昔より、どんどんと複雑になっていく世の中…このフレーズ、かなり昔から使われていたように思えるのですけど、最近は頓にそう思うようになってきました。
…が、振り返れば、本当に世の中が複雑になっているのか…ちょっと疑問です。
さて、今回は2006年に配信が開始されました「ワルキューレの冒険 -時の鍵伝説-」です。
非常に懐かしいし、大好きなゲームであったので、即効でダウンロード。まず、気になったのが、コンティニューはどうなっているのか!という話。実は、この索引、最初にでたファミコン版の時にはコンティニューが英数文字の入力だったのです。当然、自動で記録してくれるという時代でもありませんでしたし。
でも、そのおかげで、ちょっとしたウラワザが使えたりしたのです。今回はそれが出来なくてちょっと残念。
また、ケータイ用のノーマルモード。昔懐かしいオリジナルモードの二つで遊べるのが嬉しいですね。音楽も、オリジナルとケータイ用の二つが自由に選べますし。
でも、一番変わったのは、やはりワルキューレをはじめとするキャラクターの容姿。こんなに小さな画面なのに、ファミコン版より数十倍かわいい。これは遣り甲斐がありますねぇ。
始めたばかりなので何が違って、何が同じなのかわかりません。でも、それはそれ。やっていく内にわかる事でしょう。
いずれにしても、こうした懐かし新しゲームがイッパイでている中で、思い入れのあるゲームが出てくれるのは本当にうれしいものです。
一応、ワルキューレシリーズとしては冒険、伝説、そして栄光があるそうですが、徐々に制覇していきたいものです。
(これを書いた後でわかったのですが、ソフトバンク関係には冒険はなさそうです。いつかリリースしてほしいものですねぇ)
昨今の年金問題にしても、今度の高度老人保険制度にしても、そこまで難しく考える必要があるのかと思ってしまいます。こうした難しく考える要因はすべて、政界・財界の方々の小難しい言い回しに原因があるように思えてなりません。
こうした文章を記載するのは、確かに言葉が好きでだからのですが、さりとて難しい言葉を使う事が良い事であるとは思っておりません。むしろ、本当に自分が理解している言葉をつむいでいく方が人には伝わりやすいものです。
ニュースでも良く使われる言葉になったコンプライアンス。日本はカタカナ文化は存在しますが、決して英語圏で暮らしているわけではなく、独自の文字文化があるわけです。つまり、コンプライアンスではなく法令順守とすれば、よりイメージしやすい言葉になるのではないのでしょうか。
言葉や文字というのは、相手に自分の意向を伝えるものです。
こうした言葉を好んで使う人に限って、若者文化がわかりづらいと文句を言います。ですが、決して今の年寄り文化がわかりやすいかといえば、そうではないのです。そして、その方々が若かりし頃には同じ様な事が言われていたはずなのです。
なにより、そうした時代を自分たちが進んでいながら、より難しく考えより難しく実行しようとするのは、おかしな話ではありませんか。
暫定税率にしてもそうです。暫定…とりあえずのという意味のものが既に何十年。そして更に何十年と続けて行きたいとしている。とりあえずのものにそれだけ依存しているから、税金の使い方における是正が出来ないと考えられないのでしょうか。
道路財源として徴収したものを他のものに使用しておきながら、法律的には問題がない。おかしな話です。実に単純ではない。
こうした言葉を単純明確にしないままで、どうしてそれを施行する際に単純に出来るのでしょうか。
今まで上記で使ってきた単純というのは、決して中身のないものではなく、中身を吟味し精査し、その上で明確にするものであると言う事です。つまり、無用に難しいものというのは、その実、中身が存在しないという事でもあるというわけなのです。
見直すべきは見直し、存続するべきは存続させ、新設するべきは新設し、廃止するべきは廃止する。
その理由が明確であればあるほど、説得力も増し、結果、自己の利益になるとは思わないのでしょうか。
目先の状況に振り回されるようでは、望むべくもないのでしょうが、その狼狽が最もわかりやすいというのも皮肉であると言えばそうなのかもしれません。
そんなこんなで本日はここまで。
…が、振り返れば、本当に世の中が複雑になっているのか…ちょっと疑問です。
さて、今回は2006年に配信が開始されました「ワルキューレの冒険 -時の鍵伝説-」です。

非常に懐かしいし、大好きなゲームであったので、即効でダウンロード。まず、気になったのが、コンティニューはどうなっているのか!という話。実は、この索引、最初にでたファミコン版の時にはコンティニューが英数文字の入力だったのです。当然、自動で記録してくれるという時代でもありませんでしたし。
でも、そのおかげで、ちょっとしたウラワザが使えたりしたのです。今回はそれが出来なくてちょっと残念。
また、ケータイ用のノーマルモード。昔懐かしいオリジナルモードの二つで遊べるのが嬉しいですね。音楽も、オリジナルとケータイ用の二つが自由に選べますし。
でも、一番変わったのは、やはりワルキューレをはじめとするキャラクターの容姿。こんなに小さな画面なのに、ファミコン版より数十倍かわいい。これは遣り甲斐がありますねぇ。
始めたばかりなので何が違って、何が同じなのかわかりません。でも、それはそれ。やっていく内にわかる事でしょう。
いずれにしても、こうした懐かし新しゲームがイッパイでている中で、思い入れのあるゲームが出てくれるのは本当にうれしいものです。
一応、ワルキューレシリーズとしては冒険、伝説、そして栄光があるそうですが、徐々に制覇していきたいものです。
(これを書いた後でわかったのですが、ソフトバンク関係には冒険はなさそうです。いつかリリースしてほしいものですねぇ)
昨今の年金問題にしても、今度の高度老人保険制度にしても、そこまで難しく考える必要があるのかと思ってしまいます。こうした難しく考える要因はすべて、政界・財界の方々の小難しい言い回しに原因があるように思えてなりません。
こうした文章を記載するのは、確かに言葉が好きでだからのですが、さりとて難しい言葉を使う事が良い事であるとは思っておりません。むしろ、本当に自分が理解している言葉をつむいでいく方が人には伝わりやすいものです。
ニュースでも良く使われる言葉になったコンプライアンス。日本はカタカナ文化は存在しますが、決して英語圏で暮らしているわけではなく、独自の文字文化があるわけです。つまり、コンプライアンスではなく法令順守とすれば、よりイメージしやすい言葉になるのではないのでしょうか。
言葉や文字というのは、相手に自分の意向を伝えるものです。
こうした言葉を好んで使う人に限って、若者文化がわかりづらいと文句を言います。ですが、決して今の年寄り文化がわかりやすいかといえば、そうではないのです。そして、その方々が若かりし頃には同じ様な事が言われていたはずなのです。
なにより、そうした時代を自分たちが進んでいながら、より難しく考えより難しく実行しようとするのは、おかしな話ではありませんか。
暫定税率にしてもそうです。暫定…とりあえずのという意味のものが既に何十年。そして更に何十年と続けて行きたいとしている。とりあえずのものにそれだけ依存しているから、税金の使い方における是正が出来ないと考えられないのでしょうか。
道路財源として徴収したものを他のものに使用しておきながら、法律的には問題がない。おかしな話です。実に単純ではない。
こうした言葉を単純明確にしないままで、どうしてそれを施行する際に単純に出来るのでしょうか。
今まで上記で使ってきた単純というのは、決して中身のないものではなく、中身を吟味し精査し、その上で明確にするものであると言う事です。つまり、無用に難しいものというのは、その実、中身が存在しないという事でもあるというわけなのです。
見直すべきは見直し、存続するべきは存続させ、新設するべきは新設し、廃止するべきは廃止する。
その理由が明確であればあるほど、説得力も増し、結果、自己の利益になるとは思わないのでしょうか。
目先の状況に振り回されるようでは、望むべくもないのでしょうが、その狼狽が最もわかりやすいというのも皮肉であると言えばそうなのかもしれません。
そんなこんなで本日はここまで。


