さて、今回は2009年に放映されました「東京マグニチュード8.0」です。



 東京はその日もぬける様な青空の下、誰もがいつもと同じように生活していた。
 
都内の私立女子中学校に通う小野沢未来は、能天気な弟のお守を言い渡される。共働きである両親は、土日も関係なく仕事に向かい、そのために、弟の面倒は姉が見るものと言われていたからだ。自分の思い通りにならない日常、不満は募るがそれを解消する術がない。
携帯電話に不満をぶつけるも、しかし、それでもいつもと同じように日々は進んでいく。
 
彼女の弟である悠貴は、お台場で実施しているロボット博に行きたがっていた。しかし、両親はいつものように未来に対し、悠貴を連れていく様に言い聞かせる。
 
2012年7月21日の土曜日。夏休み最初の日、未来と悠貴はロボット博に来ていた。目を輝かせる悠貴に対し、未来は不満げな表情をしつづけている。ロボット博を見終わり、ビルからでようとした時、悠貴がトイレに向かう。入り口で待つ未来は、周りの幸せそうな表情に比べて自分がそうではない事に不満を持っていた。
 
別に誰に送ろうとしたわけではない。単に不満を書いてしまいたかっただけだった。携帯電話に書いた文章…こんな世界、こわれちゃえばいいのに。…。
 
次の瞬間、鳥が騒ぎ、狂った様に飛び立つ。低いうねり声のような音が聞こえる。そして大地が跳ね上がった。
 
東京湾北部にてマグニチュード8.0規模の地震が発生。その時、東京は地獄の有り様となった…。
 
 
 
 2009年春の新番組であったこの作品、是非、多くの方に見ていただきたいものだと思うわけです。老若男女に関わらず、勧める事が出来る作品ではないのかと思うからです。
 
別に避難の仕方であったり、心構えと言った話ではなく、純粋に人の力ではどうにもならない天災という内容を、アニメでどのように描いているのかを見て欲しいわけです。
 
例えば、ドラマなどではこれまでも多く題材に上がっている天災物でありますし、映画やテレビスペシャルのような形ではアニメでも幾度も取り上げられたわけです。しかし、こうして連続物としてしっかり描かれたのは珍しいのではないのでしょうか。そうした意味でも、今、描かれる天災のドラマを見て欲しいという事なのです。
 
アニメでは実際に人や機材の使えない事が出来ます。
 
例えば、東京タワーの倒壊などその最たる描写ではないのでしょうか。現状、そうした事はあり得ないと言われています。言われていますが、そのあり得ない事にアニメの表現として行ってみる。それがどのようなものか。
また、避難場所における…特に遺体安置所の表現は、アニメの方が想像を刺激される分、よりリアルに近いリアリティ感があるのかもしれません。
 
この物語は一人の少女の視点から描かれているものです。その一人の少女でも、あれだけの物語があり、番組が終わったとしても、それは区切りにすらならないであろう現実がそこにはあるわけです。
 
地道な人のドラマがそこにあります。まるでアニメっぽい表現だ…と言われる部分があるのかもしれませんが、しかし、非日常になったその現場において、日常的ではないのは当然。だから、あのようなことが起こらないと誰が言いきれるのでしょうか。
 
事実は小説よりも奇なり…様々な天災が、皮肉な事に肥沃な大地を形成してきた日本において、そうした災害が決して対岸のことではないと言う事を理解するためにも、こうしたアニメがもっと出てきて欲しいものだと思うわけです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「天災は忘れた頃にやってくる」と言う事で一つ。
 
天災は忘れた頃にやってくる…と言いますが、最近ではどうなのでしょう。ネットにおける検索ワードとしてもかなり上位になっているのではないのかと思うわけです。
 
昔から地震、雷、火事、親父というのが…ま、最後はともかく、天災の代表格であったわけです。所が最近はいわゆる温暖化の関係で少し変わってきているようなのです。
 
例えば台風。
 
2009年における台風18号の被害は記憶に新しい事でしょう。それにともない、各地で突風や高潮、土砂崩れ、さらには竜巻の被害までも報告されているのですが、この18号台風。近年稀に見る勢力でありながら、コンパクトになっているものなのだそうです。
回転というのは、大きくなればそれだけゆっくりになるのですが、小さくなると速度が増すのだそうです。それだけ局所的に被害が現れる結果になるのだとか。確かに、この台風もそのような感じでした。
 
そして地震。
 
宮城内陸地震における、逆断層的なものは珍しいのだそうですが、それでもあれだけの被害が出ているわけで、断層の多い日本においては、注目するべき地震であったのは間違いありません。
東海地震が再び起こるとの話も聞いて久しいわけですけど、地震が多いからこそ、慢心している部分があるわけです。
食料や水など、生き残るための備えはしておく必要があるのでしょうね。それと、部屋の片付けw 案外、こうした地道な努力が大事なのだろうと思うわけです。
 
代表的なものを取り上げても、最近で言うところの「あり得ない」状況が起こっているのは、不思議な話です。
どこかの作品ではありませんが、「あり得ない、なんていう事はあり得ない」。臆病ではなく、勇気を持った最悪の想定は必要なのだろうと思うわけです。
 
それでも、命の危険…もしくは残念な結果が待っている事があるのかもしれません。
 
天災であるから仕方がないというのはおかしな話ですし、誰かを恨むのも筋違いなのは間違いないわけです。何故なら、こうして何もなければ問題ないわけなのですから。
厳しい様ですが、自分の事は自分で守る必要があるわけで、その上で協力しあえれば、より生還率が高くなるのではないのでしょうか。
 
そのときの悲しさや辛さを押さえる事は難しいのでしょう。でも、本当の意味の思いやりを普段から考え実践する。いざと言うときに、それが活きてくるのだろうと思うわけです。
 
残酷な話にも聞こえなくはありませんけどね…生きるって素晴らしくも残酷なことなのかもしれない、そんな事が頭をよぎりました。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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