さて、今回は2009~2010年に放送されました「空中ブランコ」です。

空中ブランコのフライヤーである山下公平は、大技を繰り出すも最近は失敗続き。しかも、寝不足がたたり、海外から雇い入れた団員たちともうまくいかない。そんな日が続いていた。
サーカスの世話人から病院に行く様に進められた山下は、とある病院へと向かう。その病院は、伊良部総合病院。その神経科へと向かっていた。
その扉を開けると、甲高い声にぬいぐるみを着た中年の先生が座っている。伊良部一郎。それが彼の担当医であった。
問診もそこそこに、伊良部が看護婦である真由美に注射を要求。その太くて大きな注射によって、山下は睡眠障害がなくなったように見えた。
しかし、大技が何故か成功しない。
そこで、伊良部はビデオを撮る様に勧める。そのビデオに映っていたのは、意外な真実であった。
ハイブリッド・アニメーション。実際に声を当てている役者さんも撮影し、そのスナップを加工し、アニメーションのように見せるという手間のかかる手法で表現されたもので、実に効果的な演出がなされたものだと思うわけです。
ただ、監督がインタビューで言っている様に、決して万人受けをするものではないのだろうとも思うのです。
考えるにその一つの理由としては、実際の役者の顔を使った事による、リアリティとリアルの境界が曖昧になってしまった事。それが単なる顔芸に見えてしまったのではないのかと思うのです。
もう一つは、役者…いえ、こちらの場合は声優さんと言った方が良いのでしょうか。その演技があまりにも素に近しく感じられたからではないのかと思うのです。
声優というのが一つの職業のように認識された昨今では、その声はあくまで何かの理想的なキャラクターの声でなければならない。そんな思いを持っている人が少なからずいるのではないのかとも思えるわけです。
逆にいえば、そうした考えがあるのだと仮定をした場合、それはキャラクターの向こう側にいる声優という実際の人が演技をしているという事実がよりわかる演出であったと受け止める事も出来るわけです。
彼らも舞台を経験するわけですが、そうした際に求められるのは、役者としての演技。それも声だけではなく、指先や視線、体さばきなどを駆使した演技であるわけです。そうした経験が、声の仕事における重要な要因となっている場合、今回のようなハイブリッド・アニメーションという形は、声優…というよりも、彼ら役者の度量を、視聴者に見せる事の出来る一種の舞台であると言えるのだと思うわけなのです。
と言う感じで思うところとしては「医者」と言う事で一つ。
空中ブランコでは精神科医として伊良部一郎が出てきて、その破天荒振りを発揮しておりました。実際に精神科医ってあんな感じなのかといわれれば、別に精神科医ではなくても、破天荒な先生はいらっしゃるわけです。
とある地方病院…仮にO病院としておきましょうか。その整形外科の部長さんは、捻挫などをして外来にかかり、その先生であった日には、叫ぶ事になるのは必至です。
「こっちは痛くないよな…これも大丈夫だよな。んじゃ、これは?」
で、痛い方向や場所を的確に押さえたり、ひん曲げたり。その襲撃に思わず叫び声をあげると満足した様に。
「あぁ、やっぱりなぁ」
…まぁ、的確であると言えばそうなのでしょう。
破天荒という表現をしましたが、その実、意外と思われる行動の根底には、それまでの経験や培ってきた知識があるのだろうと思うのです。ニュースなどでとんでもない行動で患者をさらに困らせる医者もいるわけですが、それは本当に困ったちゃんな医者であって、決して破天荒な医者ではないわけなのです。
どの業界でもそうですが、変人と言われていても、その実しっかりと仕事をする人がいて、その人の業務を見ていると意外に無駄がないというのがわかるはずです。何故変人であるのか。それは、どうしてそれで仕事が出来ているのかと思わせるほどに洗練しているから…かもしれないわけです。
ただし、こうした変人…いや、達人になるためには、それ相応の時間が必要であり、また、経験も必要であるのは間違いありません。医者は特に、患者を多く診ることが必要であり、それだけ時間がかかるのは当然の話しなのでしょう。
今、医師不足である背景には、そうした医者を育てきれない世の中の状況があるように思えてならないわけです。
医者は政治が育てるわけではなく、患者が育てる様なものなのです。最先端な医学であっても、僻地の医療であってもそれは同じ。
医者要らずであれば、それに越した事はありませんが、結局それで済む人がいないのも事実なのでしょう。とすれば、かかりつけのお医者さんを得るためにどうすれば良いのか…と言う事も患者側として考える必要があるのかもしれません。
自分のことを良く知ってくれている、お医者様と薬剤師はいた方が良いのでしょうね。それが若いお医者様であるのならば、話して悩んで怒って笑って。そうして一緒に年をとっていくのも良いのではないのかと思うわけです。
そうした、成長の仕方もあるのではないのでしょうか。
そんなこんなで本日はここまで。

空中ブランコのフライヤーである山下公平は、大技を繰り出すも最近は失敗続き。しかも、寝不足がたたり、海外から雇い入れた団員たちともうまくいかない。そんな日が続いていた。
サーカスの世話人から病院に行く様に進められた山下は、とある病院へと向かう。その病院は、伊良部総合病院。その神経科へと向かっていた。
その扉を開けると、甲高い声にぬいぐるみを着た中年の先生が座っている。伊良部一郎。それが彼の担当医であった。
問診もそこそこに、伊良部が看護婦である真由美に注射を要求。その太くて大きな注射によって、山下は睡眠障害がなくなったように見えた。
しかし、大技が何故か成功しない。
そこで、伊良部はビデオを撮る様に勧める。そのビデオに映っていたのは、意外な真実であった。
ハイブリッド・アニメーション。実際に声を当てている役者さんも撮影し、そのスナップを加工し、アニメーションのように見せるという手間のかかる手法で表現されたもので、実に効果的な演出がなされたものだと思うわけです。
ただ、監督がインタビューで言っている様に、決して万人受けをするものではないのだろうとも思うのです。
考えるにその一つの理由としては、実際の役者の顔を使った事による、リアリティとリアルの境界が曖昧になってしまった事。それが単なる顔芸に見えてしまったのではないのかと思うのです。
もう一つは、役者…いえ、こちらの場合は声優さんと言った方が良いのでしょうか。その演技があまりにも素に近しく感じられたからではないのかと思うのです。
声優というのが一つの職業のように認識された昨今では、その声はあくまで何かの理想的なキャラクターの声でなければならない。そんな思いを持っている人が少なからずいるのではないのかとも思えるわけです。
逆にいえば、そうした考えがあるのだと仮定をした場合、それはキャラクターの向こう側にいる声優という実際の人が演技をしているという事実がよりわかる演出であったと受け止める事も出来るわけです。
彼らも舞台を経験するわけですが、そうした際に求められるのは、役者としての演技。それも声だけではなく、指先や視線、体さばきなどを駆使した演技であるわけです。そうした経験が、声の仕事における重要な要因となっている場合、今回のようなハイブリッド・アニメーションという形は、声優…というよりも、彼ら役者の度量を、視聴者に見せる事の出来る一種の舞台であると言えるのだと思うわけなのです。
と言う感じで思うところとしては「医者」と言う事で一つ。
空中ブランコでは精神科医として伊良部一郎が出てきて、その破天荒振りを発揮しておりました。実際に精神科医ってあんな感じなのかといわれれば、別に精神科医ではなくても、破天荒な先生はいらっしゃるわけです。
とある地方病院…仮にO病院としておきましょうか。その整形外科の部長さんは、捻挫などをして外来にかかり、その先生であった日には、叫ぶ事になるのは必至です。
「こっちは痛くないよな…これも大丈夫だよな。んじゃ、これは?」
で、痛い方向や場所を的確に押さえたり、ひん曲げたり。その襲撃に思わず叫び声をあげると満足した様に。
「あぁ、やっぱりなぁ」
…まぁ、的確であると言えばそうなのでしょう。
破天荒という表現をしましたが、その実、意外と思われる行動の根底には、それまでの経験や培ってきた知識があるのだろうと思うのです。ニュースなどでとんでもない行動で患者をさらに困らせる医者もいるわけですが、それは本当に困ったちゃんな医者であって、決して破天荒な医者ではないわけなのです。
どの業界でもそうですが、変人と言われていても、その実しっかりと仕事をする人がいて、その人の業務を見ていると意外に無駄がないというのがわかるはずです。何故変人であるのか。それは、どうしてそれで仕事が出来ているのかと思わせるほどに洗練しているから…かもしれないわけです。
ただし、こうした変人…いや、達人になるためには、それ相応の時間が必要であり、また、経験も必要であるのは間違いありません。医者は特に、患者を多く診ることが必要であり、それだけ時間がかかるのは当然の話しなのでしょう。
今、医師不足である背景には、そうした医者を育てきれない世の中の状況があるように思えてならないわけです。
医者は政治が育てるわけではなく、患者が育てる様なものなのです。最先端な医学であっても、僻地の医療であってもそれは同じ。
医者要らずであれば、それに越した事はありませんが、結局それで済む人がいないのも事実なのでしょう。とすれば、かかりつけのお医者さんを得るためにどうすれば良いのか…と言う事も患者側として考える必要があるのかもしれません。
自分のことを良く知ってくれている、お医者様と薬剤師はいた方が良いのでしょうね。それが若いお医者様であるのならば、話して悩んで怒って笑って。そうして一緒に年をとっていくのも良いのではないのかと思うわけです。
そうした、成長の仕方もあるのではないのでしょうか。
そんなこんなで本日はここまで。


