そのとき、子どもが、あなたがたのそばにきて、笑って、金色の髪をしていて、なにをきいても、だまりこくっているようでしたら、あなたがたは、ああ、この人だな、と、たしかにお察しがつくでしょう。
そうしたら、どうぞ、こんなかなしみにしずんでいるぼくをなぐさめてください。
王子さまがもどってきた、と、一刻も早く手紙をかいてください…… (岩波書店刊 内藤濯 訳 「星の王子さま」)
サン・テグジュペリがこう記してから半世紀、この呼びかけに応えた人は誰もいませんでした。
「星の王子さまの続き?とんでもない!そんなもの、だれに書けるものか。」と、訳者あとがきにもある通り、もとの作品があまりに有名すぎて、万一試みたとしても たちまち非難の嵐にさらされそうな そんな大博打、うてるわけがありません。
ところが、1997年になって、とうとう カナダに現れたのです。
「サン・テグジュペリが生きていたら、喜んで握手しにきてくれるような作品を」
そう願いながら書いたという作者ジャン・ピエール・ダヴィッドの、これはサン・テグジュペリへの熱烈なラブレターです。
「サン・テグジュペリさま
今日、こんなお手紙をさしあげるのは、とてもおかしな出来事にあったからです。」…という書き出しで始まるこの作品の主人公が王子さまに出会うのは、サハラ砂漠ではなく 大洋に浮かぶ小さな無人島。
ミャンマーのチャウピューを目指しての船旅の途中、嵐に遭って船の甲板から投げ出され、ひとりで漂流しているうちに辿り着いたのでした。
作者がこの作品を書くにあたって心掛けたことは、次の三つだそうです。
1.王子さまの人物像を変えないこと。
2.王子さまが、地球にたどりつくまえに、いくつもの星を旅してくるという構想を変えないこと。
3.もとの作品とおなじくらいの長さの作品にすること。
とある事情から、ヒツジの入った箱を抱えて 流れ星にとびのり、再び旅に出ることになった王子さま。
星をめぐり、さまざまな人に出会いながら、最後に 昔出会ったキツネの言葉を思い出し、地球を目指します。
エコロジスト(環境学者)、宣伝マン、統計学者、狂信的な愛国者など、王子さまが出会う人々は前回とは様変わりしているものの、やはり この星の多くの大人たちの姿にほかなりません。
ひとつ「あれっ?」と思ったのは、地球に降り立った王子さまの話を聞いた人々が、
「バラの花は、なんの象徴ですか?」「トラはなんの意味でしょう?」「ヒツジはつまり、神の子羊ですか?」などと口々に質問するところ。
いくら王子さまが
「バラはただの植物、トラもヒツジもただの動物です」と繰り返したところで、誰も耳を貸さないのです。
王子さまの話には何らかの寓意が隠されているはず と思い込み、それを解明しようと躍起になっている この人々も、ある種の人々を諷刺したものなのか、それとも批評家への牽制か。
本国カナダではたいへん好意的に受けとめられたという本書、「続編」ではなく、サン・テグジュペリへのラブレターだと思って読めば、とりたてて貶すところのない良い作品だと思います。
なのに、何か物足りなさを感じるのは、王子さまが旅に出ることになったそもそもの原因を取り除く手立てが、結局見つからなかったということと、この先バオバブの木をどうするのかが示されていなかったことが原因と思われます。
バラの花が無事だといいのですが。
ヘレン・スマイス描くところの品の良い挿絵は日本語版だけのオリジナルだそうで、物語のイメージによく合っていて素敵です。
…ところで、私は この本の旧版を古本で入手したのですが、奥付ページの裏の イラストの下に 日付と名前の入ったメッセージが。
どうやら1998年のクリスマスプレゼントだったらしいのですが。
そしてどうみても彼から彼女へのプレゼントなのですが。
この本が古本屋にあったということは、二人は別れたってこと?
この本を開く度に、他人様の人生の一コマを盗み見したようで、フクザツな気持ちになります。
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