺した。○がクビつった。○は××教に入信してしまった。○は失業して離婚してトヨタの関連の寮付きの工場に応募したけど落ちた…。なんか、日本社会の暗部。こっちはこっちで誰が鬱病で誰が引きこもりで、みたいな感じ。こっちも暗部。どっちも他人事なんて思ってないし、思えない。ただ、どっちにとっても子供の存在は大きいように思う。それで何とか持ちこたえているってところだ。そんな話をしていたら、夫が電話で「うん、うん、じゃあ、おやすみ」と日本語で言っているので誰かと思ったら「世界で一番愛している人から」と言う。娘のことだった。

2007年02月12日

突然あいたから深夜に友人呼び寄せ

昨日の予定ではまだ寝ているつもりだった。トクした気分。昨夜は息子に「徹夜になるかもしれないから、朝は起きない。朝食は適当にやってくれ」と言い、夜になってからコーヒーを何杯も飲み、珍しく受験生なみに夜食まで食べた。夕方「飲みに行こうよ」とかかってきた電話にも「今日はどうしてもやらないといけないのがあって」と断った。のに、夜食を消化しないうちに、コーヒーの効果がびんびんに持続している時に仕事は片付いてしまった。深夜の12時を過ぎて中年女が中年男に「さっきの飲み会のお誘いですけど、今からでもいいですか」と電話するのも礼儀に反する気がするが、しかし目は冴え、手持ちぶたさで、ひとりの友人にメールした。「突然あいたけど、今日来る?」と。バンコク在住時からの男友達で、東京出稼ぎ中だが、タイ人の妻の手術のため急遽一時帰国して、つい最近日本に戻ったと連絡があった。自分が暇な時に「遊びにおいで」と何度も誘っていたら、やっと「行きたい」と連絡があった時には、こっちの暇がなくなっていた。それで昨日の昼間に電話で話し合って延期しようってことになっていた。何もかも当方の都合である。 すぐに電話があった。仕事量は少ない。その少ない仕事は、定期的なものはわずかで、後は「明日お願い」とか極端な場合は「これからいいですか」みたいなのもある。いずれも細切れの小さい仕事で金額も小さいが、だからといってそれを断っていたら何もなくなる。結局今の自分にとってその積み重ねが仕事だから、こっちを優先させないわけにいかない。よって、忙しいわけではない、でも予定は立てにくい、という、なかなか説明しがたい状況にあるわけだ。「うーん」と考えていると「忙しいんだねえ」と言われるが、そういうわけじゃなく、単にうーんなだけ。こういう説明はおいといて、彼には「昼間はああいったけど突然大丈夫になったんだよねえ」と遠慮がちに言う。つまり来週に延期して必ず守れるかどうかが分からないから、私にとっては突然の決断が最も好都合。彼は考えていた、というか、結構相手任せなんだな。タイ人と結婚している男性にありがち。ちなみにタイ人と結婚している女性はその逆がありがち、と私は勝手に見ている。ネットで調べながら高速バスの時刻を知らせ「10分くらい考えてからメールで返事しといて」ということで深夜の電話を終えたら「じゃあ、行きます」って返事が入っていた。だから今日の午後からは遊びに行く予定だ。

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