
那覇市
(なはし、琉球方言:ナーファ)
沖縄本島南部の都市で
沖縄県の県庁所在地。
出典: フリー百科事典 『 Wikipedia 』
■概要
沖縄県の政治・経済・文化の中心都市。国際空港である那覇空港や県外や周辺離島とを結ぶ那覇港を擁する事から沖縄県の玄関口としての役割も担う。
面積は日本の全都道府県庁所在都市の中で新宿区を除いて最も小さく、人口密度は首都圏と近畿圏を除いた地域としては全国で最も高い。また、那覇空港が市域面積の8%以上を占め、その中には自衛隊も含む。この他、在日米軍施設や那覇港の港湾施設の分も考慮に入れると実際の都市活動に使用できる面積は限られる。更に那覇空港の制限表面により市街地の多くは超高層ビルや超高層マンションを建てる事は出来ない。その為、都市化に伴い周辺自治体のベッドタウン化が進み那覇市を中心市とする那覇都市圏の人口は約75万人(都市雇用圏2000年)となっている。尚、地方での人口減少が深刻な問題になっている今日においても那覇市及び那覇市周辺では人口増加が著しく2008年現在の都市雇用圏人口は79万人を超えている。
市の中心部は国場川(漫湖)及び安里川に囲まれた平地地帯に広がり那覇市及び沖縄県の主要施設の多くがそこに立地している。近年では1987年に米軍の牧港住宅地区が全面返還された事により那覇新都心として開発が進み中心地に置かれていた企業本社等の一部が移転し新たな中心部となっている。また、中心部周囲の丘陵地は、ほぼ全て市街化(主に住宅地)され元々の地形の高低から立体的な都市景観を見せる。一時は琉球王国時代の首都でもあった首里地区は海抜100m程度の高台の上に位置し場所によっては那覇市全域を見渡す事も可能。
観光面では市の中心部の国際通り、市東部の高台にある首里地区の首里城(琉球王国王府)が中心であったが、近年、前述の在日米軍住宅地の跡地が那覇新都心として開発が進んでおり、2004年12月に世界最大規模の免税店であるDFSギャラリア・沖縄がオープンした。海に面しているが那覇空港や那覇港等の施設が海岸線の殆どを占めている為、海水浴場は平成3年に供用開始された波の上ビーチ(人工海浜)のみとなっている。名産品として壺屋焼や泡盛等がある。
■地理
沖縄県最大の島、沖縄本島南部の西海岸に位置し東シナ海に面している。市中央部がほぼ平坦で周辺部に小高い丘陵地帯が取り巻くように展開し、市内を東から西に国場川や安里川が流れ、東シナ海に注いでいる。豊見城市との市境にある漫湖はラムサール条約に登録されている。 2001年8月9日の最高気温が35.6度となり、都道府県庁所在地の最高気温記録中の最低記録である。(2008年8月現在)
川
国場川・安里川・安謝川等
干潟
漫湖
■歴史
那覇は国場川が海に注ぐ所にある河口の港で安里川河口の泊(とまり、現在は那覇市の一部)の港と共に古くから沖縄の貿易港として琉球王国の首都・首里の外港として東アジアや東南アジア一帯の中継貿易拠点として栄えてきた。かつて那覇は国場川・安里川の河口の湾に散在する島の一つであり浮島と呼ばれていた。尚巴志王によって整備され小さな港であったが、尚金福王が1451年に明からの冊封使を迎える為、中国人の懐機に命じて「長虹堤」と呼ばれる長さ1km に及ぶ堤道を建設させて沖縄本島の安里川側と繋いだ。陸路交通が整備された事から港としての発展が始まり那覇四町と呼ばれる市街地が形成された。
近くの久米村には中国・福建省等からの「閩(びん)人三十六姓」と呼ばれる移民が住み、これら三十六姓の末裔は進貢使・通訳・造船等琉球の貿易と外交を支える仕事に従事してきた。
また、倭寇等の襲撃からの防御の為、那覇港沖の海上にある島に城壁を築いて堤道を作り国場川河口の那覇港の南北に防御用の砲台「三重城(みえぐすく)」「屋良座森城(やらざもりぐすく)」が完成した。同時に那覇港の中央の島には御物城と呼ばれる貿易用倉庫が造られている。更に那覇港の対岸にあたる南側の垣花等にも市街地や港湾が広がった。(那覇港の南岸は第二次大戦後更地になり米軍の那覇軍港となっている。)
久米村、長虹堤、三重城等那覇の名所は中国人により「球陽八景」と謳われ、葛飾北斎の浮世絵「琉球八景」にも描かれているが島だった那覇は土砂の堆積により琉球王国末期には本島に繋がっている。
■琉球処分から第二次大戦まで

那覇市
(なはし、琉球方言:ナーファ)
沖縄本島南部の都市で
沖縄県の県庁所在地。
出典: フリー百科事典 『 Wikipedia 』
|
1879年(明治12年) |
沖縄県庁を設置、以降沖縄の行政の中心になる。それまで那覇四町と呼ばれていた西・東・若狭・泉崎へ、新たに泊・久米・久茂地を編入。 |
| 1896年 (明治29年) |
沖縄県区制の施行により那覇区となる。 |
| 1903年 (明治36年) |
島尻郡真和志間切から牧志村、小禄間切から垣花地区(湖城村と儀間村の一部)を編入。 |
| 1908年 (明治41年) |
4月1日 島嶼町村制施行に伴い、周辺の各間切が町村に。 |
| 1914年 (大正3年) |
島尻郡真和志村から壺屋、新規埋立地を旭町と命名し編入。 |
| 1921年 (大正10年) |
5月20日 特別区制を廃止し市制を施行して那覇市となる。 |
| 1945年 (昭和20年) |
太平洋戦争での空襲および陸上戦(沖縄戦)により街が壊滅。首里城も破壊された。米軍の全面占領下となり立入禁止に。 |
近代以後も沖縄県の物資集積地・商業都市として繁栄し海が埋め立てられ那覇は完全に地続きとなった。だが1944年10月10日の十・十空襲と1945年4月から始まる沖縄戦により市街地は完全に破壊された。
戦後は旧那覇市中心部は米軍の管理下に置かれ軍施設から1マイル以内は立ち入りが許されず住民の多くは県北部の収容所に移されていた。生活物資不足の解消の為1945年11月に那覇市壷屋地区の窯業関係者達がまず帰郷を許され103人の職人が入市。更に12月には牧志地区の瓦職人ら136人が入市した。続いて家族や親類縁者が移り住み、これに紛れて許可の無い住民も次々と那覇に住み着いた為、壷屋から新県道(現在の国際通り)の一帯に次々と集落が生まれ、闇市も自然発生的に拡大した。こうした中、住民の高良一が米軍と直接交渉し、米軍の物資集積所があった新県道沿いの土地(現在のてんぶす那覇辺り)に1948年1月頃、映画館「アーニー・パイル国際劇場」を開館させた。以後、周辺は商業地として急速に発展し、新県道は「国際通り」として「奇跡の1マイル」と呼ばれるようになる。
- 1945年(昭和20年)11月 産業復興を名目として陶器製造産業先遺隊が壺屋へ入る。
- 1946年(昭和21年)1月3日 糸満地区管内壺屋区役所が設置され、復興が本格化。その後、民政府等の中央機関が那覇へ移転。
- 1949年(昭和24年)12月9日 米軍政官が「那覇を沖縄の首都とする」と発表。
- 1950年(昭和25年)8月1日 島尻郡みなと村を編入。
- 1954年(昭和29年)9月1日 首里市及び島尻郡小禄村を編入。
- 1956年(昭和31年) 立法院で首都建設法が制定され琉球政府・沖縄の首都としての整備が開始される。
- 1957年(昭和32年)12月17日 真和志市を編入。
- 1972年(昭和47年)5月15日 沖縄返還により本土復帰。自衛隊員の家族の住民票拒否など憲法違反の行動を取り問題となった。
- 1975年(昭和50年)4月1日 中頭郡西原町の一部を編入。
- 2003年(平成15年) 沖縄における戦後初の軌道法による鉄道、沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開通。
■行政
●市の日:7月8日
●行政区画
市域面積の39.23km²に対し、人口密度は8,005.79人/km²で、都道府県庁所在地では東京特別区(13,196人/km²。2000年国勢調査)、大阪市(11,745人/km²。2000年国勢調査)、横浜市(8,129.03人/km²。2006年現在)に次いで第四番目に高い。尚、面積は全国の都道府県庁所在地では最小である。(東京都新宿区を1つの市と同格と見なせば2番目に小さい。)
●市町村合併
・1950年 島尻郡みなと村を編入。
・1954年 首里市及び島尻郡小禄村を編入。
・1957年 真和志市を編入。
・1975年 中頭郡西原町の一部を編入。
他、南風原町・渡嘉敷村・座間味村・渡名喜村・粟国村・南大東村・北大東村との、周辺離島をも含んだ合併が計画されていたが白紙撤回される。
●警察
那覇警察署
市内全域(小禄支所管内・那覇空港等一部を除く)と本島周辺離島(久米島・慶良間諸島・粟国諸島・大東諸島)を管轄する(小禄支所管内・那覇空港・奥武山町・山下町・垣花町は豊見城市にある豊見城警察署の管轄)。
●国の行政機関
- 内閣府:沖縄総合事務局
- 防衛省:陸上自衛隊那覇駐屯地/海上自衛隊那覇基地/航空自衛隊那覇基地
- 国土交通省:海上保安庁第十一管区海上保安本部
- 国土交通省:沖縄気象台
■姉妹都市・提携都市
●国内
日南市(宮崎県)1969年(昭和44年)4月24日締結
川崎市(神奈川県)1996年(平成8年)5月20日締結
●海外
ホノルル(アメリカ合衆国ハワイ州)1961年(昭和36年)1月10日締結
サンビセンテ(ブラジル連邦共和国サンパウロ州)1978年(昭和53年)10月23日締結
福州(中華人民共和国福建省)1981年(昭和56年)5月20日締結
■経済
●産業
第三次産業の割合が高い。その中でも小売業の床面積は347,672m²と規模が大きい。また、市内に那覇空港がある事からビジネス客や観光客の多くが那覇を訪れている。1998年に沖縄県を訪れた観光客412万人の内、那覇の宿泊施設を利用した観光客は多かった。中心市街地の国際通りは以前は地元の人を対象とした店が多かったが観光客の増加により観光客相手の土産品店が立ち並ぶ店が増え、現在では常時観光客で賑わいを見せている。
●本社を置く主な企業
公共交通の便が良く、政治・文化の中心地である事から多くの本社が存在するが、都市化により広い土地を得るのが難しく、周辺市町村より地価も高い為、広大な土地が必要な企業の本社は郊外(那覇市外)に立地する事が多い。
●通信業
・沖縄セルラー電話・ウィルコム沖縄
●交通
・沖縄バス・東陽バス・沖縄都市モノレール・日本トランスオーシャン航空・トランスコスモスCRM沖縄
・沖縄岡崎運輸
・CSKコミュニケーションズ
・コーラルバイオテック
・沖縄三越・リウボウ
・沖縄ポッカコーポレーション
・沖縄森永乳業
・沖縄製粉
・瑞穂酒造
●金融業
・日本銀行那覇支店・琉球銀行・沖縄銀行・沖縄海邦銀行・沖縄県労働金庫・JAおきなわ
・コザ信用金庫(本店・沖縄市、那覇支店、開南支店、安里支店、小禄支店)
・みずほ銀行(本店・東京都、那覇支店)
・商工組合中央金庫(本店・東京都、那覇支店)・大同火災海上保険
■地域
市役所本庁舎以外に1954年と1957年に2市1村を併合する前の旧市村毎に那覇市役所真和志支所、同首里支所、同小禄支所の3支所を設置している。基本的に那覇市はその4地区に区分できるが那覇新都心が開発されてからは同地区も含めて5つの地域に区分できる。
那覇市内の地名は以下の通り。(★印は住居表示実施地区。△印は無住地域。)
●本庁管内
大部分は1954年以前から那覇市であった地域。その後埋め立てにより区域が拡大。
・曙(あけぼの)1~3丁目★
・旭町(あさひまち)
・字安謝(あじゃ)
・字天久(あめく)
・泉崎(いずみざき)1~2丁目:1丁目のみ★
・字上之屋(うえのや)
・奥武山町(おうのやまちょう)
・垣花町(かきのはなちょう)△
・垣花町1~3丁目、垣花町(番地):3丁目以外△
・久米(くめ)1~2丁目★
・久茂地(くもじ)1~3丁目★
・古波蔵(こはぐら)
・字古波蔵
(一部は真和志支所管内に属する)3~4丁目★(2丁目は真和志支所管内。)
・住吉町(すみよしちょう)1~3丁目△
・楚辺(そべ)字楚辺、1~2丁目★
・辻(つじ)1~3丁目★:3丁目のみ△
・壺川(つぼがわ)・字壺川1~3丁目
・壺屋(つぼや)1丁目★(2丁目は真和志支所管内に属する。)
・泊(とまり)1~3丁目
・通堂町(とんどうちょう)★△
・西(にし)1~3丁目★
・字二中前(にちゅうまえ)
(付近に県立第2中学『現:那覇高校』があった事に由来)
・東町(ひがしまち)★
・樋川(ひがわ)1~2丁目★
・前島(まえじま)1~3丁目★
(安里川、久茂地川、潮渡川に挟まれている。)
・牧志(まきし)1~3丁目★
・松尾(まつお)1~2丁目★
・松山(まつやま)1~2丁目★
・港町(みなとまち)1~4丁目★:3丁目のみ△
・字銘苅(めかる)
・山下町(やましたちょう)★
・若狭(わかさ)1~3丁目★
●那覇新都心
・安謝(あじゃ)1~2丁目★
・天久(あめく)1~2丁目★
・上之屋(うえのや)1丁目★
・おもろまち1~4丁目★
(おもろ町と表記するものがあるが正式には全て平仮名表記)
・銘苅(めかる)1~3丁目★
●真和志(まわし)支所管内
旧真和志市。戦後、不規則な宅地化が進んだ。
・安里(あさと)、字安里、安里1~3丁目★
・上間(うえま)、字上間、上間1丁目★
・字国場(こくば)
・古波蔵(こはぐら)、字古波蔵(一部は本庁管内に属する。)
・古波蔵2丁目★(3,4丁目は本庁管内。)
・識名(しきな) 字識名、識名1~4丁目 ★
・字大道(だいどう)
・壺屋(つぼや)2丁目★(1丁目は本庁管内に属する。)
・字仲井真(なかいま)
・長田(ながた)1~2丁目★
・繁多川(はんたがわ)1~5丁目★
・古島(ふるじま)、字古島、古島1~2丁目
・字真地(まあじ)
・松川(まつがわ)、字松川、松川1~3丁目★
・真嘉比(まかび)、字真嘉比、真嘉比2~3丁目
・松島(まつしま)1~2丁目
・三原(みはら)1~3丁目★
・寄宮(よりみや)、字寄宮、寄宮1~3丁目★
・与儀(よぎ)、字与儀、与儀1~2丁目★
●首里(しゅり)支所管内
旧首里市(1921年、那覇市と共に市制施行)。那覇市との合併時から古都・首里の名を残そうという地元住民の強い願いがあった為、この地域の町名の頭には現在も「首里」の名を冠する。なお、全域住居表示が実施されていない地域である。
・首里赤田町(あかたちょう)1~3丁目
・首里赤平町(あかひらちょう)1~2丁目
・首里池端町(いけはたちょう)
・首里石嶺町(いしみねちょう)1~4丁目
・首里大名町(おおなちょう)1~3丁目
・首里大中町(おおなかちょう)1~2丁目
・首里金城町(きんじょうちょう)1~4丁目
・首里儀保町(ぎぼちょう)1~4丁目
・首里久場川町(くばがわちょう)1~2丁目
・首里崎山町(さきやまちょう)1~4丁目
・首里寒川町(さむかわちょう)1~2丁目
・首里末吉町(すえよしちょう)1~4丁目
・首里平良町(たいらちょう)1~2丁目
・首里汀良町(てらちょう)1~3丁目
・首里当蔵町(とうのくらちょう)1~3丁目
・首里桃原町(とうばるちょう)1~2丁目
・首里鳥堀町(とりほりちょう)1~5丁目
・首里真和志町(まわしちょう)1~2丁目
・首里山川町(やまがわちょう)1~3丁目
●小禄(おろく)支所管内 旧小禄村
・赤嶺(あかみね)
・字赤嶺△、赤嶺1~2丁目
・宇栄原(うえばる)字宇栄原、宇栄原1~3丁目★
・小禄(おろく)、字小禄、小禄1~5丁目:1丁目のみ★
・字安次嶺(あしみね)
・字大嶺(おおみね)△
・金城(かなぐすく)1~5丁目
・字鏡水(かがみず)
・鏡原町(きょうはらちょう)★
・具志(ぐし)、字具志△、具志1~3丁目★
・高良(たから)1~3丁目★
・田原(たばる)、字田原、田原1~4丁目
・字当間(とうま)
・宮城(みやぐすく)、字宮城△、宮城1丁目★
■医療
与儀にあった沖縄県立那覇病院は南風原町に新設された沖縄県立南部医療センター・こども医療センターに統合され、泉崎にあった泉崎病院はおもろまちメディカルセンターとして上之屋(那覇新都心)に移転した。沖縄県立那覇病院の跡地には現在古波蔵にある沖縄赤十字病院が移転する予定である。
■福祉
・社会福祉法人沖縄県社会福祉協議会 沖縄県総合福祉センター(首里石嶺町4-373-1)
・社会福祉法人那覇市社会福祉協議会 那覇市総合福祉センター(金城3-5-4)
■保健
- 沖縄県中央保健所
- 那覇市保健センター(因みに30万人以上の人口を抱える県庁所在地の中で中核市や保健所政令市に未指定で保健所は県の管轄下である)
■衛生
・那覇市・南風原町環境施設組合(市に隣接する南風原町新川にゴミ処理施設等がある)
■交通
中心市街地では戦後スプロール現象により十分な都市基盤整備がされないまま無秩序な市街化が進んだ為、殆どの道路が幅員12m以下であり慢性的な交通渋滞を起こしている。特に国際通りやその他幹線道路の機能を補完する道路が殆ど無く、或いは幅員が狭い区間が多い為、国際通りやその他幹線街路に余計に負担が掛かっている。これらの渋滞を解決すべく沖縄都市モノレール線ゆいレールが開設された。また、中心市街地における駐車場の小規模さも課題の一つであり改善が急がれている。尚、沖縄県における県外交通の要所であり、国内でも有数の国際空港である那覇空港と県内外への海路が集中している那覇港がある。
●バス
沖縄都市モノレール線が開通した現在でも主な公共交通機関はバスに偏っている。特に中心市街地に於けるバス交通量は非常に多い。 1997年の交通センサスによると、国際通り周辺は1日1500~1600台のバスが通過しており交通渋滞の一因ともなっているが、それが国際通りを訪れる観光客の後押しをしているとも言える。近年では国際通りの西側にある国道58号を経由する路線へ変更、または那覇新都心に新設された駅前広場等を起点とする路線へ変更したりとして当時よりも約2割ほど減っている。 尚、現在は琉球バス交通・沖縄バス・那覇バス・東陽バスの4つの民営企業がバス運行を行っている。
●鉄道
大正時代は沖縄県営鉄道の与那原線、嘉手納線、糸満線と沖縄電気の路面電車が市内を走り、沖縄軌道と糸満馬車軌道も市内に乗り入れていたが、昭和に入ると沖縄電気の路面電車と糸満馬車軌道がバスとの競争に敗れて廃止され、残った沖縄県営鉄道と沖縄軌道も第二次世界大戦末期に運用を停止。
その後の沖縄戦で破壊されてしまい戦後もアメリカ軍統治下の沖縄で再び敷設されることは無かった。しかし2003年8月10日に戦後初の鉄道である沖縄都市モノレール線(ゆいレール)が開通し、沖縄に再び軌道交通が蘇った。今後は渋滞解消の切り札として注目されている。
■道路
●高速道路
沖縄自動車道:那覇IC
市内に所在するのは、これに接続する一般道である沖縄県道82号那覇糸満線の那覇IC交差点付近のみで料金所は南風原町にある。那覇都心部からは西原ICを利用した方が便利な場合もある。また那覇市は全国の県庁所在地で唯一高速道路の本線車道が通っていない都市。
・那覇空港自動車道(国道506号小禄道路・予定線。現在工事すら行われておらず、開通時期等は不明)
・那覇インターアクセス道路(地域高規格道路・計画中)
・那覇西道路(那覇港海底(沈埋)トンネル)
●国道
・国道58号
沖縄西海岸道路(那覇西道路)
・国道329号
那覇東バイパス
南風原バイパス
・国道330号
・国道331号
小禄バイパス
・国道332号
・国道390号
・国道507号
津嘉山バイパス
●県道
主要地方道
・沖縄県道82号那覇糸満線
・沖縄県道7号奥武山米須線
・沖縄県道29号那覇北中城線
●一般県道
・沖縄県道11号線
・沖縄県道28号線
・沖縄県道39号線(国際通り)
・沖縄県道42号線
・沖縄県道43号線
・沖縄県道46号線
・沖縄県道47号線
・沖縄県道49号線
・沖縄県道50号線
●自転車道
沖縄県道236号玉城那覇自転車道線(「沖縄のみち自転車道」予定)
■空港
・那覇空港
■港湾
・那覇港(重要港湾)
■文化・観光
◆メディア
●新聞 地方紙
・琉球新報
・沖縄タイムス
全国紙は輸送事情により朝刊配達が午後に行われる。その為、那覇市はもとより沖縄県内では殆ど販売されていない。この為、全国紙は那覇に「那覇支局」ではなく、「政治部那覇駐在」等とする扱いが多い。尚、2008年11月1日より日本経済新聞が琉球新報社による委託印刷を開始(全国紙初)。朝夕刊共、地方紙と同時に配達を開始している(2008年6月20日付日本経済新聞朝刊より)。
●放送局
- 琉球放送
- 沖縄テレビ放送
- 琉球朝日放送
- NHK沖縄放送局
- ラジオ沖縄
- エフエム那覇
- エフエム琉球
■スポーツ施設
・奥武山公園
■観光
■
■出身有名人
●学界
宮城能彦(沖縄大学教授):伊波普猷(学者。「沖縄学」で知られている。)
古波蔵保好(沖縄日日新聞・沖縄日報→毎日新聞の記者を経て、エッセイスト・評論家) ●芸能
山之口貘
1903年9月11日~63年7月19日
詩人
なかいま強
1960年4月13日生まれ
漫画家
●芸術
ジョン・カビラ
タレント
Cocco
歌手
国仲涼子
俳優
喜友名智子
エフエム那覇渉外担当
ガレッジセール
お笑い芸人
川平慈英
俳優
OLIVIA
歌手
上原彰兼
ロードオブメジャー ドラム
新城弘明
1982年9月22日生まれ
THE GRANDWAZOO ギター
今井絵理子
1983年9月22日生まれ
歌手
平良とみ
1928年11月5日生まれ
俳優
新垣結衣
1988年6月11日生まれ
俳優
安室奈美恵
1977年9月20日生まれ
歌手
高良結香
生年月日非公開
歌手
知念里奈
1981年2月 9日生まれ
歌手
津嘉山正種
1944年2月 6日生まれ
俳優
永山尚太
1977年7月30日生まれ
歌手
早坂好恵
1975年9月25日生まれ
タレント
肥後克広
1963年3月15日生まれ
お笑い芸人、ダチョウ倶楽部
前田達也
1958年8月22日生まれ
歌手
玉城幸也
1978年11月5日生まれ
歌手、DA PUMP
祭り
・那覇ハーリー:毎年ゴールデンウィーク後半の3日間に行われる行事
・那覇まつり:毎年体育の日を含む3連休に奥武山公園を主会場に行われる沖縄県那覇市の祭り。
・沖縄の産業まつり:
沖縄県内では最大の規模を持つ総合産業展である。毎年10月の3日間、奥武山公園で開催される。
■
●学界
宮城能彦(沖縄大学教授):伊波普猷(学者。「沖縄学」で知られている。)
古波蔵保好(沖縄日日新聞・沖縄日報→毎日新聞の記者を経て、エッセイスト・評論家) ●芸能
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山之口貘 |
1903年9月11日~63年7月19日 |
詩人 |
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なかいま強 |
1960年4月13日生まれ |
漫画家 |
ジョン・カビラ
タレント
Cocco
歌手
国仲涼子
俳優
喜友名智子
エフエム那覇渉外担当
ガレッジセール
お笑い芸人
川平慈英
俳優
OLIVIA
歌手
上原彰兼
ロードオブメジャー ドラム
新城弘明
1982年9月22日生まれ
THE GRANDWAZOO ギター
今井絵理子
1983年9月22日生まれ
歌手
平良とみ
1928年11月5日生まれ
俳優
新垣結衣
1988年6月11日生まれ
俳優
安室奈美恵
1977年9月20日生まれ
歌手
高良結香
生年月日非公開
歌手
知念里奈
1981年2月 9日生まれ
歌手
津嘉山正種
1944年2月 6日生まれ
俳優
永山尚太
1977年7月30日生まれ
歌手
早坂好恵
1975年9月25日生まれ
タレント
肥後克広
1963年3月15日生まれ
お笑い芸人、ダチョウ倶楽部
前田達也
1958年8月22日生まれ
歌手
玉城幸也
1978年11月5日生まれ
歌手、DA PUMP


