お世話になった方が亡くなった。
大学を出て16年間務めた会社の副社長であったY氏。
素晴らしくエネルギッシュな方だった。
こわいボスでもあった。
仕事というものの面白さ、難しさ、厳しさを、身を持って示してくれた。
社会人としてのほとんどすべてを、私はこの会社で学んだ。
青春の日々、私よりずっと先に、ずっと上の方に、いつもY氏が君臨していた。
一昨年、ガンを患ったが、退院後は顔色もよかった。
「放射線で毛が抜けちゃったんだよな。これ、カツラなんだよ~笑」
などと自分の闘病の苦しみをもユーモア交えて話してくださった。
バブル時代。
Y氏はイタリアブランドの輸入やライセンス、工場や素材などに深い興味を示し、
ミラノに営業所を構えるかという話が持ち上がった。
その際に先鋭隊として一人、私をイタリアに赴任させてくださったのだ。
毎月の充分な給料と、「図書資料費」としての手当までいただいた。
私はフィレンツェに住み、勉強をしながら仕事をした。
今考えれば、即戦力としての役に立つ場面は少なかったのが申し訳ない。
グッチやアルマーニを扱う素材工場。
プラダの革を作るタンナー。
金具やアクセサリーの素晴らしいデザイン。
ダニエル&ボブの社長、アンドレアとの出会い。
まだ日本に知られていなかったダニエル&ボブの買い付けを、経験も少ない私にまかせてくださった。
素晴らしい経験と出会いが、その後の私の仕事の源となった。
イタリア時代に、日本から出張していらしたY氏に、サルディニア島に連れて行っていただいたことがある。
「本物のリゾートを見ておいた方がいいよ」
というわけで、ラグジュアリーなホテルから、クルージングピクニックにも出かけた。
我々は部長も含め三人だったが、ホテルのフロントが気をまわして、
「ボスとこの女性は同じ部屋にするのか」
と言ったことも懐かしい。
おしゃれでエネルギーにあふれた方だった。
ミラノの大きな展示会場でも、2日間まるまる使って隅々まで歩き回った。
疲れを知らないかに見えた。
「小野君、今回の企画は良かったね」
とほめられた日の喜びは忘れられない。
「小野君は何でも簡単に口に出しすぎるんだ。」
とたしなめられたこともある。
多くの月日が過ぎていった。
今なら、あの頃よりは、経営者の大変さがわかる。
追われるように仕事に打ち込む日々の面白さと苦労が少しはわかる。
ああ。もっと話を聞いておくのだった。
もっと近づいてゆける努力をするべきだった。
日々は過ぎ、
人は老い、
エネルギーの火は永遠ではない。
熱く駆け抜けたY氏のように、
生きている私は賭け続けよう。
お世話になったY氏に、心からのお礼を言いたい。
Y氏のご冥福を祈りつつ・・・・
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