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2011年12月30日

2011 unforgettable movies

様々な意味で、激動の年となった2011年
年明けから始まった中東の革命、東日本大震災と原発事故、欧州の金融危機、北の将軍サマの突然の死と、正に波乱万丈な一年だった。
変化を求める人々の願いは行動となり世界を揺るがし、独裁者が次々と倒れ、欧米やロシア、そして勿論日本においても、古き価値観と秩序は力を失いつつある。
今年の漢字に選ばれたのは「絆」だそうだが、私の実感としては「変」である。
そして世に中が波乱の時は、映画が良くなるという昔からのジンクス通り、今年は時代にリンクした秀作が非常に多く、結果「忘れられない映画」も大幅増量である(笑
それでは観賞順に振り返ってみよう。

「ソーシャル・ネットワーク」は、正に時代とシンクロした一本かもしれない。中東革命の火付け役ともなったSNS、フェースブックの誕生に題材をとった物語。世界を作り変える天才達の創造の熱狂と、その裏にある一人の人間としての孤独と冷静。小さな波紋が主人公の心に広がるラストはまことに秀逸だ。

「英国王のスピーチ」は、吃音障害に苦しむ王が、その克服を通してノーブレス・オブリージュ(高貴なる義務)に目覚めてゆく。「ソーシャル・ネットワーク」とのアカデミー賞決戦は、結果的に古きが新しきを破った様な印象になったが、実は題材へのアプローチとしては此方の方が冒険的だったりする。

「塔の上のラプンツェル」は、ディズニープリンセス初のフルCG作品だ。宮崎アニメの影響を色濃く受けた本作は、現代の作品に相応しく行動的なプリンセスによる冒険映画の楽しさに満ちている。無数のランタンが三次元の空間を埋め尽くす幻想的なシーンには誰もが目を奪われるだろう。

「トゥルー・グリット」は、コーエン兄弟による西部劇の古典「勇気ある追跡」のリメイク。物語の構成要素は殆どオリジナルそのままに、演出的な解釈を変えることで、彼らは見事な21世紀の西部劇を作り上げた。圧巻のクライマックスは正にスクリーンでしか体験出来ない奇跡の映画的時間である。

「イリュージョニスト」は、ジャック・タチとシルヴァン・ショメという二人の偉大なクリエイターによる時空を超えたコラボレーション。時に忘れられつつある老奇術師と、彼を魔法使いと信じる少女の奇妙な共同生活。彼女を見つめる奇術師の切ない想いの秘密が明かされる時、映画の魔術もまた解ける。

「メアリー&マックス」は、制作に5年を費やした、アダム・エリオット渾身の力作。監督自身の体験に基づく、中年男マックスと少女メアリーの20年間に及ぶ文通は、そのままに二人の人生の軌跡となり、年齢も性別も国籍をも超えた、絆の物語として結実する。終盤に訪れるあるシーンでは、誰もが涙腺決壊を免れないだろう。

「ビー・デビル」は、韓国の新鋭チャン・チョルス監督による壮絶な復讐劇。絶海の孤島に生まれ育った孤独な女性は、何故凄惨な殺人事件を起すに至ってしまったのか。彼女がビー・デビル=悪魔となる過程には、綿密な伏線が張り巡らされ、彼女の心の叫びは鋭いナイフの様に観客の心に突き刺さる。またまた恐るべき新人監督の出現である。

「孫文の義士団」は、辛亥革命前夜を舞台にした、正に中国映画にしか作り得ない熱血アクション大作。比較的コンパクトな上映時間にも関わらず、多くの登場人物をキッチリと立てる作劇も見事。当時の上海を再現した迷路の様な巨大セットは圧巻だ。今年は辛亥革命100周年という事もあり、関連作品が幾つか封切られたが「新少林寺/SHAOLIN」も観応えのある大作だった。

「八日目の蝉」は、今年最も感銘を受けた日本映画だ。不倫相手の娘を誘拐し、自分の子として育てた女の物語と、成長した娘の物語が時系列をシャッフルして描かれる。原作を非常に映画的に解釈し、再構成した奥寺佐渡子の脚本が見事で、ラストのカタルシスは正に映画でしか味わえない物だ。

「ブラック・スワン」は、鬼才ダーレン・アロノフスキー版「パーフェクト・ブルー」という趣の異色のバレエ映画。ここにあるのは華やかな舞台の魅力では無く、創造のプレッシャーによって追い込まれ、壊れてゆく人間の心の闇だ。ナタリー・ポートマンのダークサイドが一気に開花するクライマックスは、正に戦慄のスペクタクルホラーだ。

「奇跡」は、まるで時代に呼ばれたかの様な作品だ。九州新幹線の一番列車がすれ違う時、奇跡を願うと実現する。そんな都市伝説に導かれた子供たちのロードムービーは、主人公の少年の「家族より、セカイをとってしまった」という台詞によって、3.11以降の世界に向けて大いなる問を投げかけるのである。

「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」は、冷戦たけなわの60年代に起こったキューバ危機をモチーフに、X-MENの誕生を描く見事なビギニング。マシュー・ヴォーン監督は、「007」へのオマージュたっぷりに、ある種のスパイ映画として新たなX-MENの物語を構築している。人気シリーズのビギニングはすっかりジャンルとして定着したが、伝説的なSF映画に挑んだ「猿の惑星:創世記(ジェネシス)」も素晴らしい仕上がりだった。

「127時間」は、ダニー・ボイルの才気迸る“イタイ”快作だ。不遜無謀な冒険野郎が、無人の荒野で岩に手を挟まれ身動きがとれなくなり、図らずも初めて自分自身と向き合う事となる。基本的に一人芝居、舞台も一ヶ所という全く映画的で無いシチュエーションにも関わらず、映画は驚くべき疾走感で極上のエンターテイメントとして昇華される。

「ハリー・ポッターと死の秘宝」は、昨年末から続くシリーズ完結編にしてベスト。11年続いた「ハリー・ポッター」は、当初の児童文学から次第に壮大な“サガ”へと変貌し、遂にダークファンタジーの傑作として幕を閉じた。作品毎に出来不出来はあるものの、色々な意味で映画史に記憶されるシリーズであることは間違いない。

「コクリコ坂から」は、1960年代の横浜を舞台に、海に消えた父に向けて信号旗を揚げ続ける少女と、学園闘争を指揮する少年との恋を描いた青春ラブストーリー。監督の宮崎吾朗は、父・宮崎駿からの脚本を受け、失われつつある記憶の継承という本作のテーマを極めて象徴的に描き切った。新世代ジブリを感じさせるフレッシュな佳作である。

「モールス」は、スウェーデン映画「ぼくのエリ 200歳の少女」のハリウッドリメイク。構成要素はそれ程変わらないが、オリジナルの欠点を洗い出してブラッシュアップし、米国でリメイクする意義をキッチリと物語の背景に盛り込んでいるのは見事だ。若き演技派クロエ・グレース・モレッツとコディ・スミット=マクフィーの好演が光る。

「大鹿村騒動記」は、希代の名優、原田芳雄のセルフプロデュース的遺作。長野県の山間にある大鹿村に伝わる村歌舞伎をモチーフに、男と女の巻き起こす大騒動をコミカルに描く。クライマックスの歌舞伎の舞台からエンドクレジットのカーテンコールは、何というか映画の神が用意したというか、追悼作品としては余りにも出来過ぎな位のパーフェクトさだ。

「未来を生きる君たちへ」は、平和なデンマークとアフリカの紛争地帯という対照的な二つの舞台で展開する、負の連鎖を描いた社会派の人間ドラマ。単に理想論を振りかざすのではなく、非暴力を貫く事の難しさをリアルな実例をもって提示する作劇は真摯である。観客は負の連鎖を止める事の、綺麗事でない難しさに直面する。

「アジョシ」は、ウォンビンによるウォンビンのための、怒涛のスター映画。史上最強の“おじさん”は、孤独な少女を守るため、単身極悪犯罪組織に戦いを挑む。ひたすらウォンビンが恰好良く、まるで東映任侠映画の様なクライマックスの殴り込みは、ハリウッド映画も真っ青の迫力だ。韓流ファンの女性たちに独占させるには勿体無い、漢の映画である。

「スリーデイズ」は、ポール・ハギス先生によるリメイクのお手本。ドラマツルギーの中核は人間の感情にあるという、ハリウッド流脚本術の完璧な証明である。平凡な一般人である夫が、無実の罪で服役する妻を救い出すためのスリリングな脱獄劇、そして深い余韻を残すラストまで、お見事としか言いようがない。

「マネーボール」は、メジャーリーグの貧乏球団、オークランド・アスレチックスの再建劇を通して、“世界を変える”想像的破壊のプロセスを描いた燻銀の人間ドラマ。「ソーシャル・ネットワーク」に続くアーロン・ソーキンの脚本は、熱狂と冷静の切り替えが絶妙で、特に物語の閉め方が上手い。もしもラストシーン・オブ・ザ・イヤーがあれば彼の物だろう。

「ウィンターズ・ボーン」は、貧しく閉ざされたアメリカの山の民、ヒルビリー社会の暗部を描くハードな人間ドラマ。どんな妨害にあっても、臆せずに自分とその家族を守ろうとする若き肝っ玉姉ちゃんをジェニファー・ローレンスが好演。凍てつく永遠の冬のような世界で、世代を紡ぐ素朴な音楽の音色が切なく響く。

「タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密」は、初めての立体映画にしてCGアニメーションを、巨匠スピルバーグが遊び倒したデジタル冒険大活劇。「SUPER8/スーパー・エイト」「宇宙人ポール」など、自分をリスペクトする後輩たちに刺激されたのか、本作のスピルバーグは何だか80年代へ原点回帰。驚くほど若々しく元気だ。

「灼熱の魂」は、1970年代のレバノン内戦をモチーフにした、ミステリアスな歴史ドラマ。亡き母の遺した謎めいた遺言を辿る旅は、ギリシャ神話もかくやという驚くべき大悲劇へと展開し、人間の持つ業の深さを実感させる。第二次大戦中にフランスで起こったヴェルディヴ事件が背景となる「サラの鍵」と少し似た構造を持つが、両作に共通するのは罪を犯すのも人間、癒すのもまた人間であるという事実である。

「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」は、ザ・正月映画という印象の華やかなハリウッド超大作。アニメーション出身のブラッド・バード監督は、ギミック満載の凝ったアクションで観客を魅了する。モスクワ、ドバイ、ムンバイと新興国を股に掛ける物語もテンポ良く、四作目にしてシリーズベストの仕上がりだ。

「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」は、70年前の山本五十六という人物を鏡として、実は2011年を描写した問題作。1940年代が正に現代の相似形である皮肉は東日本大震災を経てより痛烈に感じられる。「八日目の蝉」に続いて素晴らしい仕事をした成島出監督は、間違いなく今年の邦画界のMVPだ。また、今年は邦画の戦争物の当たり年で、サイパンの戦いを日米双方の視点で描いた「太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-」、99歳の新藤兼人監督による「一枚のハガキ」も気を吐いた。

ずいぶん多くなってしまったが、今年の私的「忘れられない映画」は以上である。
2010-2011年は、欧州大戦、太平洋戦争勃発70周年、辛亥革命100周年、9.11同時多発テロ10周年など、歴史的転換点の節目が重なった年でもあり、関連した作品も多かった。
昨年が15周年の阪神大震災の記憶を描いた「その街の子供」は、元々テレビドラマという事で上のリストからは外したが、非常に優れた作品だ。
また洋画アニメーション映画が大豊作で、上記の作品以外にも「ファンタスティックMr.FOX」「ランゴ」「カーズ2」「カンフー・パンダ2」などバラエティ豊かな秀作が目白押しだったのだが、ディズニー・ピクサー以外は総じて興行的に低調。
日本人は“アニメ”は知っていても“アニメーション”は知らないという事実と、日本の映画マーケットの特殊性を改めて印象付ける事になった。

そして、今年後半の幾つかの作品にも既にその影は見えていたが、たぶん来年になると3.11後の世界を正面から捉えた日本映画が続々と出てくるだろう。
9.11が確実にアメリカ映画を変えたように、何れ日本映画の歴史は3.11以前と以降に分けられる様になるのではないだろうか。
どうやら、その最初の一本は園子温監督の「ヒミズ」になりそうである。

それでは、皆さん良いお年を。

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面白いは確かに面白かったけどそんなに心には残らなかった、『ブラック・スワン』 でしかし強く印象に残ったのは、ナタリー・ポートマンの妄想で、ライバル役のミラ・クニスがパンパンに怒張した男性ダンサーのいわゆるモッコリを、イヤラしい手つきで上下に擦るシーンだった! あれ、大好き!…まぁそんなことはいんだけど、しかしポートマンが、『抱きたいカンケイ』(なんだよこの邦題は!)という映画で“セフレ”をやっていたかと思ったら、今度はミラ・クニスが、この映画でセフレとは…あのサぁ、...

2011年08月30日

スーパー!

Photo_4 <小倉コロナシネマワールド>

普通じゃない!普通じゃない人!って面白い。面白がっていればいいけれど、マジメくさって自分を主役にさせすぎて生きている現代の日本人、ムキになって怒ったりして、つまんない。きついジョークが通じなく、ちょっとしたことでも怒ったり沈んだりする。だから、映画もテレビも公平な路線になってしまう。日本映画、日本のテレビがつまらないのは、そういう人に合わせているからだろう。テレビ制作人が狂人すれすれの頃が、テレビは面白かった。見たきゃ見ろのような番組がたくさんあって、批難されるとなおさら楽しがって作り手は増長した。批難される番組ほど、面白いのだ。PTAがムキになるのを喜んだ。それは間違いなかった。番組だけではなく、人もそうである。普通に生きてても、普通じゃないことを考えて、言って、書いていたりする人の方が、接していて楽しい。毎日、違うことを伝えてくる。刺激が濃い。生活に関係なくても、やはり、奇想天外な毎日の方がワクワクする。なので、普通人に生きたかったとする私の一方の頭もあるけれど、普通では生きたくないという頭の方がでかい。

そんなに特別なことではないと私は思っているが、今日もビジネスホテルに泊まって、これを書いている。「小倉西鉄ホテル」で、大浴場がある。北九州のビジネスホテルの大浴場で最も広く、清潔感がある。ここをビジネスホテルではなく、普通じゃなくて商人宿としたいところだが、じゃらんnetに商人宿はない。いくつかあたりをつけているので、次回、電話してみようと思っているが、LANケーブルをブラブラさせて、今のようにブログを書くなんてことはできないだろう。宿に日常のノートPCを持ってくるのもどうかと思うが・・・。

私のブログは随分と変わった。たくさんの映画ブログを読ませてもらって、自分だけの映画ブログを書こうとしているうちに、ストーリーを省き、監督がどーした、俳優がどーしたと書かなくなって、評論でも感想でもなくなって、ついには映画ブログではなくなっていっている。少しは映画ブログらしく戻そうかと思っている。ということで、ここ数日、みんなの映画ブログをたくさん読ませてもらった。その中で、私だけのブログにするにはどうすればいいか・・・とりあえず面倒なストーリーは書かない。書きたいときだけにしよう。みんな冒頭に書いているし、上手くまとめたチラシの裏でいい。だが、読み集めていくと、その隙間というのが見つからない。二人で喋りながらなんていう独自の世界を展開している方もいらっしゃるので、私もと思うが、新しい手法は難しい。思い浮かばない。普通ではなく、ありたきりではなく、しかし、映画評となっているには?極端な話、いつも言っているけれど、投げ出してしまったらいいという意見もある。

今日は、 『小倉昭和館』で、再上映の「ダンシング・チャップリン」を観るためにやってきたけれど、二本立ての「ブラック・スワン」の方がずっと楽しめた。実は2回目の映画館鑑賞である。1度目も面白い映画だなと記憶に残ったけれど、今回の方がもっと楽しめた。つい先ごろに書いた、2度目なのに・・・である。知っているほど楽しい。知らないであろう観客との心の共感、共有なのかもしれない。ただ、「八日目の蝉」と違って、「ブラック・スワン」は映画としての質がとても高い。これはきっと、何度観なおしてみても楽しめる作品のような気がする。主人公の肉体と精神のバランスの崩壊をこれほどスリリングに見事に描写した映画も少ないだろう。主人公が本当か、映し出されたソレが本当か、どれも信じていると観客はすっかり騙されてしまう。

演出の冴えもさることながら、ナタリー・ポートマンの成長ぶり・・・いや、化けっぷりはどうだろう。「レオン」いや、「スターウォーズ」と見比べてみたらいい。ほとんど同じ顔だよ、スタイルも。でも、まったくの別人。ナタリー・ポートマンがそこにいるのはわかるけど、化けた化けた。女は化けるなあ・・・男優が化けることは少ないけれど、女優は化ける。化けるのいっぱい見てきた。現実の世界でも・・・。女は、物心ついたときから死ぬまでずっと女優をやっているのよ、女を演じているのよ・・・ある映画の女優の台詞である。にしても、ナタリー・ポートマンはすっごい女優に化けた。まだまだ若いけれど、そんじょそこらの女優陣を寄せつけない程だ。バレエダンサーの主役なんて役だけでもシコミ含めて大変だろうに、か弱い精神を抱えた堂々たる女優っぷり。

あ、これは「スーパー!」のタイトルか。スピルバーグ製作の「SUPER8(スーパーエイト)」ではない。でも、今やさっぱりになったスピルバーグ監督のスピルバーグ製作「SUPER8」も悪くはなかった。前半部分は、若いころのスピルバーグ作品に似ている感じがして好き。自分が監督すればいいのにと思いながら観た。列車事故あたりまで、スピルバーグ作品を意識した演出になっているのかしらん?大人が寄ってたかって子供の言うことなど!としているトコなんて、じれったくていい。これ、後半部分は印象薄くて忘れてしまったけれど、もう一度観てみたい。燃え上がっていた時のスピルバーグの香りがプンプンした。あ、これは「スーパー!」のタイトルだわ(-_-;)

R指定を受け、残酷な描写が多いのに、コメディで、進んでいくうちにセンチメンタル。脚本では理解できないとしてなかなかGOが出なかったらしい。というわけで、なんとか制作費250万ドル、日本円で今は1億8千万円くらい。制作費だけではアングラ並みである。全米公開とほぼ同時にオン・デマンドで流したらしく、興行収入はン千万円くらいになっている。映画館で儲けるつもりない映画だ。もしかしたら、日本での公開の方が稼いだかもしれない。なのに、リブ・タイラー、ケビン・ベーコンといった大物俳優を出している。大物俳優にこだわったらしいけれど、一人もギャラ払えないじゃないか・・・。一人ン億円級の俳優にどう支払う?このあたりの事情がわからない。

レイン・ウィルソンが、不細工で超不器用に生き、ヒーローに憧れ、超現実的なヒーローとなる主人公を演じる。地味な俳優。45歳とは思えない、まだ若く見える。レイン・ウィルソンと結婚する女性が、美女のリブ・タイラー。とても釣り合いがとれない画としているところに映画の行く末がわかるようにしている。リブ・タイラーも34歳になったけれど、どんどん輝いている。45歳と34歳。日本では歳の差だと言われるけれど、アメリカではこれくらいの年齢差は、まったく歳の差に入らない。ブ男と美女に重きがあるのだ。ここで、連れ去るいけてる兄ちゃんがケビン・ベーコン53歳。えっ!53歳?とてもとても、日本では53歳で若い遊び人を演ずる俳優はいそうにない。ケビン・ベーコンは、俺に明日はない遊び人を楽しんでいる。レイン・ウィルソンの前に現れるかわいい女の子エレン・ペイジ24歳。レイン・ウィルソンからすれば親子ほど歳が離れているけれど、スーパーヒーローの相棒となる。また、中年男を本気でケロッと誘惑もしたりする。面白い役者を揃えて、とてもとても普通とは言えない、しかし真面目な映画を撮ったものだ。ジャンルとしては、ブラック・コメディらしいが、ヒューマン・コメディと言った方がいいかもしれない。私としては楽しめたが、つまらないと一蹴する人がいても気持ちはわからんでもない。

人は誰でもコンプレックスを持っている。それが大きいか小さいか、多いか少ないかはそれぞれだが、なんとか頑張って人並みの暮らしを保っているのだろう。なにもない暮らしの中で、かけがえのない人をみつけ、夢が叶って、幸せの欠片をみつけたとき、それが消えたら・・・誰にでもある不安なトコロを衝いている。どうにでもなれ!という気持ちと、それを取り戻そうという気持ちが交差する。レイン・ウィルソンは、悪をやっつけるスーパーヒーローへと化けようとする。悪に妻を取られてしまったからだ。映画やテレビでは、ヒーローが美女を助け出すことになっている。空想と現実の交差。しかし、自分は善ではないとも思っていて、ここが単におとぎ話のような物語にしていない面白いところ。リアルに描いている。悪をやっつけて、失敗もするし、やりすぎてグチャグチャにもしてしまう。手加減もわからない。手加減してたら自分がやり返されるかもしれないのだ。

暴力シーンは痛々しく描かれ、やられたら本当に痛い。小さな傷でも痛いものは痛いのが現実で、足なんて撃たれたら歩けないに決まっている。まだ歩けるのがドラマだけれど、この映画では歩けないのが本当だとしている。笑えそうな予告だったが、勇気湧きつつシュンとなる映画だった。エレン・ペイジの最期なんてあっけない。必要以上にキャピキャピして元気だったから、画面が寂しくなる。話しが進んでいくうちに、善対悪の構図が、どうも悪対悪のような感じがしてくる。人は歩くたびに、喋るたびに複雑な道に入り込む。気づいて引き返そうとしてももう過去は振り向かない。振り向くから、私たちは小説を読み、テレビを見て、映画も観るが、この映画は現実を知らせてくれる。残酷描写が多いけれど、全体を通しても今を生きる人には残酷な映画かもしれない。

明日はまた「午前十時の映画祭」である。毎週だと、毎週のビジネスホテルになってしまう。ではいかんので、しばし明後日以降は休憩。稼ぎに追いつく貧乏なしであるから、せいぜい頑張らねばなるまい。追いつくと言えば、9月から書きはじめた2011年も、10月半ばで追いついてきた。書きたいものだけ書いたからで、2011年までのようにすべてではないから、偉そうには言えないけれどネ。

このブログは友達、知人に知られていないブログ。つまり、6年も続いているのは、会ったことも見たこともない人たちに支えられたおかげ。エンディングタイトルにはちと早いかもしれないが、special thanks なのであります。2011年12月31日にマイベスト10を記すことができそうです。  <80点>

2011年08月23日

メタルヘッド


伝説のhiropoo映画日記

                                                 

2010・米     ★★★☆☆(3.8)

                  

監督:スペンサー・サッサー

出演:ジョセフ・ゴードン=レヴィット  ナタリー・ポートマン  レイン・ウィルソン  デヴィン・ブロシュー

                      

                                 

アナーキーで変わり者のヘッシャーと名乗る男が、母の死から立ち直れない13歳の少年とその父や、

人生を見失った女の前に突然現れ、彼らの傷ついた人生を彼なりのワイルドな行動の数々で過激に

再生していく過程を、ヘビーメタルの爆音サウンドと共に描くヒューマンドラマ。

                              

若手映像作家スペンサー・サッサーがメガホンを取り、愛と再生の寓話で長編デビューを果たした。

                        

ナタリー・ポートマン、ジョセフ・ゴードン=レヴィットら演技派スター達の共演も見逃せない。(シネマトゥデイより抜粋)
                    

                               

                            

ブタ 最近オキニのジョセフ君の作品をすんごく楽しみにしていた。

    多少宗教じみている感じも無いではないが、このラストシーンは忘れらない1作となった。

                 

                             

                                    

                                        


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2011年07月17日

マイティー・ソー(2D・字幕版)


伝説のhiropoo映画日記

                                                

2011・米     ★★★☆☆(3.1)

                              

監督:ケネス・ブラナー

出演:クリス・ヘムズワース  ナタリー・ポートマン  トム・ヒドルストン  アンソニー・ホプキンス  浅野忠信

                               

                                 

『スパイダーマン』などでおなじみのマーベルコミックの中でも、特に人気の高いヒーローの一人、マイティ・ソーが

活躍するアクション大作。

                                    

地球に追放された神の世界の最強戦士ソーが、巨悪の敵に立ち向かう。

                              

監督は『ヘンリー五世』のケネス・ブラナー。

                                     

ソーをサポートする“ウォリアー・スリー”のホーガン役で浅野忠信が出演する。

スリリングな戦いの行方と、迫力のアクション映像に注目。(シネマトゥデイより抜粋)

                             

                                    

                                        


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2011年07月09日

ブラック・スワン~? これが本物のバレエ映画だ! 『赤い靴 デジタルリマスター・エディション』

『ブラック・スワン』 は確かに傑作だし、ナタリー・ポートマンのオスカー受賞もホントによろこばしい話だと思うけど、じゃああの映画を好きかと訊かれれば、ハッキリいって好きじゃない。まぁグッタリするような話ということもあるが、オ○ニーシーンやレズシーンを演らなかったらポートマンは受賞してたかな?という、ヘソの曲がった疑問もあるし、なにより今、映画を想い返してみて、肝心、要であるハズのバレエシーンが、そんなに記憶に残っていないからだ。そこで、この映画である。果たして 『ブラ...

2011年07月07日

マイティ・ソー・・・・・評価額1550円

あまりにも傲慢過ぎて、神々の国から追放されたマッチョな雷神の活躍を描くアクション大作。
1962年の登場以来、半世紀に渡って愛されている、マーベルコミックの人気シリーズ「マイティ・ソー」の初の実写映画化である。
北欧神話をモチーフにした魅力的なキャラクターたちと、VFX満載のスケールの大きなビジュアル、おバカなギャグの数々が、いかにもアメコミ映画らしい適度に緩い物語を彩り、夏休み映画らしくスカッと楽しめる一本だ。
※一部ネタバレ注意

オーディン王(アンソニー・ホプキンス)の総べる神々の国アスガルド。
王の息子で、あらゆる物を破壊できる武器ムジョルニアを持つソー(クリス・ヘムズワース)は、最強の戦士として将来を期待されていた。
しかし、増長したソーは、対立する氷の巨人の国ヨトゥンヘイムへと勝手に攻め込み、アスガルドに戦乱の危機をもたらしてしまう。
激怒したオーディンは、ソーから神の力とムジョルニアを奪い、人間たちの世界ミッドガルド(地球)へと追放する。
ワームホール理論を研究する天文学者のジェーン(ナタリー・ポートマン)は、地球に落ちて来たソーに偶然遭遇し、成り行き上面倒を見る事に。
慣れない地上での人間としての生活の中、ソーはジェーンたちとの交流を通して、少しづつ謙虚さを学んで行く。
だが、その頃アスガルドでは、ソーの弟ロキ(トム・ヒデルストン)による裏切りと陰謀が密かに進行していた・・・・


監督はなんとケネス・ブラナー
ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身で、映画監督としても「ヘンリー5世」や「ハムレット」などのシェイクスピア物や、名作オペラの脚色版「魔笛」など重厚な作品を手がけてきた人だけに、何でまたアメコミ物を撮ったのか不思議な気がしたが、映画を観て納得。
本作は、元のコミックにキャラクター造形はある程度忠実だが、物語はほぼオリジナル。
アスガルドと地球でのエピソードが交互に描かれるが、どちらかと言うと神々のお家騒動がメインで、地上の人間たちとの物語はそれを補完するという構造になっており、王位継承をめぐるオーディンと二人の息子、ソーとロキの葛藤は、まるでシェイクスピア史劇の様なのだ。
まあ、シェイクスピア自身がギリシャ神話から大きくインスピレーションを受けているのだから、別系統ではあるものの同じく神話をモチーフに400年後に描かれたコミックと共通点があってもおかしくはないのだけど。

とは言っても堅苦しさは微塵も無く、むしろ北欧の英雄神話を上手く現代のアメコミテイストと融合させた、軽妙な娯楽作という印象である。
映画は、いきなり地球に落ちて来たソーが、ジェーンたちに拾われるシーンから幕を開け、間髪入れずに時系列を遡ると、何故ソーが地球へと追放されたのかという、物語のバックグラウンドを描き出す。
ここから一気に30分を費やして語られる、神々の世界のエピソードは大作感十分
ほぼCGで作られたアスガルドのビジュアルは、3D効果もよく考えられており、壮大で美しく、敵対する氷の巨人たちとの大バトルも見応えがある。
巨人に飼われている、まるで“キングシーサー”みたいな巨大怪獣は迫力満点で、ソーの持つムジョルニアの破壊力もスペクタクルに描写される。

が、地球に落ちてきてからの描写は、殆どがニューメキシコの田舎町とその周辺のみで展開する事もあって、一連のマーベル物の中でもかなり地味・・・というか、アスガルドの戦闘マシン、デストロイヤーがソー暗殺を狙って地球に襲来する終盤までは、アクションよりも小ネタのギャグの方が目立つ。
ソーがジェーンの車に何度も轢かれたり、彼を探しに来た友達の神様たちが完全にコスプレの変な人たちだったり、神の力を取り戻したソーが、ムジョルニアを手にして変身するシーンで、ナタリー・ポートマンに「Oh my god!」と駄洒落を言わせてみたり、前半とは一転して緩いアメリカンギャグのオンパレードで、たぶん日本の観客への受けは今一つだろうが、アスガルドのパートとのコントラストになっており、世界観のバランスという点では悪くない。

一方の神々の物語は、王座を狙うロキによる奸計の話になってゆくが、この辺りの展開は、本来の神話の設定を上手く組み込み、なかなかに面白い。
元々北欧神話は、神々と巨人との激烈な戦いを描く戦争神話の色彩が濃く、世界の他の神話と比べてもかなり独特だ。
知識を得るためなら片目を差し出し、自ら首を吊るほどにエキセントリックな主神オーディンと、筋肉バカの雷神トール(ソー)、千里眼を持つヘイムダル、原初の巨人ユミル、奔放な愛の女神フレイヤ、そして巨人の血を引く狡猾なトリックスター、ロキ。
ゲームキャラに使われたりした事で、日本でもかなり知られる様になってきた、神々と巨人、魔物の壮大な戦いは、最終戦争ラグナログにおいて、神々も巨人も世界と共に滅びる「神々の黄昏」という豪快なオチでも有名である。

映画では、アスガルド、地球、巨人の住むヨトゥンヘイムは、それぞれこの宇宙の中の、別の時空に存在する世界という設定になっている。
神々と巨人は嘗て地球を巡って戦った過去があり、今はお互いに不可侵条約を結んで危うい平和が続いているが、根深い疑心暗鬼を拭い去るには至っていない。
オーディンには、力に恵まれたソーと、口の上手いロキという二人の息子がいるが、実はロキは戦いの時に拾われた巨人の子供で、その事をオーディンはずっと隠して育てている。
だが、真相を知ったロキは、兄と父を追い落とし、自分が全てを支配しようとするのである。
神話のロキはオーディンとは義兄弟なのだが、身の上を知らずにソーと共に兄弟として育てられたという脚色は、アメコミの世界に古典悲劇の要素を融合させ、ブラナーとの意外なマッチングの良さをもたらしている。

もっとも、この映画の物語は、我々日本人にはより身近に感じるのではないか。
荒ぶる神ソーのアスガルド追放は、北欧神話よりもむしろ日本神話におけるスサノオを思わせる。
もちろん神の追放というモチーフは他の神話にもしばしば見られるが、豪放磊落でマッチョな神様が、その乱暴さを諌められ、力を奪われて人間界に追放されるという辺りは、ほぼ同じと言って良いし、スサノオはソーと同じく雷神、農耕神としての属性もあるので、両者の類似性はかなり色濃いのである。
もしかしたら半世紀前にこの話を作る時に、日本神話も参考にされたのだろうか。

ところでソーといえば、マーベルコミックのヒーローチーム、“アベンジャーズ”の中核メンバーの一人。
チームメイトのアイアンマン、ハルクに続いてソーの登場で、残るピンのメンバーはもうすぐ映画が公開のキャプテン・アメリカのみとなった。
映画版「The Avengers」も、いよいよ来年5月4日の全米公開が決まった事もあり、本作はその前章という色彩も強い。
故に「アイアンマン2」にも出てきたシールドのコールソン捜査官が、ロキの送り込んだデストロイヤーを見て、トニー・スターク(アイアンマン)の作ったロボットと勘違いするなど、作品間のつながりを強調する描写が多いのも特徴だ。
本作では、ジェレミー・レナー扮するもう一人のヒーロー、ホークアイがチラリと姿を見せているあたりもファンとしては嬉しいが、今回はコスチュームを着てない事もあって、知らない人には単なるスナイパーにしか見えないかも。
だが、このアベンジャーズ括りが物語から自由度を奪っている事も間違いなく、本作単体ではあまり意味を持たないシールド関連の描写にかなり尺を使ってしまった結果、地球パートの人間ドラマが希薄化してしまっている。
地球に落ちて来た神様のカルチャーギャップや、ソーとジェーンの心の交流の部分は、少々あっさりし過ぎており、故にソーの改心とジェーンとの恋愛モードもやや唐突に感じる。
ブラナーには神々の間の愛憎劇に注ぎ込んだ位の情熱を、出来れば人間と神との間にも見せて欲しかった。
因みに、お馴染みのエンドクレジット後のオマケも含めて、アベンジャーズの存在を知らないとサッパリ訳がわからない描写も多い。
まあその辺りはスルーしても特に問題はないのだけど、本作を観賞する前には「アイアンマン1&2」を、出来れば「インクレディブル・ハルク」も観ておく事をお勧めする。

今回は、劇中でソーが飲んでいたマッチョな酒「ボイラー・メイカー」をチョイス。
ジョッキにビールを注ぎ、そこにショットグラスに入れたバーボンを沈めるだけ。
一説にはボイラー建設の作業員が発案したとも言われるが、世界中にバリエーションのあるビール+蒸留酒の、所謂“爆弾酒”で、悪酔い必至。
弱い人なら一杯持たずに酔いつぶれる。
ソーの故郷の北欧では、バーボンの変わりにウォッカを入れたりもするのだそうな。

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2011年05月18日

ブラック・スワン・・・・・評価額1700円

「ブラック・スワン」は、いろいろな意味で、ダーレン・アロノフスキーの前作「レスラー」の対になる様な作品である。
あの映画では主演のミッキー・ロークの人生を、主人公であるレスラーに被らせる事で、物語に半ドキュメンタリー的なリアリティと迫力を持たせる事に成功していた。
今回も考え方は基本的に同じ。
ナタリー・ポートマンという女優を苦悩を抱えたバレエのプリマにリンクさせ、わかりやすいシンプルなストーリーラインと、外連味たっぷりな演出でデコレーション。
描き出されるのは「レスラー」とは対照的に、人間の内面に潜むダークサイドだ。

ニューヨークのバレエ団に所属するニナ(ナタリー・ポートマン)は、引退するベス(ウィノナ・ライダー)に変わって、大胆にリニューアルされた「白鳥の湖」のプリマに抜擢される。
しかし、フランス人監督のトマス(ヴァンサン・カッセル)は、ニナのバレエは白鳥を演じるには十分だが、黒鳥を演じ切るにはパッションが足りないと言う。
元バレリーナで今まで二人三脚で歩んで来た母親(バーバラ・ハーシー)にまで、「あなたに主役は無理だ」と言われ、ニナの心はプレッシャーと新加入したリリー(ミラ・クニス)に役を奪われるのではという恐れによって、黒鳥の魔力に呪われたかの様に少しずつ壊れてゆく・・・


バレエと言う芸術を、別種の表現である映画でどう描くかという点に関しては、英国映画の古典「赤い靴」から、つい最近の日本映画「ダンシング・チャップリン」まで様々なアプローチが試みられて来たが、アロノフスキーにとってのバレエは、あくまでも物語のモチーフ、枠組み以上ではない様だ。
本作におけるヒロインの精神崩壊の描写に、今 敏監督の「パーフェクト・ブルー」との類似点が指摘されているように、物語が描こうとしているものは、別にバレエでなくても成立するのである。
本作はカテゴリで言えばバレエ物だろうが、華やかな舞台を生み出すアーチストの、創造の葛藤を描く作品では無く、逆に創造のプレッシャーによって生身の人生における主人公の内面の矛盾が狂気の妄想として実体化し、心が壊れて行く様を描いたサイコホラー映画なのだ。

13歳の時にリュック・ベッソンに見出され、傑作「レオン」のヒロインとしてデビューして以来、ナタリー・ポートマンは順風満帆な女優人生を送って来たと言えるだろう。
多くの子役出身者が大人の俳優への脱皮に失敗し、ドラッグやアルコールに溺れてハリウッドから去って行く中、彼女は「スター・ウォーズ」の新三部作でアミダラ姫の役をゲットし、マイク・ニコルズやアンソニー・ミンゲラ、マイケル・マンといった巨匠にも相次いで起用された。
私生活でも六カ国語に精通し、ハーバード大学卒という才媛ぶり。
しかしその半面、優等生的な演技は、悪くは無いけど個性に欠け、強烈に印象に残る代表作が無く、演技者としては今ひとつ伸び悩んでいたのも事実。

アロノフスキーは、ニナというキャラクターを、明らかにポートマン本人を意識して造形し、「レスラー」におけるミッキー・ロークと同じ効果を追求している様だ。
要するにポートマンに対して、『君の芝居は、上手いけど臆病で面白味が無く、エロスもパッションも感じられないよ!』と突き付けているのである。
結果的にニナの様に追い込まれたのであろう、ナタリー・ポートマンは見事に壁をブレイクスルーし、念願のオスカー女優となった訳だが、アロノフスキーの悪意ある演出は他のキャストにも及んでいる。
ニューシネマの名女優だが、ハリウッドでは今ひとつトップになり切れなかったバーバラ・ハーシーに、老いて娘に嫉妬し依存し続ける元バレリーナの母親を演じさせ、嘗てポートマン的なポジションにいたウィノナ・ライダーには、あろう事か彼女に追い落とされるロートルのベス役を当てがうなど、一歩間違えれば悪趣味にも感じさせてしまうギリギリのキャスティングであろう。
彼女らはニナにとって、10年後、20年後の“なりたくない自分”であり、言わば自身の分身の様なものである。

前記した様に、本作における真の葛藤は、芸術と現実の埋め難いギャップでは無い。
創造に挑む事で、否が応でもでも向き合わざるを得なくなった秘められた自分、本作の場合は、ニナが無意識に演じている12歳の少女の様な無垢なる自分と、成熟した女性としての抑圧された自我との肉体の支配を賭けた戦いだ。
嘗てバレエの世界にいた母親は、娘のニナに自らの才能を受け継いだ者に対する愛と、自らのキャリアを終わらせた者に対する憎しみが入り混じった複雑な感情を向け、結果的に自分も壊れかかっている。
この母娘の関係は、「キャリー」のシシー・スペーセクとパイパー・ローリーの母娘、あるいは山岸涼子のいくつかのコミックを感じさせる。
そう言えば山岸作品には、そのものズバリ「黒鳥 ブラックスワン」という作品もあった。
内容的にはもちろん本作とは異なるが、バレエを巡る狂気を秘めた人間ドラマと言う点では共通点があると言える。

アロノフスキーは、バレエの創造を巡る葛藤を外枠に、無垢なる白鳥と邪悪な黒鳥という象徴的なモチーフを通して、抑圧された精神状態にある一人の女性の崩壊と解放を、超ハイテンションなエンターテイメントとして描き出した。
プロットそのものは単純だが、脚本には緻密な工夫が凝らされ、ニナの心が感じるプレッシャーが高まるにつれて、現実と妄想の区別がなくなり、自らの狂気への恐れが更なる葛藤を生み出す悪循環。
このプロセスのナタリー・ポートマンの鬼気迫る演技と、バーバラ・ハーシーの静かな狂気は真に恐ろしく、本作に芸術と人生の板ばさみになる苦悩を描いた、「赤い靴」的なバレエ映画を期待して来た観客を戸惑わせる事は間違いない。
そして「白鳥の湖」における悪魔同様、誘惑者の役割であるミラ・クニス演じるリリーと、自らの内面の黒鳥を一体化させてゆくあたりからは、観客にも映し出されているものが現実なのか、ニナの心が作り出した世界なのか分からない様に描写され、精神の迷宮はより昏迷を深めてゆく。

際立つのは、対象を残酷なまでに突き放し、徹底的に計算づくのエンターテイメントに仕立て上げる作者のスタンスだが、この辺りはちょっと中島哲也を連想させるものがある。
思うに、アロノフスキーはバレエという表現、あるいは女性そのものがあまり好きではないのではなかろうか。
自分が心から敬愛するモチーフを、この様な悪意たっぷりの視点で、冷酷なまでに客観的に描く事は出来ないだろうし、似た構造を持つ「レスラー」にあった、プロレスとその虚構の世界に惹きつけられる男たちに対する、切ない愛情をこめた眼差しはこの作品には見られない。
むしろ余りにも痛々しい「白鳥」のステージの描写などに、嫌悪感にも似た冷たさを感じるのだが、それがまたニナの鬱屈した感情を加速させ、「黒鳥」パートでの大爆発とラストの解放における圧倒的な映画的カタルシスにつながっており、そこまで計算しているとしたら本当に脱帽するしかないのだけど。

今回は、最初から最期までハイテンションが持続し、かなり疲れる映画なので、終わったらスッキリとした酒を飲みたい。
新潟の地ビール、その名もスワンレイクビールから、白と黒という事で「ホワイトスワン ヴァイツェン」と黒ビールの「ポーター」をダブルでチョイス。
どちらも、喉越しは新潟の酒らしく爽やかだが、白鳥はスッキリとした酸味を楽しめ、黒鳥はしっとりしたコクを味わえる。
人間の二面性をジックリ見せ付けられた後は、ビールの二面性を堪能しながら、熱くなった心を冷やそう。

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2011年05月17日

2時! 悪い白鳥の夢! 『ブラック・スワン』

ナタリー・ポートマン演じる優等生バレリーナが、エロ振付師から新作「白鳥の湖」のプリマに大抜擢されるものの、上品な白鳥はまだしも妖艶な黒鳥を演じるにはセックスアピールが乏しいために悩み、そこへ仲間への嫉妬心や、ドロドロの男女関係、そして、バレリーナだった母親からの過剰な重圧が加わってしだいに精神を病んでゆくという、ウマくいけば、『英国王のスピーチ』 ぐらいロングラン・ヒットしそうな、話題の神経症ホラー映画 『ブラック・スワン』。ハッキリいって前評判通りの傑作としか言い...

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