こちらも時事ネタで総理総裁選の話…ではなく、その影響で環境問題の話が出来なくなったというお話を。

京都議定書に始まる地球規模の環境問題。詳しくは、記載しませんが、その動きは緩やかな放物線を描くように加速してきています。あの、アメリカに中国もようやく足並みを揃えてきた…そんな矢先に日本の首相が辞意を表明。何を考えているのかと非難轟々の中、当の本人は入院いたしました。

ソレはともかく…ではなく、これは一大事な話。例えば今後行われる洞爺湖サミット。その前不利とも言える会合が行われるも、それに日本が出席できる可能性などなくなってしまったわけで、これで日本は京都議定書の件がありながらも、そのアドバンテージを失くす可能性が出てきたと言えるわけです。

さて、失くす、と言うのが言いすぎなのでか、そうでないのか。それは今後の行方を見れば判る事ですが、それよりも、アドバンテージをなくした場合、日本にとって何が不利になるのか、そこら辺を話してくれるジャーナリストや専門家が皆無というのはこれ如何に。


 さて、今回は1980年に放送されました「宇宙戦士バルディオス」です。

 S-1星。長く戦乱の中にあったその星は、もはや人の住めない星になってしまう。しかしそれでも、惑星再生をするために軍部への戦争締結を働きかけ、尚且つ、環境改善システムの開発をしていたレイガン博士は、惑星移住を強行した軍部の凶弾によって倒れてしまう。そして同時に、惑星移住と共に、全宇宙の掌握を目指していた軍部の最高権力者ガットラーは、ついに航海の旅路へと出発する。

父であるレイガン博士を殺されたマリンは、遺品ともいえるパルサバーンに乗り込み、軍部より逃亡をする。

亜空間ワープを使い、逃亡したその先にあったのが、太陽系第三惑星地球であった。その青い星を目にしたマリンは、必ずガットラーが狙ってくるであろうと思い、地球へその危機を知らせに行く。

しかし、彼に待っていたのはスパイ疑惑であった。

投獄された彼を待っていたのは、全てを取り上げられ、監視の目にさらされる辛い日々であった。それよりも、この青い美しい星がガットラーの手によって破壊され、奪われる事を恐れたマリンは、叫び続けた。信じてほしいと。


 その彼の言葉が真実となるのに、それほど時間がかかることはなかった。ついに、世界連盟軍の防衛組織ブルー・フィクサーが動き出す。しかし、その戦力差は圧倒的なものであった。

そこで、エラ・クィンシュタイン博士はマリンの乗って来たパルサバーン。ブルー・フィクサーに実践配備されていた、ジャック・オリバーの乗るバルディ・プライズ、北斗雷太の乗るキャタレンジャーを改造し、合体できるようにした。その合体した姿がバルディオスである。

バルディオスにはそれまで地球にはなく、またS-1星軍の科学技術である亜空間ワープが使える。これによって後手に回っていた戦闘を回復できるようになると思われていた、が、それほど順調に物事は運ばなかった。

度重なる戦いは確実に地球を破壊していく。その事に心を痛めるマリン。そしてその戦いもついに終わりを迎える…その驚愕な真実と共に。


 今、リメイクすると大変面白い作品になるのではないのかと思う作品の一つが、宇宙戦士バルディオスです。

テレビ版では視聴率の関係上、打ち切りになりましたが、その補完は劇場版でなされました。それでも、一応の完結を見れたのはいいことなのですが、やはり尻切れ的な印象派拭えません。今でなら26話で立派に完結できるリメイク作品として作れるし、何より、その内容的にメッセージ色の濃いものが出来そうで面白いのですけど。

 この作品のテーマは、愛・自然・後悔・涙ではないかと思います。

人と人との確執。相互理解の難しさ。裏切り、妬み、嫉みといった負の感情が表に出てくると思いきや、それを覆い隠すような、友情、愛情、信頼。そして別れという本当に思い返しても重いストーリー展開であったと思います。

何より、結果的に人は救いがない生き物なのかと思わせたのが劇場版の最後。ストーリーの流れから恐らくそうであろうと判っていた事ですが、それを覆さなかった演出に唖然としたものです。これは決して悪い事ではなく、やはりやってはいけない事だという意味からも下手な救いの手を差し伸べなかった英断とも言える演出ではないのでしょうか。


 一見すればスーパーロボット、しかし、中身はリアルロボット並であった作品とも言えるような気がします。


 どうやら…という推測ですが、アメリカさんは宇宙に逃げようとしたい気持ちでいっぱいの様子。あわよくば、月と火星の資源を自分の物に出来れば万々歳といった所でしょうか。これは中国も一緒なのでしょうが、一日の長と言う事で、アメリカさんには早々追いつけるものではありません。

さて、日本はどうかと言えば、実は恐らく作れるだけの技量はあるのでしょうが、それを飛ばす場所に乏しいのが現実。それも言い換えれば、その今の位置から飛ばせればとんでもないロケット製造の技術が手に入れられるということです。


 …はい、未来の話はここまで。現実に戻りましょうか。今の世の中、昔の環境と比べれば衛生面で格段に進歩したようですが、それによる弊害も出てきたようで、それがアレルギーにたいする抵抗力と言う形で蝕み始めているのかもしれません。同じように、地球上も区画整理という名の元に開発を進めて言った結果、どうやら体調を崩されたご様子。

その証拠に日本から四季がなくなり始めており、場合によっては熱帯地方特有の気候まで出てきそうな気配。

こうなりますと、マラリアにコレラなんていう教科書でも見られなくなったような伝染病がはやる可能性もありまして、抵抗力の低下している場合はポックリと逝ってしまうかもしれません。

さて、これは脅かしずぎだと思いますか?

今までの歴史では、現実になっていない事を「気にしすぎ」「考えすぎ」と嘲笑してきました。また、「なってから考えればいい」「起こってからでも遅くはない」そんな意見も聞かれました。

では質問です。地球上の緑が何らかの要因で一気に、酸素を吐き出しました。通常の数百倍の酸素です。これで地球温暖化は解決になったのでしょうか?

温室効果ガスの一つである二酸化炭素。それを光合成して酸素に変えてくれるのが植物です。となれば、それは温暖化防止にもなるし何より酸素は動物にとっても必要なものであるから大丈夫じゃない…残念ながら間違いです。

推測の域を出ませんが、地球上の酸素が急激に上昇した場合、人間は即効で中毒になる危険があります。場合によっては死に至る危険性もあるのでしょう。簡単に言えば、行き過ぎは毒と言う事です。何より、そんな植物の行動は異常事態の何物でもありません。ですが、それを打開する手は何一つ持っていないのが現状です。

だからと言って、その打開策として木を打ち倒し、燃やし、全てを失くすとした場合。それは人間…いえ、全ての滅亡を意味します。未来などなくなってしまうのです。


 過去があり、現在があり、未来がある。では、この中で重要なのはどこなのでしょう。経験として蓄えられた過去?それとも、これからの希望とする未来?いいえ、現代です。どれだけ知識があろうとも、それを揮えなければ無駄なものです。今がしっかりしていなければ未来へ進むことなど出来るはずがありません。

環境問題は決して蚊帳の外で良い問題ではありません。常に身近な問題としてあるべき事柄であるのです。


というわけで最初の京都議定書に関係する話で締めるとするのならば、議員の方々には身近な危機である事をより深く理解し、だからこそ、さっさと自分の票の獲得数だけ数えるのは辞めにして、しっかりとした政策を打ち出し、かつ実行してもらいたいものです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。


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