さて、今回は1987~1989年に放送されました「ミスター味っ子」です。



 今は亡き父の残した食堂。その名も日之出食堂を支える少年、味吉陽一は、ある日、高級レストランを視察しにきていた老人の来店により味勝負を行う事になる。だが、その老人を特製日之出カツ丼でうまい!と言わせると、名刺を一枚残していった。
その名刺に書かれていた名前は村田源二郎…日本料理界のドンと言われている味皇であった。
 
味皇から名刺を貰ったという事は、その料理を認められたという事。そして、その腕は数々の味勝負でライバルと対峙していく事になる。
 
料理の事では、頑固なまでに一途な味っ子の魅力にひかれて行くライバル達との成長によって、陽一は料理の腕をさらに磨いていく。
 
 
 
 さて、原作は漫画で表現も比較的…ま、あくまでこのアニメに比べればという事ですけど、大人しめなのです。そう、このアニメに比べればという事なのですけど…。
 
この作品の監督は原作クラッシャーこと、今川泰宏氏です。
 
そのクラッシュ振りは…人を人間ではなく蛸や魚にする。大阪城を破壊する。最終回を変更する。味将軍グループとの対決を明確化する…と言ったもの。しかし、これが面白いのです。本当に見ごたえがある作品になっています。
 
一応、味勝負の内容はほぼ変わらないのですけど、漫画で出来なくてアニメで出来ることがあります。それは透過光の表現です。
 
料理が光る、人が光る。それだけではなく、更に人が大きくなる海を走る…まぁ、やるだけのことをやってくれました。
 
でも、そうした派手な表現だけではなく、実に人の物語を作り上げて行ってくれた作品でもあるのです。特に最終回は陽一が何故料理を作るのか。その答えを見つける物語になっているわけです。
その答えまでに経験する様々な問題。それに対して、陽一はどう答えをだすのか。
 
本当に力の入った最終回は見ごたえたっぷり。まさに、次回紹介における「おいしいよっ!」という表現ぴったりのものでした。
 
先ほども記載しましたが、最終回はアニメオリジナルのものでした。しかし、それはそれで全く問題がなかった作品ではないのかと思うわけです。
その理由は現素クラッシャーであるから、という話ではなく、原作は原作で、寺沢大介氏のその後の作品に影響があるだろう作風に仕上がっているからです。それをアニメで表現するのが適当であったのか。私はそうではないと思うわけです。
 
漫画や小説は決してアニメ化するに当たり、その素材ではない。しかし、アニメ化するに当たって忘れては行けないのは、決して原作に臆する事なく、アニメならではの表現を探索し、研究し、研鑚していく。その事が大切ではないのかと、この作品で感じたのです。
 
原作付き作品の多い昨今ですが、その原作にとことんまで向き合ったアニメ作品・ドラマ作品がどれだけあるのか。その事をもう一度、考えて欲しいものだと思うわけなのです。
 
 
 
 と言う感じで思うところとしては「ところ変われば」と言う事で一つ。
 
このサイトでも何回も記載している、アニメと漫画、小説、映画、ゲームといった、原作があって別媒体にて表現することになった作品のお話。今回のミスター味っ子は、一つのいい答えを持っている作品であると思うわけです。
 
こうしたところ変わればという事で、今、一番世間の注目を集めているといえば、やはり政権交代における新政権ではないのでしょうか。
 
…と言いましても、良く見ていただければおわかりになるかもしれません。政権交代といいながらも、その中身は元々、自民党に関連している人の多い事。本当の意味で二大政党政治が行える様になるのかは、これからという話になるわけです。
 
当然そうなりますと、私達の生活が大幅に変わる事。これは選挙前からわかっていた話ではないのかという事がちらほら聞き及んでくる
わけです。
そもそも、最近の世論を聞いておりますと、出すのはイヤだが保証は欲しいという、なんてわがまま振りを発揮しているのかと思うしかない状況です。マスコミの情報操作がなければ、何という事なのだろうと苦笑するしかないわけです。
 
日本は資源小国であり、また自給率も低い国です。それでも、圧倒的にサラリーマンが多く、それは消費でしか国を支えられないという事を示しています。つまり、作る人が圧倒的に少ない現状があるわけです。
その一番の原因は、やはり学歴社会である事が挙げられるのでしょう。
 
大学に入れる人数はきまっており、すべての人が大学に入る事は出来ません。もちろん、年齢に関係ないとすればそうでもないのでしょうけど、それで社会が正当に受け入れてくれるのかそれは甚だ疑問です。
また大学に入る事、これがステータスになっており、卒業する事はあまり念頭に置かれていないのも現状です。
 
大学など学びたい人がいれば受け入れ、その中で切磋琢磨させる方式が良いに決まっているのですけどね。つまり、卒業を難しくさせるのが一番なのです。
また、中学卒業すれば高校は行くも行かないも自由なのですから、そうした支援を国が行う方がよっぽど日本にとっては建設的なのです。
 
それこそ、人材不足である伝統工芸に人材を回し、それを世界にアピールする支援を地方と国が合同で行う。その支援を大企業などと同じぐらい手厚くする事が日本の産業を復活させる足がかりになると思うわけです。
 
日本人が器用であったのは、一昔前の話。もう、今の勉強だけに邁進する日本人に、それが維持できるのか、それを国には正視していただきたいと思うわけです。
日本の良さは日本の伝統工芸がしっかりと続いていく。それを忘れて日本の再生などありえないのです。
 
 
 
 そんなこんなで本日はここまで。

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