このサイトでは先に何をレビューするのかを決め手から、上下にある文章を考えます。今回選択した作品は何が特徴なのか…今の世情にも照らし出して考えていくのですが、中々難しいものであったりするわけです。
 
で、今回はどうするのか…本当に悩みました。結果的に…続きは下段にて(逃



 さて、今回は1985年に発売されました「スカイキッド」です。

 バードランドに住む若き飛行機乗り、バロンとマックス。彼らは愛機に乗り込み、敵を倒しまくる!中には基地、巨大飛行艇、母艦などがあるが、途中で補給される1発の爆弾で見事沈めるのだ!
バードランドに平和を!
 
 
強制横スクロールシューティングで、操縦する機体は基本的にゆっくりと動くようになっています。上下ではそれぞれ、機首を上下に動かしながら動きます。メインの武器は機関銃ですから、機首の方向へ真っ直ぐ飛びます。その距離は短いのですが、それは相手も同じ事。
 
その機関銃で戦車や飛行機を倒しながら画面を進んでいきます。
 
このゲームの最も特徴的な動きは宙返りでしょう。敵の弾を宙返りでかわしたり、また、相手の後ろを取ったりと戦術としてはかなり重要な動きです。
ただし、爆弾を補給すると、宙返りボタンは爆弾投下ボタンへと変わりますので、目標撃破までは基本的に我慢する必要がでてきます。
 
また、敵の弾に当たると急降下していくのですが、それを何回かは回避できます。レバーを上に上げながら、ボタンの連打!連打!連打!あまり打ち落とされてしまうと、それも出来なくなり地面に激突、一機失う事になります。
 
最終面に待ち受けるのは巨大戦艦。これを見事に倒してクリアとなります。もちろん失敗すれば、残機は減ります。
 
 
それぞれの面、開始時のダッ!ダカダッ!ダカダッダダガダガダッダッピー--ッ!という音楽が印象的なゲームです。ドット絵ながらも、その可愛さはしっかり伝わってきます。ゲーム難易度的にはかなりシビアなんですけどね。
 
思うに、こうしたゲームが出てきたとしても、それほどの売上げが上がらなくなった時期ではなかったかと。その理由は発売された枚数です。
 
大小関わらず、ゲームメーカーと称する所が、ソフトを有象無象に出していた過渡期ではないでしょうか。出せば売れる。そこに現実問題として、ゲームバランスもしくはキャラクター性が求められた時期でもありました。そして、ゲーム自体が大型化の時期に向かっていた時でもあります。
 
こうしたテーブルゲームより、よりダイナミックに動く筐体が徐々に出てくるわけで、平面の世界から立体の世界へ向かうはしりであったとも言えるのかも知れません。
 
また、この時期、画期的な家庭用ゲーム機が発売されました。任天堂のファミリーコンピュータ、通称ファミコンです。
スカイキッドが発売される二年前に発売されていますから、この時期のファミコンは業務用ゲームの天敵であった事がうかがい知れます。
それまでゲームセンターにいかなくては遊べないゲームが家庭用として次々移植された時期でもありました。
 
ナムコも例に漏れる事無く、この年より、本格的に参入する事になったのです。
 
 
ちなみに、スカイキッドもファミコンに移植されました。それはこの業務用が発売されて、なんと一年後1986年の事であったのです。



 というわけで、逃げられなくなったので、話をば。無いわけではなく、よく知らない内容なのでどう話せば良いのかを悩んでいる次第なのです。
 
というのは、爆弾のお話。先ごろ日本も支持を表明したクラスター爆弾の事です。
 
クラスター爆弾は、親爆弾の中に、無数の子爆弾を仕込みまして、投下後にそれが胞子を飛び散らせるように子爆弾を撒き散らして広範囲に目標を破壊する兵器です。この規制に動き出した原因というのが、仇名のように言われている「空中地雷」。つまりは不発弾の問題なのです。
 
世界の紛争地域で問題になっている地雷。それは人を殺すのが目的ではなく、むしろ負傷させ、そこに人員を裂かせる目的の兵器でもあるわけです。安価で製造でき、しかも除去するにはその何万倍もの高額な費用がかかる事、それ以上に敷設した場所が特定できないために、結果的にそこの場所に住む民間人に多大な被害が出ているわけです。
 
同じ事が、クラスター爆弾も同じ様に子爆弾の不発弾が地雷のようになってしまう事が問題となっているわけです。
 
日本もクラスター爆弾を所持しているのですが、当初はより改良され不発弾の割り害が低くなったものは除外するべきだと言う立場をとっていました。それはアメリカに対しての発言であったわけですが、問題は、割合が低くなったというだけで、完全に0ではないという事です。
 
日本にも、未だに不発弾があり、その処理には大変な労力が必要なわけです。それでも、60年前の代物。もしかすれば、いまだ沢山の不発弾が足元に埋もれているのかもしれません。
しかし、60年の間に日本は経済成長の名の下に、区画整理や宅地開発を進めてきた日本では、おおよそむき出しの不発弾を見つけるのは、まずありえないのでしょう。
 
ですが、そうした状況が世界には数多くあるわけです。
 
人は作物を育てたり、酪農をしながら食物を得ていく必要があるわけです。それには広大な土地が必要であるのは言うまでもありません。しかし、その必要な土地が、地雷やら不発弾にまみれているわけです。
日本のある企業では、爆発物の撤去からその後の作業まで使うことのできる重機の開発を今もしているそうで、それが活躍しているわけです。
 
大変に有意義な活動であるのと同時に、そうした重機が必要のないように、地雷となるようなものを作らないようにするのは必要な事であるのは当然なのだと思うのです。
少なくとも、そうした兵器は想像だけで終わらせるのみに留めるだけの自制心も必要であるとも思います。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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