陣痛室へと通された私。ここに案内されたのは3回目だけれど、一人で来たのは初めてだった。心細いような気もしたが、このほうが気楽だとも思った。今回も窓際のベッドが空いていた。夜中のことで、窓の外はもちろんまだ暗い。ベッドに横になって例のモニターをお腹につけられ、お腹の張りや胎児の心拍数などを計ってもらう。
今回は早く生まれそうな予感があった。陣痛もなかなか順調に来ていて、痛みはそんなにないものの、間隔は一定になっていた。これならいくら遅くても午前中のうちには終わるだろうと勝手に思い込んだ。3回目ともなると、もちろん不安はあるけれど、開き直っているところも多分にある。「いくら痛くても、ずっと続くものではない。赤ちゃんに会えれば、すぐに忘れられる痛みだ」それがわかっているだけでも、十分気持ちが楽だった。明け方ということもあって、私はベッドの上でしばらくうとうとしていた。
朝6時ころになって、陣痛室の入り口に人の気配がした。ダーリンと、長女と次女だった。ダーリンが、入ってくるなり、「本当に入院してたんや~」と、のんきなことを言う。夜中の出来事は、夢だとでも思ったらしい。まったく、こんなのんきな連れ合いを持って出産するというのは楽じゃない。大体この人には、3人の子供の父親になるという自覚があるのだろうか・・・。しかしまあ、そののんびりしたところが長所になるときもあるのだから、何も言うまい・・・。それに、長女と次女をちゃんと着替えさせて連れてきたあたりは、ほめてもいいところなのかもしれない。
・・・・あれ??そういえばダーリンはなぜかスーツを着込んでいる。長女を見ると、こちらは幼稚園の制服姿だった。どういうこと??「もしかして、仕事に行くの?」おそるおそる聞いてみる。「ごめん、今日は、午前中だけはどうしても抜けられない打ち合わせがあって・・・。昼過ぎには帰ってこれると思うんだけど」 えーーーーー!!子供がすぐにでも生まれるかもしれないというときに、なんてこと・・・。でも、ダーリンは一介のしがないサラリーマン。しかもぺーぺーの平社員にして一家の大黒柱。ここで私がワガママを言っても仕方がない。産むのは私だ。そのときそばにいてもらえなくても、子供さえちゃんとかわいがってくれればそれでいい。
しかし問題が一つあった。ダーリンが昼過ぎに退社してくるまで、長女は幼稚園に行かせていればいい。幼稚園の迎えは2時くらいだから、それまでにはダーリンも帰れると言う。問題は次女をどうするかだった。次女は2歳の誕生日を翌日に控えて、とても困った立場におかれていた。助産師さんに、陣痛室に一緒にいてもいいかと聞くと、「かまいませんが、お母さんがいざ出産となったときに、面倒を見る者がいませんよ」という答えが返ってきた。それは困る。まさか分娩室まで連れて行くわけにもいかない。これにはかなり頭を悩ませた。次女をどうするか。考え込んでいるうちに、順調だった陣痛はいつの間にか遠のいてしまっていた。
私もいけなかった。こういう事態はいくらでも予想できたことなのに、「どうにかなるさ」とタカをくくって、今日までまともに考えてこなかったのだから。こういうときに、市の福祉課などで預かってくれる制度もあるという。でも、人一倍人見知りの強い次女を、まったく面識のない人に預けるのには抵抗があった。実家の母に連絡したが、仕事に出かけた後だった。もし連絡が取れたとして、九州から飛んで来てもらっても、ダーリンの帰りより早く来てもらえそうにはない。ダーリンの親に連絡する気にはなれなかった。3人目の妊娠がわかったとき言われた言葉。「また??悪いけど、私たちのことはアテにせんといてな」言い方だけは優しい京都弁だったけれど、内容は辛らつだった。うそでもいいから、「何かあったら言ってね」くらい言えないものかな。そういうわけで、私は舅や姑には絶対に頼らないと決めていた。ダーリンも同じだった。私たちにも意地がある。
でもそうなると、頼れる人はかなり限られてきた。同じ団地に住むママ友達くらいしか思いつかない。「手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね」とみんな声をかけてくれていた。でも、こんな早朝のことだし、それにただの社交辞令だったとしたら・・・?悩んだけれど、もうこれしか思いつかない。ママ友達の中から、妊娠中の人やうちの次女よりも小さな子がいる人をのぞいて、数人にメールを送ってみた。「生まれそうなんだけど、ダンナが仕事なので、午前中だけ次女を預かってもらえませんか?」すぐに一人から返事が来た。隣の棟に住んでいる、3歳の女の子のママからだった。「いつでもつれておいで」という返事。安心のあまり、涙が出た。いつも一緒に遊んでいる相手だから、次女も人見知りはしない。いや、もうこの際、次女の人見知りなどどうでもよくて、ただ頼れる人が身近にいたことがうれしかった。
ダーリンは、「ほんまにごめんな、すぐ帰ってくるから」と何度も言いながら、長女を幼稚園へ、次女をママ友達の家へと送るために出て行った。その足で会社に行くということだった。私は次女を預かってくれる友達と、何度かメールで連絡を取り合い、安心してしばらく眠った。陣痛はほとんど感じないまでになっていた。すぐにでも生まれてこようとしていたのを、私が他の事に気をとられてしまったせいかな?と思った。
しばらくうとうとしているうちに、また陣痛が一定間隔で来るようになった。人間の体って不思議だなぁと思う。実によくできている。それに心とも、深くつながっているらしい。昼過ぎ、陣痛はかなり本格的になっていた。はす向かいのベッドにいた人が、先ほど出産を終えたらしく、助産師さんが旦那さんに赤ちゃんを見せている様子がもれ聞こえてきた。しばらくするとお母さんのほうも陣痛室に戻ってきて、それを旦那さんが、「ありがとう、ありがとう」という涙交じりの声で迎えていた。聞いている私まで少し感動。でも、自分は一人だということが寂しく感じた瞬間でもあった。誰にも気兼ねしなくていいけれど、痛いときに気を紛らわす相手がいないのはつらかった。ダーリンがいたって、たいした役に立たないのはわかっているけれど、せめて八つ当たりの相手くらいにはなるのに・・・。話し相手がいない分、私は陣痛の痛みに向き合うしかなくて、今までで一番、陣痛がつらいと感じた。
午後3時。まだおしるしも破水もない。さっき助産師さんに診てもらったときには、「赤ちゃんがまだ上のほうにいる」と言われた。まだなのかな??でももう、陣痛の間隔は空かないほどになっていて、かなりつらい。ガマンできなくなって、ナースコールを押した。助産師さんがすぐに内診してくれて、「まだ全開ではないけれど、分娩室に移りましょうか」と言われた。おっしゃるままに・・・。ベッドから降りようとすると、なぜかそこには移動式の簡易ベッドがスタンバイされていた。 え!!こここ、これに乗るの~?? 長女のときは、自力で歩かされ、次女のときは車椅子、3人目ともなると担架に乗せてもらえるのか。いや~、私も出世したものだ・・・。この待遇の差は、どうやって決められているんだろう??簡易ベッドに乗せられて運ばれるのは気恥ずかしかったけれど、この痛みではまともに歩ける自信がない。ここはひとつ甘えさせてもらおう。分娩室へと運ばれていく簡易ベッドの上から、誰もいない廊下が見えた。ダーリン遅いよ・・・。
出産体験 第3子 分娩編へ続く
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