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2007年10月31日

ヘヤスプレー

もともと映画だったのが
ブロードウェイでミュージカル化され、
大評判となり、
また映画化された作品です。
しかし、その全てが
母親役は男性が女装して
役をやっているようです。
今回はジョン・トラヴォルタが
着ぐるみのようなおデブになって
大ハッスルです!!!

主人公のトレーシー役は、1000人以上のオーディションで選ばれた
ニッキー・ブロンスキー、なかなかキュートなおデブさんです。
そして、母親役のトラヴォルタ!やはり凄いです。
ダンスの迫力もさすがでした。
まあ、のっけから歌で始まるミュージカルらしい
ミュージカルですから、苦手な方にはつらいかも・・・(笑)

60年代のかわいいお衣装もステキで楽しめましたが、
「ドリームガールズ」でもそうでしたが、
この頃の黒人に対する人種差別は、まだまだひどかったんですね〜。
ただ、主人公のトレーシーは、差別なんか気にしない
おおらかなで、超前向きな性格なので、
観ていると、こっちまでハッピーな気分になれます。

音楽も結構ノリノリですし、ハッピーな気分にしてくれる
楽しい作品でした。


ヘヤスプレー←公式サイト

■お気に入り度 ♥♥♥♥

(ルナのひとりごと)
がんばって、本の感想もUPしようと思っていましたが、
ほとんど1週間で挫折してしまいました!
おまけに風邪でダウンし、映画のUPもやっとこさです(~_~;)
まあ〜、とりあえずのんびりUPということで・・・・
(単にいい訳でした・・・\(>_<)/

2007年10月24日

ヘアスプレー

Photo  <TOHOシネマズなんば>

 どこでどんな災害が起きているのか、事故が起きているのか、殺人が起きているのか・・・いやなニュースばかりなので、こういう書き方になるけれど、日本で、世界で、地球で、何が起こっているのか、この一週間、私は世間のことを何も知らない。帰って寝て、起きて出かけて、帰って寝る。これを繰り返している。仕事に専念して、次々とこなしているというのは良いことではあると思う。世間で何が起こっているかなんて、ニュースなどを見なくても十分に生きていけることをあらためて知る。遠くを見て・・・何の情報もなく一週間も過ごしたことは・・・本当に久しぶりだと瞼をパチパチさせた。感傷に浸っているわけではなく、目が疲れているだけであるけれど。けれども、映画を観る、観たい者にとって、ちょっと酷な日々が続いている。しかし一方、観たいと思うことそのものだけで、実は幸せ者なのかもしれないとも思う。

 支離滅裂で矛盾したことを承知で書くけれど、人間に生まれたからには、いつかは死ぬわけで、死するときまで映画というものが続くならば、年中、映画を観たいと思っている者には、別の意味で残酷なことだ。映画館で予告篇は、いつまで流れるのだろうか。人類の歴史に、最後の映画が公開されることはあるだろうけれど、世界を狭くして、私個人が最後に観る映画はなんだろうかと漠然と思う。最後に観たい作品をと言われれば答えられるかもしれないが、実際に最後に観る映画が1本、未来にある。予告篇くらいならばいいけれど、もっと先の情報が耳に入ってきたら、指をくわえて待ち望んでいるしかない。待ち望み、やっとスクリーンで観られる時は、自分もそれだけ歳をとっている。やっと観ることができると、映画館の椅子に座ったその日は、情報を知った時より死に近づいているということになる。

 以前にも書いたおぼえがあるけれど、私たちや私たちのまわりは、待つことばかりで、待つことは即ち死へと向かっているのだから、死に急ぐことを神は人に与えたのか。インディアナ・ジョーンズ4の制作を聞いたのはもう10年以上前で、ずっとそれを待っていた。いよいよ来年の公開だが、三十代前半だった私は、四十代半ばになってしまった。その間、待ち望んでいた人たちは、どのくらいの人数で亡くなったろうか。映画大好きで、私たちに映画の素晴らしさを教えてくれた淀川長治氏は、亡くなる瞬間、観たい映画をいくつも考えただろうか。

 いろんな映画情報が乱れ飛び、それを楽しみにしていたけれど、いくつも公開が先延ばしになったり、途中で消えていったりした。29歳の時、パニック障害で発作が出て、今まさに死ぬのではないかという体験をし、あの頃から、私は映画の情報誌を読まなくなった。正確には、読みたくなくなった。それから、ほとんど読んでいない。映画の知識は、あの時点で止まっている。チラシもほとんど読まない。自殺なんてつまんないことを思ったこともあるけれど、突発的に死と直面すると、生きたいと切に願った。元気で生きていることだけで人間は幸せなのだ、これ以上の望みはあるものかと真面目に思った日もある。それでも私は勝手なもので、元気だとか平凡だとかいうものより別の世界を手に入れようとする。本来ならば、元気で生きていることが幸せであり、その上、映画を観ることができているのは過分なことなのに、それに感謝していない。

 だが、少しだけ変わった。映画を観たいと思い、しかし観れぬ日が続いているけれど、観られないと嘆きながら身体を酷使してでも仕事ができている自分は、その時点で幸せ者なのだ。そんなことを最近、思うようになった。そうすると、観る作品の一本一本がとても大切で、自分の時間も大切になり、あまり文句も言ってられないことに気づく。1年前は、ボロクソに映画作品を批判したこともあったが、ここ数ヶ月、あまり辛辣なことは書いていないつもりだ。辛辣だと思われる方もいらっしゃるけれど、まだまだ序の口で、昨年だったら、私はもっと酷い評を書いただろうと思う。これは、人間に丸みができたのではなく、力量をこえた仕事をこなしていくうち、映画を観たくても観られない状態に立ち、映画に対して、もっと愛着が湧いてきたのだと感じる。だから、つまり、私の感想や点数は甘い。どの映画を観ようか迷っている方は、参考にならないかもしれない。どの作品が好きか以前に、映画が好きで、お勧めならば、すべてお勧めと、今の私は答えるかもしれない。それでも、人生で最後の1本はある。映画の好きな人は、こういうことを思ったことがあるだろうか。すべての人に最後の1本はあるけれど、映画を生活の中に溶け込ませている人は、また思いが違うだろう。

 映画が舞台になって、映画でリメイクだという。この頃、リメイクが流行る。日本を含め、アジアの作品をハリウッドとしてリメイクするのも流行る。ネタが本当にないのだろう。嘆いているわけではなく、私としては、それもありである。そういう時期かもしれない。以前は批判していたが、ちょっと考えが変わったようだ。

 リメイクでも何でもいい。人生最後の1本が必ず存在するのならば、こういう映画を最後に飾りたいものだ。観終えた私はそう思った。ミュージカル映画はそれほど好きではないとしながら、昨年の「プロデューサーズ」は手放しで楽しんだ。過去を振り返ると、高校生の頃、「ブルース・ブラザース」は、観終えた後、サントラ盤を買って帰った。生まれてはじめて買ったサントラ盤だった。大学生の頃、「ウェストサイド物語」のリバイバルを観た帰りにもサントラ盤を買った。ステレオは故郷にあり、ラジカセしか持ってなかった私は、カセットテープを買い求めた。これは、擦り切れて、テープがグチャグチャになるまで聞いた。ミュージカル映画を嫌いだと言っているわりに、行動が伴わない。嫌いだと言っている一方、ミュージカルは、第七芸術の中で、最も最高にあるとも思っている。映画プラス歌って躍るのだから、これほどのエンターテイメントはない。ある意味、卑怯だなと思うので、本質的に好きだと言えないのかもしれない。ひねくれている。

 オープニングからエンディングまで、ほとんどのシーンがミュージカル仕上げになっている。もう、はじまって1分も経たないうちに、度肝を抜くような渾身のシーンが待っている。この一発だけで、私はノックアウトだった。疲れや辛さを瞬時に吹っ飛ばしてくれる。自分が何者かもわからなくさせてくれる一曲だ。セットからロケへとカット割りをするとき、ミュージカルというものは、どうやって呼吸を考えて撮影進行しているのだろうか。音楽を流しながら歌うMTVとは違い、カットカットのバランスが求められるわけだから、その計算は大変なものなのだろう。数学に強いものでなければ、カット割りが困難だ。私は、カラオケビデオの撮りでも頭をひねるので、こんなシーンにはただただ驚くばかりだ。スタジオのみの撮りならばわかるけれど、出たり入ったりは、スクリプターも頭を悩ませるだろう。扉を開ける閉めるタイミングの中で音楽が流れている・・・カットのはじまりと終わりの何フレームかも大切だ。それがくるってしまうと、編集できない。

 1980年代のリメイクだけど、人種問題の打破、差別撤廃にまつわる場面、曲が多い。60年代を舞台にしているからだろうが、人の考え、意識が変わりつつある転換期の60年代をどうしてもセッティングしたかったのだろう。60年代を舞台にすることによって、現代よりも若者を活き活きと動かすことができるのかもしれない。アメリカでも、夢を大きく抱いていた、抱くことができた時代だ。悪役が多くなったミッシェル・ファイファーも歌い踊る。クリストファー・ウォーケンも歌い踊る。それだけでも映画ファンは楽しい。ジョン・トラボルタが重いメイキャップで重く踊る。その設定も好感がもてる。主役の女の子も、あんなにダイナミックに踊って、どうして体型が?と思いながら、途中からとんでもない可愛い女性にみえてくる。わくわく心弾ませて、何もかも忘れさせてくれる映画だった。ひとときでもこんな時間がもてたこと。映画を観続けていてよかった。人生最後の1本でもいいような気がした。とはいえ、まだまだ観たいのだが・・・。

 観終えたら夜の11時を過ぎていたが、もっともっと映画を観たいと、私は1年以上ぶりにレンタルビデオ店で映画を借りた。すでに観ていたが、続編を観る前にと「ソウ」「ソウ2」「ソウ3」を借りる。『ヘアスプレー』とは何の関係もない、ある意味、真逆のタイプの作品だが、スプラッターもここまで練れば、純粋に面白い。帰宅して1と2を観たら、夜があけてきた。何時間か寝て、バタバタとややこしい仕事が待っているけれど、身体は少々つらいけれど、『ヘアスプレー』の余韻は続き、苦しさが目の前にあることなど、ちっぽけなものののように思えた。大袈裟なのはわかっているけれど、『ヘアスプレー』なんて映画を観られたことだけで、それは人生の中で、幸せと呼べるもののような気が、今はしている。  <95点>

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2007年10月23日

ヘアスプレー・・・・・評価額1750円

弾け飛ぶアメリカの青春!
アダム・シャンクマン監督のミュージカル「ヘアスプレー」は、1988年に作られたジョン・ウォーターズ監督のカルトな青春映画のリメイク。
正確に言えば、ウォーターズ版が2002年にブロードウェイで舞台ミュージカル化され、今回はその舞台の映画化という事になる。
映画のリズムに体が反応して、観ていて動きたくてムズムズしてくる感覚を久々に味わった。
オリジナルとかなり装いは異なるが、これは見事な青春ミュージカルの傑作と言って良い。

公民権運動が高まりを見せる激動の1960年代。
保守的な街ボルチモアに暮らす、ちょっとオデブな高校生トレイシー(ニッキー・ブロンスキー)は、テレビのダンス番組コーニー・コリンズショウに夢中。
この番組の出演者で、同じ高校に通うハンサムなリンク(ザック・エフロン)には淡い恋心を抱いていた。
ある時、番組の新メンバー募集のオーディションがある事を知ったトレイシーは、無理を承知でチャレンジしてみようとするが、オデブコンプレックスで十年も家から出ないお母さんのエドナ(ジョン・トラボルタ)は大反対。
だが、お父さんのウィルバー(クリストファー・ウォーケン)が夢に向かう彼女の背中を押してくれる。
オーディションに挑むトレイシーだったが、番組の実験を握っているのは白人至上主義者で、カラードもオデブも番組には必要ないと考えるプロデューサーのベルマ(ミッシェル・ファイファー)だった・・・


主人公トレイシーを演じる新星ニッキー・ブロンスキーは、正に映画史上もっとも魅力的なオデブ。
大きな良く動く目が印象的で、ボリュームがでかい分だけ、ミュージカルシーンの肉体の迫力も大きい。
こんな娘がダンス番組にいたら、そりゃあ目立つだろう。
そしてトレイシーを二周りは大きくした様な母エドナを演じるのは、何と女装したジョン・トラボルタだ。
なぜトラボルタなのかというと、この役はオリジナルの映画でディバインが、舞台版ではハーベイ・ファイアスタインというどちらも男性が演じており、エドナ役は女装の男が演じるという「伝統」に従ったのだろうし、嘗て50年代の青春を描いた大ヒットミュージカル「グリース」に主演し、以降ミュージカルへの出演を拒んできたトラボルタがこの役を演じることの象徴的な意味もあるのだろう。
女装のトラボルタが60年代という時代に「ウエルカム」されるシーンでは、久々にミュージカルの世界に飛び込んだトラボルタとエドナのキャラクターが被り、屈折した精神を爆発させる素晴しいパフォーマンスになっている。
そのトラボルタとノミの夫婦である夫ウィルバーは、何とクリストファー・ウォーケンが演じ、もちろん歌って踊ってくれる。
白人至上主義者のステージママにしてテレビプロデューサーを演じるミッシェル・ファイファーと、その娘役のブリタニー・スノウ、ショウMCのコーニー・コリンズ役のジェームス・マースデン、そしてニグロ・ディのMCメイベルを演じるクィーン・ラティファまで、キャラクターは善玉から悪玉まで非常に魅力的で華やかだ。

「ヘアスプレー」は単にオデブの女の子が、恋をして幸せになるだけの物語ではない。
ダンスを通して、当時は白人との間に厳格な線が引かれていた黒人文化に触れたトレイシーは、やがて黒人のダンス番組ニグロ・ディをつぶそうとするベルマの陰謀に対抗して、公民権運動の先頭に立つのだ。
もちろん、これは別にシリアスな社会派ドラマではないので、公民権運動に関して決して突っ込んで描いている訳ではないが、60年代という時代そのものをバックグラウンドとすることで物語に普遍的なメッセージを織り込んでおり、ドラマ的な完成度も高い。

物語に関して難を言えば、トレイシーとリンクの恋のプロセスが唐突で、なぜ彼がそれほど彼女に惹かれたのかがよく判らない。
いい雰囲気になる前は、彼女のダンスに感心する描写ぐらいしか無かった気がする。
これならば、トレイシーの親友のペニーと黒人ダンサーのシーウィードが、一目惚れして一瞬にして恋に落ちる描写の方が、まだ説得力がある。

もっとも、不満と言えるのはそれくらい。
監督のアダム・シャンクマンは振付師として長いキャリアを持つ人物だが、映画監督としてはそれほど大した作品を物にしてはいなかった。
しかし本作では得意ジャンルでエンジン全開、躍動感溢れるオープニングのミュージカルナンバーから、怒涛のエンディングまで、全く飽きさせない。
正にザッツ・エンターテイメントという感じの素晴しいミュージカルシーンでたっぷり楽しませて、それでいてしっかりとテーマ性も描いており、観終わった時の充実感はとても深い。

この映画には、単に人間の価値は姿形じゃない、という単純なテーマを超える時代の祈りの様なものを感じる。
1960年代はベトナム戦争が激化し、公民権運動によってアメリカ社会が真っ二つに割れた激動の時代だったけれど、この映画では混沌は確実に希望に繋がっている。
四十年後の21世紀も、アメリカはまた混沌とした時代に突入しているけれど、果たして今の時代は一体何に繋がっているのだろう?
2007年版「ヘアスプレー」からは、躍動する画面の裏側に、そんな作り手の密かな問いかけが隠されているような気がした。

あとちょっと気になったのは、日本語字幕で「ニグロ」「ブラック」と訳していた事。
確かにどちらも黒人を指す言葉なのだが、侮蔑的な意味を持つニグロとブラックではまるでニュアンスが違う。
おそらく、ニグロと表記した場合にクレーマーに抗議されたりする事を恐れたのだと思うが、60年代というこの作品の時代背景、そしてテーマ性を考えても、ここはしっかりとした訳をしてほしかった所だ。

今回はオリジナル版の作者、ジョン・ウォーターズの代表作「ピンク・フラミンゴ」にちなんでカクテルの「フラミンゴ・レディ」をチョイス。
ウォッカ25mlとクレームドペシェ20ml、パイナップルジュース20ml、レモンジュース10ml、グレナデンシロップ1tspをシェイクして、グラスに注ぎ、一杯になったらレモンライスを添える。
グレナデンシロップと砂糖でグラスの縁をピンクに縁取っても可愛い。
ピンク・フラミンゴの様な淡いピンクのルックスで、目と舌両方で楽しめるカクテルだ。

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2007年10月20日

ヘアスプレー



トラボルタ ノリノリ〜o(^^o)(o^^)o


88年ジョン・ウォーターズ監督のコメディ映画を
2002年にミュージカルで初演され
今回は、そのミュージカル版の映画化ということで
公開初日に観て来ました!

ボルティモアを舞台に、大人気のTV番組に出ることを夢みる女子高生のトレーシーを中心としたミュージカル・コメディ。
監督はアダム・シャンクマン


冒頭「グッドモーニング・ボルティモア」の軽快な曲と共に現れるのは主人公役の↓ニッキー・ブロンスキー

1000人ものオーディションから選ばれたと言うラッキーガール!

がしかし、彼女、見ての通りの「HORIZONTALLYCHALLENGD」
・・・「水平方向に難あり」という意味なのだそうですが、つまりは
「おデブちゃん」
(*゜▽゜ノノ゛☆

近頃アメリカでは、肥満の人に対してもストレートな表現は避けるような風潮があるらしい。

自己管理ができていない事の現われとして、こうした肥満体形の人への非難もあると思われるのですが、この作品のトレーシー(N・ブロンスキー)と、その母エドナ(ジョン・トラボルタ)の体形は見事に巨大化しています!

しかも、母のエドナは10年もの間、外出せず、ひきこもっている状態!


トレーシーの母親役がなぜにJ・トラボルタなのかと言うと
ミュージカル版の舞台から「トレーシーの母は男性」と決まっているらしい・・・。


冒頭の画像にもあるように
4〜5時間もかけたという特殊メイクのトラボルタ
ミュージカル出演は『グリース』以来、約30年ぶり!!!

しかもその時に共演したミシェル・ファイファーとも今作で共演。
彼女の役どころは、トレーシーが憧れる番組のプロデューサー、ベルマという性悪オンナ。

彼女ももうすぐ50歳だそうですが、美しかったなぁ♪(ノ◇`*)ゝ


加えてトレーシーの父親役には、クリストファー・ウォーケン!!!

トラボルタとウォーケンとのツーショット・ダンスなんてなかなか見ものじゃなかろうか♪

トレーシーの良き理解者となるボーイフレンド役には、今、アメリカで超カリスマ的アイドル(らしい)のザック・エフロン




舞台となるボルティモアは、アメリカ東海岸にある都市。

国歌や星条旗が生まれた地でもある。

南北戦争の舞台でもあったこの都市は、ペンシルバニア炭田の開発で潤っていた時代もあったが、60年代に入り不況の波が押し寄せ、人口が減少し、治安も悪化したという。


この作品は、ちょうどそんな60年代のボルティモアを描いている。

ちなみに、基の作品を撮ったジョン・ウォーターズ監督もボルティモアの出身。
も一つついでに・・・ウォーターズ監督、この作品の冒頭で「露出狂の男役」で出ていました!


ただただ音楽のノリが良く、ファッショナブルという作品ではなく
2003年のトニー賞を8部門獲得したというだけあって

人種問題や自己の夢の実現、人と違うことは素敵なことだというメッセージの主張もある。

ちょうど60年代と言えば、公民権運動が盛んであり
黒人によるバスボイコットなどもあった時代。

今作では、白人と黒人が同じ番組で共演することもできないという実態が描かれている。

みんなダンスが好きな若者なのに、肌の色で差別されることに矛盾を感じた主人公のトレーシーは、テレビ局に対して「デモ行進をしよう!」と呼びかけます。

クィーン・ラティファ演じる番組MCの女性を中心として、デモ行進する時に歌われる曲はチカラ強く、しかも爽快な歌声が素敵でした♪


タイトルの『ヘアスプレー』は、その人気TV番組のスポンサーがヘスプレー会社だったということから。


意外なところで驚いたのは、この時代って喫煙人口が多かったんだぁ〜ということ。
妊婦さんもスパスパ
学校でPTAもスパスパって感じでしたねぇ。

エンドロールまで、ポップでキュート♪

ブロードウェイではかなりチケットも入手できないらしいですが、映画なら手軽に観れるのでぜひスクリーンで本場ブロードウェイミュージカルをチョコットと体感してみてくださいヾ(〃’ワ’〃)


2007年09月29日

ママの遺したラヴソング

予告編ではすごくヨサゲな映画だったけど、、、。内容的に中盤から失速気味。ラストは衝撃的だけどね。盛り上がりに欠ける映画。

ママが遺したラヴソング

あっしゅ坊や3

評価:(満点10点) 2004年 120min

監督:シェイニー・ゲイベル

出演:ジョン・トラヴォルタスカーレット・ヨハンソンガブリエル・マクトデボラ・カーラ・アンガーデイン・ローデスデヴィッド・ジェンセン

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2007年09月22日

『ヘアスプレー』(2007年)を観たよ。

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 さあ、どうしたものか。

『ヘアスプレー』(2007年)
"HAIRSPRAY"

2007年・アメリカ・116分
監督・製作総指揮:アダム・シャンクマン
製作:クレイグ・ゼイダン ニール・メロン
脚本:レスリー・ディクソン
撮影:ボジャン・バゼリ
音楽:マーク・シェイマン
出演:ニッキー・ブロンスキー ジョン・トラヴォルタ ミシェール・ファイファー
   クリストファー・ウォーケン アマンダ・バインズ クイーン・ラティファ 他

 1960年代のボルチモア ― 歌とダンスが大好きなトレイシー(ニッキー・ブロンスキー)の夢は、スターになること。あるとき、彼女にチャンスが訪れる。ヘアスプレー会社がスポンサーをしている人気テレビ番組「コリンズ・ショウ」にダンサーの欠員ができたのだ。この番組が大好きなトレイシーはオーディションを受ける決意をするが、トレイシーのママ(ジョン・トラヴォルタ)は反対する。なぜなら、トレイシーはとても太った女の子であるから。プロポーション抜群のほかの候補者たちと比べられたら娘が傷つく、とママは心配したのだった。しかし、パパ(クリストファー・ウォーケン)はトレイシーの夢に賛成する。かくして、意気揚々とオーディションへ向かうトレイシーだが……。

 オリジナルは、ジョン・ウォーターズ監督が撮った1987年の同名映画。ブロードウェイ・ミュージカルにもなって、トニー賞を受賞している。カルト・ムービーであり、有名ミュージカルでもあるこの作品を、『ウェディング・プランナー』や『ウォーク・トゥ・リメンバー』のアダム・シャンクマン監督がリメイクしたのが今作。

 トレイシーのママ役がジョン・トラヴォルタ。……そう、「ママ」がトラヴォルタ、なのである。

 強烈な女装でクリストファー・ウォーケンと夫婦役(!)を演じるジョン・トラヴォルタの怪演は、見応え充分。あの曲者俳優・ウォーケンが「普通の人」に見えるほど。

 トレイシーの親友・ペニーを、アマンダ・バインズが演じている。『恋するマンハッタン』というテレビ・ドラマ・シリーズで主演を務めていた愛らしい女優さんで、ジェニー・ガース目当てにこのシットコムを観ていた私なのだが、いつのまにかアマンダのことも好きになっていたっけ。相変わらずキュートなアマンダをスクリーンで観られたのは、嬉しかったな。

「セクシーだけれど、とことん根性が曲がっていて意地悪な女」という悪役を、ミシェール・ファイファーが演じている。歌やダンスも披露。ミュージカル映画『グリース2』ではつらつとしていた彼女を思い出し、思わず笑み。

 ……と、役者さんたちにはいろいろと感銘を受けた。また、一見底抜けに明るいだけのミュージカルのようで、人種差別を真っ向から批判するなど硬派の面もあり、感心した。60年代の趣たっぷりの衣装で踊られる大人数でのダンス・シーンは、ポップでお洒落。コリオグラファーは調べていないのだけれど、振付も圧巻だった。

 しかし、全然面白くない映画だった、私には。

 ミュージカル映画がもともと得意でないせいもあるが、つまらなかった最たる理由は、主人公のトレイシーをどうしても好きになれなかったから。誤解してほしくないが、彼女の容姿云々の問題ではない。また、トレイシーのようなキャラクターが悪いと言っているわけでもない。きっと、よい子なのだろう。ただ、私は苦手なだけ。過剰なほどポジティヴで、元気いっぱいで、やたら自信に満ちている彼女は、私がとても友達になりたくないタイプなのだ。演じたニッキー・ブロンスキーは巧かったと思う。

 ミュージカル映画だから当然といえばそうなのだが、役名のないダンサーでもひとり残らず上手に踊っていた。ルックスが優れていて、努力家で、テクニックも抜群 ― そんな三拍子揃ったダンサーが、アメリカの映画界や舞台の世界には星の数ほどいるのだろう。こんな土俵で名の売れた存在になるのは、どれほど大変なことなのか……。この映画を観ながらそんなことを考えていたら、ふと、思い出した言葉があった。『ステップ!ステップ!ステップ!』というドキュメンタリー映画で、ダンサー志望の少女がこう言ったのである。「あそこで夢が叶うの」と。「あそこ」とは、おそらくブロードウェイ。少女はマンハッタンの対岸で摩天楼を指差しながら、その言葉を口にしたのである。

『ヘアスプレー』を観終えたあとに私の頭にあったのは、まったく違う映画で夢を語ったダンサー志望の少女のことだけ。彼女が言葉通り「夢を叶える」ための道は、並大抵では済まない険しさなのだろうな、と。

試写日:2007年9月21日(金)@東京厚生年金会館

↓参考↓
ヘアスプレー@映画生活
「ヘアスプレー」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

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2007年04月22日

『ママの遺したラヴソング』を観たよ。

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 ……結構いろんな人が「きょうだい」、だよねぇ。

『ママの遺したラヴソング』
"A LOVE SONG FOR BOBBY LONG"

2004年・アメリカ・120分
監督・脚本:シェイニー・ゲイベル
製作:デヴィッド・ランカスター ボブ・ヤーリ 他
製作総指揮:ランダル・エメット ブラッド・クレヴォイ 他
原作:ロナルド・イヴァレット・キャップス
撮影:エリオット・デイヴィス
編集:リサ・フラックマン リー・パーシー
音楽:ネイサン・ラーソン
出演:ジョン・トラヴォルタ スカーレット・ヨハンソン
   ガブリエル・マクト デボラ・カーラー・アンガー 他

 パーシー(スカーレット・ヨハンソン)ことパースレーンの母親・ロレーンが死んだ。家を飛び出してフロリダで自堕落な生活を送っていたパーシーだけれど、ニューオーリンズの実家へ戻ってみる。母の家には、パーシーの知らない男がふたりいた。元大学教授で皮肉屋のボビー(ジョン・トラヴォルタ)と、作家志望のローソン(ガブリエル・マクト)だ。ロレーンの遺言によると、パーシーだけでなく彼らふたりにも、この家に暮らす権利が譲られたということ。半信半疑ながらも、パーシーは彼らと同居を始めるが……。

 穏やかでひなびたニューオーリンズの温かい風景(あの洪水を思うと悲しいけれど……。この映画とは関係ないにしてもね)。どこか垢抜けないドレスや普段着に身を包んだ、身近で幼い色香が優しいスカーレット・ヨハンソン。どんなに年齢を重ねても少年のように素直で「困ったちゃん」の主人公を演じた、器用なジョン・トラヴォルタ。欲求や個性を押し殺すことに慣れてしまった男という、ある意味キー・パーソンでもある役を演じたガブリエル・マクト。私には「寛容すぎ・寛大すぎ」に映る、大らかな脇役のキャラクターたち。メランコリックでふんわりとぬくもりが薫るストーリィ。オープニングとエンディングの心憎い対比。よい映画である。

 しかし、些か「説明不足」。人間関係の描写が散漫。特に、パーシーの母・ロレーンの描きかたが足りない。ロレーンは劇中に出てこないのだが、それは構わないと思うし、むしろ、効果的な扱いだったとも思う。実体として登場しないことにより、ロレーンの象徴性やカリスマ性が強まるから。だが、ロレーンとボビーの関係、ロレーンとローソンの関係、ロレーンとニューオーリンズでの彼女の仕事仲間たちとの関係、それらの説明にもの足りなさを覚えた。どういった関係だったのか・彼らとロレーンのあいだになにがあったのかに関するヒントはたくさん散りばめられていて、想像することはたやすいのだが、もう少々具体的な描写があってもよかったのではないか、と私は不満に感じたのである。そうそう、「結局、どうなったんだよ!?」とよくわからかった関係といえば、パーシーとローソンとジョージアナ(演じたのはデボラ・カーラ・アンガー)の関係もそうだな。

 そのためもあってか、原作小説を読んだら面白いかもしれないなぁ、と思った。映画を観て疑問に感じたことが、いろいろと明確になりそうで。詩情あふれる物語でもありそうだし。いずれ手に取ってみるかも。

「パースレーン」という花の存在を、この映画を観て初めて知った。黄色くて、可憐な小花。「黄金の花のような子」という意味を持つとして、ロレーンは娘にこの花の名をつけた、と劇中ではなっていたけれど、実際にもこの花は「黄金の花」と呼ばれるのかしら。だとしたら、とても素敵だな。

観た日:2007年4月20日(金)@シネスイッチ銀座

↓参考↓
ママの遺したラヴソング@映画生活
「ママの遺したラヴソング」の映画詳細、映画館情報はこちら >>

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2007年03月09日

閉ざされた森

最近ジョン・トラボルタ好きの人に薦められて、トラボルタ映画を見ています。 この『閉ざされた森』は、凝ったサスペンスもので面白かったです!! 訓練中のレンジャー隊7人の中で撃ち合いになって、うち2名が帰還。残りの人たちはどうなったのか、一体訓練中に何があったのか?という話。 聞き込みをしていっても、人によって話が食い違う。誰が嘘をついているのかわからなくて、どんどん事件は迷走していきます。

2007年01月11日

フェノミナン

フェノミナン あっしゅ坊や8

評価:(満点10点) 1996 117min

監督:ジョン・タートルトーブ

主演:ジョン・トラヴォルタ キラ・セジウィック フォレスト・ウィッテカー

”時空”を捕らえました。

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2006年10月31日

パニッシャー

B00068CAN6あっしゅ坊や8

評価:(満点10点) 2004年 123min

監督:ジョナサン・ヘンズリー

主演:トム・ジェーン ジョン・トラヴォルタ ウィル・パットン

パニッシャー

【あらすじ】裏社会を支配するハワード・セイント(ジョン・トラボルタ)は、最愛の息子ボビー(ジェームズ・カルピネロ)が密輸取引の現場でFBIのおとり捜査に引っかかり、射殺されたことを知る……。

↓続きは下からお願いします。          

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