<シネプレックス小倉>
戦争がよくないのはわかっているし、最初からまったくないのがありがたいけれど、あの戦争があったからこその人類の利というのもある。その利もハナからなくていいのだが、あることで私たちはたくさんの恩恵を受けてきたし、受けているし、手放せなくもなっている。ブログだって、インターネットだから、戦争のおかげ、冷戦時代のおかげである。日本の、ものづくりからくる経済成長は、戦争から篩いだしたものだろう。大量生産の発想なんてそのままだ。大量生産でありながら質の高いものを・・・日本は戦争で学んだ。
若い頃は、もし日本で戦火が広がったとしたら、山奥へ逃げよう、京都がよろしいなんて、友達同士で冗談のような本音をウダウダと語りあったものだが、ここまで餓死寸前の人々に目を瞑って感情なく平和ボケた中で生きていると、もし今、戦争が起きたならば、私は戦地へ赴いてもいいと思いはじめた。歳をくったせいもあるし、自分の命がそれほど惜しくないというフシもある。周りの人たちを悲しませるとてもいかん心がけだが、第二次世界大戦で日本が負け、今の繁栄があることを知らないシラケ世代を見ていると尚更そう思う。最前線に立つ年齢ではないし、つっこめー!なんて言っても、銃の重さに、その場で石ころに躓いてこけるだけがオチだから、テントをたてたり、銃を磨いたりなんて仕事はどうだろう・・・私は平和主義で、あぶない思想もないが、日本はあまり他国の戦火が見えていなく、その情報もほとんど入ってこない。日本が戦争と無縁になったようだけれど、そうでもない。第二次イラク戦争は、付き合わされたとはいえ、しっかりと戦争に参加している。その役割は、私の言うテントをたてたり、銃を磨いたりした程度の給油が主だったが、どーであれ、参戦である。日本人はそう思っていなくても、日本以外の国は日本は戦争に参加したと認識している。給油という技術を持った国なのだ。戦争のお手伝いなんて・・・そりゃもう、参戦。表だろうが裏だろうが、同じ舞台にいたのである。
私も学習能力のない人間であるが、アメリカは国そのものに学習能力がない。アメリカの勝った戦争なんて日本くらいのもので、後は相手国を踏んだり蹴ったりして後片付けもソコソコに、引き揚げる。朝鮮もベトナムもイラクも、問題を山積みにしたまま、押し付けてしまう。日本のように全面降伏する国はその後、現れない。なぜ日本のようにならないかと腹立たしかろう。ただ、アメリカが正直だと思うのは、イラクの戦争をしっかりと敗戦だとしているところである。大量破壊兵器もみつからなかったし、アメリカはフセインの何十倍もの市民を殺してしまった。それは隠さずに、しっかりと受けとめている。日本はアメリカの背中に隠れて、あの戦争をウヤムヤにしてしまった。戦争には参加したつもりないし、給油はしたけど後は知らん・・・参加してないから、敗戦も終戦もないのだろう。今の日本はそんな国である。
第9条がどーのこーの言っている間に、本作のように世界はなにもかも消え失せるかもしれない。どうも、本作では日本は蚊帳の外のようである。人類の終末を描いた映画は多いけれど、日本は滅びながらまだ議論をしている国なのではなかろうかと思う。蚊帳の外でかまわないけれど、小さな国でありながら滅びる原因を作った大国である。しかし、地球から人類が消える、なにもかもなくなる時に、経済大国だけの日本なんぞは邪魔なだけだろう。人が人を殺すことをよしとする戦争は恐ろしいもので、利口過ぎて野蛮の極みだが、一切を一瞬で無にする戦争が起こらないとは言えない。そこまで馬鹿だったか、あるいは利口過ぎたかという日がくるのは明日かもしれない。わずかに残った人類がこれから必要とするものはなにか。まずは安全な水と食糧だろう。この映画は、それもだいたい間に合って、次のものを求めようとする時代からはじまっている。
アメリカ建国から200年ちょっと。振り出しに戻っても歴史は浅く、西部劇になるのだろうか。よくぞここまで再建されたらしい、西部劇の世界が広がる。人類滅亡後の未来の西部劇に頼るとは浅いけれどなかなか面白い。日本が舞台になれば、「火の鳥」の時代になる。チームで作った私たちの卒業制作の8ミリ映画は核兵器で滅んだ未来の地球の姿だった。基本的になにもない地。掘っ立て小屋くらいの建物しか出ない。大きなテーマを扱っているが、お金のかからない状況を作りたかったのだろう。恰好いいように言うと、マカロニウェスタンと黒澤時代劇をまぜこぜにした娯楽映画である。戻り方が中途半端だが、これは衣裳の都合による。25年経った今は、カットバックも下手で、全体的に稚拙でなかなか恥ずかしい。
彼の持っている何かを求めて騒動は広がる。時代は西部劇でも、頭の中はもっと遡る。なるほどとニンマリしつつ、目の覚めるようなアクションと一緒になって楽しい。ゲイリー・オールドマンが『レオン』に戻ったように哀愁漂う悪を演じ、いい味を出していてますます嬉しい。そこらのバタバタ殺されるチンピラが本物じゃないか?と思うほど、クセのある奴らで、これまたいい。アメリカは俳優の多い国だ。ニューヨークは10人に1人は芸術家またはその卵らしいので、選び放題。日本はそこから敵わない。
スピードがあってまったく気づかなかったけれど、ラストシーンを観ながら、これは主役の小さな行動をみつめなければならなかったと悔やんだ。光線がきついからみんなサングラスをしているのだけど・・・うまい。難しい演出、芝居だったろう。もう一度、注意して観てみたい。・・・戦争が起きて、行け!と言われれば素直に行く考えの私になってしまったが、戦争より戦後の方が楽しい。戦争なく、戦後にならぬかと思う。なにもないところから作り上げる喜びがある時は楽しい。モノがあふれ、今の日本人には少々の出来事では喜びがない。シラーとしている。いけないこと、いけないとはわかっているけれど、何もかもなくしてしまう時が私たちには必要なのかもしれない。 <75点>
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