
「天然色」 よくぞ言ったり 柿の色
今週には仕込みが始まるので今日が最後の「日曜」。
作業場の片づけをする。
家にいない私を当てにしないでいつものように細々としたとこは親父様と嫁様がしてくれているので、
機械をパズルのように並べてしまいこむ。
その親父様と嫁様は最後の柿もぎ。
親父様は大正生まれ。
息子でもなかなか着ることのない「赤」を身にまとってせわしなく動き回る。
通販の「高枝切りばさみ」が大活躍。
毎年うちの柿を送っている長男次男に
「いつからこんな立派な柿になったの」という電話。
たしかに本場ものとは差があるにせよ「自家用」は正月までのわが家の大事なビタミン源。
ところで妙に頭から離れないことがあった。
ずっとだからたちが悪い。
偏頭痛に似た感じだ。
チャンスがあったら聞きたいと思っていたこと。
雲の上の杜氏組合長・高橋藤一さんの一言だ。
秋田県の清酒品評会の後にそのチャンスが来た。
懇親会後、寄らせていただいた「酒盃」さんで偶然にも由利正宗の高橋藤一杜氏の隣に座らせていただくことができたのだ。
それでなくてもミーハーの冬蔵、一時間半ほど高橋杜氏を独占。
「雪の茅舎」と「天の戸」を代わる代わる酌み交わす。
感想を聞きながらの
「ぜたく」で「しふく」の時間。
やはり藤一杜氏は冬蔵の「あこがれ」です。
それだけで舞い上がって例の「妙に頭から離れないこと」を聞かずじまいだった。
いや、聞けなかった。
それは藤一杜氏が十五年も前、話の中で言った一言だ。
「酒造りはどうにでもなる」と言ったように冬蔵には聞こえたのだ。
だからショックだった。
耳を疑った。
きき返すこともできずにいた。
本心だとすると……。
それって傲慢だよね。
シラーっと感じた。
でもどうもしっくりこない。
あの名杜氏さんがそんなふうに考えてるのか・・・・。
やはり腑に落ちなかった。
結局たどりついたのが、
「ん、待てよ。もしや聞き違い?」なのだ。
今回じっくり話を聞いて自分の中で十五年も感じていた「わだかまり」のような霧が晴れた。
「酒は黙っていても発酵する。段取りさえしっかりしていればあとは麹は麹菌、もろみは酵母に任せるしかない。われわれ人のできることなんかほんのわずかだ」
というスタンス。
「酒つくりはどうにでもなる」は、
「酒つくりはどうにかなる」の聞き違いだった。
「人が最善を尽くせば、酒は酵母や麹菌が何とかしてくれる」の意味だ。
なぜこんなにこのことにこだわるのか。
実は冬蔵にとってとても大切なことなのだ。
農業でそして酒つくりで一番感じることはひとの力のなさだ。
ふたつともひとの力ではどうにもならないことが多すぎる。
天候の恩恵を受けたと思えばその天候に揺さぶられる。
前の年うまくいっても次の年もそうなるかは分からない。
思わず手を合わせて神頼みをしたくなることが何度かある。
「人のできることなんかほんのわずか」だからこそ、人のできることをしっかりやるしかないのだ。
高橋藤一杜氏の話はここに行きつく。
今日のカレンダー候補写真。
【役場の屋上から編】

吹雪の合間の空。
また向こうから吹雪がやってきます。

クリスマスツリーが寒空に暖かい光を放ちます。
そろそろ粕汁の季節。
今日はカブと油揚げです。
夏の猛暑で味噌も粕も色が濃いです。
それはそれで「田舎っぽくて」いいこととしましょう。
油揚げは十文字道の駅で売ってるのがお勧め。
形は不ぞろいだけど食感がいい。

あとは酒飲み
にはうれしい「イカのワタまぶし」です。

新鮮なイカのワタにみりんと味噌を入れて鍋でかき混ぜ熱くなったら
イカのぶつ切りを入れて混ぜるだけ。
ささっとやるとイカがプリプリで硬くならない。
3分でできます。(測ったことないけど・・・・)
今日は天の戸の「精撰」を二合ほど。
今日もごっちぉーさんでした。


