先日、バスの事故で、高速道路を走っていたバスに、反対側から飛んできたトラックのタイヤにぶつかったというものがありました。最初の一報では、運転手は死亡とだけ言われていましたが、その夜、その運転手の方は、タイヤが飛び込んできた際に全身強打をしながらも、バスを端に寄せつつブレーキを踏み、サイドブレーキも引き上げて停まったとの事でした。
しかもその運転手さんは、サイドブレーキをしっかり握ったまま、命を落されていたとの事です。
これほどの職業意識の高い、まさにプロを見習い、もしもの時には同じ様な事が出来るのだろうかと思ってしまうのです。
さて、今回は1969年に公開されました「空飛ぶゆうれい船」です。
隼人と父は会長夫妻を、空き家で解放する。その屋敷で隼人は夫人が見たという骸骨を見る。しかも、その骸骨は明らかに黒潮会長を敵対する言葉を残し、隼人たちの目の前で空中に消えていった。
後日、隼人の住む町にゆうれい船の使いだとするロボット・ゴーレムが出現。町を破壊する。応戦する防衛隊であったが、ゴーレムの破壊力になす術もなく倒されていく。その中、隼人はビルの破片が当たり重傷を負った父と共に、自宅へ戻る。しかし、その自宅はすでにゴーレムに破壊され、母親も既に亡くなっていた。
病院に担ぎ込まれた父であったが、母の後を追うように息を引き取る。その今際の際に、実は隼人が実の息子ではない事を告白する。
一方、無敵と思われたゴーレムは、自身が使いであると言ったゆうれい船と対峙していた。圧倒的な力でゴーレムを破壊するゆうれい船。その模様をテレビで見ていた隼人は、疑問を感じた。だが、ゆうれい船がゴーレムを破壊した事に喜び、それを席を外し隣の部屋へと向かった黒潮会長に報告しにいくも、その部屋に黒潮会長の姿はおらず、ただ一つのイスがあるだけであった。
興奮気味の隼人がそのイスに座り、肘掛を叩くと、イスは床下に吸い込まれ、通路まで降りていく。そこにあったのは別のイス。そのイスに座り、再び肘掛を叩くと通路を進む隼人の目の前に地価兵器工場が現れ、そこにあの破壊さえたゴーレムが帰還したのだった。
そしてイスが辿り着いた先で隼人は重大な秘密を見ることになる。
久しぶりに見た作品です。実はNHKで放送した「とことん!石ノ森章太郎」で放送してくれたのです。
この作品の面白いと思うのは、隼人でもゆうれい船でもなく、敵ボスであるゴアそのものであったりするのです。ゴアの正体は最後の最後までわかりません。本当に色々想像できる状況が、映画の中にあるのです。その正体不明な敵に隼人はどのように戦いを挑んでいくのか。
当時の映画ですので、大変説明口調が激しいのですが、それでも話のつながりがスムーズではない点が幾つか見えます。まとめるには尺の問題があるのはいつの映画でも同じ事なんでしょう。
この映画を見た人が恐らく印象に残ると思われるのが、ボアジュースのコマーシャルソングではないでしょうか。
♪ごっくりごっくりこんと、ボアジュース♪という歌にあわせて、西部劇に出てくるようなバーの中で相対して二人のガンマンが次々とボアジュースを飲んでいくのですが、最後の一本を奪い合い、銃で互いを撃ってしまって。結局、天国にまで昇りながら、その一本を分け合うというブラックユーモアなものです。それだけおいしいと言う事を表現したCMであるという事なのでしょうが、作品内のテレビCMでありながら、実際にあったら飲んで見たいと思わせるできであったわけです。
実際に飲んでしまったら、ボア中毒で死んでしまうんですけどね。
今では恐らく作風として作ることが難しい映画ではないかと思います。それゆえに、こうした作品が新たに作られないものかと期待をしてしまうわけなんですけどね。
驚きと共に、本当に残念な事だろうと、思ってしまいます。しかし、恐らくは薄れ行く意識の中で職務を全うしたという事に、尊敬するだけです。
自動車だけではなく、人はいざという時のために色々準備しておく必要があるわけです。例えば事故、例えば災害。この世の中で安全な場所を探したとしても、予想もしない状況に見舞われる事などあるわけです。
これは確かに運という言葉で片付けられる話なのかもしれません。どれだけ心配しようとも、防ぎきれない事なのかもしれません。ただ、人はそうした事が起こらないように出来る限りの注意を促し、そして払う事が出来るわけです。
ただし、あまりびくついていても仕方がありません。それでは動きが取れなくなってしまいます。
結果的にはある程度の覚悟というのは必要になってくる事なのでしょう。ただ、それを日々持ち続ける事の困難は確かにあるような気がします。
これから車などで遠出をする機会も多くなってくる時期になりました。
せめて自分が加害者にならないように、気をつけて行きたいものですね。お互いがそう気をつけていれば、不注意による被害は減らせるものと信じております。
そんなこんなで本日はここまで。
しかもその運転手さんは、サイドブレーキをしっかり握ったまま、命を落されていたとの事です。
これほどの職業意識の高い、まさにプロを見習い、もしもの時には同じ様な事が出来るのだろうかと思ってしまうのです。
さて、今回は1969年に公開されました「空飛ぶゆうれい船」です。

隼人と父は会長夫妻を、空き家で解放する。その屋敷で隼人は夫人が見たという骸骨を見る。しかも、その骸骨は明らかに黒潮会長を敵対する言葉を残し、隼人たちの目の前で空中に消えていった。
後日、隼人の住む町にゆうれい船の使いだとするロボット・ゴーレムが出現。町を破壊する。応戦する防衛隊であったが、ゴーレムの破壊力になす術もなく倒されていく。その中、隼人はビルの破片が当たり重傷を負った父と共に、自宅へ戻る。しかし、その自宅はすでにゴーレムに破壊され、母親も既に亡くなっていた。
病院に担ぎ込まれた父であったが、母の後を追うように息を引き取る。その今際の際に、実は隼人が実の息子ではない事を告白する。
一方、無敵と思われたゴーレムは、自身が使いであると言ったゆうれい船と対峙していた。圧倒的な力でゴーレムを破壊するゆうれい船。その模様をテレビで見ていた隼人は、疑問を感じた。だが、ゆうれい船がゴーレムを破壊した事に喜び、それを席を外し隣の部屋へと向かった黒潮会長に報告しにいくも、その部屋に黒潮会長の姿はおらず、ただ一つのイスがあるだけであった。
興奮気味の隼人がそのイスに座り、肘掛を叩くと、イスは床下に吸い込まれ、通路まで降りていく。そこにあったのは別のイス。そのイスに座り、再び肘掛を叩くと通路を進む隼人の目の前に地価兵器工場が現れ、そこにあの破壊さえたゴーレムが帰還したのだった。
そしてイスが辿り着いた先で隼人は重大な秘密を見ることになる。
久しぶりに見た作品です。実はNHKで放送した「とことん!石ノ森章太郎」で放送してくれたのです。
この作品の面白いと思うのは、隼人でもゆうれい船でもなく、敵ボスであるゴアそのものであったりするのです。ゴアの正体は最後の最後までわかりません。本当に色々想像できる状況が、映画の中にあるのです。その正体不明な敵に隼人はどのように戦いを挑んでいくのか。
当時の映画ですので、大変説明口調が激しいのですが、それでも話のつながりがスムーズではない点が幾つか見えます。まとめるには尺の問題があるのはいつの映画でも同じ事なんでしょう。
この映画を見た人が恐らく印象に残ると思われるのが、ボアジュースのコマーシャルソングではないでしょうか。
♪ごっくりごっくりこんと、ボアジュース♪という歌にあわせて、西部劇に出てくるようなバーの中で相対して二人のガンマンが次々とボアジュースを飲んでいくのですが、最後の一本を奪い合い、銃で互いを撃ってしまって。結局、天国にまで昇りながら、その一本を分け合うというブラックユーモアなものです。それだけおいしいと言う事を表現したCMであるという事なのでしょうが、作品内のテレビCMでありながら、実際にあったら飲んで見たいと思わせるできであったわけです。
実際に飲んでしまったら、ボア中毒で死んでしまうんですけどね。
今では恐らく作風として作ることが難しい映画ではないかと思います。それゆえに、こうした作品が新たに作られないものかと期待をしてしまうわけなんですけどね。
驚きと共に、本当に残念な事だろうと、思ってしまいます。しかし、恐らくは薄れ行く意識の中で職務を全うしたという事に、尊敬するだけです。
自動車だけではなく、人はいざという時のために色々準備しておく必要があるわけです。例えば事故、例えば災害。この世の中で安全な場所を探したとしても、予想もしない状況に見舞われる事などあるわけです。
これは確かに運という言葉で片付けられる話なのかもしれません。どれだけ心配しようとも、防ぎきれない事なのかもしれません。ただ、人はそうした事が起こらないように出来る限りの注意を促し、そして払う事が出来るわけです。
ただし、あまりびくついていても仕方がありません。それでは動きが取れなくなってしまいます。
結果的にはある程度の覚悟というのは必要になってくる事なのでしょう。ただ、それを日々持ち続ける事の困難は確かにあるような気がします。
これから車などで遠出をする機会も多くなってくる時期になりました。
せめて自分が加害者にならないように、気をつけて行きたいものですね。お互いがそう気をつけていれば、不注意による被害は減らせるものと信じております。
そんなこんなで本日はここまで。


