仮面ライダー電王のレビューに関しては、KLEINES HUTTEというBlogで記載しようかと思います。という事で、こちらではちょっと別の話を。
最近、見たアニメの中で大変に面白かったのは、ガン×ソードなのですが、ではそれ以外は見ていなかったかと言うと、そうでもなく、結構しっかりと最後まで見ていたりします。しかし、印象に残らないのが多数であると言えるわけで、昨日もDVDの確認をしていたら…「あー、こんなのあったなぁー」という感じのものが多数あったわけです。
何故にそうした印象になってしまうのでしょうか。それは、どこかで見た事のあるものだから、それとも作画や声優が下手であったから、物語をまとめきれなかったから…恐らくどれも違うのでしょう。強いて言うとすれば情熱を感じないからです。
私が苦手としているジャンルで萌え系があります。おそらくそうなのであろうアニメで「ねぎま」というものがありますが、ふっと見てみると面白さが感じられるわけです。そこにはこだわりを感じます。キャラ同士の交流は良くわからないのですが、魔法を使うシーンに関しては良い意味でのバンク使用であると思います。
別にディズニーのように全てを描けという事もなく、むしろ、日本のアニメーションに関してはバンクフィルムを上手に使うのが良いと思うのです。それはよく言っている話なのですが、時代劇における殺陣と同じように、また水戸黄門の印籠と同じように、締めとして使われているのが適切であるわけです。例えば、エルドランシリーズや勇者シリーズなどの必殺技、例えば、魔女っ子系の変身シーン。これらの作画や演出がキチンとしていれば、締める要素の一つは十分満たされているわけなのです。
他にも、ストーリーとしての流れの要素的な締めというのは連続物でも重要なわけですが、(例えば、おジャ魔女どれみドッカ~ン!の40話「どれみと魔女をやめた魔女」は魔女という存在に関する事を主人公に教える重要な話であり、これがあったからこそ、その後の話が締まったとも言え、結果的にそれまでの全体における話のまとまりがとれたとも言えるわけです)そのような全体を活かす為にも、部分の重要性を見せて欲しいと思うのです。
単に綺麗な作画であっても、そこに締めがなければだだ流れの物語になるわけですから、それは作品として不出来であると言えるわけです。ならば、多少作画が崩れていようとも、締まりのある情熱的な作品を見たいと思うのです。
さて、今回は1989年に全二巻リリースされました「鎧伝サムライトルーパー外伝」です。
テレビで大好評であったサムライトルーパーのOVA第一弾としてリリースされたものです。内容的にはテレビ版での敵であった、アラゴや妖邪界は一切出てこず、舞台も日本からアメリカに移りました。
日本・新宿。主人公の一人である真田遼の誕生会。そこにくるはずの伊達征士の姿はなく、しかも、遠く離れたニューヨークで征士の鎧が出現し、人々を襲っているいう。遼はただ一人でニューヨークへ向かうつもりであったが、皆の気持ちは同じ、残りの仲間たちもニューヨークへと向かった。ニューヨークでは確かに不可思議な鎧が街中で暴れていると言う事実があり、それを秀麗黄、羽柴当麻も目撃する。合流した遼と毛利伸はヨロイギアを武装し、誰も纏っていない光輪の鎧と対峙する。その鎧から煙のように何かが立ち上り、そこに現れたのは屍解仙となのる妖術使いであった。
外伝という様相を持ちながらも、その内容にテレビとのつながりは一切なく、おまけのような感じで発売されたと当時は思っていたわけですが、考え直してみれば、玩具の売上げが振るわなかったがしかし、キャラクターとしての人気が高かった番組においての映像=ビデオ発売としての力を試したのではないのかと思っているのです。その大きな理由は、その後に煌輝帝伝説というOVAが発売されるのですが、こちらは明らかにテレビがあってのOVAとなっており、また、大々的に販促活動を行ったからです。先に手ごたえを感じなければ、例え人気があったとしてもこれだけの行動には出れなかったのでしょう。
内容的にはドラマCDでも十分可能な内容を一つのOVAとして発売した事が、今更ながらこの作品の強さを感じてなりません。というよりも、むしろ、当初はスタッフがファンに対する贈り物的な感じがしてなりませんでした。それほど、キャラクターに重点を置かれている作りになっているわけです。
最終的には鎧をまとって戦うわけですが、特に下巻に関しては終盤の戦いもそれほどしっかりとしたものではなく、バンクフィルムを利用し、その間を埋めたりエフェクトをかけたりしたもので「戦い」というものにはそれほど重点を置いていない作りになっています。鎧をまとう前のアンダーギアの戦いには力を入れていましたけど。
この頃のトルーパーは終わって尚、その盛り上がりに終わりが見えないほどのもので、この外伝からメッセージまで販促活動しての試写会が東京だけではなく名古屋や大阪でも行われていました。当時、試写会を見に行っている訳ですが、その大半が女性…というよりも男性を見つけるのに困難な状況であったのを覚えています。当時もそうですがトルーパーで男性ファンは珍しいと言われたものです。
そしてなんと4ヵ月後に、早くもOVA第二弾が発馬される事になりました。それが煌輝帝伝説です(つづく)
今、様々なアイデアの出尽くした感のあるアニメ・特撮・漫画業界ですが、しかし、そのアイデアは案外外の世界にあるものです。ガンダムなどの特定のブランドに捕らわれている感のアニメ業界ですが、さて、衝撃的なアイデアは誰が突きつけるのか楽しみな事です。
そんなこんなで本日はここまで。
最近、見たアニメの中で大変に面白かったのは、ガン×ソードなのですが、ではそれ以外は見ていなかったかと言うと、そうでもなく、結構しっかりと最後まで見ていたりします。しかし、印象に残らないのが多数であると言えるわけで、昨日もDVDの確認をしていたら…「あー、こんなのあったなぁー」という感じのものが多数あったわけです。
何故にそうした印象になってしまうのでしょうか。それは、どこかで見た事のあるものだから、それとも作画や声優が下手であったから、物語をまとめきれなかったから…恐らくどれも違うのでしょう。強いて言うとすれば情熱を感じないからです。
私が苦手としているジャンルで萌え系があります。おそらくそうなのであろうアニメで「ねぎま」というものがありますが、ふっと見てみると面白さが感じられるわけです。そこにはこだわりを感じます。キャラ同士の交流は良くわからないのですが、魔法を使うシーンに関しては良い意味でのバンク使用であると思います。
別にディズニーのように全てを描けという事もなく、むしろ、日本のアニメーションに関してはバンクフィルムを上手に使うのが良いと思うのです。それはよく言っている話なのですが、時代劇における殺陣と同じように、また水戸黄門の印籠と同じように、締めとして使われているのが適切であるわけです。例えば、エルドランシリーズや勇者シリーズなどの必殺技、例えば、魔女っ子系の変身シーン。これらの作画や演出がキチンとしていれば、締める要素の一つは十分満たされているわけなのです。
他にも、ストーリーとしての流れの要素的な締めというのは連続物でも重要なわけですが、(例えば、おジャ魔女どれみドッカ~ン!の40話「どれみと魔女をやめた魔女」は魔女という存在に関する事を主人公に教える重要な話であり、これがあったからこそ、その後の話が締まったとも言え、結果的にそれまでの全体における話のまとまりがとれたとも言えるわけです)そのような全体を活かす為にも、部分の重要性を見せて欲しいと思うのです。
単に綺麗な作画であっても、そこに締めがなければだだ流れの物語になるわけですから、それは作品として不出来であると言えるわけです。ならば、多少作画が崩れていようとも、締まりのある情熱的な作品を見たいと思うのです。
さて、今回は1989年に全二巻リリースされました「鎧伝サムライトルーパー外伝」です。

テレビで大好評であったサムライトルーパーのOVA第一弾としてリリースされたものです。内容的にはテレビ版での敵であった、アラゴや妖邪界は一切出てこず、舞台も日本からアメリカに移りました。
日本・新宿。主人公の一人である真田遼の誕生会。そこにくるはずの伊達征士の姿はなく、しかも、遠く離れたニューヨークで征士の鎧が出現し、人々を襲っているいう。遼はただ一人でニューヨークへ向かうつもりであったが、皆の気持ちは同じ、残りの仲間たちもニューヨークへと向かった。ニューヨークでは確かに不可思議な鎧が街中で暴れていると言う事実があり、それを秀麗黄、羽柴当麻も目撃する。合流した遼と毛利伸はヨロイギアを武装し、誰も纏っていない光輪の鎧と対峙する。その鎧から煙のように何かが立ち上り、そこに現れたのは屍解仙となのる妖術使いであった。
外伝という様相を持ちながらも、その内容にテレビとのつながりは一切なく、おまけのような感じで発売されたと当時は思っていたわけですが、考え直してみれば、玩具の売上げが振るわなかったがしかし、キャラクターとしての人気が高かった番組においての映像=ビデオ発売としての力を試したのではないのかと思っているのです。その大きな理由は、その後に煌輝帝伝説というOVAが発売されるのですが、こちらは明らかにテレビがあってのOVAとなっており、また、大々的に販促活動を行ったからです。先に手ごたえを感じなければ、例え人気があったとしてもこれだけの行動には出れなかったのでしょう。
内容的にはドラマCDでも十分可能な内容を一つのOVAとして発売した事が、今更ながらこの作品の強さを感じてなりません。というよりも、むしろ、当初はスタッフがファンに対する贈り物的な感じがしてなりませんでした。それほど、キャラクターに重点を置かれている作りになっているわけです。
最終的には鎧をまとって戦うわけですが、特に下巻に関しては終盤の戦いもそれほどしっかりとしたものではなく、バンクフィルムを利用し、その間を埋めたりエフェクトをかけたりしたもので「戦い」というものにはそれほど重点を置いていない作りになっています。鎧をまとう前のアンダーギアの戦いには力を入れていましたけど。
この頃のトルーパーは終わって尚、その盛り上がりに終わりが見えないほどのもので、この外伝からメッセージまで販促活動しての試写会が東京だけではなく名古屋や大阪でも行われていました。当時、試写会を見に行っている訳ですが、その大半が女性…というよりも男性を見つけるのに困難な状況であったのを覚えています。当時もそうですがトルーパーで男性ファンは珍しいと言われたものです。
そしてなんと4ヵ月後に、早くもOVA第二弾が発馬される事になりました。それが煌輝帝伝説です(つづく)
今、様々なアイデアの出尽くした感のあるアニメ・特撮・漫画業界ですが、しかし、そのアイデアは案外外の世界にあるものです。ガンダムなどの特定のブランドに捕らわれている感のアニメ業界ですが、さて、衝撃的なアイデアは誰が突きつけるのか楽しみな事です。
そんなこんなで本日はここまで。


