旅に出る直前、僕がクラスを受け持っていた保育園の園長先生から電話がかかってきた。「卒園式に出席してもらいたい」というもので、僕は二つ返事でOKした。
あの保育園で担当したクラスは3つ。幼児教育コースの年少さんのタンポポ組、夜に働く親が多い繁華街に位置する麒麟ルーム、市の中心でビジネス街に位置するパンダルーム。タンポポ組はやる気満々、元気いっぱいの子供達。麒麟ルームは愛情に飢えて悪さをしては先生達を試してきたチャレンジャー達。パンダルームはちょっぴり恥ずかしがりや、でも全力投球する、異年齢の良いところが育ってきている子供達。
どの子供達も、純粋に可愛いと思った。僕は何の偏見もなく、差別もなく子供達に接することができた。それはひとえに親御さんを含め園関係者と一定の距離を保っていたから、とも言える。僕はありのままの子供をそのまま視るようにしている。多分それが良かったのかもしれない。あるクラスでは、学級崩壊のような状態が続いていたという。途中でレッスンを放棄して帰った先生もいたらしい。僕もそのクラスを担当したが、そんなことはなかった。CDを操作するため、子供達に背を向けると、いつの間にか子供達がいっせいに駆け出しては、よく飛びついてきた。僕はいつも一曲終わるごとに子供達にハグの嵐を受けてはにんまりするのだ。まいったなあ、と頭をかきながら。
そんなこんな沢山の思い出が僕の頭の中を駆け巡った。その想いを伝えるためには、どうしたらいいんだろう。僕の想いは、涙で全てが消えてしまいそうだ。言葉にならない。結局僕は、泣くということでしか自分の想いを表現することはできなかった。だから、決めたんだ。さようならも、ありがとうも、子供達には言わずに、手紙に託そうと。僕は自分の想いをしたためて、絵本と一緒に子供達に託そうとしていた。そうして、最後のレッスンをやり終えた時、園長先生からの電話があったのだ。
指定された時間に園に行って、卒園式の前に終業式を見送った。園長先生のご挨拶の後、園長先生は僕を呼んだ。子供達の前に立たされた僕は、予期せぬ出来事に少し驚いた。けれどそれよりも、この子達にもう会えなくなるんだという認識のほうが強くて、もう何も言うことができなくなった。園長先生から、子供達に向けて僕が今回旅に出るためにこの地を去るのだと丁寧に説明してくれた。子供達はみんなよくわからないといった顔をしている。
「じゃあ、先生一言お願いします」
もう僕は何も言えそうにもなかった。
その前から泣いてしまっていたから。
言葉にするのは容易なことではなかった。できることなら君たちと、ずっと一緒にいたかった。僕が言えた言葉は、ひどく震えていて、聞き取りずらかっただろう。とても辛かったから。別れの挨拶なんて、できることならしたくなかった。僕がやっとのことで言葉に出来たのは、涙に混じった「君たちとの別れはひどく辛い、英語だけではなく、遊びや全てのことを一生懸命取り組んで欲しい、そして、これからもこれまでと同じようにずっとずっと応援している」という三つのメッセージだけ。伝えたいことはいつもいつも沢山あった。でも、いつも伝えられるのはほんの僅かなことだけ。だから僕は絵本を英日で読むんだ。伝えなくてはいけないことは沢山あるのにその日常はあまりに忙しすぎてできない。そうしてほんのひと時、本を読むことで君たちに生きていくうえで大切なことを伝えようと・・していたんだ。それがうまく伝わっていると、いいのだけれど。
まさか、ここで一言言うなんて、思ってもいなかった根性なしの僕は、出勤してすぐに保育士の先生達に子供達のためにとプレゼントの絵本と手紙を渡していた。実を言うと、手紙で全てことを済ませようと思っていたんだ。はははは・・。可笑しいよね? でも、そんな僕を見ていた なつき や りく は僕のほうに駆け寄ってきてくれて、僕に「先生。お手紙と絵本ありがとう!」って言ってくれた。君たち二人は確か・・いろんな先生をチャレンジャーにさせた子達だったよね。僕のクラスでは、初めて出合った時は英語のレッスンに全く参加しないで、隅っこに座っていたっけ。それが、3回目から全てをみんなと一緒にしてくれるようになった。つまり、君たちは成長したってことだ。実は僕はそんな君たちと関わるのがものすごく楽しかったんだよ。だから、駆け寄ってきてくれて、真っ先に声をかけてくれてとても嬉しかった。ありがとう。僕が絵本と手紙を渡すのをじっと視ていてくれて、何をしようとしていたのか、見破ってくれて、ありがとう。だから、僕は、どこか、今、すごく満足している。そう思えたのも君たちのお陰。僕の任務もここまでなのかもしれないね。
そして、卒業式。
君たちはとても立派だったよ。
特に「ありがとう、さよなら」の歌が胸に沁みて、僕は再び泣いてしまった。泣き虫は隠しておこうと思っていたんだけれど、全くだめだったね。みんなに、「また泣いているね」って言われて。頭まで撫でられて。どちらが子供か大人なのか分からなくなってしまっていた。そんな情けない僕を横目で見て、堂々と巣立って欲しい。
とにかく、卒園おめでとう。
そして、進級おめでとう。
また新しい先生やお友達に出会って、さらに楽しい生活を送ってもらいたい。
大好きな君たちへ贈った絵本のメッセージ、どうか伝わりますよう。僕はやはり、手を振ります。いつまでも。
タンポポ組の君たちには知ってもらいたいこと。
麒麟ルーム、「大丈夫、大丈夫。」
パンダルーム、もう少し背伸びしてごらん。君たちなら、できるから。
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