さて、今回は2009年に公開されました「みんなの農場、動物広場、水族館β」です。

上記画像はみんなの農場ですが、これは、とあるSNSにて遊ぶ事ができる無料ゲームです。
それぞれやるべき事は単純で、草木や動物、魚の世話をし、収穫を得るというものです。
農場では、草木に水をやり、雑草や虫を除去し、出来るだけ多くの収穫を得る様にする。
動物広場は、牧草を植え、その牧草を食べてしまうウサギを捕まえ、そして出荷をさせる。
水族館は、病気を治したり、水槽を掃除したり、合成エサを与えて大きく育てて収穫する。
…と非常に簡単なものです。
それぞれにレベルがあり、そのレベルを超える事によって、更に育てる事が出来る種類を増やす事が出来ます。
実際に、生き物を育てるのとは大きく違いますが、それでも、やっていて何か気になるものなのです。
単純であるからこそのはまり度は、かなりのものではないのかと思ってしまいます。
と言う感じで思うところとしては「はまる」と言う事で一つ。
何かのスイッチが入った途端に、その事にはまると言うことはあります。新年になりますと、何かしらやりたくなるもので、それが続くか続かないか…いわゆる三日坊主となるかならないかは、案外、はまり具合によるのかもしれません。
今回、ご紹介したアプリも、気がつけば放置しているときがあり、そちらに構うと、別のものが放置となかなかバランスがとれにくいのが現状であったりします。
そこは、しかしながら、自己の節制が必要なのでしょう。
特にゲームにおける問題は社会問題としても取り上げられた国があるほどです。別にテレビゲームだけがそうではなく、カードにしてもスロットにしてもサイコロにしても、とかくゲームには、強くはまる要素があるようです。
最近の世の中では、案外、自分だけではないのだ…と性癖に関するものも紹介されるときがありますが…そこは隠して欲しい部分であるのは言うまでもありません。
曝け出す事で、理解される部分もあれば、理解されない部分もある。これは仕方がない話しなのかもしれないからです。
一方で、はまる度合いがうまく深まれば、そこに芸術性を見出す事も出来るようになるわけです。
鉄道写真などはその一例として挙げるのに十分ではないのでしょうか。
鉄の塊であるはずの鉄道が、一枚の写真によって、まるで生きているように切り取られる。それを見た、他の人にも感動を与えられるのであれば、それは芸術といって差し障りがありません。
ただ、それを職業にしてしまえば、それははまっているのではなく、仕事と割り切る必要が出てくるわけで…そこのバランスが難しいものですよね。
何か新しい事を始めたい。それは誰しも思うことでしょう。何かしら変化を求める心がそうした行動を起こさせようとしているのかもしれません。
その流れに乗るのも、また一つのきっかけでしょう。気がつけば、それを全うしているのか、それとも、そこから別の道を見つけているのか。
いずれにしても、そうしたきっかけ…区分として、新年というのは良いものなのかもしれません。
皆様が今年一年…いえ、今年から何かを始めるにあたり、それが良い結果になりますようにと、思う次第でございます。
もちろん、そこに悪い事をやろうとしているのであれば、それはすぐにでも止めるべきです。
自制をもって、楽しい事を見出していく。それもまた、想像と創造の成せる技。今年一年、良き年でありますように。
そんなこんなで本日はここまで。

上記画像はみんなの農場ですが、これは、とあるSNSにて遊ぶ事ができる無料ゲームです。
それぞれやるべき事は単純で、草木や動物、魚の世話をし、収穫を得るというものです。
農場では、草木に水をやり、雑草や虫を除去し、出来るだけ多くの収穫を得る様にする。
動物広場は、牧草を植え、その牧草を食べてしまうウサギを捕まえ、そして出荷をさせる。
水族館は、病気を治したり、水槽を掃除したり、合成エサを与えて大きく育てて収穫する。
…と非常に簡単なものです。
それぞれにレベルがあり、そのレベルを超える事によって、更に育てる事が出来る種類を増やす事が出来ます。
実際に、生き物を育てるのとは大きく違いますが、それでも、やっていて何か気になるものなのです。
単純であるからこそのはまり度は、かなりのものではないのかと思ってしまいます。
と言う感じで思うところとしては「はまる」と言う事で一つ。
何かのスイッチが入った途端に、その事にはまると言うことはあります。新年になりますと、何かしらやりたくなるもので、それが続くか続かないか…いわゆる三日坊主となるかならないかは、案外、はまり具合によるのかもしれません。
今回、ご紹介したアプリも、気がつけば放置しているときがあり、そちらに構うと、別のものが放置となかなかバランスがとれにくいのが現状であったりします。
そこは、しかしながら、自己の節制が必要なのでしょう。
特にゲームにおける問題は社会問題としても取り上げられた国があるほどです。別にテレビゲームだけがそうではなく、カードにしてもスロットにしてもサイコロにしても、とかくゲームには、強くはまる要素があるようです。
最近の世の中では、案外、自分だけではないのだ…と性癖に関するものも紹介されるときがありますが…そこは隠して欲しい部分であるのは言うまでもありません。
曝け出す事で、理解される部分もあれば、理解されない部分もある。これは仕方がない話しなのかもしれないからです。
一方で、はまる度合いがうまく深まれば、そこに芸術性を見出す事も出来るようになるわけです。
鉄道写真などはその一例として挙げるのに十分ではないのでしょうか。
鉄の塊であるはずの鉄道が、一枚の写真によって、まるで生きているように切り取られる。それを見た、他の人にも感動を与えられるのであれば、それは芸術といって差し障りがありません。
ただ、それを職業にしてしまえば、それははまっているのではなく、仕事と割り切る必要が出てくるわけで…そこのバランスが難しいものですよね。
何か新しい事を始めたい。それは誰しも思うことでしょう。何かしら変化を求める心がそうした行動を起こさせようとしているのかもしれません。
その流れに乗るのも、また一つのきっかけでしょう。気がつけば、それを全うしているのか、それとも、そこから別の道を見つけているのか。
いずれにしても、そうしたきっかけ…区分として、新年というのは良いものなのかもしれません。
皆様が今年一年…いえ、今年から何かを始めるにあたり、それが良い結果になりますようにと、思う次第でございます。
もちろん、そこに悪い事をやろうとしているのであれば、それはすぐにでも止めるべきです。
自制をもって、楽しい事を見出していく。それもまた、想像と創造の成せる技。今年一年、良き年でありますように。
そんなこんなで本日はここまで。


