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2006年04月28日

あの時国籍喪失がなかったらと振り返る日

ちょうど10年前の今日、タイから日本に戻ってきた。子供の誕生日くらいは覚えているが、結婚記念日なんかは忘れているし、記念日とか伝統行事にはあまり興味のない無粋者だが、今頃だったなあと思って2日前にパスポートで確認したら今日だった。夫に「10年前の今日来たんだよ」と言ったら「そんな事分かっている」と言う。私に輪をかけて無粋な人なはずなのになぜ覚えているのかと思ったら「入管に行くたびに最初の入国日を聞かれるから」ということ。今は永住ビザになっているが、その前は何度も入管で手続きしたのだから暗記していて当然だ。そういえば、確定申告の時にもエイリアン用には別紙があって、最初の入国日の記入欄があったが、私が覚えていなかったので調べるのも面倒で、空欄で提出してしまった。税務署から今のところ何も連絡がないから、さして重要事項でもないのだろう。

あの時日本に来たのには、息子の日本国籍回復のためという単純な理由がひとつにはある。1985年以降、両親のどちらかが日本国籍者であれば、国外で生まれても日本国籍を取得できるという父母両系血統主義を日本はとっている。出産が近くなった頃に、在バンコクの日本大使館領事部に電話したところ「大丈夫ですよ。お母さんが日本人なら日本国籍取れます」という返事だった。当時、私達はバンコク郊外の安い住宅地に住んでいて、家には電話もなく、バス停のある道路まで、バイクを雇うか不定期な乗り合いトラックを利用するしかなく、さらにバスに乗っても交通渋滞で中心市街地に着くのに何時間かかるか不明、何時に帰り着けるか不明という状況だった。暑いし空気は汚いし、とてもじゃないが赤ん坊を連れて出られないまま、3か月が過ぎた。なんとか住み込みの子守兼お手伝いさんを見つけて一息つけたので仕事に復帰し、さて子供の手続きをしようと思ったら「3か月過ぎたので国籍喪失」と言われたのだった。予め電話で問合せした時に期限を知らされなかったと言っても遅い。そんなことは常識なのだそうだ。この時は泥縄式な自分の生き方をさすがに反省した。6か月日本にいて国籍回復の手続きを取るしかない、と教えられ時期をみはからっていた。ちょうど他にも思うところがあって4月28日に来たのだった。

2006年04月27日

ネズミになれない者にとってのタイ語

久々に、日本語教師養成プログラムの通信教育のテキストを開いた。昨年の夏に申し込み、数回分は楽しくてワクワクで提出したのが、難しくなってついていけなくなって放置、という通信教育の王道をまっしぐら。通信で独学は自分には無理なことは熟知していたので、スクールがあれば行きたいが地方都市の教育機会は極度に限定されていて、しょうがなく通信を申し込んだものだ。裏返せば、この講座への意欲のレベルはそれだけ高いということになる。時間がある今がチャンスなのだが、自分に何が向いていないかへの理解は年齢と共に高まって確信に至り、それを圧して進めるために苦手分野はすっ飛ばすことにした。それで開いたのが『社会言語学』のテキスト。そこに興味深い記述があった。

「言語における性差別分類」という表から導いた結論として、最も性差が大きいのが日本語、次がタイ語、ということ。渦巻いていたわだかまり星雲消散。中国語をちょっと習った時に、1人称が男女の区別なく「我」でいいらしいことに目を見張りそうになったが、タイ語はそういうわけにいかない。日本語同様、意味が通じれば人称代名詞を省略することは多いが、しかし、相手との上下関係などでかなり複雑だ。特に女性。子供や若い女性はへりくだって、私=ヌーという。このヌーというのはネズミの意味である。上下関係は年齢であったり社会的地位だったり、なかなか微妙なようだが、男女間では女性がへりくだるのが一般的。こういうことは知識としては持っていても、実行までのハードルが私の場合は高くて、自分を「ネズミは○○でございます」と言えたためしがないし、ネエサン・ニイサン、オバサン、オジサン等と、タイ語ではごく当たり前の人称代名詞さえ使いこなせない。だから自分で話しながらぎこちないのが分かる。抵抗なく馴染んでいる日本人はいるから、言葉と性格の相性もあるのだろうとよく思う。どうも、関係性や状況で使い分けることの重要性に比重がある言葉というのが苦手なのかもしれない。となると、日本語が母語でなかったら私にとって習得はひじょうに難しかっただろう。

2006年04月23日

アリ対策

タイのアリにあちこちで、遭遇する毎日。

段々、食べ物を食べてる時も常にアリを気にしながら食すようになってくる。特に、わたしの好きなジャムパンを食べるときね。
もう、危険信号光速点滅中!!!

ジャムなんて、こぼした時にゃー、数秒で悲惨な状況を目の当たりにすることになる。

宿に帰って布団に一匹アリが迷い込んでいるぐらいは、
見なかったことに。

その日もいつものように、セブンのカフェオレを買って帰宅。
半分ぐらい飲んで、床に置いたまま寝てしまった。
温くなるくらいいいや・・・・


翌朝、温くなるとか、そーゆー問題じゃないことに気がついた!

昨日のカフェオレに向かって大量のアリが行列をつくってるじゃーーないですか!!!カフェオレって水でしょ!?
って私も思ったのですが、ボトルのまわりに付いたわずかなカフェオレの痕跡に群がってるわけですよ。

llllll(-ω-;)llllllはぁ〜〜〜???

どう対処したらいいんだ??

(こういう時、どうしたらいいんですか?)

とりあえずペットボトルをそろ〜っと移動した途端!

さらに悲惨な状況を自ら招いてしまった。

アリ達が大パニックの大騒ぎし始めて一斉にあちこちへ散らばり始めた。



いやぁぁぁぁぁっっっ!!!!待ってくれぇぇぇ〜!!

散らばるな!散らばるなーーー!!!!o(゚д゚;o≡o;゚д゚)o



という心の声と共に、「アリ=水に弱い」の方程式が頭に浮かび、
とっさにそこにあったろ過水を床に撒き始めた。
アリがいっぱいいる場所に向けて撒くんだけど、撒いたら撒いたで、
アリたちが避ける→無駄な水溜りができる。

やり始めたら、やり切るしかない!!と無我夢中。


・・・20分後。


勝負アリ!

私、やり切った!!




と、まわりを見渡して、ビックリ。

部屋が水浸しって、本当にこういう状況なんだ・・・。
床部分、全体が水溜り。

タイでは重要なロールティッシュ使い果たしての拭き掃除。
なんか、ちょっぴり情けない・・・。


そんなタイ生活をしているとは誰も知らない。

2006年04月23日

しだれ桜の下で思い出すこと

部活に行く息子の弁当を作って、少しは仕事の構想でも練ろうか、しかしやる気にならない、とグズグズしているところに、知り合いの僧侶から、寺の桜が満開で陽気もいいのでお花見に来ないか、という誘いの電話があった。息子を除く3人で出かけることにする。小高い丘からしだれ桜越しに望む光景の中には、オリンピック関連で開発が進んだ新興住宅地や道路が多い。新幹線のコンクリートが一直線にそこを貫いているのが目立つ。お坊さんとビールを飲みながらそんな景色を眺めていたら、いかにも外国人風の一行が通りがかった。花見では外国人をよく見かけるなあ、と考えていたら声をかけられた。その一行はインドネシアの現及び元研修生達で、その中の1人の妻で日本語教師をしている知人が声の主だった。全然日本語ができないベトナムの研修生が来るようになっていて日本語を教えている、等の新しい話を聞く。日本人男性とタイ人女性の家族とも会った。

日本のサクラはタイ人達の間でも有名だし、もともと外で食事する習慣があるし、食事は大勢で食べるのが好きなので、お花見とタイ人は親和性が高いといえる。数年前までは一緒に花見をしたり、偶然出合って合流ということもあったが、このところそういう機会はめっきり減ってしまった。タイ人の絶対数が減ったことが要因としては一番大きいと思われるが、リーダー的な存在がいなくなったことの影響も大きい。その点で印象に残っているのはチットというタイ人男性だ。在日タイ人協会を作って会長に就任にしようか、とも言っていた。グラウンドを借りてサッカーの試合を組んだり、花見などのイベントにはリーダーシップを発揮していた。各地を転々とする間に危機一髪で摘発を逃れたり、車を運転中に何度か検問にあったのに無事だったことから、このままいられるような錯覚にも陥っていたようだったが、とうとう入管の摘発で強制送還されたのが4年ばかり前だ。ビザの発給こそは、個人よりは国家の問題で、不法滞在者をどう扱うかは入管や警察のその時の方針に左右されるのだということを10年間つくずくと感じてきた。花見の頃は一時期の賑わいを思い出して感慨にふけったりする。サクラ越しに見える開発地の片隅でタイ人も働いていたことは確かだが、用事が終わった今、その人達のほとんどはもう日本にいない。

2006年04月22日

どうでもいいウソをつかれた日

タイでよく、どーでもいいウソをつかれる。

本当にどっちでもいいじゃん・・いいゆうウソを。


午後一時、ゲストハウスの管理人が昼真っから、
お出かけをする様子。

「どこ行くの〜?」

って聞いたら、

「お昼だし、ランチに行ってくる。」

と・・・。

「いってらっしゃーい」

と見送って、私も出かけた。
夕方、五時、帰宅したが、管理人不在。
代わりに番をしていた人に、

hiri「まだ、帰ってこないの?」
代人「まだだよ。」
hiri「いつ帰ってくるの?」
代人「わからない」



え?それでいいの???


代人「近くにフィッシング行ってるから、いつ帰るかわからない。もうすぐ   じゃない?」

フィッシング????
まあ、この時間になってもいないってことは、フィッシングなんだろう・・・。ま、どっちでもいいか。


管理人帰宅。
hiri「ながーいランチだったねー!」
管理人「映画見てたよ」

映画???もう、本当、どれでもいいんですけど。


その晩の酒盛りに、今日釣れた魚達がいっぱい並んでた・・・。

「今日のフィッシングで獲ってきた。近くだよ!」

なんて言ってた。
結局本人も何でも良かったんじゃん・・・。

なんだったんだろ。あのウソは・・・。

2006年04月21日

ヤワラート

ヤワラートへは少し距離があるので、タクシーをひらって行く事にした。 行き先を告るのも馴れてきて余裕な感じだった。 ヤワラートはタイにある中国人街。周りにはホント中国の店が沢山あり 殆んど中国人?ばかり。 日本橋のような電気製品や怪しい時計とか、いろんなものが並......

2006年04月20日

日本人を意識する時

忘れ物を学校へ届けるようにとの娘の電話で起こされる。気がつくと激しい雨だ。今チェックされたらまだアルコール分が検出されるかも、と思いながら車でギョウチュウ検査セロファンと検査用尿の入った容器を届ける。こういうものは「誰かに借りて」とか「明日にして」とか「だから前日から用意しておけっていってるでしょ」とも怒れないからしょうがない。指定された通りに下駄箱の靴の中に入れてやった。ちょっとした仕事を片付けて、遅めのランチをとりに夫の店に行く。タイ人女性と日本人男性のカップルが1組カウンターでビールを飲んでいて、夫も暇そうに、鶏の内臓のぶっかけご飯を食べていた。テレビで伝えている竹島問題に対して「こんな小さな島で争わないで、くれてしまえばいいのに」などとタイ人達。愛国者の足元にも及ばない自分だが、かといって、さまざまなニュースを他人事のようには思えない時、外国人に比べると確実に日本人だと思う。

私達夫婦を見て私に「大変ですねえ」と同情してくれる人はほとんどいないが、夫に「外国に住むのは大変でしょう」と言う人は、なぜかとっても多い。外国に住むということの何が大変か。そんなことは、各人の目的も状況も多様な中で一概に言えないが、自分の経験では、情報量の少ないことの気楽さの方をむしろ感じた。タイ語の新聞が読めないと、殺人やらレイプが多発していることを知らずにすむし、タイ語会話が分からなければ人々が、アパートに泥棒が入っただの、後をつけられて怖かっただの、貸した金が返ってこないだのの話でそんなに盛り上がっていることを知らずにすむ。タイ人にとっては日本は犯罪の少ない国であるが、毎日のように学校から「不審者情報」が配信され、あの手この手の詐欺やら予想もつかないネット犯罪、ドラックの氾濫などの情報が意識しなくても耳に入ってくる私にとっては、不安を抑えることが結構大変だったりする。どうもタイに住んでいた頃は夫の方がクラク、日本にいると私の方がクライような気がする。

2006年04月19日

親子関係における言葉の重さ

息子が2泊3日の修学旅行に行き、娘と2人だけの夕食だった。娘のみが祖父母宅に長期連泊することはよくあるので逆はあるが、今日のようなことは珍しい。あまり脈絡はないものの比較的おしゃべりな息子に比べると、話し始めるのも遅かったし無口な方だったが、このところ、その分を取り返すように発話量が増えた。今日は学校の様子を伝えていた。メインは英語の授業の様子。小学校でもとっくに取り入れているところが多いから遅い方かもしれないが、教育方針がめまぐるしく変わっていることだけは感じられる。今年赴任してきた先生方の中で、唯一の新卒の先生が担当するとのことで、犬のポチを使うとか、AからZの中で日本語と違う発音の再現など、細部の描写も明瞭である。なんとおだやかな食事風景。経済的困難は別にして、最も平和な家族形態は「母1人娘1人男っ気なし」であろうという仮説を私はもっていて、離婚してその形態をとっている友人に確認したところ認めていた。もっとサンプルを収集して実証してみたいものだ。

さて、息子の場合だと、1章分聞いたら混迷が深まるだけなので、ほとんど1~2文(ただし文の体裁になっていれば)ごとに質問をはさまないとならないが、娘の話にそれは不要。でもただフンフン言っているのも暇なので「で、英語の授業は今日初めてだったわけ?」と聞いてみた。もし2回目だったら初回の様子も聞けば会話の進行としてはスムーズだ。娘はちょっと躊躇して「ホントは今の話は月曜日にあったことで、月曜日に話そうとして忘れて、火曜日はパパの日だから話さなくて、今日になったの」と言った。パパの日とは、つまり火曜日だけは夫の店の店番とウチの番の人員を交代するのである。「なんでパパに話さないの?」と言うと、今度は躊躇なしに「だって、パパに話しても言葉通じないもん」。こういう境遇をどう感じているのか聞いてみた。「パパと言葉が通じないのってどう?」「えー、いいよ別に。パパ面白いから」。日本に来ないであのままタイにいたら、私がこっちの立場になっていたはず。どっちが楽かは体験できる身が1つなので永遠に知ることはできないのだが、1人で、せめて中期間タイ遊学をと思っても、これじゃあ実行は我慢せざるを得ないことは分かる。



2006年04月18日

バンコクの横断事情

チャイナタウン

苦手なチャイナタウンです。
何が苦手って、ここでは、迷った挙句、目的が達成されない事がしばしばなんです。私。

なんだか、同じような風景がどの通りも続いてて・・・。

そんな、チャイナタウンへスタンプを作りに行ったの。
タイ文字で書かれたスタンプが欲しくって、
友達のタイ人に聞いたら、
「チャイナタウンに安いところがあるよ」
って教えてくれて、一緒に行く事に。

ゲストハウスから近いから、徒歩で。
それは全然問題ない。

ただ、苦手な道路横断を何回も繰りかえさなきゃなんなくって、
それが何回行っても、ハラハラドキドキなんですよ。
ホアランポーンの前の道とか、ひじょーにドキドキします。
いつも、知らないタイ人を楯に渡ります。
彼らの瞬時の判断力は慣れもあるんだろーけど、すごいよ。
私も靖国通りくらいなら可能だけど・・・。


しかし、さすがタイ人と一緒に行くと、
チャイナタウンも迷うことなく目的地到着!!
なんか、スムーズに行く事が嬉しい・・・。


しかーーし!
私は、ヒンヤリするものを目撃したわけで。

そんな大きくない横断歩道の少し外れた道路に人型のようにも見える白い線が・・・。

「ん??なに?コレ。
もしかして、よくテレビとかで見るやつ??」

タイ人の友人は全く気にしてない様子だから、
私の感はハズレかな?

いや、でも、気になる。気になる・・・。



やっぱり聞いてみた。
「さっきの白い線、見た?あれ何??」

タイ人「交通事故で人が死んだ後だよ」

hiri「・・・・マジ???」
しかも、フツーにゆうね。あなた。
初めて見た。テレビと同じ人型の白い線・・・。

この人たちの無謀とも思える横断方法の結果なのか!?

帰り、横断プロのハズの友人タイ人は、信号が赤になったことに気づかず、
渡ろうとして、車にひかれそうになった・・・。

一体、どこを見てるんだか・・・ε-(´Å`*)


最近は、地下鉄ができたので、バンコクセンターホテル前の道路の危険な横断をしなくて済むようになってホッとしてる今日この頃。
ついでに、外の横断より涼しいことも◎なポイントっすね!

2006年04月17日

政変は水かけ祭りの彼方へ

夫が経営するタイ・レストランにかけてあるカレンダーはタイ製だ。座ると自然に視野に入ってしまうカウンター席のお客さんの目が、一瞬そこに釘づけになるのを感じることがよくある。そのまま黙って視線をそらす人もいるし、なじみのない祝日について尋ねる人もいる。4月の赤字の日は13日から15日。タイでは最も重要な行事ともいえるソンクラーン=水かけ祭りで、とりわけ真正タイ人(中国系の対)にとっては伝統的なお正月。帰省して家族と共に過ごす人が、他の機会の時よりずっと多い。それとこの時期は1年中で最も暑く、気温は40度を超える日もある。美味しいマンゴーの露天が一番多い時期でもある。

私は、空気の抵抗感みたいなものを感じなくなる体温並の気温、36度くらいが好きだ。それも夕方の36度。とびきり辛いタイ料理とビールがあって、この気温。思考力ますます低下で、嫌な事があっても、まあいいか、こんな美味しいものがあるんだし、で思考停止。セカセカよりダラダラが似合う。周囲のタイ人達に「仕事やだなあ」と言えば即「じゃあ、やめればいい」だし、好奇心でいろいろ追求しようと思うと「ヤー・キット・マーク(考えすぎるな)」が口グセである。楽しくないことは美徳ではないようだ。カレンダーを見てそんな思い出にひたった後に英字新聞を見ていたらソンクラーンの写真が大きく掲載されていて、こういう趣旨のことが書いてあった。つい先日まで首相退陣を求めるデモで大騒ぎだったタイだが、ソンクラーン祭りがきたらまるで政変など何事もなかったように人々は水の掛け合いに興じている…。タイに関する報道というのは、どこかとぼけた味付けをなされるものが多いように感じる。そういえば、バンコク在住時に女性専用のバスを導入するかどうかという案が持ち上がった時も「女性が差別されているわけでもないこの国で…」というような枕詞付だった。現金収入が低くても食糧自給はできる、地震を始めとする天災が少ないなどの幸運が、工業化の進展や貿易自由化や環境悪化でチャラにされず、おとぼけ報道にも怒らなくていい状況でいられることを願う。
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