ある人が少女だった頃のはなし。
少女の家のすぐそばに
川があった。
その川には
少女がたいそう可愛がっていたかる鴨のつがいがいた。
一羽が岸にあがればもう一羽はあわてて追いかける。
片一方が川を逆流すればもう片方も必死に追いつこうとする。
仲良し夫婦の微笑ましい光景。
その様子がたまらなくおかしくて
毎日、毎日
ひがな眺めつづけていた。
まだ夏の余韻を濃く残した
初秋のある日、
学校から帰ってきた少女は
いつものように
かばんをそっと、納屋の土間におき、
傾きかけた西日をすこしまぶしく思いながら
川面をのぞきこむ。
すっと、みぞおちの下をなにか冷たいものがながれるような妙な違和感。
ぞわぞわと胸を締め付けられるような嫌な予感。
いない!
少女は無意識に駆け出して
川上から川下まで全速力でさがしまわった。
子供の脚でいける範囲はくまなく探しまわったのに
そのどこにもいなかった。
どこにもどこにもいなかった。
なかよしつがい鴨は
はるか下流の
海へと流れ込むすこし手前の川原でみつかった。
なんらかの原因で死んでしまった「相棒」の亡がらに
ずっとずっと寄り添いながら
そこに辿りついたようだ。
三十キロの道程を
ずっとずっと。
もう二度と
かくれんぼをすることも
抜きつ抜かれつの水遊びも
お互いの羽の間に顔をうずめるようにして眠ることもない。
一緒にいることだけがうれしくて
それだけで嬉しくて
他になにかを求める欲ももたない動物たち。
健康で家族が一緒にいられる。
それだけでしあわせなんだ。
あたりまえすぎて忘れてしまいがちだけど。
少女は
いつしか
大人になって「母」となり
思い出話のようでもなく
ましてや
ひとりごとのようでもなく
話し始めた。
鼻のあたまを赤くしながら。
言葉には出さなかったけれど
ねこもりやは
「この母の子でよかった」
とこころから思った。
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