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2010年12月14日

ロビン・フッド・・・・・評価額1650円

これは“ロビン・フッド:ザ・ビギニング”だ。
リドリー・スコット監督とラッセル・クロウの五度目のコンビ作は、永遠のヒーロー“ロビン・フッド”の大胆な再解釈。
「L.Aコンフィデンシャル」の脚本家、ブライアン・ヘルゲランドは、過去100年の間に登場した映像作品だけで100本を超えるという大人気キャラクターに、21世紀らしい新しい息吹を与える事に成功している。
リドリー・スコット拘りの、超リアルな中世の合戦シーンも迫力で、なかなかに楽しめる一本である。

獅子心王リチャードの十字軍遠征に従軍した射手のロビン・ロングストライド(ラッセル・クロウ)は、戦死した騎士ロバート・ロクスリーに託されて、亡き王の王冠をロンドンへ届ける事になる。
リチャードが死んだ事により、不肖の弟ジョン王(オスカー・アイザック)が即位するが、彼の側近のゴドフリー(マーク・ストロング)はフランス王フィリップ二世と通じ、イングランド侵攻の機会を狙っていた。
ロビンは、ロクスリーの形見の剣を渡すために、ノッティンガムの屋敷に、ロバートの父ウォルター(マックス・フォン・シドー)と未亡人のマリアン(ケイト・ブランシェット)を訪ねる。
ウォルターは、幼少の頃のロビンを知っており、領地を守るために、彼にロバートの身代わりとしてこの地に留まる様に提案し、ロビンもそれを受け入れる。
一方、密かに少数のフランス軍部隊を迎え入れたゴドフリーは、ジョン王の名の下に諸侯の領地を焼き討ちする事で、内戦状態を作り出す作戦を進めていた・・・・


先日、電車の中で耳にした会話。
「今度さ、『ロビン・フッド』観に行こうよ」
「なんだっけ、それ?」
「ほら、弓の達人の映画」
「あ~、あの頭にリンゴのせて射抜いた人ね」
「そう、そう」

いや・・・・それ、ウィリアム・テルだから・・・全然違う人ですから!
日本ではイマイチ曖昧なイメージのロビン・フッドは、中世イングランドで活躍したと伝えられる伝説上の義賊
アレキサンドル・デュマやハワード・パイルによる小説をはじめ、映画やアニメなどでも御馴染みのキャラクターで、古くはダグラス・フェアバンクスからケビン・コスナーまで多くのスターがロビンを演じてきた。
個人的には、リチャード・レスター監督、ショーン・コネリーとオードリー・ヘプバーン主演で、伝説の後日談を描いた異色作、「ロビンとマリアン」が印象に残っている。
細かな設定やキャラクターの性格などは各作品異なるものの、一般にロビン・フッドのイメージというと、ノッティンガムのシャーウッドの森深くに住み、強欲な代官と戦いながら、人々を助けたヒーローという物だろう。

ところが、この映画の主人公は、従来のロビン・フッド像とは大幅に異なる。
何しろ、トレードマークの緑の衣装すら封印されているのである。
ブライアン・ヘルゲランドが紡ぎだしたのは、言わば我々の良く知るロビン・フッドの誕生秘話
ロビン伝説と実在のジョン王を巡る当時の社会状況を巧みに組み合わせて、一人の弓の達人が如何にして大衆のヒーローとなったのかをドラマチックに描いてみせる。
本作のロビンは、自らの出自を知らず孤児として育ち、アイデンティティーを喪失した男として登場する。
親も知らず、故郷も知らず、使える主君も持たず、戦場へ出るのも金のため。
だが、だからこそ、彼は自由な男でもあるのだ。
従軍した戦場で騎士ロックスリーに剣を託され、形見として届けた相手がマリアンだったという設定になっており、更に父親を知るウォルター卿に出会ったことで、自らが何者であるのかを始めて知る事になる。
彼の父は、優れた石工であったと同時に思想家で、自由の尊さを説き、ウォルターを含む多くの貴族や民衆の支持を得たがために、王によって幼いロビンの目前で処刑されたのだという。
要するに、本作のロビンは、王権を脅かした大衆のカリスマの血を引く、唯一の男なのである。

一方で、バカ殿ならぬバカ王として歴史に名を残すジョン王だが、世界史の授業で習った“マグナ・カルタ”の制定と廃止で覚えている人も多いのではないだろうか。
これは、フランスとの戦争での敗北などの度重なる失政で、あまりにも不人気となった王が、退位を迫る諸侯に対して、自らの権力を制限し、諸侯や教会へ一定の自由と権限を委譲する事を約束した法律だが、ローマ教皇の介入もあり、僅か二ヶ月で撤回されてしまった。
映画では、史実と時系列がかなり異なっているが、このマグナ・カルタをモチーフにしたと思われる自由憲章を、ロビンの父親が想起した事になっている。
フランスの脅威が迫る中、父の残した理想の実現を王に約束させる事で、ロビンはイングランドを救う救世主となるのである。
だが戦いに勝つと、現実の歴史と同じように、王は公約を守ること無く、逆にロビンの人気を恐れ、反逆者の烙印を押す。
こうして、反権力の義賊、ロビン・フッドが誕生したという訳だ。
絶対君主であり独裁者の王と、対照的に現代的な自由人のロビン。
この対比によって、12世紀のイングランドを舞台とした歴史ドラマは、現在の世界における独裁と自由の葛藤の比喩として読み解けるのである。
自由憲章の履行を王に迫った事で、追われる身となるロビン・フッドを、先にノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏やミャンマーのアウンサンスーチー氏ら、各国の自由の闘士に擬えることは容易だが、公約によって人々の支持を受けたにも関わらず、いざ勝利した途端にそれを反故にするジョン王の姿が、どうもどこぞの国の政治家に被って見えるのは何とも切ない。
まあ結局、そういう輩がどうなるかは、映画には描かれないジョン王の末路が示しているのだけど。

タイトルロールを演じるラッセル・クロウが、相変わらず格好良い。
過去のロビン・フッドは、スマートで軽妙なキャラクターとして描かれる事が多く、どちらかと言うと端正な二枚目のイメージだが、このジャガイモ顔のおっさんは、ワイルドで男気溢れる新ロビン像にマッチしている。
史劇スペクタクルの傑作「グラディエーター」以来、リドリー・スコットと組んだ作品は既に五本。
デ・ニーロとスコセッシ、黒澤と三船といった映画史の名コンビと肩を並べつつあると言って良いのではないかと思う。
「ワールド・オブ・ライズ」ではブクブクのメタボ腹だったが、ちゃんとそれらしい体を作っているのも流石だ。
脇を締める俳優達も、ケイト・ブランシェットのマリアンは庶民の生活感と貴族の高貴さを同時に感じさせ、盲目の老騎士を演じたマックス・フォン・シドーは貫禄たっぷり、頭を剃り上げたマーク・ストロングの悪役っぷりもなかなかに渋い。
個人的には、ハチミツ神父ことタック修道士を演じたマーク・アディが結構ツボだった。

ビジュアル的にも見応えは十分だ。
徹底的に作りこまれた中世の生活描写や、「LOTR」以来のCGでとにかく兵士や船の数をウジャウジャと増やして見せる描写とは一線を画する、生身の肉体の迫力を感じさせる合戦シーンの作り込みは見事。
フランス軍の上陸をイングランド軍が迎え撃つクライマックスは、地上でのチャンバラだけでなく、甲冑の重みで溺れ死ぬ兵士や、海中に降り注ぐ矢の雨などの戦場のディテールが圧倒的にリアルで、正に「プライベート・ライアン」のオマハビーチのシーンの中世版だ。
剣にウォーハンマーに弓にと、次々に武器を持ち替えてのロビンの戦いも見所たっぷりで、時間的にはそれほど長いものではないが、十分にお腹一杯になる。

しかしながら、良く出来ている分、残念に感じるところもある。
この映画、前半と後半のバランスがあまり宜しくなく、後になればなるほどに、もうちょっと描き込んで欲しかった所が目立つのである。
前半、ノッティンガムの村でロビンとロクスリーの家族が徐々に打ち解けて行くシークエンスや、ゴドフリーが陰謀をめぐらせてゆくあたりまでは、物語のテンポも良く、人間ドラマとしても十分面白い。
だが、いざ戦いが迫ると、いくら父の名声が残っていたとしても、ロビンがイングランド軍の中であっという間にカリスマ化してゆくのは無理があるし、そもそも殆ど記憶をなくしていたロビンが、直ぐに自由の闘士としてのアイデンティティを取り戻すのも少々性急だ。
また勝気な性格には描かれているものの、マリアンが森に暮らす孤児の少年達を引き連れて、騎士の姿でクライマックスに加勢に来るのも唐突感は否めない。
孤児たちにしても、もう少しロビンやマリアンとの絡みがあっての行動にしたほうが、御馴染みの伝説に回帰するラストにスムーズに繋がるだろう。
プラス30分くらいは十分に持つ物語だと思うので、後半のエピソードをもう少し増やして、キャラの内面的な変化と周りへの影響を詳細に描写すれば、更に優れた作品に仕上がった様に思える。

今回はミードで決まり。
世界中で作られているが、国産の菊水酒造「はちみつのお酒」をチョイス。
ミードは元々熊などに壊された蜂の巣に雨水が溜まり、自然発酵して偶然に出来た酒と考えられており、人類が飲んだ最古の酒である可能性が高い。
こちらはクローバーの蜜を使った低アルコールであっさりした味わいのお酒だ。

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2010年10月06日

ガフールの伝説・・・・・評価額1450円

フクロウが高度な文明を持つ世界を描いた、キャスリン・ラスキー原作の児童小説を、「300 スリーハンドレッド」ザック・スナイダーが映画化した異色のファンタジーアニメーション。
動物を主人公としたファンタジーはそれほど珍しくないが、本作に登場するのは、全くと言っていいほどカリカチュアされていないリアルなフクロウ
彼らが喋り、冒険し、戦うという独特の世界観についていけるかどうかが、本作の評価の分かれ目だろう。
全体の印象は「ロード・オブ・ザ・リング」的異世界ファンタジーを、人間の変わりにフクロウのキャラクターで構成し、「300 スリーハンドレッド」的アクションで味付けしたという感じだ。

ティト森林王国に住むメンフクロウの少年ソーレン(ジム・スタージェス)は、世界征服を企む純血団を倒したガフールの勇者たちの伝説に夢中。
ある日、ソーレンは兄のクラッド(ライアン・クワンテン)と空を飛ぶ練習をしていた時、うっかり巣のある木から転落し、謎のフクロウたちに誘拐されてしまう。
ソーレンとクラッドが連れ去られたのは、滅びたと思われていた純血団の王メタルビークの砦。
彼らは密かに子供たちを攫い、月光麻痺と呼ばれる方法で洗脳して、新たな軍団を作り上げていたのだ。
サボテンフクロウのジルフィー(エミリー・バークレー)と共に脱出に成功したソーレンは、純血団復活を勇者たちに知らせるために、伝説のガフールの神木を目指すが・・・。


本作を観るまで、こんなに多種多様なフクロウがいるとは知らなかった。
主人公のソーレンは、メンフクロウと言われる種類で、その名のとおりお面を被ったようなルックスが特徴。
スラリとした体形は一見人間の様にも見えることから、米国のモスマン伝説や宇宙人の目撃談はメンフクロウを見間違えたとも言われる。
サボテンフクロウのジルフィーは、メンフクロウよりもずっと小さなミニサイズで可愛い。
映画は、人間が存在しない地球で、フクロウたちが種族ごとに独自の文明を発展させている世界が舞台。
ここでは嘗て、メンフクロウによる世界支配を目指す純血団というナチスみたいなグループと、ガフールの勇者たちと呼ばれる正義のフクロウとの間で戦争が起こり、純血団は敗れ勇者たちは去った。
激しい戦いの物語は、今では伝説となって親から子へと語り継がれている。
ソーレンは、そんな伝説の勇者にあこがれる少年だが、ある時巣から落ちて兄のクラッドと共に復活した純血団に誘拐されてしまう。
彼らはガフールの勇者たちを滅ぼして、再び世界征服を狙っているのだ

ソーレンは、ジルフィーと共に脱出に成功するが、出来の良い弟にコンプレックスを感じている兄のクラッドは、自分の意思で純血団に忠誠を誓いソーレンと袂を分かつ。
勇者たちVS純血団という因縁の戦いの内側に、さらに主人公の兄弟を配する事で、運命的な対決の構図が形作られるという訳だ。
ソーレンが純血団を脱出してから、旅の仲間が加わって勇者たちが住むと言われるガフールの神木を目指すが、このロードムービーの部分は意外とあっさり。
早々に「ロード・オブ・ザ・リング」のリヴェンデールを思わせるガフールにたどり着くと、ソーレンと仲間たちは戦士となる訓練を受ける事になるが、彼を教えるのが伝説の中でソーレンの一番のお気に入りだった“キールのライズ”という勇者。
隠遁していた年老いた師匠に鍛えられる若き戦士という設定は、ちょっと「スターウォーズ」のルークとオビワンを思わせる。

勇者たちと純血団は、それぞれに工夫を凝らした金属の兜や鍵爪で武装しており、まるで古代ローマの剣闘士グラディエーターの様。
まあ、あのフクロウの足で、一体どうやって道具を加工しているのかという疑問はちょっと頭を過ぎるが、そのあたりはあんまり突っ込んではいけないのだろう。
いざ戦いが始まると、金属の鍵爪が派手な火花を散らし、羽毛が舞い散る戦いを、スローモーションを効果的に使って演出するあたりは、いかにもザック・スナイダーらしく、正にフクロウ版の「300 スリーハンドレッド」という感じで迫力もあり、楽しめる。
ただ、一応原作が児童文学という事で、残酷描写は抑えられ、子供にも安心して見せられる。

「ハッピーフィート」でやたらリアルなペンギンたちを描写した、アニマル・ロジック社の手がける3DCGは素晴らしい出来栄えだ。
ソーレンの妹のエグランタインのフワフワした羽毛は思わず触りたくなるし、大雨が吹きつける嵐の中を飛ぶソーレンの翼のしなやかさなど、まるで実写と見まがうばかりのリアリティを感じる。
だが、例えば「ヒックとドラゴン」などに比べると、嵐や夜間など暗くて対象物が見えないシチュエーションが多いので、飛翔感という点ではちょっと物足りない。

「ガフールの伝説」は、原作シリーズの三冊を纏めているという事で、ややダイジェスト感を感じさせるものの、スピーディーで良く出来た娯楽映画だ。
擬人化されたリアルなフクロウが主人公という点に違和感を感じなければ、逆に新しいも要素は他に何もないので、ごく普通に楽しむ事が出来るだろう。
ただ、ちょっと残念なのは、純血団がかき集めている秘密兵器の設定がよくわからない事。
これは、ペレットというフクロウが消化できずに吐き出す骨や皮などの固まりに、稀に含まれるという鉱物を集めた物で、フクロウの砂嚢、要するに砂肝に作用して、行動不能にしてしまうらしい。
描写からは、おそらくは磁気を持った金属か、隕石の破片のようなものだと思うが、いったいどういう仕組みなのか全く説明がないので、えらくご都合主義な代物にみえてしまう。
敵の最終兵器なのだから、もうちょっと丁寧な説明が欲しかったところだ。

今回は、豪州のワイン「バーキングオウル シャルドネ」をチョイス。
フクロウのラベルが印象的な銘柄で、柔らかな果実香が楽しめるドライなシャルドネだ。
適度な酸味が、スッキリと後味を引き締めてくれる。

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2009年11月26日

消されたヘッドライン

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■2009/11/26日DVD発売  ■アメリカ制作  ■127分

■監督 ・ケヴィン・マクドナルド

■出演
ラッセル・クロウ / ベン・アフレック / レイチェル・マクアダムス / ヘレン・ミレン

■あらすじ■
ワシントンで起こった二つの事件。ひとつはドラッグ中毒の黒人少年の射殺事件、そしてもうひとつは、気鋭の国会議員コリンズのもとで働く女性職員ソニアが地下鉄に転落して死亡した事。グローブ紙の記者カルは、この二つの事件の奇妙な関連性を発見する。彼はリン編集長から、ソニアと不倫関係にあった渦中のコリンズと接触するよう言われる。やがて彼の調査は思わぬ事件の真相に迫って行く

■かんそう■
クロウさんが、長髪小太りで見ようによっては小汚いオッサン記者で
スーツ姿のベンさんと同級生とは思えないようなウラブレかたで^_^;

でも、影有る中年って感じで渋かったですわ

殺人は起こりますが、淡々と静かに進行して行き、現実的で演技派俳優陣
のサスペンスって感じで、厚みあり。

麻薬絡みで、大きな事件だとは思われない射殺事件から巨大企業と国家の
結託事件へと繋がって行く展開も緊張感あって面白かったです。

黒幕はコリンズ夫人かと思ってたのですが・・・大ハズレ

自分の思いとは別の展開で、罪無い人間を犠牲にしてしまうと
と言う事は、あるのでしょうが、少々結末に不満残ります・・

全体的には、深みがあって楽しめましたし、暗闇の中の一筋の光(正義)でしたね。

私の好き度 stars-3-5.gifstars-4-0.gif

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2009年08月20日

3時10分、決断のとき・・・・・評価額1650円

本国公開から2年も経っている上に、上映館は東京23区でたった一館・・・。
まあ今の日本で、渋い西部劇のマーケットなど殆ど存在しないのは分かっているが、一応全米No.1を記録してる作品だし、何よりも出来が良いだけに勿体無い。
「3時10分、決断のとき」は、エルモア・レナード原作の短編小説「3:10 to Yuma」を元に1957年に作られた「決断の3時10分」を、「17歳のカルテ」や「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」を手がけたジェームス・マンゴールド監督がリメイクした作品。
ラッセル・クロウクリスチャン・ベイルという、正に脂ののり切った名優二人が、男の誇りをかけて激突する異色の西部劇だ。

ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベイル)は、南北戦争で片足を失った傷痍軍人。
妻と二人の息子と共に、荒れ果てた土地で牛を飼って細々と暮らしているが、借金が嵩み土地を追い出されそうになっている。
ある日、資金繰りの交渉のため町へ出たダンは、強盗団のボスとして知られるベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)の逮捕現場に居合わせた事から、彼を護送する任務に志願する。
駅のあるコンテンションという町から、ユマの刑務所行きの汽車が出るのは翌々日午後3時10分。
それまでにウェイドをコンテンションへ連れて行く事が出来れば、高額の報酬を得る事が出来る。
だが強盗団の手下たちは、間違いなくボスを奪還するために襲ってくる。
ダンたちの一行は追っ手を撒くために、あえて危険なアパッチ族の支配地を通り抜けようとする。
ところが、父を助けようとダンの14歳の息子、ウィリアム(ローガン・ラーマン)がついてきてしまう・・・。


観客のおっさん比率が異様に高い。
これほど男女比の偏りが極端な作品は、9割以上が女性で埋まった「セックス・アンド・ザ・シティ」以来じゃないだろうか。
しかも単に男が多いだけではなくて年齢層が高く、客席の殆どが30代半ば以上のおっさんで占められている様に見えた。
でも、この映画はそれで良い。
これは正に男の映画、それも誇り高き父の映画であるから、おっさんが一人で観て、一人でしみじみ泣くのに相応しい作品なのだ。

クリスチャン・ベイル演じる真面目なカウボーイ、ダン・エヴァンスと、ラッセル・クロウ演じる凄腕の強盗、ベン・ウェイド。
映画はこの対照的な二人を軸に展開してゆくのだが、物語のキーパーソンとなるのは、危険な旅路の予期せぬ同伴者となるダンの息子、ウィリアムである。
ダンはクソが付くほど生真面目な男で、良き人間でありたいと願い、彼の息子たちにもそうあって欲しいと願っている。
彼の行動には全て理由があり、生活の苦しい荒野にあえて暮らすのも、結核を煩っている下の息子の療養に、乾燥した気候が必要なためなのだ。
だが、ウィリアムは戦場で傷つき、非力な存在となった父の想いを理解せず、むしろ軽蔑の眼差しを向けている。
一方、力によってフロンティアに名を轟かせてきたウェイドは、父に反発するウィリアムに若き日の自分の姿を見ており、ウィリアムもどこかウェイドに惹かれる素振りを見せる。
まあ若い頃には、真面目な大人よりもちょっと尖がったヤバイ雰囲気を持つ大人に憧れたりするものだが、そんなウィリアムが間近で見ているからこそ、ダンは父親として引くに引けなくなってしまうのである。

逮捕された犯罪者と言っても、力が正義と同義である無法の荒野で、絶対的な強者であるのはウェイドの方だ。
何時襲撃されるか戦々恐々としている護送チームに対して、ウェイドは必ず助けが来る事が分かっているし、いざとなったらダンを買収すれば良いと考えているから余裕綽々。
今風な言い方をすれば、ウェイドにとっては自分が勝ち組であり、ダンたちは負け組みの弱者連合に過ぎず、簡単に掌の上で転がす事が出来る相手だと思っている。
実際、ダンが護送任務に志願したのは、借金を返して自分と家族が住む土地を守りたいからであって、要するに金のためである。
物語の終盤、ウェイドがダンに買収を持ちかけるシーンがある。
鉄道会社が支払う報酬の20倍もの額で、エヴァンス家が借金を全額返済して、なお子供たちを学校に行かせられるだけの大金。
ダンはこれを断るのだが、もしもウィリアムが旅に同伴していなければ、彼はおそらく取引に応じていただろう。

人間は欲深で弱い生き物だ。
目の前に大金を積まれ、訳も分からずにダンの敵になってしまうコンテンションの住人たちは、その事を如実に表現している。
この部分は、悪の力に恐れをなし、街を守る保安官を見殺しにしようとする町の住人の姿を通し、赤狩りの時代に大衆の事なかれ主義を痛烈に批判した、フレッド・ジンネマンの大傑作「真昼の決闘」を連想させる。
もっともこっちは積極的に悪党に加担しようとしてる分、よりタチが悪くなっているのだけど。
ところが、ダンにとってはもはや金は問題でない
物語のクライマックス、自分以外はほぼ全て敵という絶望的な状況の中で、ダンはウェイドに対して「自分には誇れるものが何も無いんだ」と告白する。
金の誘惑にも、力の恫喝にも屈せず、稀代の大悪党ベン・ウェイドを護送する任務を果たせれば、それは自分自身にとっても、また息子たちにとっても、父を誇りと思う唯一の理由となり得る。
ダンは自らの命を賭して、男として、父としての誇りを取り戻す事を選んだのである。

「欲しいものを手に入れるのが男だ」と語り、力によってそれを実現してきたウェイドにとっても、ダンの告白は重い。
何故なら彼は幼い頃に捨てられた孤児であり、親がその生き様によって見せてくれる誇りは、いくら金と力があっても彼には決して手に入れる事が出来ない物だからである。
ウィリアムに嘗ての自分を見たからこそ、ウェイドはダンの気持ちを理解し、ある種の共犯関係になる事を選択する。
全く対照的で、互いの生き方を否定していた二人の男が、ウィリアムを挟む事で、いつの間にか自身の心に欠けているモノを相互補完し、不思議な絆で結ばれるのだ。

そして3時10分、ユマ行きの汽車が到着してからラストまでの展開は、全く予想だにしなかった物。
いやあ、これぞウェスタン!という名シーンをみせてもらった。
まあ途中で裏切りそうになってた連中はともかく、ひたすら忠義者だった二挺拳銃のチャーリーの立場的には、別の意味で泣けるのだけど。
そのチャーリーを演じたベン・フォスターが、凄みのあるキャラクターで二人の主役に伍する強い印象を残す。
他にも年老いた賞金稼ぎ、バイロンを演じるピーター・フォンダや、ダンを雇う鉄道会社のバターフィールド役のダラス・ロバーツら、脇の登場人物一人一人が丁寧に描写されているのも良い。

ジェームス・マンゴールド監督にとって、この作品のリメイクは長年の悲願だったらしい。
ハリウッド好みの勧善懲悪でもなく、心理劇としての色彩の強い本作の制作には、なかなか資金を出すスタジオが現れずに大変な苦労があったと聞くが、結果的に本国では上々の評価を得てクリーンヒットとなったのは、衰退著しい西部劇の未来を考えれば幸いな事だ。
いかにも西部劇、という感じのマルコ・ベルトラミの音楽も良い感じで雰囲気を盛り上げ、強盗団による駅馬車襲撃や、40対1の銃撃戦、ウェイドとチャーリーが見せる目にも留まらぬ早撃ちの技、さらには牛のスタンピードなどのお約束の見せ場も一通り描かれており、エンターテイメントとしてもなかなかに満足度は高い。
「許されざる者」以降、このジャンルでは久々に記憶に残る作品と言えるだろう。
残念ながら、たぶん日本では直ぐに終わってしまうだろうから、西部劇ファンは劇場へ急げ!

さて、この作品はアリゾナが舞台となっているのだけど、アリゾナと言えば元々はメキシコ領で、現在でも美味しいメキシコ料理の店が多い。
今回は、乾燥した土地で飲むと特に美味しく感じられる、メキシカンビールの「コロナ」をチョイス。
元々軽いのだけど、ライムを加えて飲むとより軽い感じになる。
個人的にはこれにワカモレとトルティアチップがあれば、何時間でも飲み続けられてしまうなあ。

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この映画に似た雰囲気も

2009年08月20日

3時10分、決断の時・・・・・評価額1650円

本国公開から2年も経っている上に、上映館は東京23区でたった一館・・・。
まあ今の日本で、渋い西部劇のマーケットなど殆ど存在しないのは分かっているが、一応全米No.1を記録してる作品だし、何よりも出来が良いだけに勿体無い。
「3時10分、決断の時」は、エルモア・レナード原作の短編小説「3:10 to Yuma」を元に1957年に作られた「決断の3時10分」を、「17歳のカルテ」や「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」を手がけたジェームス・マンゴールド監督がリメイクした作品。
ラッセル・クロウクリスチャン・ベイルという、正に脂ののり切った名優二人が、男の誇りをかけて激突する異色の西部劇だ。

ダン・エヴァンス(クリスチャン・ベイル)は、南北戦争で片足を失った傷痍軍人。
妻と二人の息子と共に、荒れ果てた土地で牛を飼って細々と暮らしているが、借金が嵩み土地を追い出されそうになっている。
ある日、資金繰りの交渉のため町へ出たダンは、強盗団のボスとして知られるベン・ウェイド(ラッセル・クロウ)の逮捕現場に居合わせた事から、彼を護送する任務に志願する。
駅のあるコンテンションという町から、ユマの刑務所行きの汽車が出るのは翌々日午後3時10分。
それまでにウェイドをコンテンションへ連れて行く事が出来れば、高額の報酬を得る事が出来る。
だが強盗団の手下たちは、間違いなくボスを奪還するために襲ってくる。
ダンたちの一行は追っ手を撒くために、あえて危険なアパッチ族の支配地を通り抜けようとする。
ところが、父を助けようとダンの14歳の息子、ウィリアム(ローガン・ラーマン)がついてきてしまう・・・。


観客のおっさん比率が異様に高い。
これほど男女比の偏りが極端な作品は、9割以上が女性で埋まった「セックス・アンド・ザ・シティ」以来じゃないだろうか。
しかも単に男が多いだけではなくて年齢層が高く、客席の殆どが30代半ば以上のおっさんで占められている様に見えた。
でも、この映画はそれで良い。
これは正に男の映画、それも誇り高き父の映画であるから、おっさんが一人で観て、一人でしみじみ泣くのに相応しい作品なのだ。

クリスチャン・ベイル演じる真面目なカウボーイ、ダン・エヴァンスと、ラッセル・クロウ演じる凄腕の強盗、ベン・ウェイド。
映画はこの対照的な二人を軸に展開してゆくのだが、物語のキーパーソンとなるのは、危険な旅路の予期せぬ同伴者となるダンの息子、ウィリアムである。
ダンはクソが付くほど生真面目な男で、良き人間でありたいと願い、彼の息子たちにもそうあって欲しいと願っている。
彼の行動には全て理由があり、生活の苦しい荒野にあえて暮らすのも、結核を煩っている下の息子の療養に、乾燥した気候が必要なためなのだ。
だが、ウィリアムは戦場で傷つき、非力な存在となった父の想いを理解せず、むしろ軽蔑の眼差しを向けている。
一方、力によってフロンティアに名を轟かせてきたウェイドは、父に反発するウィリアムに若き日の自分の姿を見ており、ウィリアムもどこかウェイドに惹かれる素振りを見せる。
まあ若い頃には、真面目な大人よりもちょっと尖がったヤバイ雰囲気を持つ大人に憧れたりするものだが、そんなウィリアムが間近で見ているからこそ、ダンは父親として引くに引けなくなってしまうのである。

逮捕された犯罪者と言っても、力が正義と同義である無法の荒野で、絶対的な強者であるのはウェイドの方だ。
何時襲撃されるか戦々恐々としている護送チームに対して、ウェイドは必ず助けが来る事が分かっているし、いざとなったらダンを買収すれば良いと考えているから余裕綽々。
今風な言い方をすれば、ウェイドにとっては自分が勝ち組であり、ダンたちは負け組みの弱者連合に過ぎず、簡単に掌の上で転がす事が出来る相手だと思っている。
実際、ダンが護送任務に志願したのは、借金を返して自分と家族が住む土地を守りたいからであって、要するに金のためである。
物語の終盤、ウェイドがダンに買収を持ちかけるシーンがある。
鉄道会社が支払う報酬の20倍もの額で、エヴァンス家が借金を全額返済して、なお子供たちを学校に行かせられるだけの大金。
ダンはこれを断るのだが、もしもウィリアムが旅に同伴していなければ、彼はおそらく取引に応じていただろう。

人間は欲深で弱い生き物だ。
目の前に大金を積まれ、訳も分からずにダンの敵になってしまうコンテンションの住人たちは、その事を如実に表現している。
この部分は、悪の力に恐れをなし、街を守る保安官を見殺しにしようとする町の住人の姿を通し、赤狩りの時代に大衆の事なかれ主義を痛烈に批判した、フレッド・ジンネマンの大傑作「真昼の決闘」を連想させる。
もっともこっちは積極的に悪党に加担しようとしてる分、よりタチが悪くなっているのだけど。
ところが、ダンにとってはもはや金は問題でない
物語のクライマックス、自分以外はほぼ全て敵という絶望的な状況の中で、ダンはウェイドに対して「自分には誇れるものが何も無いんだ」と告白する。
金の誘惑にも、力の恫喝にも屈せず、稀代の大悪党ベン・ウェイドを護送する任務を果たせれば、それは自分自身にとっても、また息子たちにとっても、父を誇りと思う唯一の理由となり得る。
ダンは自らの命を賭して、男として、父としての誇りを取り戻す事を選んだのである。

「欲しいものを手に入れるのが男だ」と語り、力によってそれを実現してきたウェイドにとっても、ダンの告白は重い。
何故なら彼は幼い頃に捨てられた孤児であり、親がその生き様によって見せてくれる誇りは、いくら金と力があっても彼には決して手に入れる事が出来ない物だからである。
ウィリアムに嘗ての自分を見たからこそ、ウェイドはダンの気持ちを理解し、ある種の共犯関係になる事を選択する。
全く対照的で、互いの生き方を否定していた二人の男が、ウィリアムを挟む事で、いつの間にか自身の心に欠けているモノを相互補完し、不思議な絆で結ばれるのだ。

そして3時10分、ユマ行きの汽車が到着してからラストまでの展開は、全く予想だにしなかった物。
いやあ、これぞウェスタン!という名シーンをみせてもらった。
まあ途中で裏切りそうになってた連中はともかく、ひたすら忠義者だった二挺拳銃のチャーリーの立場的には、別の意味で泣けるのだけど。
そのチャーリーを演じたベン・フォスターが、凄みのあるキャラクターで二人の主役に伍する強い印象を残す。
他にも年老いた賞金稼ぎ、バイロンを演じるピーター・フォンダや、ダンを雇う鉄道会社のバターフィールド役のダラス・ロバーツら、脇の登場人物一人一人が丁寧に描写されているのも良い。

ジェームス・マンゴールド監督にとって、この作品のリメイクは長年の悲願だったらしい。
ハリウッド好みの勧善懲悪でもなく、心理劇としての色彩の強い本作の制作には、なかなか資金を出すスタジオが現れずに大変な苦労があったと聞くが、結果的に本国では上々の評価を得てクリーンヒットとなったのは、衰退著しい西部劇の未来を考えれば幸いな事だ。
いかにも西部劇、という感じのマルコ・ベルトラミの音楽も良い感じで雰囲気を盛り上げ、強盗団による駅馬車襲撃や、40対1の銃撃戦、ウェイドとチャーリーが見せる目にも留まらぬ早撃ちの技、さらには牛のスタンピードなどのお約束の見せ場も一通り描かれており、エンターテイメントとしてもなかなかに満足度は高い。
「許されざる者」以降、このジャンルでは久々に記憶に残る作品と言えるだろう。
残念ながら、たぶん日本では直ぐに終わってしまうだろうから、西部劇ファンは劇場へ急げ!

さて、この作品はアリゾナが舞台となっているのだけど、アリゾナと言えば元々はメキシコ領で、現在でも美味しいメキシコ料理の店が多い。
今回は、乾燥した土地で飲むと特に美味しく感じられる、メキシカンビールの「コロナ」をチョイス。
元々軽いのだけど、ライムを加えて飲むとより軽い感じになる。
個人的にはこれにワカモレとトルティアチップがあれば、何時間でも飲み続けられてしまうなあ。

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この映画に似た雰囲気も

2009年05月07日

ワールド・オブ・ライズ

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■2009/4/29日DVD発売  ■アメリカ制作  ■128分

■監督 ・リドリー・スコット

■出演
レオナルド・ディカプリオ / ラッセル・クロウ / マーク・ストロング / ゴルシフテ・ファラハニ

■あらすじ■
CIAの中でも、最高の腕をもつ工作員ロジャー・フェリス。中東からワシントンまで世界を駆け回っている彼の命運を握るのは、安全なアメリカから電話で指示を出す、冷徹なベテランCIA局員エド・ホフマンだ。彼らは、地球規模の爆弾テロを画策するテロ組織リーダー、アル・サリームを追いかけていた。時には身内にまで嘘をつきながら、熾烈な頭脳戦で情報をかき集めていくロジャーとエドは、ついに大きな賭けに出る…!!

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■かんそう■
ラッセルさん、太めで老けたオッサン! 役者さんは化けますねぇ。

衛星からの映像はリアルだし、緊迫感も有りました。
ロジャーの拷問指潰しも、ウヘェ~痛そう! 激痛度合いが伝わります。

が、エドの主導権を握ろうとする行動がロジャーを危険にさらすやら
ロジャーも、つけ込まれるの予想できるのに、現地の女性に好意を寄せ接触するやら

安らぎが欲しかったの分かりますが、自ら災難を招いてるようにしか
ちょっと、展開が不自然だったように感じました。

ヨルダンの局長、渋かったなぁ。冷静沈着で威圧感有り。
ロジャーもエドも、彼の懐の中で、右往左往してただけだったような

CIAよりも中東ではベテランで上手行ってるって事ですかね

128分間、楽しませてくれるし飽きません。 さすがに大作だと思います。

しかし、どうも見終わった後の印象が薄め
こおゆう映画を見慣れてしまったせいなのか? 内容のせいなのか?

私の好き度 stars-3-5.gifstars-4-0.gif

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2008年12月30日

ワールド・オブ・ライズ

今年最後の劇場鑑賞作品です。
ワシントン・ポスト紙の
コラムニスト、
デヴィッド・イグネイシャス原作の
リドリー・スコット作品です。
ディカプリオがCIA工作員として
男臭い演技を好演しています。


中東で対テロ殲滅作戦を展開するCIAの主任ホフマン(ラッセル・クロウ)と
現地工作員フェリス(レオナルド・ディカプリオ)。
ヨルダン情報局とともに爆破テロ組織のリーダー・アル・サリームを
追う2人は、反目し合いながらも協力し、
中東に架空のテロ組織をでっち上げ、
アル・サリームをおびき出そうと試みるが・・・・。

最新の機器を使用するCIAに対して、パソコンや携帯を使わず
人から人へ直接連絡する原始的なネットワークで、
翻弄するテロリストがすごいです。
おまけに見つかったとたん自爆テロですから怖いです。
子供の世話をしながら、自分は命令するだけのラッセル・クロウが
アメリカの傲慢さを象徴してるようで、
ホント、嫌な奴でした。
中東のどこがいいんだ!みたいなセリフが
全てを語っているようでした。

ディカプリオもなかなかよかったですが、
ヨルダン情報局のハニを演じたマーク・ストロングの
存在感が素晴らしかったです。



ワールド・オブ・ライズ

■お気に入り度 ♥♥♥♥

(ルナのひとりごと)
こんな映画を観ると、中東に平和が訪れる事があるのだろうかと
悲しくなります。
テロリストに仕立てられた建築士などは、ホントに気の毒だった。

2008年12月27日

ワールド・オブ・ライズ・・・・・評価額1550円

激動の中東を舞台に、リドリー・スコット監督が、レオナルド・デ・カプリオラッセル・クロウの二大スター共演で描くスパイサスペンス大作。
「007」などのアクション系とは違って、こちらはあくまでも頭脳戦が中心なので、ホリディシーズンのお気楽娯楽大作と思って観に行くと、困惑するかもしれない。
スパイ同士の騙し合いが見所の、ある種のコン・ゲーム映画だ。

中東で活動するCIAエージェント、ロジャー・フェリス(レオナルド・デ・カプリオ)は、ヨーロッパで発生した連続爆破事件の黒幕が、大物テロリスト、アル・サリーム(アロン・アブトゥブール)である事を掴む。
現場のフェリスを管轄するのは、遠く離れたアメリカ本国で、平和な日常を送りながら電話で指示を出すエド・ホフマン(ラッセル・クロウ)。
ホフマンの指示でヨルダンに飛んだフェリスは、ヨルダン情報機関トップのハニ・サラーム(マーク・ストロング)の協力を得て、サリームの居場所を探ろうとするのだが・・・


スパイ物と言っても、アクション映画とは明らかにジャンルが違うし、かといって中東の今を描く社会派映画でもない。
フィーチャーされているのは、同じ目的を持ち、同じ組織に属しながら、仕事内容があまりにも対照的な二人の男。
まあどの組織にも、現場と本部の軋轢というのはあるらしく、一言で言えばスパイ版の「踊る大捜査線」か(笑
現場で死の危険にさらされながら、必死で情報を追うフェリス
そんな彼を遥か上空の無人偵察機で眺めながら、殆どゲーム感覚でアメリカ本国から指示をだすホフマン
中東を舞台にした緊迫した諜報戦を通して、やがて彼らは協力しつつも互いに騙し合うようになる、というのが本作の骨子。

物語的にも、捻りがある。
立場は違えど、世界を動かしていると自負するCIAの二人に対して、中盤以降もう一つの個性が割ってはいる。
CIAにとっては、彼らの描く戯曲の登場人物の一人に過ぎない、ヨルダンの情報機関トップ、ハニ・サラームだ。
膨大な人員と資金、ハイテク機器を駆使して情報戦を行い、地球のフィクサー気取りのCIAに対して、サラームが体言するのは昔ながらの「諜報」の世界だ。
完全ネタバレになるので詳しくは書けないが、物語の後半はこのハニの登場で大きく物語が動く。
そして、それまで観ていた物語が、実は物事のある面に過ぎないという事を浮かび上がらせてくるのである。
ハニが繰り返しフェリスに言う「私に嘘はつくな」という言葉の意味が、最後の最後で生きてくるのだが、このあたりは観てのお楽しみ。

フェリスを演じたレオナルド・デ・カプリオは、この手の必死に生きる青年が良く似合う。
出世作のタイタニックもそうだったが、昨年の「ブラッド・ダイヤモンド」や「デパーテッド」も痛々しいくらいに懸命に、自らの使命を全うしようとする姿が印象的だった。
本作もそれは変わらないのだが、そろそろもう一つ演技の引き出しが欲しいところ。
対するラッセル・クロウは、今ひとつ影が薄い。
もっとも、これは彼のせいではなくて、物語がCIA内部の対比から、彼らを取り巻く世界へとどんどん広がりを持ってしまうためで、クロウは基本的にデ・カプリオに電話で指示を出す役なので、単独で物語を引っ張って行けるキャラクターではないのだ。
もっとも、クロウの与えられた役柄に対するアプローチという点では、20キロも体重を増やし、嫌みったらしいメタボ上司を巧みに演じており、オスカー俳優の面目躍如。
ただ、この作品のテーマを真に体現するのは、三人目の主役とも言うべき、ハニ・サラームを演じたマーク・ストロングだろう。
冷静沈着で昔気質ながら、戦慄すべき残酷さも併せ持つ。
まあ物語的にも、最終的に一番美味しいところを持ってゆくのはこのキャラクターだ。

邦題は「ワールド・オブ・ライズ」つまり、「嘘の世界」だが、原題は「Body of Lies」となっている。
この「Body」には「体」の他にも「機関」や「実質」など様々な意味があるという事を知っておくと、本作の描こうとした事もわかりやすいだろう。
リドリー・スコットは、複雑に入り組んだコン・ゲームを通して、バーチャルなパワーで世界を支配していると信じ込んでいたアメリカに対する、イギリス人らしいシニカルな寓話を作り上げている。
眩暈を覚えるほどスピーディーに場面が展開し、二時間を越える上映時間の間、緊張感がずっと持続する。
運命的に絡み合う、対照的な二人の男の物語、という点では傑作「アメリカン・ギャングスター」を思わせるところもあり、この手のサスペンスを撮らせたら、スコットはさすがに上手い。
ただ、凝りに凝った作劇が裏目に出て、テーマへのアプローチは全体に浅く、わかり難くなってしまっている。
中東という生々しい舞台も、結局のところ舞台装置以上には描かれておらず、良くも悪くもシニカルなコン・ゲームという以上の印象は薄いのが残念なところだ。

渋いサスペンス映画には、渋いシングルモルトウィスキーが似合う。
今回は英国から「スプリングバンク 100プルーフ」の10年物をチョイス。
パワフルなボディでアルコール度数は57度もあり、冬の寒さも一気に吹き飛ぶ。
水割りやロックもいいが、この季節はホットで飲むのも良いだろう。



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2008年10月25日

『FROGS on Screen』を観たよ。

 歌もある舞台だったのか。

『FROGS on Screen』
2008年・日本
映像監督:佐藤克則
演出・殺陣・声の出演:岸谷五朗
脚本:喜安浩平
出演:桜田通 青柳塁斗 植原卓也 柳澤貴彦 他

 ダンスが得意なカケル(桜田通)と、そのいとこのテル(柳澤貴彦)は、とある神社のご神体にいたずらをした結果、蛙に変身させられてしまう。ピンク蛙のアマネ(青柳塁斗)やブルー蛙のフクロウ(植原卓也)たちと一緒に、カケルとテルは人間に戻るための方法を探るが……。

 アミューズの若手俳優たちによるダンスがメインの舞台『FROGS』の公演の模様を、映画上映用に編集した映像作品。

 桜田通と青柳塁斗は、ミュージカル『テニスの王子様』のキャストとして有名な俳優。脚本の喜安浩平はアニメ『テニスの王子様』で海堂薫役を演じている声優でもある。そんなわけで、私のようなテニミュ&テニプリ・ファンには、いろいろな意味で興味深い『FROGS』。舞台は観に行けなかったので、映画館で観られるのを楽しみしていた。

 出演者たちの役が「蛙」ということで、みんな、よく跳び、よく跳ね、とにかく踊る。キャストたちの身体能力の高さを充分に堪能させてもらえる、ダンサブルな舞台。歌も多く、ミュージカル的でもある。

 テニミュが好きなものだから、ついつい通くんと塁斗くんを目が追ってしまった。通くん、かわいい。塁斗くん、格好よい。2008年の冬からテニミュに参加することになった植原くんを観られたのも、とても嬉しかった。映像でも、充分に楽しめたけれど、「やっぱり、舞台を観に行けばよかったなぁ」と生の臨場感が恋しくなった。

観た日:2008年10月24日(金)@丸の内TOEI2

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↓参考↓
FROGS on Screen@映画生活
「FROGS on Screen 舞台「FROGS~フロッグス」映画館上映版」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

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2008年05月08日

グラディエーター

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私は 戦っている人が好きです。人生・困難・仕事(職場)・恋愛・病気・夢etc・・・。

勿論 ボクシングやK-1も大好き♪

幼稚園児の頃 ゴレンジャーのモモレンジャーになるのが夢でした。その夢叶って(?)高校生の頃 ヒーローショーのバイトを始め デパートの屋上や地方の遊園地で悪と戦っていました(笑)たまに 女の悪役もやりましたが・・・。

この映画は ミーハーと思われるかもしれませんが 私のだーい好きな映画ベスト5に入ります! 何回か観てるのですが 久しぶりに 観ちゃいました!!まさしく 戦う男の物語です!グラディエーター(剣闘士)ですから。

古代ローマ帝国に忠誠を誓った将軍マキシマス(ラッセル・クロウ)は 次期皇帝に任命されるが それを面白く思わない皇太子コモデゥスは マキシマスを暗殺しようとする。

コモデゥスに妻と息子を殺され 自分も瀕死の重傷を負うが 興行師に買われ 奴隷としてグラディエーターになる。

コモデゥスは 結局父親である皇帝を自らの手で殺して 皇帝になり 邪魔者は排除するという なんとも卑劣な男!!!でも これまた 愛されたくても愛されない可哀想な人だったりもする・・・。自分が次期皇帝になることを信じて疑わなかったのに 父親から 「お前は皇帝の器じゃない。」なんて言われたら ショックですよねー・・・。まぁ確かに器じゃないんですが・・・。

自分の愛する妻と息子を殺され 心が死んでしまったマキシマス・・・。奴隷として 興行師の言うがままに 見世物で殺し合う日々・・・。闘犬やヘビとマングースの戦いと同じ扱いです。人と人が殺し合う姿を見て 嬌声を上げる見物人。これが 彼等の娯楽だなんて・・・。

父親が禁止にした グラディエーター達の死闘を コモデゥスが巨大コロシアムをつくり復活!そこで 殺したはずのマキシマスがで戦っていた。しかも 民衆の人気者 勇者として!

誰にも愛されないコモデゥスとコモデゥスの父親 姉 民衆までもの愛を受けているマキシマス。2人の戦いが始まる・・・。

このマキシマス将軍はラッセル・クロウの当たり役ですね!!!気高く逞しく潔くローマにまた前皇帝に対する忠誠心。でも それだけではなく 農民として田舎で愛する家族と慎ましく過ごしたいという優しい気持ちも。その家族を失って 奴隷に成り下がりそこから見事に復活していく生命力。全てが良いです!

とにかく グラディエーター達の戦いぶりの迫力は満点です。鳥肌ものです。血が騒ぎます!!!

最近のラッセル・クロウは ちょっとぶよぶよしてますが この映画では 見事な筋肉美を見せてくれます。

また この映画 音楽も非常に良い♪

ラッセル・クロウ かっこいい~~~~♪(でも 「L.Aコンフィデンシャル」のラッセル・クロウが一番好きなの・・・。DVD化されてないってどーいう事!?)

古代ローマ帝国を舞台に繰り広げられる 大活劇!!!☆5つです!!!

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