先日もお伝えしたとおり、久しぶりにLAに行ってきました。
七賢の輸入代理店のスタッフの皆様とミーティングを行ったのですが、その中には日系二世のスタッフもいたので、20年ほど前のアメリカでの日系社会について教えてもらいました。
日本酒が本格的に輸入され始めた1980年頃。当時のアメリカ社会はまだまだアジア人を受け入れる風潮がなく、どちらかというと迫害されやすい人種でもありました。寿司ブームや日本酒ブームが訪れるまだ10年も前の事ですので、仕方のないことかもしれません。
そんな中日系二世の方々がどのようにしてアメリカで生活をしてきたか。興味深い話がありましたので紹介します。
アメリカでは給食制度はなく、スナックコーナー程度しかありませんので、児童は基本的にお弁当を持って学校に行くか、スナックコーナーで軽食を買うかどちらかになります。日系人の児童は、たいていお母さんが作ってくれたお弁当を持っいくのですが、まだ海苔や醤油が珍しい時代。ですので、海苔で巻かれたおにぎりや、焼きそばに振りかけられた青海苔なんかを見て、アメリカ人の児童からからかわれたようです。とりわけ青海苔なんかは芝生と誤解されやすく、日本人は芝生を食べるとまで言われたそうです。
今となれば、日本食はアメリカで人気ですが、たった20年昔の事となると全く違い、今となれば懐かしい話として話題に上がるのですが、当時の日本人や日系人は苦労された事でしょう。日本の文化をアメリカで根付かせた先人達には感謝しなくてはなりませんね。

北原 対馬
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