別にテロとかだけじゃなく、日本は危機に晒されています。そう、思いませんか。



 さて、今回は2003~2004年に放送されました「鋼の錬金術師」です。



 軍事国家アメストリス。この国家には国家に属する錬金術師がいた。その中でも「鋼」という二つ名を持つ、最年少合格を果たした錬金術師がいる。
 
エドワード・エルリック。右腕、そして左足を機械式の義肢=オートメイル(機械鎧)になっている、まさに「鋼の錬金術師」の名に劣る事のない稀代の実力者である。だが、彼が機械鎧を、そして彼の弟が鎧を常にまとっているのには理由があった。
 
まだ幼い頃に、母親をいきなり亡くし、国家で禁止されている人体練成を行ってしまう。錬金術の基本は等価交換。一の物からは一の物しか作れない…命を作るには相当する「命」の代価が必要になってくる。そのために、弟であるアルフォンスはその肉体を全てなくし、エドワードは左足を失った。
 
だが、そこに出来上がった母親は、母親というには程遠い物であった。
 
自分の行いに悲観をしつつ、だが、アルフォンスまでも失う事をしたくなかったエドワードは、弟の魂を自分の右腕を対価にし、鎧に定着させた…そう、弟が着込んでいると思っている鎧そのものが、弟…アルフォンスの肉体となったのだ。
 
そして彼らは、互いの肉体を元に戻すために、旅に出る決心をする。伝説になっている賢者の石を求めて、そして、エドワードは兄弟だけで生活が出来、旅が続けられるように、国家への忠誠を誓うのだった。
 
 
原作である漫画は、未だに連載中でありますので、これもその終了をまたずに製作された原作付きアニメであるわけです。
こうした作品の大半は途中から原作を大きく逸脱する結果になる事が多いわけですが、この作品もその例に漏れる事なく、原作の筋から大きく離れていきました。
 
ただし、問題はその落ち着きどころです。
 
この作品、テレビシリーズで終わる事無く最終的には映画まで、その物語を延ばしたわけですが、正直、それで正解であったと思うわけです。
キャラクター、それも重要な役どころの待遇が変わったのもそうですが、一番はその世界観の根底…錬金術とは何ぞやという部分でしょう。
 
人の命が関連しているという部分では同じですが、アニメ版では、その命を多次元世界という解釈の元に利用しています。
ですが、この設定はまさに驚愕という点では大成功な部分ではなかったのかと思うわけです。ここで原作に忠実になってしまうと、結果的に原作において錬金術の源が出てきたのは、つい最近の話。つまりは、アニメ版の内容が尻つぼみになってしまった可能性があったわけです。
 
そうならないように、あえてアニメではアニメ版としての解釈で話の結論を見出した事、そして、基本的にはあくまでエルリック兄弟を中心にして話を動かしていた事が、うまくまとめられたのではないのかと思うわけです。
 
確かに、どうしてあそこまでの軍事国家であるべきだったのかなどと言う話はまとまっているとは思えません。
ですが、あくまで、この物語の中心にいるのはエルリック兄弟であり、錬金術ではないわけです。錬金術によって振り回された兄弟が錬金術をどう解釈し、どう決着をつけるのか。アニメ版の意義はそこにあったわけなのです。
 
ですが、兄弟にとっての決着がつくのは、TV版ではなく、映画版であったわけですが…それはまた後日に記載いたします。




 今、我が国家が大変な状況です…と、言いたいのですが、実際には大変な状況であると言いつつも、ドラマチックに見せているとしか思えません。実際に大変な状況であるのは、何も今に始まった話ではないのですから。
 
国とは誰のためにあるのか、もっと言ってしまえば何のためにあるのか。戦後六十数年で日本はこの答えを、今求められているのかもしれません。誰に?それは質問者であるはずの私たちにです。
 
基本的に日本は資源小国です。それは認めるべきでしょう。しかしエコによって、その問題が少しでも解決できるようにと勤めているの事があります。例えば携帯電話の回収はその最も足るべき一例ではないのでしょうか。
しかし、それも必要なのですが、人にとってもっと大切な事があります。それは衣食住と呼ばれるもの。中でも食の問題は最近取り上げられているので様々な情報媒体で見る事が出来ます。
 
日本の自給率はわずか四十パーセントにも満たないのが現状であり、しかも、その内容はかなり偏っています。少なくとも、現状のファーストフードのような食品を、自国の生産だけで十分今叶うのは難しい…いえ、無理な話でしょう。
 
やはり以前より言われている自国の生産に関する保護が弱くなった=輸入に頼るようになったのが原因です。
 
それまでのように、日本が輸出で稼げる国であれば問題ない話なのでしょう。事実、原油三国である国と、日本の一般家庭を比べれば一目瞭然です。それだけ日本には強力にして絶対的な産出が望めないわけです。
だとすればどうすればいいのか、それは技術力を高めていくしかありません。ですが、日本における大概の技術者…向上における労働者と書き直しても問題ありませんが、その技術力は低下の一途を辿り、一部の技術者=設計者ののみ、技術力の向上が見受けられるわけです。
 
それもそのはず、工場は出来る限りのオートメーション化、人件費を少なくし、効率を上げる。それは本当に正しい事であったのでしょうか。実際にオートメーション化がしにくい商品に関しては、その向上を海外に求めている状況です。これだけ日本に人材があふれていると言うのに、日本外に求めるわけです。
 
そうすると簡単な話し、日本における消費が少なくなります。当たり前ですが、ない袖は触れません。ですが、企業の社長以下幹部クラスまでは、その企業が大きくなればなるほど、給与がたくさんもらえます。これがセレブと言う和製英語の方々です。セレブが一般的なお店で消費する事は少ない話でしょう。近所のスーパーで特売品を買っている、しかも血眼になって…などと言う話を聞くこともありません。やっている方はやっているのでしょうけど、イメージではありませんね。
嫌味はおいておきまして、結果的に消費が一部の企業だけをめぐる状況が出てくるというわけです。
 
その顕著な状況はT社とF社の間で起こっていました。今も起こっているのかはわかりませんけど、少なくとも注意を受けたのは事実です。輸出によって莫大な収益があるにも拘らず、それを溜め込むT者に対して、社会的還元を求めて指導がありました。そこで考えたのが、自社のシステム変更を行うと言うものです。そこで依頼を受けたのはF社。しかし、F社も結果的にT社を優先的に使っている関係で、単なる費用の受け渡しが起こっている状況であったわけです。
 
これでは社会的還元など出来ていないのは一目瞭然です。
 
忘れてはいけないのは、企業が相手にしているのは企業ではなく、国民であるという事。もう一つ、彼らが豊かにならなければ、自国での仕事など成り立たないという事です。
 
本当に海外との競争に打ち勝つ目的であるのならば、国民の消費に向けた行動・・・それこそ給与を上げることをするべきであり、それが近道であるのは間違いないのです。
企業が使うのではなく、国民が使う。それが国力が上がる事にもなりますし、結果的に懐が暖かくなれば、多少高くても国内の食品を購入することにもなります。それが意外な仕事になる可能性もあるわけです。少なくとも、これまではそうした仕事の関係であったはずなのです。
 
効率化効率化と唱えているばかりが企業のためではありません。六十数年の歪みが数年で治るはずもないのですから、そうしたこすっからい揚げ足取りばかりをしている状況でもないのですよ、国会議員の皆様。
あなた方がそうした自己利益ばかりを追い求めるから、企業もそれに習うのです。国益を考えるのであれば、まさに襟を正して国会に臨むべきであり、そうした議員を私たちも国会に送り込む必要があるのです。
 
なので、後援会なんかいらないと思うんですよねぇ。固定票があるから、安心感から変な話をする議員さんがいるのですよ。
自分の身の保全ばかりを求めてはいかん!もし、後援会が叱咤出来ないのであれば、それ以外の人たちがするべきではないのでしょうかね。
 
いずれにしても、そうした決算、それほど先の未来にあるはずではないのです。本当に恐ろしい事ですし、悲しい事ですねぇ。
少なくとも、今度の総選挙では、自分の意思で一票を皆さんに入れて欲しいものです。100%はいかなくても、90%は行きたいですよねぇ。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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