さて、今回は1988~1990年に発売されました「冥王計画ゼオライマー」です。



 鉄甲龍
 
 ハウドラゴンの異名を持つ世界を掌握せんとするこの巨大な結社は、八卦衆と呼ばれる巨大ロボット軍団を造り上げた
 …が、その内の一体はある人物によって盗み出され、密かに日本に隠されていた
 
 その名は天のゼオライマー
 
 ゼオライマーが自分の操縦者と認める人物はたった二人だけの男女である
 
 秋津マサト
 氷室美久
 
 だが、ゼオライマーにはある恐るべきプロジェクトがプログラムされていた
 それは、自らを冥府の王とせんとする冥王計画であった。
 
 
 
 元々はレモンピープルという成年向け雑誌に連載されていたアダルトマンガでありました。が、このレモンピープル。今でこそ、ロリータ系マンガ雑誌の先駆けなどと言われておりますが、その実態は、意外にもそうではありません。
今回、レビューしている、ゼオライマーはOVA版で、原作マンガの設定だけを利用したもの。つまりは18禁設定は極力排除したものであります。
しかし当の原作であるマンガ版は、現在、月刊COMICリュウで連載している冥王計画ゼオライマーΩ…幻のサンライズ版とも言われる企画のマンガ版にも流用されている階級別ロボットの設定があったり、またスーパーロボット物のように、世界征服を狙った組織があったりと、男女がいて単にセックスをして終わりという最近の18禁物とは一線を画していた雑誌であったわけです。
 
言いかえれば、それだけを流用しただけでも、これほどの作品が作れるという指針を作ったとも言えるわけです。
 
そうした意味ではテレビ版ではないのだから、もう少しエロスを加えても問題がなかったのではないのか、と考えられない訳ではありません。
実際の世の中において、エロス(性)とタナトス(死)は表裏一体のものですし、私達もそれを避けては生を語れないわけです。何より、その生に関して、道徳や理念はあっても、正解はないというのは、歴史からみても当然の話なのですし、それを物語の根底に組みこむことによってリアリティがよりリアルに近づいていく。そこに、トンデモない設定があったとしても、世界観としてまとまりを見せてくるのではないのか。そう思えるのです。
 
 
一人の科学者によって強大な力を持とうとした物語。それは今の世の中に通じるものがあるのではないのでしょうか。
それが誰であるのか、とかは愚問なのでしょう。何故なら、その方の世界の大きさにもよるものだからです。
 
企業かもしれません、町内かもしれません、国であるのかもしれません、内輪であるのかもしれません。
 
ただ、そうした行動に伴う責任がなければ、このゼオライマーの物語のように、結局待っているのは破滅であるのは間違い無いわけです。
人が人として人に出来ること。その根底にあるのは情ではないのか。
 
であるのならば、それは昔から言われていた道徳に通じる話。進歩したと言われる世の中でも、その根底は変わらないのではないのかと思うわけです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「カット」と言う事で一つ。
 
ディレクターズカット。映画ではよく聞こえるコレですが、最近…と言いますか、今期の作品において、ここまでディレクターズカットを行って地上波放送する必要があるのか?と疑問を持つ作品が出てきました。
 
正直、個人的な意見としては、別にOVAでよろしいのでは?と思ってしまうわけです。
 
放送時間に対する尺が足りないという状況でカットするのは仕方がない話なのかもしれません。ですが、明らかにそうしたカット…ではなく変更を行う意味を教えてくれ!という作品が、いよいよ出て来たな!と感じてしまうわけです。
 
よく、DVD化される際におまけの映像が入っているものが当たり前になってきているわけですが、これは、DVDだからこそ出来るものであり、正直、良い傾向ではないなぁとは思っておりました。更に言えば、昨今の原作付きアニメであれば、その原作が更に売れることを見越した作品の売り方であれば、それで補完するのもありではないのか。あっちもこっちも、売上を…となると、買う側が追いつくはずがないのです。
 
しかも、最近のそうした映像媒体は、一年も放送しません。サイクルが早くなれば、それだけ番組数も多くなり、さらに投資額も増える。買う側が離脱していくだけなのは目に見えています。更に今の不況です。その速度は更に速くなるのでしょう。
 
これを世間のせいにするのならば、不況のせいにするのならば、それはそれで構いませんが、しかし、アマチュアで行われている…例えば同人誌即売会はその勢いを衰える気配は見せていません。
投資する側の力はそうそう落ちていないのです。
 
すると、記録媒体が優秀になったから。P2Pソフトのように無断でダウンロードが出来るようになったから。
色々と理由を探したくなる事でしょう。
 
 
ですが、一番の理由など、少なくとも原作付きに関しては変わっておりません。それは、原作を本当に読みこんでいるのかい?最後まで面白くするつもりがあるのかい?と言う事です。
 
消費されるなかで、ディレクターズカットなどという小手先の方法で売上をあげようとし、本当の意味での中身で勝負をしないのであれば、先細りはますます加速していくことでしょう。
本当の意味において、中身で勝負出来る作品を見たいものですが、しかし、それよりも売るだけの「商品」。しかも、ちら見せディレクターズカット作品が多くなりそうで、さてはて、という気分になりそうです。
 
 
…だからどうしても、古い作品を見てしまうのだが、それも、ある意味良くない傾向なんだよねぇ…。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

■GOOD JOB!
この記事よいネ!クリック!→