形あるものは壊れる。それは当然のお話。有機物と無機物の違いや有機物であっても生命のあるなしの違い、生命があっても大きさが異なればそれだけで時間の流れは変わってくるものです。しかし、それは主体的な視点からのお話でもあるわけです。
例えば入学や卒業、例えば入社や退社。その場にそれまでいなくても、そこからいなくても物事は進んでいくものです。その大きな理由として、そこにはただ一人の自分だけがいるわけではないという事、そして物事はその一つの事だけで進んでいるわけではないという事であるからなのです。
全ては雑にして密につながっているもの。意外に、何かとの縁というのは切れているようで切れていないものです。
さて、今回は1991~1996年の間にヤングマガジン海賊版、ヤングマガジンに発表されました「攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER」です。
物語は前作の続きから始まる。草薙素子が事実上、殺害され9課からいなくなったとしても、日常がそれで終わるわけではなく、日々、犯罪の芽はそこらここらで吹き出ている。そんな中、新巻の元へ一つの依頼…いやお願いをある女性がしにくる。
荒巻の友人であるという彼女の父親の行動がおかしいというのだ。
しかし、おかしいのも道理、彼女の父親は死んでいると隊員の一人であり、一緒に話を聞いてたアズマは言う。それに激怒するがしかし、新巻も単なる冗談ではないと嗜める。
最近、義体のリモートコントロールを行う犯罪があり、彼女の父親がその犯罪に巻き込まれている可能性があるというのだ。
しかし、父親が死んでいるなどと信じられない彼女は、9課を後にする。新巻の命で彼女を自宅の近くまで送ったトグサとアズマは、二手に分かれて内偵調査に入った。自宅に仕掛けられているであろうリモート用の中継器探し、そして父親がどのような行動をとっているのか。
案の定、家には発信器が仕掛けられており、父親の方は莫大な財産を誰かに譲渡しようとしていた。
しかし、それまでの行動がどこかから漏れていたのか、手荒い方法で証拠を消しに来た犯人…と思われたのは、実は爆破するための記憶だけを上書きされた下っ端であった。犯人側のこうした行動に新巻たちは「人形遣い」を思い出す。
荒巻は死体であろう父親がばら撒いていた金の帳簿を持って、裏を取りにいく。結果、犯人側の目的は公安・警察の組織データの全てが記載されているパンドラと呼ばれるシステムのキーであろうという事であるが、しかし、まだしっかりと結びつかないでいた。
だが、事態は急展開を迎える。犯人側からの信号が途絶し、しかも電話することすらも容易ではないはずの父親から、顧問弁護士に保護を求める電話があったというのだ。更に、それを人権問題と捉え、法廷にまで持ち込んできたのは、少佐が法廷で裁かれる事になった事件での担当検事であった楠であった。
結果、法廷闘争として事件は表沙汰になり、父親は電波が遮断された場所での確認という措置がとられる事になった。真犯人の目星がつかない以上、近しい人物に張り込み、とりあえずはパンドラのキーに関して誰にも渡らないようにする事から解決に持っていくつもりであったが、その最重要人物は電話の受話器を上げた途端に誰かに殺害されてしまった。
それと同時に、父親の人権侵害に関する法廷も、電脳倫理に関する件に代わるのだが、係わったかもしれない顧問弁護士に生きていると証言した医者は起訴猶予となる。楠検事も責任の有無を調査されるが結果的に不起訴処分となった。
だが、一体誰が何の目的でという肝心の部分はわからずじまいである。ただ、言えるのは、今の段階ではこれ以上動く事はできないものの、とりあえずの目的は果たされたという曖昧な結果のみが残った。
四つの短編をまとめたこの冊子には、草薙素子は殆ど出てきません。出てくるにしても、本人(というか、前作で活動していた義体)ではなく、義体(脳がないためにロボットとも言える)を操作するための情報を送り込んだ姿として出てきます。
これは、映画版イノセンスに、そのアイデアが生かされているものです。また、上記に記載している内容は、短編でしかも被害者が大人という観点ではあるのですが、テレビ版の最新作、S.A.C Solid State Societyにそのアイデアが生かされています(正確には、この話と原作の2が合わさっていると言った方が良いのでしょう)。
原作である漫画版においてテレビ版や映画版と大きく異なる点は、バトーの心境ではないのでしょうか。映画やテレビ版ではバトーにおいて素子の存在は絶対です。しかし、漫画版では、あくまで同じ仲間(正直、それすらも怪しい)の一人であり、それ以上の感情はないのです。
ただ、共同する場合には信頼している人間であるのは間違いありません。
しかし、トグサに関しては素子のいた位置に立たせようとしている節が原作からも匂ってきます。ただ、彼はこの作品で義体になったわけではないというのが、テレビ版とも異なります。
この冊子における最大の売りは、CD-ROMが付いているという事でしょう。この中には、収録されている作品をパソコンで音付きで見ることが出来ます。さすがにキャラクターボイスは入っていませんが、それでも迫力のある映像が楽しめるのです。
パソコンがまた壊れました。メインで使っているパソコン…これで6、7回目です。半年に一度、何かが壊れるのですが、人死にが出ていないだけましな問題というだけで、製造責任はあると思っています。
ただ、恐らく私自身はクレーマーであると思われているので、単純に文句を言っても流される可能で胃があります。よって、それまでの故障報告を持って訴えてやろうと思います。単なるクレーマーよりたちの悪いのは、こうした証拠を持っている人間であると知らしめてやる必要があるのでしょう。
なんにせよ、物はいつかは壊れます。その壊れたものを修理する際に部品代や技術料が発生する。その点についても問題はありません。しかし、頻度の問題と態度の問題は到底ゆるせるものではありません。半年におよそ5万~12万ほどの出費となるのです。メーカーサイトの品質保証は一日8時間使用で1ヶ月(25日と設定)使用して5年。どれだけ単純計算をしても半年~1年で壊れる計算にはならないはずなのです。
さて、冒頭に記載しました中で結局は縁であるとしましたが、こうした頻度と態度の問題に関しての縁はどうなるのでしょうか。これを脅しと捉えられても問題があるのですが、しかし、頻繁な故障を起こしているのは事実ですし、こちらは誠意ある態度と対応を望んでいるだけです。
問題はその誠意ある態度と対応なんですけどね。
はっきり言えば、パロマにせよ不二家にせよ、どちらの方を向いて仕事をしていたのか。それによって起こった結果がかのような事であると考えているわけです。それは三菱にしても同じことでした。それがパソコン業界に起こらないと何故いえるのでしょうか。
企業の判定を示すのは経済界でも政治家でもありません。結局は消費者であるわけです。
もう一度記載します。どちらの方を向いて仕事をしているのか…それを真剣に考える必要はあるのではないのでしょうか。
ちなみに…というお話なのですが、誠意と誠実という事で言えば、故障を無料修理するだけがソレと勘違いしている節があります。それはそれでありがたいのですが、それだけで終わらされると、流された感覚があって腹が立ちますし、情けなくも思うわけです。
今回もそうなるのでしょうねぇ。どうすれば分かってもらえるのでしょうか。困ったものです。
そんなこんなで本日はここまで。
※こちらの記事は、以前に掲載していた記事です。しかし、スパムコメントの削除がままならない理由より、再掲載として記載いたしました。
例えば入学や卒業、例えば入社や退社。その場にそれまでいなくても、そこからいなくても物事は進んでいくものです。その大きな理由として、そこにはただ一人の自分だけがいるわけではないという事、そして物事はその一つの事だけで進んでいるわけではないという事であるからなのです。
全ては雑にして密につながっているもの。意外に、何かとの縁というのは切れているようで切れていないものです。
さて、今回は1991~1996年の間にヤングマガジン海賊版、ヤングマガジンに発表されました「攻殻機動隊1.5 HUMAN-ERROR PROCESSER」です。

物語は前作の続きから始まる。草薙素子が事実上、殺害され9課からいなくなったとしても、日常がそれで終わるわけではなく、日々、犯罪の芽はそこらここらで吹き出ている。そんな中、新巻の元へ一つの依頼…いやお願いをある女性がしにくる。
荒巻の友人であるという彼女の父親の行動がおかしいというのだ。
しかし、おかしいのも道理、彼女の父親は死んでいると隊員の一人であり、一緒に話を聞いてたアズマは言う。それに激怒するがしかし、新巻も単なる冗談ではないと嗜める。
最近、義体のリモートコントロールを行う犯罪があり、彼女の父親がその犯罪に巻き込まれている可能性があるというのだ。
しかし、父親が死んでいるなどと信じられない彼女は、9課を後にする。新巻の命で彼女を自宅の近くまで送ったトグサとアズマは、二手に分かれて内偵調査に入った。自宅に仕掛けられているであろうリモート用の中継器探し、そして父親がどのような行動をとっているのか。
案の定、家には発信器が仕掛けられており、父親の方は莫大な財産を誰かに譲渡しようとしていた。
しかし、それまでの行動がどこかから漏れていたのか、手荒い方法で証拠を消しに来た犯人…と思われたのは、実は爆破するための記憶だけを上書きされた下っ端であった。犯人側のこうした行動に新巻たちは「人形遣い」を思い出す。
荒巻は死体であろう父親がばら撒いていた金の帳簿を持って、裏を取りにいく。結果、犯人側の目的は公安・警察の組織データの全てが記載されているパンドラと呼ばれるシステムのキーであろうという事であるが、しかし、まだしっかりと結びつかないでいた。
だが、事態は急展開を迎える。犯人側からの信号が途絶し、しかも電話することすらも容易ではないはずの父親から、顧問弁護士に保護を求める電話があったというのだ。更に、それを人権問題と捉え、法廷にまで持ち込んできたのは、少佐が法廷で裁かれる事になった事件での担当検事であった楠であった。
結果、法廷闘争として事件は表沙汰になり、父親は電波が遮断された場所での確認という措置がとられる事になった。真犯人の目星がつかない以上、近しい人物に張り込み、とりあえずはパンドラのキーに関して誰にも渡らないようにする事から解決に持っていくつもりであったが、その最重要人物は電話の受話器を上げた途端に誰かに殺害されてしまった。
それと同時に、父親の人権侵害に関する法廷も、電脳倫理に関する件に代わるのだが、係わったかもしれない顧問弁護士に生きていると証言した医者は起訴猶予となる。楠検事も責任の有無を調査されるが結果的に不起訴処分となった。
だが、一体誰が何の目的でという肝心の部分はわからずじまいである。ただ、言えるのは、今の段階ではこれ以上動く事はできないものの、とりあえずの目的は果たされたという曖昧な結果のみが残った。
四つの短編をまとめたこの冊子には、草薙素子は殆ど出てきません。出てくるにしても、本人(というか、前作で活動していた義体)ではなく、義体(脳がないためにロボットとも言える)を操作するための情報を送り込んだ姿として出てきます。
これは、映画版イノセンスに、そのアイデアが生かされているものです。また、上記に記載している内容は、短編でしかも被害者が大人という観点ではあるのですが、テレビ版の最新作、S.A.C Solid State Societyにそのアイデアが生かされています(正確には、この話と原作の2が合わさっていると言った方が良いのでしょう)。
原作である漫画版においてテレビ版や映画版と大きく異なる点は、バトーの心境ではないのでしょうか。映画やテレビ版ではバトーにおいて素子の存在は絶対です。しかし、漫画版では、あくまで同じ仲間(正直、それすらも怪しい)の一人であり、それ以上の感情はないのです。
ただ、共同する場合には信頼している人間であるのは間違いありません。
しかし、トグサに関しては素子のいた位置に立たせようとしている節が原作からも匂ってきます。ただ、彼はこの作品で義体になったわけではないというのが、テレビ版とも異なります。
この冊子における最大の売りは、CD-ROMが付いているという事でしょう。この中には、収録されている作品をパソコンで音付きで見ることが出来ます。さすがにキャラクターボイスは入っていませんが、それでも迫力のある映像が楽しめるのです。
パソコンがまた壊れました。メインで使っているパソコン…これで6、7回目です。半年に一度、何かが壊れるのですが、人死にが出ていないだけましな問題というだけで、製造責任はあると思っています。
ただ、恐らく私自身はクレーマーであると思われているので、単純に文句を言っても流される可能で胃があります。よって、それまでの故障報告を持って訴えてやろうと思います。単なるクレーマーよりたちの悪いのは、こうした証拠を持っている人間であると知らしめてやる必要があるのでしょう。
なんにせよ、物はいつかは壊れます。その壊れたものを修理する際に部品代や技術料が発生する。その点についても問題はありません。しかし、頻度の問題と態度の問題は到底ゆるせるものではありません。半年におよそ5万~12万ほどの出費となるのです。メーカーサイトの品質保証は一日8時間使用で1ヶ月(25日と設定)使用して5年。どれだけ単純計算をしても半年~1年で壊れる計算にはならないはずなのです。
さて、冒頭に記載しました中で結局は縁であるとしましたが、こうした頻度と態度の問題に関しての縁はどうなるのでしょうか。これを脅しと捉えられても問題があるのですが、しかし、頻繁な故障を起こしているのは事実ですし、こちらは誠意ある態度と対応を望んでいるだけです。
問題はその誠意ある態度と対応なんですけどね。
はっきり言えば、パロマにせよ不二家にせよ、どちらの方を向いて仕事をしていたのか。それによって起こった結果がかのような事であると考えているわけです。それは三菱にしても同じことでした。それがパソコン業界に起こらないと何故いえるのでしょうか。
企業の判定を示すのは経済界でも政治家でもありません。結局は消費者であるわけです。
もう一度記載します。どちらの方を向いて仕事をしているのか…それを真剣に考える必要はあるのではないのでしょうか。
ちなみに…というお話なのですが、誠意と誠実という事で言えば、故障を無料修理するだけがソレと勘違いしている節があります。それはそれでありがたいのですが、それだけで終わらされると、流された感覚があって腹が立ちますし、情けなくも思うわけです。
今回もそうなるのでしょうねぇ。どうすれば分かってもらえるのでしょうか。困ったものです。
そんなこんなで本日はここまで。
※こちらの記事は、以前に掲載していた記事です。しかし、スパムコメントの削除がままならない理由より、再掲載として記載いたしました。


