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2006年05月25日

ついでに「脱いだ靴をそろえる運動」について

あいさつ運動の出動については①無断で休んで、もしも何らかのリアクションがあったら面白いから事実上強制の根拠を聞く→今までの経験から推測すると可能性は限りなくゼロ。そんなに大切な活動であればサボった人に自信をもって文句を言えばいいのに言われたためしがない。とはいえ、影の声は知らないが。②このブログに記録するためだけに出動してみる→気絶はしないと思われるので勇気がいるが、試す価値があるかどうかは一考の余地あり。③出動できませんと、青少年育成担当者にあらかじめ伝える→この方が面白い反応があるかもしれないが、末端の自分にとっての直属の上司が誰か不明。幹部発信だろうが、育成会経由なので、担当者は伝達役割のみだろうから徒労か。以上、3つの選択肢が考えられる。しばらくの猶予があるから検討することにして、ここにあるもう1枚のピンクの紙について記録することにする。

「脱いだ靴をそろえよう!」がタイトル。「この運動が、子供たちの豊な心を育てます」がサブタイトル。「地区住民の皆さんへ」としての説明の要旨は以下、と言いたいが論理性なく理解不能なので、自分がゴーストライターになったと仮定してみる。脱いだ靴を揃えると非行も性的被害もなくなり、家庭は健全、地区の諸活動もなごやかになる…。毎年この紙が全戸配布されるので説明を求めたいと思うが連絡先がない。バンコク在住時に仕事の関係でラオスに何度も行った。ラオス語は分からないが街中にプロパガンダ(らしき)看板があって、稲穂を抱えた家族らしき人々が微笑む図柄から「一致団結明るい家庭」なのかと想像して、多分こういう国には住めないと思ったものだが、現在の日本の某地区で展開しているのは、ラオスでの想像ではなくて日本語で理解できる全体主義だ。ロボットのように脱いだ靴を揃えて、毎日オートマチックテラーマシンのようにあいさつする人を育成することが「青少年がたくましく未来に向かって前進できるように努力する(文面より抜粋)」ことなのか。靴を揃えるのも挨拶も、もちろん気持ちがいい。でも、それと非行が結びつくという短絡的な発想を流布させることで思考停止をうながして良しとするのは、もっと罪ではないだろうか。

2006年05月20日

成婚数の水増しと理想のカップル像

朝から1人になった。週末は家族でドライブ、なんて習慣もないし、各人が勝手に自分の行動をとる中にあって、勝手に行動するには小さすぎ、習い事もしていない娘は最も不利な立場になるから、いつも「退屈だよー」と言っているが、少し成長したらしく「毎週おじいちゃんちに行く」と言い出して昨日から行ってしまった。息子は朝から出かけた。昼食に一旦帰宅すると言っていたが突然の豪雨で無理だろう。夫も「オーストラリア行きはのびそう。ビザを取るのに時間がかかっている」と言い残して朝からどこかに出かけた。「タイ人じゃあ、ビザおりないんじゃないの」と言ってみたが相変わらず反応なし。子供が小さくてどっちかが世話をする必要があった時は、その役をどっちにするかで常に調整し合わなければならなかったが、このところ、親としての物理的役割が減っているため夫婦の会話というのは1日皆無か、本日のように1人当り1~2文というところ。何か共通の話題があると会話のきっかけもあるのだろうが、ない。世間を知らないから世間話はないし、興味のありようも多分全然違うようだ。もっとも彼が何に興味をもっているかも知らないが。

これでは「タイ人と暮らすナントカ」とかいっても、それだけの生活実態がないのだから誇大タイトルだ。国際結婚カップル自らの『ダーリンは○○人』というシリーズがあるが、書けるだけのネタを提供してくれる人と暮らしたら面白いだろうと、羨ましく思う。ところで、結婚情報サービス会社が成婚数を偽った誇大広告で排除命令を受けたと報道されていた。法律ではそうかもしれないが、そんなに重要な問題なのだろうか。この業界の広告は文章量が多いので私もたまに全面広告を読む。「苦しみは半分、喜びは倍に」みたいな言葉が踊っている。受ける印象としては、夫婦というのはコミュニケーションを取り合って手に手を取り合って人生を楽しみ、荒波を乗り切る、みたいな感じ。成婚数を大きく言うより、こっちの方が誇大妄想広告で有害じゃないかと思うが、数字以外を測るのも難しいし、結婚してみたら広告と違ったといっても、個人差という壁に仕切られることだろう。それとも実際にこういう夫婦は多いのだろうか。きっと不幸なのはこれを信じて結婚して、さらにその後も大幅調整しないで信じ続けることだろう。私の基準は、ジャマにならない人なので、こういう人が面白いネタを提供してくれるわけない。

2006年05月19日

タイフェスティバル2006

記事アップするの、遅れちゃいました。
タイフェスティバル2006行ってきましたよ〜☆

土曜日は雨だったので、日曜にいってきました。
今回、私は初参加です。
名前は知っていたけれど、なんとなく、人ごみが嫌で、行かなかったんですが、今回は、タイ関連なら人ごみとか気にせず行って見よう!
と、自転車で行きました。

どんより曇り空にもかかわらず、
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すごい人でした。
予想は的中。
下に降りる気力を若干失いつつも、とりあえず一週してみました。


こんな人ごみでも、知り合いに会うもんなんですね。
近所のタイ料理屋のタイ人スタッフの男性がすぐ目の前にいました!
前にも、ウィークエンドマーケットで、そこの店長さんに会った事もあるし。縁がありそうだな!!!???

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料理の屋台もかなりの数出てましたが、
ほとんどの店前に長蛇の列ができており、
試食だけ食べさせて頂きました。。。

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トゥクトゥクも置いてありました。
日本で見るのも、不思議な感じでよかった!!

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お店のテントもそれぞれ、タイの寺院風な屋根になっていたりして、
かわいかった♪

私はなにを手土産に購入したかといいますと、
飛行機の機体が、アメージングタイランドのペイントの、ビニール風船?です。残り二個のところをゲットしました。
お店の人曰く、レアなグッズだということで、満足☆

部屋の電気の紐につるしています。
部屋の中央をアンバランスに演出してくれています。

2006年05月17日

イマドキの英語教育論議がこれでいいのかなあ

公立小学校で英語教育が行われるというトピックを、昨日のNHKのクローズアップ現代で取り上げていた。偶然テレビがついていたのと、もともとテレビに集中できないタチなのでしっかり見入ったわけではないが、第一印象としては、ここまで大げさに扱う問題なのかってこと。我と汝の関係が曖昧なタイ語の方が日本人には馴染みやすいので採用するとか、お隣なんだから中国語か韓国語の選択学習を決定、というならテレビにかじりついたと思うが、英語?だから?である。でも番組はマジメだった。すでに実践している所では、得意な子もいる反面苦手な子がでて問題、とか。算数だって体育だって何だって得意な子もいれば苦手な子もいる。恥が生まれる前に始めるべき、という意見もあった。今時の学校及びその周辺地域には恥ずかしげもなく様々な母語を使う人達が暮らしているのだから、言語は多様であることを日常の中で体感する方が恥払拭効果としては期待できるような気もする。もっとも国内の外国人人口構成から予想すれば英語以外の可能性の方が高いから、学校教育的には価値ナシか。

全体としては、コミュニケーションの道具としての英語、という側面が強調されていたようだ。道具は使う主体があってこそだから、使い手は自己責任を伴う意見があって、それを伝えたいという意志があって、相手の考えも知りたい理解したいという姿勢で臨むということだろう。まさか、ここでいうコミュニケーションが挨拶だとか世間話であるはずがないと仮定して。となると、どうもイメージしにくいのは、論理や議論よりは情感や和をもって日本人の美徳とするような面々が、地域や家庭や学校現場だけでなく、権力の中枢にもいるらしいこととの整合性。英語では主張を恐れず、日本語では主張は遠慮しろ、では人格障害にならないだろうか。漠としたコミュニケーション云々より、どんどん外資に開放するから企業内言語が英語になる可能性大なので、最低限英語くらいできないと職に就けないぜ、と明言してくれた方がコミュニケーションの種類が特定できてターゲットが定まってやりやすいと思うけど。

2006年05月15日

ヒトの食事とウサギの食事

家を新築して3年になる。建物は小さくていいから、ちょっと食べ物を植えるスペースが欲しいとずっと思っていたので、知り合いの業者に庭を頼む時に考慮してくれるようリクエストした。それで、枕木で囲ったミニュチュアのような畑がある。菜っ葉の種を撒くと出てくるので、虫に食べられて葉脈だけになる前に急いで摘んで食べる。サザンカの垣根の根元に植えたニラは毎年増えて、春から夏はギョウザを作る日が多くなる。実家の父が定年後の楽しみを兼ねて農業をしているため、野菜は8割位自給なのだが、庭先に何かあるとさらに食卓が新鮮になる。今日は娘の一番の好物のピーマンと、試しにオクラを植えてみた。穏やかな好天の中、草取りをしながらよく見てみたら、ミョウガもウドも顔を出している。イチゴもたくさん花をつけている。生き延びられるか心配だったユキノシタも日陰で勢力をのばしている。葉っぱをテンプラにすることにする。夫が撒いておいたパクチーもかなり成長したし、いつのまにかレモングラスも植えてあった。いずれもタイ料理には欠かせないものだ。

雑草はウサギのエサになる。食べても害のなさそうなものをいろいろ与えると、好きな葉っぱだけ選んで食べている。前にモンゴルの遊牧の話を聞いた時に「草原で好きな草を自分で選んで食べるのでストレスのない牛は美味しい」ということだったが、それを思うと、牛舎で飼われて人間の都合によるとんでもない飼料を与えられる残酷さが際立つ。以前、ソ連が崩壊した後のキューバの、カストロ首相主導による生き残り策を、直接現地で調査した人の話を聞いたことがあるが、印象的だったのは、都市の空き地にことごとく作物を植えるという方法。都市生活者は重たい農作業に耐える身体ではないので、腰に負担のかからない工夫もしていた。この町では道路の拡張工事も続いている。アスファルトの下で土が窒息死したらヒトもウサギも生きていけない。

2006年05月13日

野球の球が怖いという言葉に触発された

連日の夏のような暑さから一転、雨で肌寒い。息子の部活のバレーの試合のための送迎担当の日なので、車を出すついでに見学と応援。彼にとってはもう残り少ない試合である。強いチームではないが、それでも1年前に比べたら成長ぶりは著しく、まあまあ見られる試合だった。朝は同乗した子も親が応援ついでに連れ帰ったりで、帰路の車内は息子と2人だけになった。息子は勉強よりはスポーツに関心の偏ったタイプで、高校に行ったら何をするかを考えているらしい。「バレーを続けようかな」とは言うが、小柄であることで限界は感じている。私はいつもバドミントンを勧める。自分がやっていたので試合を見ていても、知らない競技よりは楽しめそうだ。「手足が長いから体型的にはむいているんじゃないの」と私。彼は「もう野球はやりたくない。あのボールが怖くてもう野球はできない」と意外な発言をした。

息子が少年野球チームに入りたいと言い出した時に私がまず感じたことは、あのボールもバッドも怖い、ということだ。当たったら痛いだけですまないのではないか。当人はそんなことを今まで口にしたことがなかったが、中学生という年齢相応に過去を振り返っているわけだ。よくもあんな堅い球を扱っていたものだ…と。で、自分の方は、よくもこの子らをバンコクで産んだものだ、2度とあんなことはできそうにないという気になった。もちろん、仮にしたくてももうできないのだが。友人と呼べる人は1人いたが、行き来は不自由。夫は出産直後から外国への出張続きで、電話もない家に赤ん坊といるのがひどく心細かった記憶がある。田舎からたまに様子を見に来た夫の母とは言葉も通じない。ただ「この短い足は日本人だ」と息子の足を珍し気に見入っていたことは理解できた。感慨に浸りながら運転して帰ったら夫がいきなり「来月1週間オーストラリアに行く。もうチケットを買った」と言う。どうやら兄が買ったとかいう店の様子を見に行くらしい。ということは、もしかすると、将来振り返ると「あの時、あんなことよくやったな」と感慨に浸るようなことをまたする可能性もあるんだろうか。

2006年05月12日

素晴らしかった2つの作品

結局3夜連続でDVDを1本ずつ観た。こういう日常が当たり前の人もいるのだろうが、自分にとっては珍しいこと。昨夜は『シービスケット』。何に感動するかは多分に、その時の心境が影響するが、これはとても感動した。映画好きの知人が以前からよく名前を挙げていて知ったものだが、信頼できる人からの口コミ情報は何よりだと再確認。舞台は1929年の世界大恐慌前後のアメリカ。アメリカンドリームを謳歌した人も、突如没落の憂き目にあう。息子を亡くす父親、息子を捨てざるを得ない親。人生は一転する。そんな人々が、やはり見捨てられそうになった競走馬の元に偶然出会う。その馬の名前がタイトルにもなっているシービスケット。競馬のシーンも美しくて見応えがある。1度の失敗に諦めないでがんばる、というような趣旨の宣伝文句より、私は、中心的登場人物がいずれも自分の選択眼、価値観で、困難な状況における判断を下していくということに励まされた気がした。

優しい映画だったという点では一昨日の『ノッティングヒルの恋人』も同様。前に映画館で、告知記事からは興味を持てなかった『ブリジット・ジョーンズの日記』が、観てみたら意外に面白かったので、嬉しくなって知人に話したらこっちも勧められていたもの。宣伝文句や解説からの印象はイマイチだったのだが、観てよかった。映画を観ていて、自分が何を好ましいと感じるのかを考えてみると、この2本の作品にも共通することだが、少なくとも人間がテーマになっているものでは、人間関係が、支配したい人とされたい人、従属させたい人としたがる人のような、共依存的な関係にないこと。『ブリジット…』もこの見地からは同類。各人がそれぞれの状況の中で最大限に自由に振舞っているのが心地よく、それを前提に人間関係が築かれていく。映画になるのだから現実もそうだと思って元気になるのだが、現実がそうじゃないから映画に描かれるのかと思うと怖くなる。そんな極端なものではなくてどっちもありだろうが、たまにはこういうさわやかな映画で気分転換するのもいい。

2006年05月11日

包丁と針のタイ式と日本式

娘の学校では今年家庭科の研究授業があるそうで、運針に力が入っている。昨日はボランティアの人が数人来て縫い方を教えてくれたと、彼女から報告があった。「コブの作り方が、ママが教えてくれたのと違うんだよ」と言う。私は自分で縫い物をするのも編み物をするのも好きだが、子供に教えるのは苦手で教えた記憶がない。子供を持つ前は「子供と一緒に裁縫しよう」とか思っていたこともあるのに、現実は幻想と違うことを知る。ボッと考えていたら「ああ、パパだパパだ」と娘。学校で教わったのを聞いていると、私のやり方と全く同じであるが、パパから教わった方法=タイ式は、どうやら微妙に違う。で、聞いている限り、タイ式はなかなか合理的で感心した。「そっちの方が狂いがなさそうだよね」と言うと娘は嬉しそうだったが、学校の授業を受けるようになると日本式になるのだろう。

明らかに違うのは野菜や果物をむく時の包丁の使い方だ。日本式だと横や手前に刃を向けるが、タイ式は親指を使って外側に刃を動かして剥く。これも息子も娘も父親と一緒にキッチンに立つことが多かった影響でずっとタイ式がクセになっていて、日本式ができなかった。だから私が剥くのを見ながら「どうやるの?」と興味を持っていた。でも学校で料理を習うようになると、当然のことながら日本式になる。こうして文化は継承され、一方で途切れるように見えるが、もしかしたらどこかに潜んでいるかもしれない。それにしても私自身は何かを伝えてきたのだろうか。この間も娘が「ママから教わったことがないけど髪の毛洗えるようになったよ」と言っていた。乳飲み子の頃を除いては、洗髪も多分ほとんどしてやったことがない。どうも自分の今の立場を考えてみると、小さい時には母親任せにしていた父親が思春期になって自分の出番だ、と覚悟したところが、信頼関係が築かれてこなくて疎まれる、というありがちなパターンの、その父親の方に近いような気がしないでもない。

2006年05月11日

癒しとしてのナショナリズムという説

遅めのお昼を食べに夫の店に行ったら常連客のOさんがカウンターでビールを飲んでいた。暇だし自転車なので障害になるものはなく一緒に飲む。同年代。ラーメン屋とかスーパーとか雀荘とか、職を転々としている。定職がないという点、親が公務員だったから年金で生活ができる点は私も同じた。「俺らの時代なんか、年金だって崩壊しているだろうしさ」と、将来に希望を持てない点も同じ。配偶者ビザの取得待ちのタイ人女性が、やはりビールを飲みながら、フィルムを爪でひっかいたかのような映像のタイのレンタルビデオを見て笑っている。とても笑う気分じゃない。暗くて古びたタイ料理の店で昼間から飲んでいると、なんだか落ちこぼれの気分になる。酔って帰宅してソファでウトウトする。確か今日の起床時刻はお昼前頃なので、起きてからさほど時間はたってないのに。

子供が帰宅して目覚めて新聞を読んでいたら小熊英二への聞き書きが記事になっていた。ナショナリズムについて。この人の著書は好きなので何冊か読んでいる。それで、読んだら期待はずれではなかった。日本の場合はナチズムを生んだドイツと違って、企業など中間組織への帰属意識があったからナショナリズムの質が違っていたが、雇用が流動化したり商工会等の中間組織が力を失い個に分解されている現代は、ナショナリズムの質が変容している、というような指摘が含まれていたと思う。核になる思想があるわけではなくても、思想を共有しているわけでなくても、拠り所として保守的な集まりに参加する、ということ。実際、私自身、どこにも所属できない孤独の中にいると、この考察には説得力を感じる。さらに家族の求心力が落ちていることは、ウチのような家庭では一種の典型だろうと思う。放り出されて漂う個が、どういう吸引力に引かれるのか。またOさんと飲む時はこの件について尋ねてみよう。

2006年05月10日

12人の怒れる男と優しい日本人

深夜に『12人の怒れる男』をDVDで観た。火曜日が某レンタルショップの半額デーなので、久々に行って物色していたものの、観たいと思うものがない。こんなものを10本も並べるならその分種類を増やして欲しいものだ、と思いながら、そう思う自分を変革して、ドドドと並んでいる大作に興味を持てれば問題ないのだが、と思ったりもする。そうなろうと努めたこともあって試しに『Mr&Mrsスミス』を観に行ってみたが、2度とこのようなものにお金を払いたくないと感じた。友達からは「いくらなんでもあれは」とか「恋人と行くものだ」とか言われたが、もし恋人と行ったらあの時間を別のことに使いたいと思うだろう。でもこれのパネルやポスターが店内で一番目についた。せっかく来たんだから『ノッティングヒルの恋人』『シービスケット』を借りることにして、でもなんとなく落ち着かずにブラブラしていたら下の方の棚に『12人…』を見つけた。

1957年のアメリカ映画をなぜ観たかったかというと、ずっと前に、若い友人がおススメだと貸してくれた三谷幸喜の『12人の優しい日本人』の印象が強烈で、下敷きになっているこちらを知らないわけにはいかないと思い続けていたから。恥ずかしながら私は、男が怒るというタイトルから西部劇かと思い込んでいたのだった。12人の陪審員が密室でスラムの少年が容疑者になっている殺人事件の評決に向けて議論するというお話。1人を除いては迷いなく有罪を主張していた人々が、じょじょに疑問を感じていく様子がリアルに描かれているし、そもそも人を裁くとはどういうことかを終始問いかけている。三谷幸喜の日本版は傑作だったが、設定がここまで同じだということには驚いた。日本では独自の裁判員制度のスタートに向けて裁判所がお土産付きの広報に励んでいて、説明会に何度か参加した私の手元にもどう使うのかよく分からない記念品が複数あるが、血税の一部だと思うとありがたくて捨てられない。それより、アメリカ版と日本版の2本を基礎知識として観る方が価値があると思う。
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