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2012年02月10日

第10交響曲

★第10交響曲

イギリスのローズマリーという40歳前後の女性がいた。
いままでピアノの曲など満足に弾けなかったのに、指が勝ってに鍵盤の上を走り回った。
 そして、その旋律が見事なものであることに気づき譜面にとった。
このリストのらしき曲を譜面にするとその後次々、有名な作曲家の霊が彼女に自動書記、というより自動演奏で新しい作品を書かせ始めた。

そして1976年ベートーベンの霊により「第十交響曲を自動書記で作曲した。

彼女は6年間で400曲以上もの楽譜を完成出せたという。

2011年10月01日

さくら貝の歌

沢木順さんの父上が著名な作曲家、八洲秀章氏であることは良く知られています。その作品の中でも「さくら貝の歌」は有名ですが、そこに歌われるさくら貝は沢木さんの育った鎌倉の海岸でも、かつて多く見られたものです。
「さくら貝の歌」誕生にまつわる話を地元誌「鎌倉朝日」が次のように紹介しています。

・・・
 敗戦後の暗い世相の中にあって、戦後初の企画映画『そよ風』の主題歌「リンゴの歌」は全国津々浦々で流行した。大本営発表に代わってラジオから流れる軽快な<ラジオ歌謡>も愛唱され、昭和二十四年七月の「さくら貝の歌」は、女性の心をとらえた。

 うるわしき桜貝ひとつ
 去りゆける君に捧げむ
 この貝は去年の浜辺に
 われひとり拾いし貝よ

 作詞土屋花情、作曲八洲秀章、すでにこの歌は昭和十八年に完成していた。八洲は病で失った恋人の面影を抱いて鎌倉に住み、浜辺で見た光景に託して「わが恋の如く悲しさやさくら貝かたひらのみのさみしくありて」の和歌を作った。これを逗子町役場に勤める友人花情に示して作詞を依頼、曲をつけた。
 「さくら貝の歌」の成功につづき八洲は「あざみの歌」「マリモの歌」と次々とヒットを飛ばした。三十四年レコード大賞童謡賞、五十二年内村直也文化賞を受賞したが、六十年十二月山ノ内の自宅で七十年の生涯を閉じた。
・・・

鎌倉朝日2000年5月2日号
「かまくら今昔抄35 -様々なさくら貝の歌-」より抜粋

逗子市にある浪子不動(高養寺)下の小公園に平成3年、「さくら貝の歌」の歌碑が建てられました。近くの海岸には徳富蘆花の「不如帰」文学碑も建っています。一度訪ねてみては如何でしょうか。

沢木順さんのホームページより

2011年09月26日

偽名で発表

作曲した曲を、偽名で発表していた作曲家がいる。

他人の作曲をちゃっかり自作として発表する「盗作」はいわばよくある話。
ところが自分で作曲した作品に、他人の名前をつけて発表した珍しい人物が、
「ドラマ」ではなく、実際に存在していたのです。

名前はフリッツ・クライスラーです。彼はなぜ、そのようなことをしたのでしょう。



不協和音についての雑学
全くピアノを知らない人や音痴な人でも、ピアノで弾かれている曲が知らない曲であったとしても、弾いている人が間違えると、すぐわかってしまいます。


「エリーゼのために」のエリーゼさん、実は名前が違う。

ベートーベン作曲「エリーゼのために」を聞いたことのない人はなかなかいないでしょう。しかし、このエリーゼさん、実在しない人物だったのです。では、ベートーベンが曲を贈った相手とは…

「Happy Birthday To You」という歌は元々タイトルが違う

「Happy Birthday To You」が世界で一番歌われている歌というのは有名な話ですが、なんとこれ、実は替え歌だったりします。なんでこうなっちゃったのか…




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