昨年における漢字一文字が示す虚偽は、恐らく、その企業が恐怖に立ち向かわなかった結果であると思うわけです。それは企業成績の不振における恐怖…しかし、それを見せないための虚偽は結局、信用の不振になったわけです。
本当に立ち向かわなければいけなかったのは、経営者が持っていた自分自身への弱さであったのではないのでしょうか。
さて、今回は1983~1984年に放送されました「宇宙刑事シャリバン」です。
ギャバンによってマクーの脅威がさり、そして、月日が流れ、伊賀 電はコードネーム「シャリバン」として地球に帰ってきた。それは、新たなる戦いの幕開けとなった。
謎のエスパー軍団・宇宙犯罪結社マドーが地球を狙っていると言う情報が銀河連邦警察に入ってきたのだ。その担当としてシャリバンが選出されたというわけである。
そんな戦いの中、シャリバンは自分の秘密を知る事になる。それは、シャリバン自身がイガ星の出身であり、そのイガ星もマドーによって滅ぼされたと言う事であった。
そして、シャリバンはマドーの壊滅とイガ星の復興を誓うようになった。
宇宙刑事シリーズの第二弾として登場した本作品は、その前作より登場の気配を散らばらせるように演出をしていたのが印象に残ります。それまでの負傷者はバード星に送りませんでしたし。しかし、伊賀君だけは特別待遇であったのが、不思議であったわけですが、なるほどというのは、ギャバンの最終話近くにはたと手を打ったものです。
この作品で印象に残っているのは、OPの夜の風景、コンバットスーツの赤、そして赤射の難しさです。
ギャバンもそうですが、コンバットスーツを召喚の際、その一連の動きは残像処理されるわけです。その動きを画面で毎週見ているわけですが…結構難しい。右腕が、左、いや体の動きがこうで、などとやってみるものの、まるであや取りが絡まるように出来ないのです。その当時、それは大変悔しいものでした。何故なら、特撮の変身から決めポーズまで、おおよそ理解できている時代に、それがわからないものがある。それが悔しくてならなかったのです。
未だに、シャリバンの赤射を見るたびに目を皿のようにしてみる癖がついているのです。
物語としては、実はシャリバン役の渡洋史氏が後にメタルヒーローとして主役を張る、スピルバンの印象が強く、よく覚えていないというのが本当の所です。しかし、最後のギャバンとの共闘は先輩後輩のダブルヒーローが出てきた=仮面ライダーの最終回と被り、燃えた記憶があります。
同じ時間軸で活躍しているヒーローなのですから、共闘して欲しいというのは、やはり燃えるシチュエーションなのですよね。また前作であるギャバンからの良い意味でのマンネリズムも、このシリーズでは大切な要素の一つであったと思うわけです。
偽装というものは、その昔からよく特撮において使われた、悪の組織が世の中を混乱させる手法でした。その大半は、資金の獲得もしくは組織への介入であるわけですが、現実問題においては、見栄から来るものがほとんどのようです。
そうした見栄が結局、自滅への道へと向かうわけですが、それも時と場合に寄りけりなのかもしれません。食品に限っての事かもしれませんが、老舗であればあるほど、その偽装に対する存在が消えることを惜しむようです。その証拠に、老舗料亭がそのトップを変える事なく開催した時も、それを待ってましたとばかりに客が殺到したわけです。
ここが少し思考の足りない所ではないのかと思うわけです。
一体、それまでにどのような発言があったのか。またどのような態度・対応をしてきたのかをしっかり見ていたのでしょうか。見ていれば、決してトップの変わらない状況である状況をそのまま迎える事はしないと思うのですが…。
何にせよ、こうした風潮は企業の体質と共に是正するべき事ではないのかと思うわけです。
そんなこんなで本日はここまで。
本当に立ち向かわなければいけなかったのは、経営者が持っていた自分自身への弱さであったのではないのでしょうか。
さて、今回は1983~1984年に放送されました「宇宙刑事シャリバン」です。

ギャバンによってマクーの脅威がさり、そして、月日が流れ、伊賀 電はコードネーム「シャリバン」として地球に帰ってきた。それは、新たなる戦いの幕開けとなった。
謎のエスパー軍団・宇宙犯罪結社マドーが地球を狙っていると言う情報が銀河連邦警察に入ってきたのだ。その担当としてシャリバンが選出されたというわけである。
そんな戦いの中、シャリバンは自分の秘密を知る事になる。それは、シャリバン自身がイガ星の出身であり、そのイガ星もマドーによって滅ぼされたと言う事であった。
そして、シャリバンはマドーの壊滅とイガ星の復興を誓うようになった。
宇宙刑事シリーズの第二弾として登場した本作品は、その前作より登場の気配を散らばらせるように演出をしていたのが印象に残ります。それまでの負傷者はバード星に送りませんでしたし。しかし、伊賀君だけは特別待遇であったのが、不思議であったわけですが、なるほどというのは、ギャバンの最終話近くにはたと手を打ったものです。
この作品で印象に残っているのは、OPの夜の風景、コンバットスーツの赤、そして赤射の難しさです。
ギャバンもそうですが、コンバットスーツを召喚の際、その一連の動きは残像処理されるわけです。その動きを画面で毎週見ているわけですが…結構難しい。右腕が、左、いや体の動きがこうで、などとやってみるものの、まるであや取りが絡まるように出来ないのです。その当時、それは大変悔しいものでした。何故なら、特撮の変身から決めポーズまで、おおよそ理解できている時代に、それがわからないものがある。それが悔しくてならなかったのです。
未だに、シャリバンの赤射を見るたびに目を皿のようにしてみる癖がついているのです。
物語としては、実はシャリバン役の渡洋史氏が後にメタルヒーローとして主役を張る、スピルバンの印象が強く、よく覚えていないというのが本当の所です。しかし、最後のギャバンとの共闘は先輩後輩のダブルヒーローが出てきた=仮面ライダーの最終回と被り、燃えた記憶があります。
同じ時間軸で活躍しているヒーローなのですから、共闘して欲しいというのは、やはり燃えるシチュエーションなのですよね。また前作であるギャバンからの良い意味でのマンネリズムも、このシリーズでは大切な要素の一つであったと思うわけです。
偽装というものは、その昔からよく特撮において使われた、悪の組織が世の中を混乱させる手法でした。その大半は、資金の獲得もしくは組織への介入であるわけですが、現実問題においては、見栄から来るものがほとんどのようです。
そうした見栄が結局、自滅への道へと向かうわけですが、それも時と場合に寄りけりなのかもしれません。食品に限っての事かもしれませんが、老舗であればあるほど、その偽装に対する存在が消えることを惜しむようです。その証拠に、老舗料亭がそのトップを変える事なく開催した時も、それを待ってましたとばかりに客が殺到したわけです。
ここが少し思考の足りない所ではないのかと思うわけです。
一体、それまでにどのような発言があったのか。またどのような態度・対応をしてきたのかをしっかり見ていたのでしょうか。見ていれば、決してトップの変わらない状況である状況をそのまま迎える事はしないと思うのですが…。
何にせよ、こうした風潮は企業の体質と共に是正するべき事ではないのかと思うわけです。
そんなこんなで本日はここまで。


