
既に皆さんもご承知のとおり、3/11(金)に大きな地震が起きました。
いま、回りの知り合いや友人もそれぞれ色んな動きをそれぞれがして、Twitter上でも色んな情報交換がされていて、様々な動きがあるので、僕は僕が体験した事や思った事を、敢えていち個人の日記として書きたいなと思います。
そうは言っても、やはり率直にまず思うのは、東北・北関東をはじめとする、被害の大きい現地の方々のこれ以上の被害が無いことと、亡くなられた方へのご冥福を、しっかりとお祈りしたいと思います。
僕の職場の後輩も東北で仕事をしている人がおり、安否を確認するのには本当に大変だったし、連絡が取れるまで不安でいっぱいでした。
引き続きしっかりとお祈り申し上げます。
僕自身は1回目の揺れが来た時、ビルの11階といったロケーションの職場で、1人といった状況のなかで、すぐに治まるだろうと呑気にFacebookなんか開いたりしてました。
そしたら、治まるどころか揺れは強くなるばかり。ビルの11階という地理条件もあってか、結構長く感じる揺れでした。
本当に恐かった反面、何故か冷静にビルが崩壊したとしたら、11階にいるし、俺は死ぬかもしれないなといった考えすらも出てました。
一度揺れが治まって、窓越しに外を見ると外に避難してる人がたくさんいて、まさか二度も起きる事はないだろうとか思いつつも、何となく嫌な予感もして、電気系統を消して、鍵を閉めて、エレベーターは停まってしまってたので、階段で退避。
エレベーターが停まってた辺りから、ちょっといつもとは違うなと思い始めたりして。
外へ避難してから、2回目3回目の大きな揺れが発生。外であんなに揺れてるなって感じる地震は、生まれて初めてでした。
そこから社長と合流して、結局仕事どころじゃないという事になり、歩いて帰宅。
その合間も同じように歩いている人ばかりで、やっぱり大変な事が起きてしまってるんだって、足の疲れと共に少しずつ認識。
明けて連絡が取れるようになってから、家族や友人に連絡取ったりして、幸い自分の回りの人が無事だという事で、少し安心しながら今に至ります。
そんな中、友人が近所の駅前商店街でお店を経営してるのもあり、その人達の主催で、駅前で募金や救援物資を集め始めたので手伝いで参加。
昨日、友人は集まった物資を商店街の代表として、茨城の救援センターへ届けにトラックで出発。今無事に帰宅してるとの連絡があり、よかった。
このチャリティーも、何か出来ないかと思って参加しましたが、その最中にTwitter上でアップされてた、阪神大震災を当時経験した方のコメントなども読みながら、果たして自分でやってて正しいのかどうなのか、迷ったりの手探り状態でした。
集まった物の中には、有効利用できないなという物もたくさんありました。
それを出してくる人のちょっとしたコメントに、何だか凄く引っかかるコメントもあり、善意でやってるんじゃないのか?って言いたくなることもありましたが、そもそもがこのチャリティー行為もどうなんだって思ったりで。
結論、色んな人がいま色んな動きや考えをしながら災害に向き合っていますが、僕もしっかりとまずは自分の生活をしっかり固めていこうと思います。
勿論、傍観するとか現実逃避するとかではなく、助けとなる事はしっかりやっていきたいと思っていますが、一番身近な人達と励まし合って、まずは自分が地震が起きる前の生活を取り戻していく以外にないなと思ってます。
スーパーやコンビニのパンやおにぎりの列が空っぽな現状と、ファーストフード店のメニューが通常に戻ったり、その他の飲食店も通常営業してたりと、何だかまだまだアンバランスな所もありますが、少しずつ日常に戻りつつある東京であります。
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