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2009年05月28日

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2009年05月26日

沖縄本島最北端!辺戸岬

辺戸岬出典: フリー百科事典『 Wikipedia 』


概要
辺戸岬辺戸岬(へどみさき)は、沖縄県国頭郡国頭村辺戸に属し沖縄海岸国定公園に含まれる。太平洋及び東シナ海に面する岬(東経128度15分56秒、北緯26度52分18秒)。沖縄島の最北端(「沖縄県」の最北端は、久米島町の硫黄鳥島)にある。好天の日は、22km離れた奄美諸島の与論島や沖永良部島を望む事が出来る。
地理
珊瑚質の絶壁から成り、岬上は広い台地となっている。
沖縄県がアメリカの統治下にあった頃、本土復帰を願って、ここからのろしを上げた。また年に1度、辺戸岬と与論島との間(北緯27度の海上)で、本土との交流集会も行われていた。
1972年(昭和47年)の沖縄返還にさいして建立された「日本祖国復帰闘争碑」がある。
茅打バンタの北側に位置する辺戸岬ドームは、世界的にも珍しい海底の鍾乳洞で、ダイビングスポットとして知られる。

周辺の観光地
茅打バンタ
ヤンバルクイナ展望台茅打バンタ - 岬へ至る南西岸の絶壁。かつては交通の難所だったが、現在は国道58号のトンネルが短絡している。
奥集落
古くからの民家が引き継がれている。奥ヤンバルの里(資料館・宿泊施設)あり。
辺戸岬灯台
ヤンバルクイナ展望台
金剛石林山
飲食店
辺戸岬園地内に辺戸岬パーラー金城がある。
交通
路線バス
那覇バスターミナル(沖縄都市モノレール線旭橋駅付近)から、名護西線(20番、120番)名護東線(77番)、又は高速バス(111番)にて、名護バスターミナルへ。
名護バスターミナルより67番・辺土名線(琉球バス交通・沖縄バス)に乗り換えて辺土名バスターミナルへ。
辺土名の村営バス待合所より国頭村営バス奥線に乗り換えて辺戸岬バス停、又は辺戸岬入口バス停にて下車。
辺戸岬バス停は辺戸岬園地内にある。辺戸岬入口バス停は国道58号沿いにあり、辺戸岬へは徒歩約10分かかる。
辺戸岬に行くには国頭村営バス奥線に乗り辺戸岬入口(奥向け下り)で降り、辺戸岬入口十字路を左に曲がって徒歩で行く方法もある。
自動車
国道58号利用が便利である(南は80km以上離れた恩納村山田から、東海岸では名護市久志の国道329号から国道331号、国頭東線(県道70号)経由での距離案内が表示されている)。

2009年05月26日

国頭郡 参考資料

国頭郡出典: フリー百科事典『 Wikipedia 』

国頭郡(くにがみぐん)は沖縄県の郡。人口64,236人、面積576.92km²、人口密度111人/km²。
(2009年4月1日、推計人口)
国頭郡、沖縄本島内位置図以下の2町・7村を含む。自然の宝庫として知られる山原は国頭郡にある。また、行政上島尻郡に属している伊平屋村と伊是名村も国頭郡の一部として扱う場合もある。 (県議選挙の国頭郡区や、国頭郡民大会等)

行政区分
金武町(きんちょう)
本部町(もとぶちょう)
伊江村(いえそん)
大宜味村(おおぎみそん)
恩納村(おんなそん)
宜野座村(ぎのざそん)
国頭村(くにがみそん)
今帰仁村(なきじんそん)
東村(ひがしそん)

沿革
1896年4月1日 郡制施行に伴い、国頭方(国頭間切・大宜味間切・羽地間切・今帰仁間切・本部間切・名護間切・久志間切・金武間切・恩納間切・伊江島)が国頭郡となる(9間切1島)
1908年4月1日 島嶼町村制施行に伴い、国頭郡に国頭村、大宜味村、羽地村、今帰仁村、本部村、伊江村、名護村、久志村、金武村、恩納村の10村が成立する(10村)
1923年4月1日 久志村北部が東村として分立(11村)
1924年2月1日 名護村が町制施行し、名護町となる(1町10村)
1940年12月10日 本部村が町制施行し、本部町となる(2町9村)
1946年4月1日 金武村北部が宜野座村として分立(2町10村)
1946年5月16日 羽地村屋我地島が屋我地村として分立(2町11村)
1946年5月20日 名護町北西部が屋部村として分立(2町12村)
1947年8月1日 本部町北部が上本部村として分立(2町13村)
1970年8月1日 名護町・屋部村・羽地村・久志村・屋我地村の1町4村が合併し市制施行、名護市となり郡より離脱
(1町9村)
1971年11月1日 上本部村が本部町に再編入(1町8村)
1980年4月1日 金武村が町制施行し、金武町となる(2町7村)

2009年05月22日

青い海!青い空!あっついぞ!

日曜日に美ら海水族館に行こうと思ったのですが、激しく天気が良かったので入梅前に青い海を見に行ってきました!

残波岬 出典Yahoo Japan Travel
高さ30~40mにおよぶ隆起サンゴ礁の絶壁が、2kmにわたって続く景勝地。かつては航海の難所だったといわれるだけあって周辺の海は波が荒く、崖壁に当たって砕け散る白い波しぶきは豪快そのもの。ダイビングや釣りのスポットとしても人気が高い。岬の先端からは慶良間諸島や伊江島が望め、特に夕暮れ時の景観が美しい。岬の手前には、残波岬いこいの広場が整備されており、7mの巨大な残波大獅子がランドマークとして訪れた人々を迎えてくれる。敷地内一面に芝生が敷きつめられた公園は、レストランやレジャー施設も完備。海岸沿いにはエメラルドグリーンの海が美しい残波ビーチもあり、夏には海水浴を楽しむ多くの人で賑わう。
所在地 沖縄県中頭郡読谷村宇座
アクセス ゆいレール旭橋駅から徒歩3分の那覇バスターミナル→28番系統の路線バスで1時間30分、バス停:宇座公民館前下車、徒歩10分
車アクセス 沖縄道石川IC18km20分
駐車場 あり
問い合わせ先 読谷村商工観光課 TEL:098-982-9216

2009年05月19日

中頭郡概要

中頭郡出典: フリー百科事典『 Wikipedia 』

中頭郡(なかがみぐん)は、沖縄県の郡。人口145,759人、面積106.82km²、人口密度1,360人/km²。(2009年4月1日、推計人口)

以下の3町・3村を含む。
嘉手納町(かでなちょう)・北谷町(ちゃたんちょう)・西原町(にしはらちょう)
北中城村(きたなかぐすくそん)・中城村(なかぐすくそん)・読谷村(よみたんそん)

沿革
1896年4月1日 郡制施行に伴い、中頭方(具志川間切・美里間切・与那城間切・勝連間切・越来間切・中城間切・読谷山間切・北谷間切・宜野湾間切・浦添間切・西原間切)が中頭郡となる(11間切)
1906年10月1日 西原間切の一部が首里区に編入
1908年4月1日 島嶼町村制施行に伴い、中頭郡に具志川村・美里村・与那城村・勝連村・越来村・中城村・読谷山村・北谷村・宜野湾村・浦添村・西原村の11村が成立する(11村)
1920年10月1日 西原村の一部が首里区に編入 
1945年9月26日 美里村北部が石川市として分立、郡より離脱。
1946年5月20日 中城村北部が北中城村として分立(12村)
1946年12月16日 読谷山村が読谷村に改称
1948年12月4日 北谷村北部が嘉手納村として分立(13村)
1956年6月13日 越来村がコザ村に改称
1956年7月1日 コザ村が市制施行し、コザ市となり郡より離脱(12村)
1962年7月1日 宜野湾村が市制施行し、宜野湾市となり郡より離脱(11村)
1968年7月1日 具志川村が市制施行し、具志川市となり郡より離脱(10村)
1970年7月1日 浦添村が市制施行し、浦添市となり郡より離脱(9村)
1974年4月1日 美里村がコザ市と合併し、沖縄市が発足、郡より離脱(8村)
1975年4月1日 西原村の一部が那覇市に編入
1976年1月1日 嘉手納村が町制施行し嘉手納町となる(沖縄本島中部では最初の町・1町7村)
1979年4月1日 西原村が町制施行し西原町となる(2町6村)
1980年4月1日(4町4村)
北谷村が町制施行し北谷町となる。
勝連村が町制施行し勝連町となる。
1994年1月1日 与那城(よなぐすく)村が町制施行し与那城(よなしろ)町となる(5町3村)
2005年4月1日 勝連町・与那城町が具志川市・石川市と合併し、うるま市が発足、郡より離脱(3町3村)

●備考
石川市には沖縄戦後に米軍の石川収容所が置かれたため、人口が激増し市制施行したものの、後に収容所が解散したことにより人口が激減。人口は約2万人と市にしては少ないため、1980年まで県議会議員選挙の選挙区は中頭郡区に属していた。1984年の同選挙からようやく石川市区が設けられ、うるま市に合併する2004年まで続いた。合併してうるま市となった初の2008年の同選挙からは旧具志川市区や同じく合併しうるま市となった中頭郡区の一部(旧与那城町・勝連町)を合わせ、うるま市区となった。